作:あかり
明日は西遠寺からもとの家に戻る日だ。
私の手の中には、西遠寺の鍵がある。
うちにいた頃から私は家の鍵を持っていて、毎日私はその鍵を使って誰もいない家に帰っていた。でも、今握っている西遠寺の鍵は、使った回数はほんの数回。
家には誰かかれかがいて、一人で部屋にいることはあっても、誰かが家の中にいて、その大部分はルゥ君やワンニャーで、始めは戸惑ったけれど、一人ぼっちの家に帰らなくてはいけなかった家と比べると西遠寺は本当に帰ってきたくなる家だった。鍵も渡されて、始めは違和感があったけれど、今は手に持っていても全然違和感がない。私が、ここにいたっていう大事な証拠のひとつ。
でも、この鍵は、返さなくてはいけないものだ。
だって、私も家に戻るんだから。
ルゥ君とワンニャーがオット星に帰れることになった日、ワンニャーはお世話になりましたって言って彷徨に鍵を手渡した。
彷徨は、しばらくじっと渡された鍵を握って、一瞬私のほうをみてワンニャーに渡し返していた。これは、貸しておくって。
あれは、多分私に気を使ったんだと思う。ルゥ君やワンニャーがオット星に帰れることを喜ぶ一方ですごく寂しい気持ちがあったことも確かで、どうにもならないもやもやした気持ちが続いていて、鍵をワンニャーが彷徨に返してしまったら二度と、もう二度と会えないことが決定的になってしまう気がした。だから、ワンニャーがそっと彷徨に鍵を手渡したのを見て体がこわばってしまって、私はワンニャーが渡したその鍵から目が離せなかった。
後から思うと、彷徨は私のそんな姿を見てたんだと思う。
彷徨からもう一度渡されたその鍵をワンニャーは大事そうに抱えて、「ずっと大事に持っています。また、時空のひずみにつかまってしまったら使わせてください。」って言っていた。彷徨はそれをきいて、今度は迷子じゃなくてちゃんとうちに遊びに来いって返事をしていた。それと、お邪魔しますとか言ったら追い出すからなって、ただいまって戻って来いよって。
オット星は何億光年も遠い遠いところにあって、星だって何十億と瞬いている中で、地球の西遠寺にたどり着いたその偶然がまた起こるなんてほとんど奇跡だ。それでも、もしかしたら、会えるかも知れない。西遠寺とのつながりを持ってさえいれば、また今度も家族みたいに過ごした4人に会える。そう思うのは彷徨が言うように私がバカだからなのかな。
ぎゅっと手のひらの中であったかくなった鍵を握り締める。もし、できることなら、私も西遠寺の鍵を持っていたい。そうすれば、もっているだけで暖かい家族のように過ごした4人の生活を思い出せる気がするから。
私もここですごした大切な時間を、大切な場所を、大切な気持ちをここに置き去りにしたくなんかない。
「これ、返さなくちゃいけないよね?」
「・・・なんで疑問系なんだ?」
明日は私が家に帰る日で、今は夜で。明日も早いし、少し疲れたから眠るとパパとママとそれにおじさまも早々と眠ってしまった。おやすみなさいと皆が寝てしまって、居間には彷徨と私の二人で、みんなのいるところではなんとなく渡したくはなくて今日一日いつ渡そうかとずっと握っていた鍵をきゅっと握った。さっきまで暖かかったのに、なんだか今はちょっと冷たい気がする。うつむいて、なんて返そうか迷った。本当に、困ってしまった。
私の気持ちは、この鍵が西遠寺との唯一のつながりに思えて仕方なくて、私のものではないのに、ずっと持っていたいと思ってしまっていたから。
「未夢。」
長い沈黙の後に、不意に名前を呼ばれてびっくりしてしまう。いつも、そうやって呼ばれていたはずなのに、なんだかすごく緊張してしまう。そっとうつむいていた顔を上げる。顔を上げたその先には、いつも見慣れていたはずの彷徨の顔があって。でも、なんだかその表情はいつもと違ってた。
「未夢、その鍵は返してくれ。」
彷徨の口から出てきた言葉は残酷だった。私には、鍵を貸してはくれないといっていたから。頭が真っ白になってしまって、目頭が熱くなってきた。
私は、いつだって彷徨をどこかで信じていて、私を傷つけることなんてないって思ってた。もちろん、口げんかはするし、嫌なことも言うけれど、肝心なところでいつだって助けてくれていたから。寄せ集めの4人家族の大事な一人だと思ってくれていると感じていたから。だから、突き放されたみたいで、すごく悲しい。すっと頬につめたいものが流れるのをどこか遠くで感じた。
「未夢、ごめん言葉が足りなかった。泣くなよ。変わりにほら、こっちをもっていけよ。」
冷たくなった気持ちに暖かな光をくれたのは、冷たくした張本人の一言で。のろのろと顔を上げる。手のひらに乗せられたのは、ルゥ君とワンニャーが使っていた鍵だった。
あの時、確かに彷徨はワンニャーに渡したと思っていたのに。
言葉も出ない私をよそに彷徨はなんでもないみたいに言葉を続けてきた。
「オット星のおまじないだとさ。ワンニャーが言ってたから怪しいもんだけど。お互いのものを交換して持っていたらいつかきっと会えるって言われているんだと。それが同じ形のものならなおさらだって。俺たちは、4人だからな。鍵は3つしかなかったけど、でも、ワンニャーがずっとルゥと一緒にいるのは変わらないだろうからな。俺が持っていたのをワンニャーが、ワンニャーが持っていたのを未夢に未夢のを俺に。そして、こうやって、あわせる。これでおまじないの完成なんだって。まあ、何にもしないよりはなんとなく効果がありそうだろ?」
カチンと鍵と鍵があたって硬質な音を聞いて、こんどこそしっかり彷徨を見たら、穏やかに笑っていた。その顔はすごく大人びていて、知らない人のように感じたけど、それでもほっとする。
「よかった。」
ぎゅっともらった鍵を握り締める。彷徨に渡されたその鍵は、私の体温より冷たいはずなのに、なんだかとっても暖かい。
「そんなに嬉しいのか?」
「うん。すっごく嬉しい。ありがとう彷徨。」
「どういたしまして。」
「あのね、わたしも、ただいまって帰ってくるね。いつも、ずっと、絶対に。」
彷徨はびっくりしたみたいに私をみて、その後にふいって顔を背けた。不思議に思って「彷徨?」って呼んでみる。ワンニャーにはお邪魔しますって言ったら追い返すぞなんていっていたのに。
名前を呼んだら、こっちを向いてくれた。怖いくらいのまじめな顔で、何を言うのかなって思ったら、なんてことなかった。
「未夢が言ったんだから、約束は守れよ。」
「うん。」
変にも思ったけれど、それ以上に嬉しくて、即答したら、彷徨はまじめな顔をといて苦笑してた。その顔はいままでで一番やさしい顔の気がした。手のひらに乗った鍵もいつもと変わらないはずなのに、やさしく見えた。
西遠寺を出て、何年も月日が流れてもちろん私は約束どおり「ただいま」って西遠寺になんども帰った。そして本当に帰る家はここになった。私の苗字も西遠寺に変わって、そのことにも慣れた頃に久しぶりに懐かしいメンバーが集まった。
仲良しの女の子たちとのガールズトークで「プロポーズの言葉はなんでしたの?」って聞かれて私が答えようとしたら近くで聞いていたのか彷徨が俺が言うって言った。黒須君がピーって指笛を鳴らして、何を言うつもりだろうって思っていたら、「「いつも、ずっと絶対にただいまっていって西遠寺に帰ってくる」ってこいつが言ったんだよ。」って言って、遠い昔、中学のころに一緒にいた頃みたいに意地悪そうに笑った。
それから一年後、家族が増えてにぎやかになった西遠寺に3人で別々に持っていた鍵がそろう。喜んで3つの鍵を合わせてカチンと鳴らす。金属音なのにひどくやさしい音に皆で微笑み合う。とりとめもなく、これまでの話をして大きくなったルゥ君にプロポーズはちなみに何だったの?聞かれて同じように彷徨が意地悪そうに笑って答えて「彷徨の意地悪」って私が返して、とりとめもなく言い合っていたら、ワンニャーに変わらないですねとあきれられて、ルゥ君にクスクス笑われるのはそう遠い未来じゃない。