作:あかり
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「ただいま。」
薄暗く、遠くでゴロゴロ鳴り出した雷の音。できれば雨が降り出す前に帰り着きたいと思って走って帰ってきたおかげで、なんとか濡れずに玄関までたどり着いたのは本当についていたと思う。ほんのり家の明かりが漏れている玄関のガラス戸にほっとして手をかける。
「おかえりなさーい。ワンニャー、彷徨帰ってきたよー。良かったぁ、彷徨帰ってきてくれて。」
ニコニコと満面の笑みで玄関から迎えてくれたのは未夢で、普段より過剰な出迎えのやり取りがこそばゆい。いつか夢見たものに既視感を覚えて。ふわふわと浮かんで未夢と一緒に帰りを迎えに来てくれたルゥにただいまと告げて、クシャリと頭を撫でる。「パンパ」と手放しに喜んで胸に飛び込んでくるルゥはいつもより興奮しているように見える。
「雷が近くなったでしょ?停電すると危ないし、懐中電灯とかってどこかなと思って。」
「あぁ、それで。」
「なにが?」
「いつもより大歓迎で迎えてくれたから、なーんかあるなと思って。」
分かってはいたけれど、理由があってのお帰りの歓迎に残念に思ってそれを隠そうと思っての憎まれ口。きっと、未夢は気付いていない。
「だって、私だけじゃ心もとなかったから嬉しかったんだもん。」
しかけたのはこちら、それなのに帰ってきた言葉に打ち抜かれる。あぁもう、本当にしょうがない。『惚れたほうが負け』なんて昔の人はうまいことを言ったなと思う。未夢の言葉に振り回されてばかりだ。頼っているとストレートに告げられる言葉はこそばゆくて、それでも「家族として」暮らしている今の身では、家族の頼れる一人として見られていることに心が軋む。今の状況では致し方ないにしても・・・。
「そりゃ、光栄だな。」
「なあに?彷徨、今日はやけにつっかかるね。」
わざとらしく、作ったように答えてみると、返ってきたのは不満そうな返事。唇もほんの少し出ている。もう、何十回と繰り返している軽口を言い合ういつものやりとりは、はやるような焦燥感をとめてくれるストッパーのひとつになってる。あんまり続けると本気の喧嘩になってしまうので加減が難しいけれど・・・。
「そんなことないぞ。ほら、懐中電灯だろ。居間に持っていくから、ルゥ頼むな。ろうそくも分かんなかっただろうから。持っていくよ。」
「うん。ありがと。ワンニャーもね、今日は早めに夕飯作りましたって言ってたんだ。今、準備してるところだから、早めに戻ってね。」
「あぁ、分かった。」
適当なところで会話を切り上げて奥の部屋にある押入れをめざす。手前にしまってあった、懐中電灯大きいものを3つ引っ張り出して電池をいれる。パチンとつけるとかなり明るい。朝、手を合わせるとき以外は普段入ることの少ない母の部屋からろうそくとマッチも取り出す。シンとした部屋、時間が止まっているような錯覚にさえ陥る奥まったところにある仏間。若くして亡くなった母の変わることのない笑顔に手を合わせて使うよと声をかける。写真の微笑んだ顔は変わることなく、いつもと同じようにこちらを見ている。未夢達が来てから、もうほとんど覚えていない母のことを以前よりも思い出すようになったのは、親元から離れているルゥを家で預かっているからだろう。それに、ルゥを抱いているときに見せる未夢の穏やかな笑顔は顔は全然似ていないのに、写真に写っている母を思い出させたり、ときどきひどく懐かしい気持ちになることがある。母も、自分が生まれたときにはあんなふうだったのだろうかと見ることのかなわない過去を思ったりもする。母の名を出すと、泣き出してしまう親父には絶対に聞けないけれど。
「かーなたー。まだー?」
沈んでいた思考を呼び戻したのは、未夢の声で間延びした声に苦笑する。
母を思い出すなんてとんでもない、あれはやっぱり自分の近くにいる天然でちょっと抜けていて、それでも目が放せないオンナノコだ。もう一度、手を合わせて、みんなの待つ居間にむかう。
ゴロゴロと帰ってきたときには遠くに聞こえていた音は、少しずつ近づいてきているようだ。
「もう、遅いよ。」
「ささ、そろったところでご飯にしましょう。停電してしまっては大変です。」
「きゃーい。」
遅いよと文句を言いながらも、ちゃんと待っていてくれて机の上には暖かなご飯が並んでいる。4人で囲む食卓はどこか暖かくて、何が来ても大丈夫な気持ちにさせる。
ワンニャーの特売の話だったり、未夢の話すクラスメートの話だったりご飯を食べている間もにぎやかだ。ただ、今日は雷が近づいているせいもあって雷鳴が徐々に大きな音を響かせ始めていた。
「ルゥ君、ご飯もういいの?じゃあ、こっちおいで。」
徐々に大きくなる雷の音と音の前に見え始めた光にルゥは興味津々で、未夢はおいでといいながらも少し震えている。フワフワと浮かんで、手を差し伸べた未夢の腕の中でもルゥはすこし落ち着きなくきょろきょろしている。
「ほら、もう大丈夫。」
抱っこをしているほうが安心なのか、未夢のほうがほっとした声をだしている。怖いと打ち明けられずに我慢するところが未夢らしくてなんだかほほえましくなってしまう。
つい、大丈夫だとポンポンと横にいた二人の頭を軽くたたいてしまった。無意識のうちに。
ルゥは、「パンパ」とご機嫌だったけど、突然のことに未夢はきょとんとしていて、目をぱちくりさせている。今、自分は何をした・・・とわれに返った瞬間、白い光と音が響いて一面真っ暗になった。とっさにかばったのは目の前にいた二人。真っ暗な中、腕の中は温かくて、なんとなくほっとする。雷が怖かったことなど遠い昔過ぎて思い出せないくらいなのに。温かいぬくもりを離したくないと強く感じたのは一瞬。
「大丈夫、ルゥ君大丈夫だよ。私も、彷徨もワンニャーもいるからね。」
ルゥの泣き声とともにつむぎだされた未夢の言葉は夢のようにおぼろげに遠い昔を思い出させる。停電の日、雷の音にびっくりして泣き出した俺を揺らしてあやしてくれた母さん。近くには親父もいて、灯りをともしてくれて未夢がルゥをあやしたように「私も宝晶さんもそばにいるから大丈夫」そう繰り返し言っていた。
ゆるゆると腕を緩めて傍にあった懐中電灯を手繰り寄せる。ぱちんとつけたそれはぼおっとあたりを照らす。照らされたルゥへ注がれる未夢の柔らかな目線は、先ほど白昼夢のように思い出された母の笑顔どこか重なる。一瞬「母さん」とつぶやきそうになったのをさえぎったのはとルゥのお皿を提げに台所にいたワンニャーの「ルゥちゃま、大丈夫ですか!!」というにぎやかな声。そうだ、親父も灯りをともす前は、ひどく慌てていて、大丈夫かと大きな声をだして近寄ってきたのだったと苦笑いしてしまう。灯りをみて、ルゥのぎゅっと握ったこぶしが緩まって、ヒクヒクとしゃっくりだけに変わる。少しずつ遠ざかっていく雷鳴を確認してクシャリとルゥの頭をなでる。「ブレーカー直してくる。」そう告げると「よろしく。ルゥ君良かったね。彷徨が電気直してくれるって。」とニコニコと笑顔で告げられる言葉。その横顔は先ほどみたものと同じはずなのに、母のそれとは違って見えてなんとなくほっとする。
ブレーカーをあげて居間へもどって始めに見えた「電気もどったよ。良かったね。」とルゥをあやして嬉しそうにしている未夢の顔。ルゥも、すっかり笑顔になっている。もちろん、ワンニャーも。
母の笑顔とぬくもりは手のひらからすり抜けるようになくなってしまった。
傍にいる暖かな存在を今度こそなくすことがないようにと掌をぎゅっと握った。