電車

作:あかり



ゴトン・ゴトン ゴトン・ゴトン
ほぼ規則的に聞こえる音とそれとともに訪れる静かな揺れは心地よい気持ちにさせる。
時に高揚を時には抗いようのない眠気を。
横に長い椅子に座ってぼーっと流れる景色を眺めることも、気の置けない友人や家族とボックス席で他愛のない話をすることもどちらも結構嫌いじゃない。
そう、電車に乗ることは嫌いではないのだ。こんな状況になったりしなければ・・・


今日は未夢の家の定期チェックの日。家に誰も住んでいない状態が続くと家が荒れるというので、毎月とはいかないが、2月に一回は様子をみるようにしている。
まぁ、毎回なんにも変化はないのだけど・・・。3月に1回でもいいのではないかとも行く前は思っていた。けれど、やはり育った家に帰るのはうれしいのだろう。家の様子をみてから近くの公園でお弁当を食べたときや周囲を散歩したとき始終笑顔の姿を見ていると2月に1回でもいいかとも思っていた。でも・・・
「パンパっ。」
ぼんやりしていたのが不満なのか「うー?」と言いながら前の席から乗り出すようにルウがこちらを覗き込んできた。
なんでもないよと笑い返してほっぺをつつくときゃっきゃと笑ってご満悦の顔だ。


「んーっ・・・。」


その声に鼓動が速くなってしまうのは不可抗力だと思う。
膝の上で身じろぎする温かい物体は未夢の頭で、声は未夢の声だ。かれこれ15分は膝の上にのっているが起きる気配がないのだ。
せっかくの遠出だからと朝ワンニャーとはりきって準備していて疲れたんだろう。
始めにワンニャーがつぶれて「しかたないなー、ワンニャーは。」なんて言って5分と起たないうちにこっくりこっくり船を漕ぎ出したと思ったらすうっと膝に頭が下りてきたのだ。
揺り起こす暇などなかった。
だが、眠ってしまうのはしかたないにしてもだ、シャツを握って手を外そうとすると「イヤ・・・。」などとのたまうのはなんの拷問だと思う。
妙齢の女性がすることではないと思う。断じて。
なんとなく好ましく思っている彼女にこんなことをされると、ちょっと困る。
いや、ちょっとどころではなく。
最初は穏やかに微笑む寝顔を見て起こす気が失せてしまったけれど、精神安定上良くなさ過ぎるのでそろそろ起こそうと算段を始めて、一番害のない方法をと、ルウに起こしてもらうために前屈みになった。

とたんに下顎に激痛がした。
「いったーい。」「いてぇ。」
それから5分「やだ、なんで起こしてくれなかったの!?恥ずかしい。」とわたわたと手足をばたつかせて慌てる未夢をなだめるのに時間を要して、それに興奮して「きゃーっ」っと喜ぶルウを抑えるのにさらに5分。何事かと来てくれた車掌さんに事情を話して平謝りして5分。ぐったり疲れて今度は自分が眠ってしまって、うっかり未夢の肩にもたれてしまって彼女の悲鳴で目が覚めるまでカウントダウン0になるまであと少し。




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