作:あかり
「・・・なにやってんだ?」
部屋に入っての第一声が間の抜けたタイミングで発せられ、あまつさえ怪訝そうな声になってしまったのはいたしかたがないと思う。断じて俺のせいではないといってやりたい。
夏休み始まってそうそうに行われた体育祭の実行委員の話し合い。決めることが多すぎて、ひどく難航した。疲労感と、これがしばらく続くことへの憂鬱と、今日とりあえずの決着をつけられたことへのちっぽけな達成感をかかえて、やっと帰ってきたというのに、「おかえり。」の言葉がないことのむなしいこと。夏休みが始まる前にやたらと聞いたフレーズの曲が聞こえるから、扉をひらいて見たら、びっくりだ。居間で楽しげに飛んだり跳ねたりしている同居人が見えたのだから。しかも、ノースリーブにスカートと、おおよそ無防備極まりない格好で。
数秒、体は動くことを忘れていた。そういえば、『今日も真夏日となるでしょう』なんてニュースキャスターが言っていたなと他人事のように思う。たしかに今日もすごく暑くて、動かなくても汗がにじんでくる。未夢のことだ、少しでも涼しい格好をと思ったんだろう。でも、飛んだり跳ねたりするのには向いてないと思う、絶対に。
というか、同じ年の男と家族同然とはいえ一緒に暮らしているのだから、もう少し考えてほしい。家に帰ったときの心臓の悪さったらないのだから。本当に。
「体育祭のダンスの練習に決まってるじゃない。男子は良いよねー、組体操で。女子はダンスだから覚えるの大変なんだよ。」
声に気付いたのか、音楽をとめた後、同居人からかえされた返事は、こっちの気なんて知らないような言葉。口を尖らせて、ぶーぶー言っている。とはいえ、口調は不平でも、頬は緩んでいる。走るのは苦手そうだったけれど、多分、こういうのはどちらかといったら好きなんだろう。歌に合わせて踊っている姿は、格好もだけれどそれ以上に、流れるような動きと無心に踊っているその表情に、部屋に入った瞬間、目を奪われた。
未夢本人にはとても言えないけれど。
「組み体操も結構大変なんだぞ。それに、忘れてるだろ?俺は、応援団の団別応援の演技も覚えないといけないんだぞ。俺も覚えるの大変なんだよ。」
「あ、そっか。彷徨、応援団もすることになってたもんねぇ。そういえば、クリスちゃん彷徨が着てる白い学ラン見て卒倒してたよ。でもね、クリスちゃんだけじゃなくて、クラスの女子は皆、似合ってるし、かっこいいってほめてたよ。来年の美少年コンテストの写真は、白い学ランの彷徨かもね。」
クスクス楽しそうに笑って告げられる言葉。花小町の名前と美少年コンテストの名前が出たとき、ちょっと頬が引きつってしまったことに未夢が気付かないといいと思う。それに、気になるのは『クラスの女子は皆』には未夢も入っているのかって事。前は自分の周りの評価なんて興味はなかった。やらなくてはいけないことをやるだけだって、周りの声は関係ないってそう思っていた。だけど、未夢と一緒に住むようになって未夢の口から発せられる自分への評価に、じゃあ、未夢はどう思っているんだろうって気になってしまう。
「おまえなぁ、嫌なこと思い出させるなよ。」
「ごめん、ごめん。でも、白い学ラン似合ってたと思うよ。ああいうの着るとやっぱりかっこよく見えるもんだね。」
クスリと笑みを漏らして告げられたのは、ききたかった言葉。でも、少し返答に困るけど。
どう返事をしようかと迷っていたら、返事がない俺に首を傾げた後に未夢は、いつものように手をバタバタさせて慌てだした。言った後になってから,自分が言ったことに気がついたみたいで「違うよ。あの、みんな3割り増しくらいかっこよく見えるってことだよ。彷徨だけがってことじゃないからね。」なんて言って、これでもかってくらい頬を真っ赤にしている。湯気が出てくるんじゃないかと思うくらいに。
必死に否定してかかる様子が、おかしくて、かわいくて口元が緩んでしまうのは、もうしょうがないと思う。ごまかすように、頭に手を置いてぽんぽんとたたいてやる。
「はい、はい。分かってるよ。」
「もう、同じ年なのにいっつも偉そうなんだから。3割り増しに見えるなんてやっぱり目がどうかしてたんだ。」
「それは、ちょっとひどくないか?」
「全然ひどくないよー。もう、私練習の途中だったんだから、邪魔しないでよね。」
「悪かったよ。そういえば、体育祭、そういうかっこでおどるのか?」
「そうだよー。女子は、家庭科でスカート作ったでしょ?これがそれ。せっかくみんなで同じの作ったから、これにしようって。それと、ほらこうやってボンボンを尻尾に見立てて踊るんだよ。団ごとに色も変えて。かわいいでしょ?」
「へー。」
「へーって、それだけ?」
「・・・うさぎみたいだな。そのかっこ。」
「彷徨に意見をもとめた私がバカだった。ま、いいや。このまま練習しよっと。あ、おやつはワンニャーが冷蔵庫に入れてくれてたよ。多分、台所にいるとは思うけど。」
「サンキュ。」
「そうだ。忘れてた。おかえり、彷徨。」
「ただいま。ま、怪我しない程度に頑張れよ。」
「もう、いっつも一言余計なんだから。怪我なんかしませんよーだ。」
イーっと小さな子供みたいにして見せた後に、また、音楽をつけて練習を始めた未夢。体育祭で、これを皆が見るのかと思うと、どうにかして中止にならないだろうかと思ってしまう。ふわり、ふわりと未夢の動きに合わせて一緒に動く「しっぽ」ただの飾りのはずなのに、踊り以上に目を向けてしまう。「逃げると追いかけたくなる」と何かの小説で読んだけど、そのとおりだ。ぴょこぴょこ動くようすをみていると捕まえたくなる衝動に駆られる。四肢の動きも、未夢の表情も、それぞれがこの衝動を強くするトリガーになってる。
とらわれてしまったのは、こちら。向こうはきっと気付いていない。
それでも、一番身近にいるのは自分で。誰かにこの場所を横取りされないように、せいぜい頑張るしかない。いつまでも、目で追ってしまうのを強引に体の向きを変える。
「おかえりなさい、彷徨さん。・・・て、目がなんだか物騒ですよ?そんなに大変だったんですか?」
告げられるのは真実。でも、根本の理由は違っていて、苦笑がもれる。
「そうだよ、大変なんだよ。いろいろな。」
色んなことを含めながら、それでもいぶかしがられないように、返事を返す。
「パンパ」と名前を呼んで、ふわりと飛んできたルゥを抱きとめて、クシャリとなでる。
不思議そうに「る?」といった後に、ほわりと笑ったその後に、首元にぎゅっとつかまるように抱きついてきたから、「捕まえたぞ。」と言ってぬくい体を抱きしめた。
未夢がつけたんだろう、ルゥの服にもついている未夢とおそろいの尻尾。
小さな背中をポンポンと撫でるようにたたいてから、顔をのぞいてみると機嫌よくルゥが笑っていたから、今は、小さなウサギを捕まえただけで満足することにした。