階段

作:あかり


「あ、また伸びてる。」


夕暮れに長く伸びる影は、すでに最後の階段まで到達している。あと数段が一番きついんだよな、なんてことをぼんやり思っていたら聞こえてきたつぶやき。何のことだろうと、いぶかしく思う。なんせ主語がないんだから。

「なにが?」

「わっ。急に止まらないでよ。びっくりするじゃない。」

あと少しだけど、ちょうどいいからと足を止めると、遠慮会釈のない文句の声。まあ、いつものことだけど。
今年に入って一緒に住むようになった、家族といっても過言じゃないくらい近いところにいる彼女は、明るくて、おせっかいで、みていると飽きないし、なんていうかちょっと目が離せない。周りの友達とかルゥやワンニャーには優しいけど、俺には結構ひどいと思う。いろんな意味で。
けっこうひどい扱いを受けていると思うのだけど、それでも、気になってしまうのだからまったくもってしょうがないなと思う、自分が。

「だから、なにが伸びたんだよ。」

「あ、彷徨の身長だよ。前はこんなに差なかったもん。階段1個じゃそんなに思わなかったのに、今はほら、階段1個で彷徨の胸まで位しかないんだもん。なんか悔しいなと思って。」

ほらといいながら自分の頭と比べる未夢は、ちっちゃくみえる。まあ、階段の段差もあるから当然といえば当然なんだけど。むーとかなんとか言って、ぱっと表情を変えたか思うと、ポンポンと弾むように俺の横を通って2段階段を弾むように上がった彼女は、ふわりと笑ってこちらを振り向いた。

「これなら、私のほうが高いかな。」

視線の近さに声も出ない。無邪気に笑う顔が凶悪にかわいらしいということは、もういやというほど知っている。無防備で、無邪気で、わざとじゃないからこそたちが悪い。
けれど、しょうがないのだ。自分たちは『家族』なんだから。「あれ、一段上なのに一緒の身長じゃない。」なんてぶーぶー言っている顔もかわいいと思っている自分はほんとうに重症だと思う。体をずらして、頭の高さで背比べをしている未夢の手から逃れる。声に出すのは茶化すような言葉たち。そうやってごまかさないと心臓に悪くてしょうがない。

「俺が伸びたのもあるけど、未夢が縮んだんじゃないのか。」

「縮むわけないでしょ。」

「はは、冗談だよ。ま、成長期にはいったしまだ伸びるかもな。」

「ずるーい。私、もう止まっちゃってるのに。」

「ま、いいじゃん。さ、あとちょっとだし、早く上ろう。ワンニャーにしかられるぞ。」

「そだね。ワンニャー怒ると怖いんだよね。」

普段と同じ軽口の応酬、このくらいの距離がちょうどいい。「ワンニャーって時々お小言が、おばちゃんはいってて困る。」なんていって今度は先に歩き出した未夢を追う。階段1個分高い、背の高さはただの高さでしかないけれど、高くなった分守れるものが少しだけ増える気がしてくる。今は『家族』を守ることが第一だから、もうちょっと力がほしいと思う。ただでさえトラブルに巻き込まれやすい未夢やルゥを守るには必要なものだから。

「今日のご飯なにかな?」

さっきのしかめっ面から一転、ニコニコと笑顔で無邪気に笑う未夢に追いつくように力をこめて最後の石段をかけのけた。

















「そういえば、前も夕暮れ時に背比べしたよね。」
つい声に出してしまったのは懐かしい思い出で、彼が覚えてくれているのかも分からない記憶の確認。

一緒にでかけた帰り道。太陽が西に傾いて、あたりが黄昏色に染まっている。オレンジの景色はなんだかちょっと切なくて、懐かしい感じがする。あの頃なんども通ったこの階段で、ふと思い出したのは数年前の大切な思い出。何かがあったってわけじゃないからいつだっていうのは覚えていないけれど、ひどく悔しいと思ったから覚えている。あの頃の私は、私に持っていないものをたくさん持っている彷徨を羨ましいと思っていたから。

「あー、あったなそんなこと。」

なつかしそうに返ってきた言葉にちょっと驚いてしまう。だって、あれは毎日の生活の中の一場面でしかなくて大きな出来事が何度もあったあの濃い1年足らずの生活の中では、彼にとってはいろあせて忘れてしまっているだろうと思っていたから。

「覚えてるの?」

「ああ。未夢、こんな風にしただろ。」

不意に近づく彼に心臓の音がはねる。階段1個分だけ下に下りて向かい合わせ。あのころは、同じ目線になったけれど、今では1個でも足りない。少しだけ目線をあげなければ視線が交わらなくなっていた。それでも、近すぎる距離に頬が熱くなってしまうのをとめられない。あの頃の私が、ほんの数センチ先に彷徨の体があるこの距離が平気だったなんて、ほんとうに信じられない。

「階段一個じゃ足りないな。」

そうつぶやいて、ふいにかがんで目線を合わせられる。さらに縮まる距離に、ほんとうに困ってしまう。目線を落とそうとしていたのに、瞳を見てしまってはその視線に絡めとられて顔を伏せることができない。
一瞬か、永遠か、短いような長いような時間が流れて、それをといたのは彷徨のため息。
ふっと息をはいてまるで「しょうがないな。」とでもいうように笑われる。いつだって、からかわれるのは私なのだ。

「未夢、顔真っ赤。」

「・・・どうせ。ほんと意地悪。」

ぷいと視線をそらせて、横を向く。だって、そうするしかないじゃない。かなわないのだから。いつだって、私が振り回される。今だって、私が心臓が壊れそうになるくらいドキドキしているのだと彷徨はきっと知らない。ずるいなと思う。

「未夢がかわいいからいけないんだ。」

耳元にささやかれたのは、そんな言葉。脈絡もなく返された言葉に、もう一度聞き返そうと彷徨の顔を見ると、視線は熱をはらんでいて。普段なら、見上げなければならない彼の視線が、ほぼ同じところにあって、距離がゼロになることを予感して視界を閉じた。












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