作:あかり
季節を一巡するほどの期間を一緒に暮らし、家族だった2人と1匹が旅立って2日。もうすぐ最後の1人も本当の家族の元へ帰ってしまう。自分の家族も・・・父もインドから帰ってくる。
これで、元通りになる。
急ごしらえの家族と過ごした1年足らずの時間は、あまりに鮮やかで、過ごした時間は今思うとあっという間だった。ワンニャーにルゥにペポ。帰ってしまって2日間、名前を読んだらまた現れるんじゃないか、何度もそう感じた。
「いってらっしゃい」と見送って、寂しい気持ちがなかったといったら嘘になるけれど笑顔で見送ってやりたかったのは本当の気持ちだ。迎えが来ると分かるずっと前から未夢と何度か話して決めていた。俺たちが寂しがったりしたら、ルゥは旅立てなくなるからと。今もその選択に間違いはなかったと思っているし、後悔もしていない。
ただ、急ごしらえの家族で最後に残ったもう一人、未夢。ルゥたちが旅立った後も、あいつが全然泣かない。喜怒哀楽が人一倍激しくて、情にもろいあいつが。仲の良いクラスメイトの前でも泣いていない、俺の前でさえ笑顔を絶やさない。瞳の下が赤くなっているというのに、「あくびをしたから」なんて下手な嘘をついて。
「なぁ、未夢。」
「何、彷徨?・・・どうしたの?」
「いや、・・・なんでもない。」
「変な彷徨。・・・ふぅ。やっぱりここの階段はつらいなぁ。でも、もうすぐ毎日は上れなくなるなんて思うと今はきついけど、ちょっと寂しいな。」
そんなことをいってあいつは俺に笑顔をむける。笑顔で見送ると約束はしたけど、その後も泣くな、なんて言っていない。でも、多分あいつは今泣くと約束を反古することになるなんて思っているんだ。多分。もう、泣いてもいいんだぞといいたいのに、ずっと笑顔でいるこいつをみていると余計に言えなくなる。いや、言わせなくするんだ。
「で、彷徨本当にどうしたの?」
「あ・・・いや。今日の夕飯何にするか考えようぜ。」
「めずらしいね、歯切れ悪く話すの。あ、分かったカボチャ料理にしたいから言いにくかったんでしょう?まだ半分余ってたもんね。いいよ。ほんと、好きなんだねー。」
「いいだろ、カボチャ。うまいし。」
「まぁ、おいしいのは認めるけど。嬉しそうにしちゃって。」
表面上は穏やかに、緩やかにこの2日間過ぎている。何とかしなくてはと思ってはいるけれどなかなかうまくできない。深入りして、傷つけたくなかったから。心ならず、好いている女の子だから。だから、余計に不用意に心をのぞいたりこじ開けてしまうてしまうことが怖かった。
好きだからこそ、攻めあぐねいてる。
トン・トンと包丁の音が台所に響く。時々、途切れながらではあったけれど。家にきた頃の危なっかしい持ち方はもうしていなかった。作業の合間に少し話したりも出来るくらいには未夢は上達してた。ワンニャーの手伝いの賜物だろう。
「彷徨のカボチャ好きのおかげで、少しはカボチャ料理作れるようになったかなぁ。」
「少し?未夢の場合かなりじゃないのか?」
「むぅ、事実だけど・・・なんか悔しい。」
「たぶん、未夢の両親もこれ作ったらびっくりするんじゃないか?帰ってきた日は、これと同じようにつくろう。お、煮物うまくできた。」
「そだね、って彷徨はカボチャ料理が食べたいだけでしょ。よし。サラダもこれで出来上がり。お皿とってくるね。」
「あ、煮物を入れる大皿も頼む。奥の棚に入ってるんだ。」
「うん。あ、フライパン見ててね。弱火だから大丈夫だと思うけど。」
「おう。」
奥の棚と妙な節で歌いながら向かっていくのを背中で聞いていたのに、戸棚を空けた音がした後、急に静かになった。いぶかしく思って、火を止めて振り返ると、呆然と手の中のものを見ている未夢の姿が見えた。未夢が手にしていたのは、おそろいのコップだった。手元を覗き込むとワンニャーの手紙が一緒においてあった。
『鍵、大事にもっていてきっとこれを持って次は帰ってきます。コップはばらばらにするのはなんだか寂しい感じがしましたので、これは置いていきます。未夢さん、彷徨さん、次にきたときにはこれでお茶を出してくださいね。 ワンニャー』
3つあった西遠寺の鍵。帰ることが決定的になった日、ワンニャーからいったんは鍵を返すといわれて渡された。手元に戻ったそれは、小さいのに重みを持っていて、次があるかなんて保障はないけど、でも、その未来があると信じていたくて「ただいまって帰ってこいよ」と言って渡したままだ。その後、いろいろあって、今ポケットに入っている鍵はワンニャーが使っていた鍵で、俺が使っていた鍵は手元になく、何億光年も離れた場所にいるワンニャーの首元にかかっているはずだ。あの時、あいまいになっていた「別れ」が決定的になった瞬間だったけれど、未夢は頬を流れるものはあったけど嬉しそうにしていて、ワンニャーも泣き笑いになってた。
でも、今は・・・。体に力を入れて泣き出すことがないようにこらえるように固まって小さくなっていた。いつも以上に小さく、はかなく見えて壊れないようにそっと名前を呼んだ。「未夢」と出した声は、自分でも驚くくらい硬くて小さな声で、それでも未夢の耳にはちゃんと届いていて、ピクリと体を震わせて振り返るけど、視線は手のひらのコップに向かっていた。
「ごめんね、なんだかちょっとびっくりしちゃって。・・・大丈夫だよ。」
顔を上げて無理に笑顔を見せて、涙をこらえて作った笑顔は笑顔になっていなくて。こらえ切れなかった雫が頬を流れた。「あれ?なんでほっぺた濡れちゃうんだろう」とかなんとかいってそれでも笑おうとするから、胸があつくなって自分も顔がゆがむのが分かる。
こらえきれず、ぐいと肩を引き寄せた。
「彷徨」
名前を呼ばれて、頬を熱いものが流れたのが分かって、体が震えた。こらえ切れなかった泣き声が口から漏れて、泣き崩れた未夢と一緒に自分も泣いていた。
声もなく、抱き合ったまま。
どのくらい時間が過ぎたのか分からなかったけれど、はっと気付くと部屋は薄暗くなっていた。腕の中にいる彼女も泣き止んで、目線を合わせると「いっぱい泣いちゃったね。」と頬は濡れてはいたけれど、いつもの笑顔で言ってくれた。「そうだな。」と返事をして、抱き合ったままだった姿勢から距離を置く。
「もう、無理して笑うなよ。俺も気持ちは同じだから。」
「うん。でも、いっぱい泣いたからもう大丈夫な気がする。」
「だな。俺もだ。」
「・・・コップ、私も置いていっていいよね?」
「あたりまえだろ。」
ためらうように聞かれた言葉にそう返事をしたら、顔をほころばせて一瞬見とれるような微笑をして「ありがと」といってくれた。
いままでいえなかった気持ちを今なら言っても良いような気がして「あのな」と口を開いたら、未夢も頬をそめ、少し緊張したようにその身を硬くしていた。
「クー」
気の抜けた音がして、その張本人の目の前の未夢は顔を真っ赤にしている。なんだか声にならない叫び声をあげていて、それがおかしくて、でもかわいくて手の届く位置にいる未夢の髪をくしゃりとなでた。肩に入った力はすっかり抜けた。短く息を吐いて、言おうとした言葉は、胸のうちにしまって「さ、飯にしようぜ。腹減ったし。せっかくのカボチャがさめちまう。」と声をかけた。
「ほんとに彷徨はカボチャ好きなんだねー。」
恥ずかしがっていたのを忘れたみたいに、あきれたように言う未夢に、カボチャが一番ってわけじゃないんだけどと小さく答える。言うべき言葉はもう分かりきっていて、多分帰ってくる返事もいい返事がもらえるんじゃないかとうぬぼれかも知れないけど思っている。きっかけになる言葉を発することも、伝えることも簡単だ。けれど、未夢とすごす西遠寺の時間は残りわずかしかなくさっきのあの一瞬はそれを伝えるのにいい機会だったんだろうとも思う。それでも、ワンニャーに託されたポケットの中にある鍵を渡すまでは、次の扉を開くことはしないでおこうと思う。
不思議そうに首をかしげる未夢を、ほらとせかした。