あいあむ あ がーる

作:かなめ ゆき


高校生設定です。







 幼児体型で悪かったわね
 下着見ても欲情しないってさ
 ダイエット?余計なお世話よ



――――どうせ私は女らしくないわよーだ!










 テレビを見れば、すらりとした女の人がたくさん。雑誌を見れば、凹凸の激しい体つきの女性たち。
「……ずるい……」
 恨みを込めて、未夢は呟く。テレビのスイッチを力任せに切り、雑誌を乱暴に放り投げ、ころりと横になった。無造作に散らばる金糸の髪を指に絡め、しかしすぐに投げ出す。ああ、気分が悪い。
「……うー」
 低く唸り、畳の上をごろごろと転がる。畳独特の乾いた匂いは、未夢にとってくつろげる優しい匂いのはずなのだが、今の未夢にそんなことを感じる余裕はない。
「あうー……いたっ」
 ごろごろだるだる。同じ方向に転がり続けていると、ちゃぶ台の足に背中をぶつけてしまった。しかも、角がうまい具合に背中のくぼみに入ってしまって、軽く息がつまる。
「〜〜〜〜〜」
 しばらく体を丸めて悶絶していた未夢だったが、痛みが引くと、吐息と共に仰向けになった。その拍子に短いスカートがめくれあがったが、誰もいないし、まぁいいだろうと放置する。

―――どうせ見られても、無反応だしっ

 むう、と頬を膨らませ、未夢はふてくされたように目を閉じた。








 さて、ただいまの未夢は、大変に不機嫌だった。
 原因なんて決まっている。同じ敷地内に住む、お付き合いをしている少年のせいだ。
 彼、西園寺彷徨は、スポーツ万能・成績優秀・眉目秀麗と、少女漫画ではありがちなモテ条件をほしいままにしている男で、ぶっちゃけ自分にはもったいないくらいのひとだと未夢は思っている。意地悪だ最低だと言いながらも、彼が優しいのはわかっているし、彼が叩く憎まれ口も、不器用なだけだと知っている。
 知っている。……けど。

 きっかけは、いつもの小さな口喧嘩。何が始まりだったかは覚えていないが、自分たちのことだから、大した内容ではないのだろう。顔をつき合わせ、声を荒げての喧嘩はいつものこと。未夢だって彼の悪いところを思いつく限り罵ったし、向こうも言いたい放題だった。その中の、ひとつふたつ。
『幼児体型!』
『色気がない!』
 それは中学時代、彼と恋仲になる前から言われ続けていたことで、それから二年の月日が流れた今もよく言われていたりする。
 幼児体型
 色気がない
 …そんなことを言われて、傷つかない女の子なんて居るんだろうか。確かに昔の未夢は幼児体型だったし、色気のかけらもなかった(というか、中学生にそんなものあってどうする)。そりゃあ今だって、色気むんむんのナイスバディというわけにはいかないが、胸だってちょっとは(…ちょっと、はね)成長したし、体のラインもでてきた。

―――――それなのに。

 一応、曲がりなりにも、自分は彷徨の『彼女』なのだ。昔のままの、『少女』ではない。
 ちゃんと、『女』なのに!

「ムカつく…っ!」
 目頭にこみあげてきた熱さを、未夢は乱暴に手の甲で拭う。何かひとこと言ってやりたいと思って彼の家に留まっているが、こんな顔見られたら、すべてうやむやのままで終わってしまうだろう。…彼は、優しいから。
 …帰ろうかな。
 そう思って、身を起こそうと膝を立てたところで。

「…未夢?」
 澄んだアルトボイスが耳朶に触れ、停止する。
 声の持ち主なんて決まっている。西園寺彷徨その人だ。
「…何してんだよ、そんなところで」
 襖の辺りで立ち止まり、訝しそうに未夢を見下ろす彷徨。未夢はとっさに目元を手で覆った。彼の顔を見たくないという思いも、なきにしもあらず。一番の目的は、潤んだ目を見られないために、なのだが。
「…別に何もしてない。寝てるだけ」
 刺のある言葉に、彼がため息を吐く。先の喧嘩の怒りは、すでに解けているらしい。…こっちはまだ怒ってるもん。
「…パンツ見えるぞ」
 呆れた口調。
 湧き上がる羞恥心。
 こらえて、抑え込んで。
「別に、いいもん」
「いいって…お前なぁ」
「いーでしょべつに。彷徨は私に欲情なんかしないんだから」
「はぁ?」
 何言ってんだ、と、こちらに歩み寄ってくる足音がする。それからすぐそばにしゃがみ込んで、未夢の手を顔から剥がそうと手を伸ばした。
「…なあ、まだ怒ってんの?」
「怒ってない。…離して」
 掴まれた手に力を入れ、抵抗。
「怒ってんじゃん。大体、何の話だよ。…欲情、とか」
「知らない。知らないもん。彷徨のばーか」
「未夢〜〜…」
 彷徨が情けない声をあげる。すい、と手が離れていって、スカートの裾を直された。肌には触れようとしない、優しい手つきに、不思議な気分になる。
「何してるのよ」
「女が易々とパンツ見せるなよ」
「はぁ?」
 拗ねたような口調と、恥ずかしそうな気配に、思わず顔を出す。彼を見上げれば、シャープなラインを描く頬が赤く染まっており、あちこちに視線をさまよわせていて。
「……何、その顔」
 呆然と呟くと、彼から「…見るなよ」と不機嫌そうな言葉。そんなもんだから、未夢もつい、むっとする。
「なによ。…彷徨は私の色気ないパンツ見たって何とも思わないんでしょっ?」
「…未夢、お前さっきから何言ってるんだ?」
 本当にわからない、と、首を傾げた彼に、頭に血が上った。がばりと起き上がって、叫ぶ。
「どうせ私は色気なしの幼児体型よっ!」
「ちょ、」
「彷徨の周りの女の子はみんなスタイルいいかもしれないけど、私はこれ以上どうにもならないから仕方ないじゃない!」
「み、」
「彷徨はずっとそうだよね!何かっていうとダイエットすればとか、余計なお世話!頼まれたって見ないですって?こっちだって彷徨なんかに見てほしくないです!」
「…未夢、」
「っ彷徨のばか!私だって女の子なんだから!…スタイル悪いのなんて、わかってるもん…っ!ふ、太りやすいのだって、知ってる!いっいちばん気にしてること言わないでよ、かなたのばかぁ…っ!」
「……」
 いつの間にか、泣いていた。
 泣くのは卑怯だと知っている。でも、どうにもならなかった。ひくひくとしゃくりあげては、彷徨のばかと繰り返す。これじゃあ、子供の八つ当たりだ。いや、完全なる八つ当たり、というわけではないのだが、半分以上は未夢がただわめいているだけなわけで。そんな自分の情けなさに、余計涙が出てくる。
「ふぇぇぇぇ…っ」
 声も我慢できない。幼児なのは体型だけでなく、心もだったようだ。
 このまま、去ってしまいたい。
 そう思い、素早く立ち上がったのだが。
「…ふわぁぁっ!?」

―――――腕を引かれ、彼の胸にダイブ。

 驚いて何もできないでいる未夢に、彷徨はその肢体をきつく抱き締めて、逃げられないように縫いとめた。
「…ったく…」
 耳元で聞こえた声に、未夢はやっと頬を染めて、暴れ出す。
「ちょ、かなっ…はなしてよおっ」
「うるせー。離せと言われて離す馬鹿がいるか」

「何それ…っ」
 さらに力をこめられて、未夢は体温が上昇するのを感じた。彼の胸に顔を押し付けられて、彼の心音がとても近い。悔しいくらいに体をすっぽり包み込まれて、未夢は困惑した。涙はもうすっかりとまっている。
「お前、まだそんなこと信じてたのか?」
 と、密着した体を通して響き渡った彼の声に、心臓が一際大きく跳ねる。けれどそれを知られるのが嫌で、なんとか平静を装い、口を開く。
「な、何の話よ」
「だから、色気ないとか、幼児体型とか」
「……?」
「…お前、ほんとにわかんないわけ?」
「なっ、ど、どうせ私は馬鹿ですよーだ!」
「そういう言い方すんなよ、また喧嘩したいのかお前は。…そうじゃなくてさ、―――――あれ、嘘だし」
「―――――は?」
 うそ?
 …うそ?

 …嘘って、英語でなんて言うんだっけか?うーん、思い出せない。あーあ、もっとちゃんと勉強しなきゃだめだなぁ。成績はそんな悪い方じゃないと思うんだけど、私って変なところで抜けてるし…。あとで意味調べなきゃ、彷徨に馬鹿にされちゃう。「うわ、そんなものもわかんないのか?」とか言って、呆れた後に鼻で笑うのよ。腕とか組んで、舌出して、見下すように…、…うああああムカつく!嫌なやつ!

 …あれ?何かずれてない?私、ずれてない?

「…うそ?」
「うそ」
「……」
「……」
「………」
「………」
「…………え、何が?」 

 がくっ
 あれだけがっちり捕まえていた未夢の体をあっさり離し、彷徨が床とご対面する。せっかくの男前にはきっと、畳の模様がついてしまっているに違いない。お笑い芸人もびっくりなこけっぷりに、思わず拍手しそうになるが、落ちた頭を見るのが面白くて、ついそのまま眺めてみたり。
 そんなこんなでしばらく打ち震えていた彷徨だったが、ややあって勢いよく顔をあげて、
「どんだけ鈍いんだお前は!」
「な、なによ失礼ね!」
「ああもう、なんで俺がこんなに悩まなきゃいけないんだよ!」
「悪かったわねぇ!どうせ私は彷徨を悩ませてばっかりですよーだ!」
「ああほんとだよ!」
「何ですってー!?」
「って違う!話ずれてる!だから俺が言いたいのは…っ」
「なによ!」
「別にお前は色気なくないし、幼児体型でもないっ!ついでに言うと欲情だってする!」
「……はぁ!?」
「そりゃ昔は半分くらい本気で言ってたけど、今はちゃんと……お前、女、だよ」
「………――――――っ!」
 ぼぼぼっと、再び顔に血が上る。しかし彼の顔も負けないくらい赤くなっていて、可愛いと思う反面……
「か、彷徨のえっち!」
「う、うるせーな!俺だって男なんだよ!」
「ばかー!」
「しょーがねーだろ!だ、だからスカート…っ」
「きゃあああっ!何考えてんのよーー!」
「そんな痴漢見たような叫び上げんなよ!…ちょっと傷つくだろ」
「知らない知らないっ!やだもーお嫁にいけない…!」


 叫んで
 騒いで
 喧嘩して

 ああそれでも私は。


ちゃんと、女の子なんですよ!






(…嫁のことなら心配しなくていいのに)(え?何か言った?)(…独り言)







初めまして、かなめと申します。
初投稿ですが、だいぶ前からサイトで公開しているものなので、年季は入ってますwwww
楽しんでいただけたら幸いです。


…自分の脱字の多さに絶望した…!ぱそこさん、苦手です(´・ω・`)


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