作:あかり
「ねぇママ、どうしておそらはあおくてきれいなの?」
「空は大切な人が私たちを見るための窓だからかもね。」
「たいせつなひと?だあれ?みえないよー?」
「ママのとっても仲良しのお友達よ。かくれんぼしてるから見えないのかな。」
「えー、ママとなかよしさん、みゆもあいたい。」
「ほんとね、ママも会いたいな。」
「あのね、みゆかくれんぼじょーずなの。みゆがみつけてあげるね。」
「ありがとう、みゆ。」
そういって、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。つよく、つよく。
そんな会話をしたのはいつだっただろうか。あのときのママは私をみて微笑んではくれていたけれど、頬には涙があとからあとからこぼれていた。あんまりにもソラがきれいだったからあれをみたらママも喜んでくれるだろうと一生懸命指差したのだ。
お仏壇にご飯をお供えして、台所までの戻りみち。縁側から見上げた空が蒼く、高く、暑いはずなのにどこか冷たい感じがしたからかもしれない。
まだ私が中学生で、西園寺でお世話になって初めてのお盆が近づいたころ。夕方の少し涼しくなった時間に赤とんぼがちらほら飛んでいて、私にとっては珍しかったから、「るうくん、みてごらん。」なんて声をあげていた。彷徨も最初は、にこにこしてたのに、赤とんぼがたくさん集まってきたのをみて「もうすぐ盆も近いな。」とつぶやいていた。いつも一緒ににぎやかにしている姿と全然違っていて、親しくなった彼をまるで知らない大人の人のように見せて怖かった。もちろん、その後すぐに「なにみてんだ?ぼおっとしてるぅをおっことすなよ。」と憎まれ口をたたいていたんだけど。数ヶ月前の母の日のときは今はいろんな家族がいるし・・・なんていってた。だけど、その後から、気づいたんだ。彷徨がご飯をいつも小さなお茶碗によそってること。いつもは目覚ましに起こされるまで目が覚めないのに、ぱちっと朝早くに目が覚めたことがあった。コトッと物音がして、廊下に影が見えたから影が通り過ぎた後そおっとのぞいてみたら、小さなお茶碗とお湯飲みをもって廊下の奥のほうの部屋にむかっている彷徨の姿が見えた。朝一番にお母さんのお仏壇にお供えしてるんだってそのとき初めて気づいた。そのあとも時々パチッと目が覚めた日はいつも、だった。たぶん、毎日ちゃんと手を合わせて挨拶をしていたんだと思う。あのころの私はどうしたらいいのか分からなくて部屋のことは知らないことにしていた。なんとなく部屋の中に入ることははばかられて、ソラに向かって手を合わせて彼方のお母さんにお世話になってますと挨拶をしていた。なんだか違う気もしたけど、お仏壇のことには触れてはいけないような気がしてそうするしかできなかった。
あの年のお盆、どうしたんだっけ・・・。
「どうした?ぼうっとして。」
「あ、彷徨。お盆が近づいたなあと思って。ね、るぅ君たちと一緒にお世話になってたとき、お盆どうしたんだっけ?」
「急にどうしたんだ?」
「あ、なんか昔のこと思い出しちゃって。あの年、どうしたんだろうって思ったの。」
「縁側で、みんなと一緒にソラを見上げたんだ。」
「ソラを?」
「そ。未夢が言ったんじゃないか。『天気がいいから縁側に座ろう』って。その後『今日は大事な日だからお祈りもしなくちゃね。』っていって手を合わせたんだよ。忘れたのか?・・・あの時は、嬉しかったな。」
「思い出した。・・・嬉しかったの?」
「ああ、嬉しかった。あの時、俺、最初はなんのことか分からなかったんだ。でも、『火も燃やすんだよね?』ってお前が言って、今年はるぅもいるし危ないからやめようかとも思ったんだけど。未夢のその言葉聞いて、やっぱりやらなきゃなって思って。送り火をたいたときにお盆だから西園寺に戻ってきてたかなとかなって言ったから、お盆のこと分からないなりに一緒にしてくれたんだなって分かったんだ。昼にソラを見上げてたのは、母さんに手を合わせたんだって気づいたんだよ。あの時は、ありがとな。」
「私、いろんなこと全然知らなくて。でも、彷徨のお母さんにお世話になってますって挨拶をきちんとしたいなって思ってたんだよ。でも、お盆とか縁がなくてどうすればいいか分からなかったから・・・。ママが昔、ソラから見守ってくれてるんだよって教えてくれたから、ソラ向かってお世話になってますって挨拶しようって思ったんだ。ママがその話をしてくれたのはたぶん、今思うとあれは彷徨のお母さんが亡くなったときだったのかも。」
「そうだったのか。」
「うん。彷徨がお仏壇に毎日挨拶しているのは知ってたんだけど、ほら、ハロウィンまであのお部屋入ったことなかったから。母の日のことがあったから、お母さんが亡くなってるのは知ってたんだけどそのことに触れてもいいのかとか分からなくて、知らんふりしてたの。ごめんね。」
「なんで謝るんだ?ハロウィンの後から、一緒に手を合わせてくれるようにたじゃないか。それに、お前が謝るんなら俺もだろ。俺もなんか母さんのことは最初に言いそびれてから、仏壇のある部屋も奥まってるしまあいいかって伝えなかったんだから。それに、今は一緒に迎え火たいてくれてるだろ。母さんも喜んでるよ。」
「喜んでくれてるならいいけど。」
「喜んでるだろ。まさか、自分が書いたように『未来ちゃんの子の未夢ちゃんと私の子の彷徨が結婚してくれたら楽しいのにな。』がほんとになったんだから。しかも、来年には孫も生まれるしな。」
「ええ、そんなこと書いてあったの?でも、なんか、嬉しいな。でも、そのご利益かもね。るぅくんがキューピッドになって、彷徨のお母さんが見守ってくれたから仲良くなれたのかもね。」
「かもな。でも、ワンニャーも忘れるなよ。すねるからな。」
「フフ、そだね。・・・瞳さん、いつも見守ってくれてありがとうございます。来年には彷徨と私の子が生まれます。この子のことも見守っていてくださいね。」
「かあさん、いつも見守ってくれてありがとう。それから、おかえり。」
夕方の風は少し冷たくて、昼にギラギラして熱くなった体を冷やしてくれる。風にのってそよそよと赤とんぼがたくさんむれていた。家の中から「わしも今からいく。」と宝晶の声がきこえてきていつもと同じ夏の夕暮れの時間。
でも、少しだけいつもの夕暮れとは違う空気。涼しくなって鳴き始めた虫の音がいつもよりも澄んでいる気がする。迎え火の煙は空高く、高く上っていく。
煙はどこか幻想的で、出始めた月もいつもと表情が違う。
肌を冷やしてくれる風にまぎれて、「ただいま」と柔らかな声が聞こえた気がした。