作:あかり
寒いのは、そんなに嫌いじゃない。のんびり本が読めるし、なんとなく落ち着く。
しかも、今は4人で暮らしているせいか、冬ではあるけれど温かく感じる。多分、それは斜め前に座っている未夢も感じてるんじゃないだろうか。
「どうしたの、彷徨。こっちぼーっと見てるけど。あ、もしかして、さっき食べたお団子のきなこがほっぺについてる?」
ただぼーっとしていただけなのに、勝手に勘違いして「出かける前に気付いてよかったよぅ、恥ずかしー。」とかなんとか叫んで、パタパタとほっぺをこする様子はなんだかこっけいで笑ってしまった。笑う俺をみて、「笑ってないで、取れたかどうか教えてよ。」って言っていたから。きなこがついてたわけでもなかったけれど「悪い、悪い。取れたよ。」と返しておいた。ついてなかったというと、怒りだしそうだったから。
「笑うなんてひどいよ、彷徨。なんでこれで女の子にもてるのか不思議。でも、よかったー。出かける前に気付いて。笑ったのは許せないけど、でもありがと。」
「天地や小西と約束してるんだったか?」
「うん。デパート行くんだよ。」
「お前、この前も行ってなかったか?」
「こんどはねー、春の洋服を見に行くの。」
「へぇ、で何時から?」
「えっと、11時の約束だよ。」
「・・・そろそろ出ないともうすぐ10時30分だぞ。」
「え、うそ!?さっき9時だったよね?」
「台所の時計なら止まってるぞ。」
「えっ・・・。大変だ!!早く教えてよー!!彷徨のバカー!!あ、ルゥ君いってきまーす。」
ばたばたとあわただしく出て行ったせいか、ふすまが開いて寒い。ふすまの前で、あっけに取られているワンニャーと目が合って「しょうがないなー」って言い合ってパタンと閉めた。
あわただしいのはいつものことだ。一人で慌てて、一人で怒って、一人で喜んでほんとに忙しいのだ。未夢は。表情が乏しい俺の3倍くらい表情をくるくる変えているように思う。おかげで、見ていて飽きない。あいつは、それをからかってるといって怒ることが多いけど。
ぼんやりと思考が流れて、ふと頭を振る。いぶかしそうに見ているルゥになんでもないとくしゃっと髪を撫でてさっきの推理小説の続きに戻ることにした。未夢と話していたのもあって、読み始めたばかりでまだまだ犯人を見つけるには先が長そうだ。
「彷徨さん、すみません。ちょっと買い物に出かけたいのですが、今日は寒いのでルゥちゃまをお願いしてもいいですか?」
お昼も過ぎて、ようやく本を読み終えてパタンと閉じると待っていたかのようにワンニャーから声がかかった。たぶん、本当に待っていたんだろう。ワンニャーは時々変なところに気を使うことがあるから。「いいよ。」と答えて眠る体勢に入り始めたルゥを抱える。最近だんだん重くなってきて、赤ん坊はこんなに早く成長するんだなとびっくりする。ルゥは家では浮かんでいることが多いけど、多分もう少ししたら歩き始めるんだろう。それまでここにいるかはわからないけど、多分、未夢あたりが大喜びしそうだなと思うと想像できてしまって笑ってしまった。声が漏れたのか、ルゥがムーと顔をしかめたので、ワンニャーが指をたてにして『しー』と言う。多分、今日もなかなか昼寝をしないルゥにてこずったんだろう。片手で悪いと返事をして、買い物に送り出した。
眠る体制になったものの、布団におろすと、すぐに目を覚ましてしまうので抱っこしたまま座って毛布をかけていた。多分、ルゥも温かくて、囲った毛布に包まれて、温かくて気持ちよかったせいかいつのまにか一緒に眠ってしまった。
「ただいまー。」
声と、手の中で身じろいだように動くルゥの様子にぼんやりと目を開ける。
定まらない視線の先に、遊ぶようにゆれている金色の糸が視界にはいって動く方向へ顔を向ける。はっきりしてきた視界に映ったのは未夢だった。腕に目を落とすと夕方の4時で、早い帰宅に変に思いながら「おかえり」と小さく返した。
「寒いし、雪もふってきたから早めに帰ってきちゃった。ルゥ君、よく眠ってるね。彷徨もみたいだけど。」
笑いながら、やっぱり小声で返されて家を出たときと少し様子の違う未夢に違和感を覚える。服が変わっているわけでもないのに、へんだなと思ったけれど、答えはすぐに分かった。鮮やかに彩られている口唇だった。一度きがつくと今まで気付かなかったのが不思議なくらい濡れているようなそこに目がいってしまう。
つい、手を伸ばしてしまうほどに。
「彷徨?」
怪訝そうな未夢の声にはっと気付いて伸ばしかけた手を肩口にそらして「糸くず」と答えて見えないそれを払った。
「口紅か?それ。」
赤くはないそれを不思議に思って尋ねると、「グロス。」と返事が返ってきた。それと一緒に「この前みたいに妖怪なんとかとか言うつもりじゃないでしょうね。」という少し怒ったような言葉も。何のことだといぶかしく思って、思い当たって、その後みた夢も一緒に思い出す。未夢も言った後に思い出したようで、耳まで真っ赤になっている。
さまよっていた視線が合って、離せなくなる。
「ただいま帰りましたー。」
永遠のようで、おそらく数秒のその固まった空気を壊したのは、ワンニャーの間延びした言葉だった。とけたような空気に、ほっとしてがっかりもする。溶けた空気になってすぐ俺に背を向けた未夢は「わ、私、迎えにいってくる。・・・お帰り、ワンニャー。」なんて言いながら玄関までパタパタ出て行った。未夢と入れ違いに入ってきた冷たい空気が頬に気持ちがいい。多分、俺も未夢みたいに朱の入った顔になっているんだろう。
なんで、こんなに目が行くんだろうと思うこともある。でも、クラスの皆や矢星がからかうように答えは多分出ている。けれどもう少し、答えを出すのは後にしようと思う。
今、腕の中にある重みと玄関でやり取りしている賑やかな声を守ることが、一番大切だから。
いい夢を見ているんだろう、ふいに笑った寝顔のルゥをみてじわりとあたたかくなる気持ちで胸の奥の騒ぐ気持ちを押しやった。