作:珠洲川 琉苡
※姉弟パロ
過ぎた心配は、時として小さな鎖となることがある。
心配する側にしてみれば、相手の事を想い大事にしているような感覚。あるいは、一種のクセのようなものだ。
逆に、心配される側にすれば、最初は親の言いつけのようにすんなり聞き入りがち。だが、成長するほど今度は念押しのような、いわゆるお節介に近いものだと感じる。
個人の性格からか、それともある程度の共通点なのかは定かではないが、例の如くこの光月家にも若干のすれ違いが起こっている姉弟がいた。
「彷徨ぁー、お姉ちゃん先行くわよー」
玄関のドアを開けながら、リビングへ向かって声をかける未夢の表情は、少しの苛立ちと呆れが混ざっていた。
常識的に考えれば、朝っぱらから家の中を反響させて外へと洩らす音量ではないのだが、逆に忙しい平日の朝だからこそ許される音量だともいえる。
リビングの方から聞こえる物音にため息をこぼしながら、未夢はドアに寄りかかり腕を組んだまま待っていた。
春の日差しは暖かいとはいえど、冬のなごりが薄っすらと残る朝は足元に涼しい風を運んでくる。
姉として待っていなくてはならないのは仕方ないのだが、かと言っていつまでもじっとしていたいほど今朝の気温は高くない。
声をかけてから約2分。そろそろ、としびれを切らし始めたところへ彷徨が鞄を片手に駆け込んできた。
「ちょっと、待てって」
「待ってるでしょ。もう、早くしてよね」
急いで靴紐を結ぶ彷徨に、未夢はまたしてもため息を零す。
相変わらずの無計画さには呆れかえっているが、無残に解けていた紐をスムーズに結ぶ器用さは不器用な未夢にとって羨ましいものだった。
ついこの間までは保護者無しに外出など出来ない小学生だったというのに、そんな年下に一面では負けている中学生だと思うと未夢は少し気落ちしてしまう。
彷徨が中学へ入学してから今日で2週間。同じ風紀委員として、毎朝校門で行われるの校則違反チェックに遅れないよう、未夢と彷徨は一緒に登校している。
だが、もともと朝に弱い彷徨は毎朝寝過ごしギリギリのタイミングで家を出ていたりする。
両親が多忙で不在な日が多い光月家にとっては、遅刻しそうだから車で。という事は無理に等しいため、未夢が毎朝引き摺り出すようにして家から連れ出しているのだ。
靴紐を結び立ち上がるその顔は、まだ眠気を吹き飛ばせていない。
「しゃきっとしなさいよね。ボーっとしていると転ぶわよ?」
「んなコトねーって。ガキじゃあるまいし」
「12なんてまだ子どもでしょ。お姉ちゃんに起こされてるんだし」
「うっ・・・、いーから行くぞ」
「まったく・・・行ってきまーす!」
図星をさされた彷徨は、誤魔化すように先を行ってしまった。
ムキになる彷徨に苦笑しつつ、誰もいない家へ一声告げてその後を追った。
桜が溢れんばかりに、枝先に咲き乱れている。
一つ一つは色が淡く存在感に欠けるが、寄り添って咲き乱れるその姿は華やかしい桃色の花束のようだ。微風に乗って運ばれる香りは仄かに甘く、心を落ち着けてくれる。
その香りに頬を緩ませながら、未夢は桜並木を歩いていく。
「・・・・ふふっ・・」
「・・・何」
不意に聞こえた嬉しそうな笑い声に、前を歩いていた彷徨がゆっくり振り返った。
歩きながら読んでいた文庫本をパタリと閉じ、未だに眠たげな目を軽くこする。
「何か、春だなぁーって」
「姉貴寝ぼけてんの?」
「失礼ね。ちゃんと起きれないお子様に言われたくないわよ」
「だから、ガキじゃねーっての!」
「そこでムキになるのが子どもの証拠じゃない」
常日頃から自分を子ども扱いするのが余程腹立たしいのか、彷徨は眉を顰めて怒る。
だが、未夢は嫌味ったらしく目を細めながら涼しい表情で言い返して見せた。
言葉に詰まった彷徨を満足気に見つめ、更に頭を撫でようと手を伸ばした。
「まぁまぁ、焦らない焦らない。お姉ちゃんも12の時なんて子ども扱いされたんだし」
「・・・」
「彷徨も今に大人になれるってー。こんな程度で怒らないぐらいにね」
「・・・っ」
「大体、精神的にオコチャマだと女の子からモテな―――」
「っ、いい加減にしろよ姉貴!」<
母親のように撫でていた未夢の手を思いっきり払いのけ、彷徨は怒鳴り散らした。
久しぶりに見た怒りの弟に、未夢は一瞬面食らったような顔を見せて頭をかく。一度、本気で起こらせた時、元に戻るまでなかなかに骨が折れたからだ。
小走りに先を行く彷徨を見て、未夢もあとを追う。
――が、不意に目に映った光景を認識すると、瞬時にアスファルトを強く蹴った。
「っ――! 彷徨っ!」
「なっ――」
刹那、驚いた表情の彷徨と青っぽい車体、そして甲高い音が未夢の脳に届いた。
突然襲った衝撃と大きな音に、彷徨は反射的に瞑った目をゆっくりと開ける。
背中と肩の辺りに温もりを感じ起き上がろうとするが、妙に体が重たい。
「おいっ、おい! 君たち、しっかりしろ!」
「――!?」
聞覚えのない男性の声をきっかけに、数秒前の自分達の状況が頭を過ぎった。
―・・・まさか・・
即座に起き上がり自分に乗っかっている未夢を見る。
意識がなく、ぐったりとしているその体には車とぶつかった時に出来ただろう出血が、何箇所か制服に染み付いている。
長い金髪を掻き分け顔を見ると、力なく目は閉じられており口元からは少しの血が伝っている。
「――・・、姉貴! おいっ!」
頬に手を当てながら自身の体が揺れ動くほどの声量で呼びかける。
しかし、未夢の体はぴくりとも反応せず、力なく彷徨にもたれかかったままだ。
――俺が、殺した・・・?
不意に湧き上がったその言葉に、彷徨の顔が一気に青ざめる。
その様子に、男性は彷徨の肩を掴み体を揺すりながら呼びかけた。
「君、しっかりしろ! さっき救急車を呼んだから、お姉さんは」
「あと、どれくらいで来るんですか? 間に合わなかったらどうすんだよ!?」
「落ち着いて。すぐに来れるといっていたから、その」
「その間じっとしてろとでも言うのかよ!? 傷が」
「――落ち着きなさい!」
「――っ・・!」
男性は取り乱す彷徨を一度大きく揺すり、若干威圧的な目で呼びかける。
それは決して理不尽な威圧感ではなく、大人特有のどこか安堵できるしっかりとしたもの。
その瞬間、ふと我に返ったような感覚を味わい、彷徨は男性の目を縋りつくように見つめ返した。
「お姉さんが危ない状況だからこそ、君が冷静でいなくちゃいけないんだぞ」
「・・・・・あ・・」
「君が焦るのは解る。だけど、素人の手で何かやっても逆効果かもしれない」
「・・・・・で、も・・」
男性の力強い瞳は、動揺と不安と恐怖を色濃く見せている彷徨の瞳をまっすぐ見据えている。
その力強さは決して確実な保証や自信からきているものではない。男性の額に浮かぶ冷や汗が何よりの証拠だ。
まして、生命に係わるアクシデントなのだから、体が恐怖を感じてとってもおかしくない。
男性ももどかしい感情に苛まれている。緊張感と必死さが伝わってくる瞳に、彷徨は幼いながらもそのことを感じ取り、瞳から負の感情を消して見せた。
そして、男性が力強く一度頷くと、彷徨も短く頷いた。まるで、大人に素直な子どものように。
サイト閉鎖にともない移行しました、第1弾の前半。
ありがち?な事故ネタの姉弟パロです。一度パロってみたかった・・・。
ちょっと舞台台本くさくなりますがご理解を。