道端

作:あかり



手を合わせて、すこーし隙間を開ける。「はぁ。」って息を吐くと、隙間から出てきたのは少し白くなった空気。ほんのちょこっとの間だけだけど、手のひらが『ほわっ』て温かくなる。
「今日も寒いねぇ。」
「そうだな。」
「ルゥ君、ちゃんと上着きてくれたかな?ワンニャー、すっごく走ってたけど。」
「大丈夫だろ。ワンニャーなら。」
隣を歩くのはちょっと背中を丸めて猫背になって歩く彷徨。ぶっきらぼうで、あんまりペラペラしゃべる人じゃないけど、ちゃんと話を聞いてくれる。少し、間があいての返答も彷徨とだったらそんなに苦痛じゃない。一緒に暮らすようになって、だいぶ時間が経ったからかも。はじめは、「嫌な奴!!」って思っていたけど一緒に住むようになってしばらくして本当はそうじゃないって分かってきた。見てないようで、ルゥ君やワンニャー、もちろん私のこともちゃんと見てくれていて、助けがほしいなっていうときに、ちゃあんと手を差し出してくれる。意地悪なことをいったり、からかってきたりするのに、いつだって、「助けてほしいな」って思っているそのときに来てくれる。だから、正義の味方みたいだなんて時々思ってしまう。ほんとに時々だけど。
「なに?どうかしたか?」
「なんでもないよ。あ、みてみて霜柱だ。」
彷徨のことを考えていたせいか、つい彷徨を見てしまっていたみたい。なんでもないことなのに、ほっぺが熱くなる。何も悪いことなんかしていないのに。少し熱くなったほっぺたをごまかすように、ちょうど前に見えたいつもよりずっと白くなった地面を指差した。
「お、ほんとだ。前は、よく踏んでたな。」
「あ、彷徨も?私もだよ。一番乗りだと、ちょっと嬉しくなっちゃうよねぇ。・・・ね、ちょっとだけ踏んでこようよ。」
「転ぶぞ。」
「へーき、へーき。大丈夫だよ!!」



―サクサクサク―



呆れたように少し笑って「転ぶぞ。」なんて意地悪を言う彷徨を放っておいて一歩踏み出した。硬くて、でも少し柔らかい感じも残っている地面。一歩、歩いただけですこーしだけ地面が下がる。それに、いつもと違う感触と一緒に、小さな音もついてくる。ちっちゃくて、少し高い音に楽しくなってくる。
振り返ったら、歩いた後の少し黒くなった足跡。
渋ってた彷徨も、結局、霜柱を踏んでいくことにしたみたいで、後ろに続いているのは二人分の足跡。足の大きさも歩幅も違っていて、バラバラに見えるけど、時々ふいに隣どおしになっている。ただ、それだけのことなのに、なんだか胸がほっこりして嬉しくなる。理由は分からないけれど、ほっぺたが、かってに緩んでしまうくらいに。
「どうした?遅刻するぞ。」
最初に振り返ったのは、霜柱の上にできた足跡が見たかったから。
目の前に広がったのは、一つだけじゃない足跡。大きさも、歩幅も違っている。でも、時々隣り合わせになっているから、私と歩くときには、いつもより少しペースを落として歩いてくれているんだって思い出させる。気付いたのは少し前。こっちに来た頃とかは、隣を歩くとき時々遅れてしまうから小走りになることが幾度となくあったのに、このごろはあんまりないなって思ってた。いつかの帰り道、暗くなった先に彷徨が見えたから一緒に帰ろうと思って追いかけたら、普段どおりのペースでは全く追いつけなくて、結局かなり走らないと駄目だった。声をかけたあと、立ち止まってくれたから追いついたんだけど、その後も私が声をかける前とくらべたらずいぶんゆっくり歩いてくれた。だから、気付いたんだった。
私が気付かないときに、そっと優しさをくれてるんだなってそのときにふと思って、じんわり胸が熱くなったんだった。
今だって、ほら、霜柱を踏んでいきたいって話をきいて、一緒に歩いてくれる。
「ほら、いくぞー。」
一歩半手前で、じれたように言っているけれど置いていかずにいてくれる彷徨に、「うん。」って返事をして駆け寄った。

「ひゃっ。」
「未夢っ。」

踏み出した一歩が薄い氷に足をとられて、体が傾く。口から出たのは、言葉にならない声。
ぶつかるって思った瞬間、暖かなものが身体を支えてくれた。

痛さを思って、閉じた瞳をそろりと開く。目の前に見えるのは、見慣れた制服の色。
背中に回されているのは、目の前の人が伸ばしてくれた腕。
手に持っていたはずのかばんは、2つとも地面に転がっているのが見える。
「あっぶないなー。大丈夫か?」
心配そうに覗き込んだのは、助けてくれた目の前の人。声も、視線も、どの距離も普段よりずっとずっと近くて、どうしていいか分からなくなる。絡む視線に、身体も動かなくなってしまう。


どのくらい時間がたったのか分からないけど、ふいに視線がはずされて支えてくれていた拘束がふいに緩む。
「おっちょこちょいだなー、未夢は。やっぱりこけたじゃないか。」
あきれたように告げられるのはいつもの軽口。助けてはもらったけれど、口調が意地悪で助けてくれたのだけど、ちょっと腹が立ってしまう。ただ、視線が合わさっただけなのになんだか緊張してしまって体が動かなくなってしまったことがすごく悔しい。
もうって、いつものように言い返そうとしたけれど、「まあ、でもこけなくて良かったよ。」そんな風に言って、柔らかく笑うからもうどうしていいかやっぱり分からなくなってしまった。
「・・・ありがと!」
言うはずだった反撃は、返せなくなってしまった。せっかく、助けてくれたのに、喧嘩をしてしまったらなんだかバカみたいだなって思っちゃったから。一泊置いた後の、おっきな声の私のありがとうに彷徨はびっくりしたような顔をして、どこか、しょうがないなーって顔してまた笑った。
笑ってくれることが嬉しいのに、それでもどこかもやもやしてしまって、胸が締め付けられるように痛くなった。





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