水の巫女

作:あかり



夏休みに入ってから数日はあいにくの天気が続いていたが、今日は晴れ。かんかん照りというのは今日のような天気をいうんだろう。テレビから聞こえてくる音声は「最高気温を今日は更新するでしょう。」と告げていて、今日も暑くすごしにくいものであると知らせる。それでも、まだ太陽は天上までは昇りきっていなくて、縁側から吹き込んでくる風は少しではあったけれど体を冷やしてくれるし、時々なる風鈴のちりんという高い音はなんとなく体の熱を冷ましてくれる気がする。気休めではあるけれど・・・。



「あついよー。」
パタパタと団扇を扇ぎながら、休み前に出された膨大な量の宿題をやっつけていると、テーブルの向かいから情けない声がする。先日買ったというお気に入りといっていた白いワンピースをきた未夢がいつものようにテーブルに突っ伏して弱音を吐いている。まだ宿題をはじめて、1時間も経たないというのに。白いその服を着ている未夢はだらしない格好をしているのに少しまぶしく見える、理不尽に思って目線を一瞬天井にうつす。
「もうお手上げか?」
「だって、暑いんだもん。彷徨は涼しそうだね。」
「俺だって暑い。そんなんじゃいつまで経っても終わらないぞ。夏休みの終わりに泣くことになっても俺は知らないからな。」
「分かってるよぅ。でも、彷徨、汗ひとつかいてないじゃない。うー溶けちゃうー。」
暑いから団扇で扇いでいるというのに、何をいっているんだろう。汗だって、未夢に見えてないだけだ。ついでに、人は絶対溶けない。・・・まぁ、ものの例えだとは分かっているけれど。
「未夢のうちにはクーラーあったんじゃないか?もしかして。」
「うん。去年は夏休み中ずっとクーラーつけてたよ。新学期に入ってからその分すごーくきつかったな。」
うちは、高台にあるから窓を開ければ多少なりと風が通ることもあってクーラーはおいていない。未夢の実家にはクーラーがあるんだろうことはなんとなく想像してた。毎年その恩恵にあやかっていれば、クーラーのない西遠寺ですごす夏はきついだろう。俺は、毎年のことだからなんとか耐えられるけど。そういえば、毎年朝にしている水撒きを今年はしていなかったなと思いだす。
「水撒きでもするか?少しは涼しくなるぞ。」
「水まきって、おけに水をくんで、ひしゃくでぴしゃってするあれ?」
「まあ、それに近いな。うちは境内ひろいから桶と柄杓じゃなくて水撒きホースだけどな。」
「情緒なーい。でも、やりたい。ねぇ、最初だけでいいからおけにひしゃくでやってもいい?いっぺんやってみたかったんだー。」
「いいぞ。桶は外の物置な。そのなかに多分柄杓もはいってたんじゃないかな。俺はホース準備してくる。」
「はーい。ルゥ君とワンニャーもおいでよ。水まきしよう。お水まいた後、すこし水遊びもしよう。」
さっきまでくたびれていたのが嘘のようにはしゃぐ様子に現金だなと思う。
でも、感情に正直にくるくる変わる表情を見ているのは飽きない。毎年、夏休みは大きなこの家で一人で過ごしていたのに、今年はほとんどの時間を4人で過ごしている。不思議な感じがする。これまで、一人の時間を寂しいと感じたことはなかったけど。



「暑いけど、なんか楽しいー。」
ホコリまみれの桶と柄杓をひと騒動しながら物置から出して、今は、すっかり水撒きに興じている。とはいえ、どちらかというと水遊びにほとんど近かったけれど。
「ルゥちゃま、水をこっちに飛ばさないでください。」
「きゃあ、マンマ。」
ルゥは得意の超能力で水の玉をパチンコよろしくいろんなところに飛ばしているが、反応が楽しいんだろうワンニャーのいる方向へ5割がた飛ばしているようだ。ホースで庭に水を撒いていると、突然水をかけられた。ピシャッと音がして、頭から水がボタボタ流れて、Tシャツ、ズボンをぬらす。かけてきたのは言うまでもない、左手に桶、右手に柄杓を持った未夢だ。
「え、えへ。ごめんね。彷徨。」
そう言って、笑う姿に一瞬動きが止まる。水撒きをしているから、まぶしい光の中水滴が舞っていて、そんななかで見ほれてしまうほどきれいに笑うから動けなくなった。分かっている、舞っている水滴は、ルゥが気まぐれに飛ばしたもので、服からでているむき出しの肌で光っているのはさっきまで撒いていた水でできた水滴だって。理性では分かっている。
でも、目を離せなかった。
「怒ったの?ごめんってば。」



「ごめんですむか。」



動きを止めた俺に、笑みと一緒に出された声で体が動き出して、悔し紛れに出た言葉はそんな言葉。
動き出した体にこれ幸いと八つ当たりのように先をつぶしたホースで水を一瞬かけてやる。
今度動きが止まったのは未夢のほうで、こちらを見てあっけにとられている。柄杓で撒かれた水と、ホースからでる水の量では一瞬でも大きく違っていて未夢は、上から下までびしょぬれの大惨事だ。俺の顔をみて、自分の体を確認するため、往復した回数3回。どれだけ鈍いんだろう。
「謝ったのに、なんてことするのよー。彷徨のバカー!!」
叫び声とともに桶に残っていた水全部を引っ掛けられたのは言うまでもない。
それからどちらからともなく水掛合戦がはじまってほんのしばらく。悔しく思っていた気持ちは文字通り、水とともに流れてしまった。多分、未夢も怒っていたのを忘れてしまったんだろう。ある一瞬目線が合わさって、大笑いをして笑いあう。
動きを止めてしまった一瞬に心に渦巻いた気持ちはすっかりなりをひそめてしまった。
どうして、目が離せないんだろう。どうして、まぶしく思ってしまうんだろう。
えんえんと続く渦巻く疑問符への答えは分かっている。それでも、クラスの皆に揶揄されるとおりだと認めるのは悔しい。


それに、『未夢は家族だ。』
呪縛のようなその言葉で、自分の気持ちを封印する。
「ルゥ君、おいで。彷徨が虹見せてくれるって。」
そういって、小さいルゥと一緒に水をまとって駆け寄ってくる様子はやっぱりまぶしい。けして触れることは出来ないと感じさせるほど。封印した気持ちはずしりと重い。だけど、この姿を知っているのは自分だけだとおもって溜飲を下げた。




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