作:流那
最近、よく夢を見る。俺の横にお前がいる夢。
未来(これから)の自分がどうなっていくのか分からない。
お前の横で笑っているのか。
それとも泣いているのか。
こんなにもお前は俺の近くにいるのに、
不安な気持ちは消えない。
純粋で、それでいて自分の夢に向かって
真っ直ぐに進んでいくお前が遠くて。
置いていかれるのが怖くて。
必死でお前に追い付こうとしている。
お前との未来を掴み取るために。
*****
12月17日
「ただいまぁ〜。」
玄関から未夢の声。
もう時計は9時を回っている。
最近、未夢の帰りが遅い。
中3のとき、未来さんが勝手にティーンズ雑誌の読者モデルに応募したらしいのだが、見事グランプリに輝き、それが読者に好評らしく、読者モデルとしての契約が過ぎても、その雑誌の専属モデルとして契約を交わした。仕事は高校に入学して、西園寺に戻って来た今でも続けている。
まあ、雑誌の編集部と未夢が所属している事務所の配慮で、
なるべく東京に行かずとも、こっちで仕事が出来るようにしてくれてはいるのだが、
その関係で断っている仕事も多いらしい。
それでも、地元(こっち)ではちょっとした有名人になっていた。
それが、時々俺を不安にさせる。
今の俺は、中途半端だから。
まだ、夢の途中で立ち止まったままだから。
「ふぅ、今日も疲れましたなぁ・・・。」
そう言いながら居間のふすまを空ける。
「おかえり、ほらホットミルク。」
さっき暖めたばかりのミルクを出してやる。
(こいつ、最近ほんとに疲れてるな・・・。まあ学校と仕事の両立じゃ仕方ないか。)
そう思いながら。
「ありがと。」
未夢はにっこり微笑む。
その笑顔を何度となくカメラに向けたのか?と思うと少し不安になる。
だけど、その笑顔を独り占め出来るのは自分だけ・・・。
俺は少しだけ優越感に浸っていた。
「そう言えば、もうすぐクリスマスだな。」
自分の今の気持ちを見透かされるのが照れくさくて、突然話題を切り出す。
「そうだね。今年はどうしようか?彷徨の誕生日だし・・。」
季節は12月。期末テストも終わって、後はクリスマスを待つばかりというところだった。
未夢は腕を組んでじっと考え込んでいる。
去年は二人だけでディズニーシーに行った。
当然のことながら、後で見つかって散々”奴ら” に冷やかされたのだが。
あのときは本当に焦ったなあ・・・。
俺は去年のことを思い起こして、少し恥ずかしくなった。
そのとき、未夢が何か思いついたのか、突然ポンと手を叩いた。
「・・・ねえ、たまには旅行でも行かない?」
(こ・・こいつ、意味分かってんのか?)
その一言に、俺の心臓は破裂しそうになった。
「////お前っ・・本気か?」
未夢の言葉の意味を想像して顔が赤面していくのが分かる。
「・・・何言ってるの?当たり前じゃない。」
あまりにストレートな回答に、俺は言葉を返すことが出来なくなってしまった。
「とりあえず、私に彷徨。クリスに、綾に、ななみに、三大くんに、あとは・・望くんも呼んでやるか。」
俺の反応とは対照的に未夢はきょとんとした顔で、指折り数えている。
(そういうことか・・・。”二人っきり”とは言ってねえしな。)
ほっとした反面、少しがっかりしている自分がいる。
が、その直後に発した一言に俺は激しく後悔した。
「二人だけで行かないか?」
しまったと思ったが、時はすでに遅かった。
「////彷徨、な・・何言ってるの?」
未夢の顔が真っ赤に染まる。
(俺・・何言って・・・。)
俺は一瞬、自分で何を言ったのか分からなかった。
「ごめん・・俺・・・。」
そう言葉を返すのが精一杯だった。
未夢は赤面しつつ、少し黙っていたが、何か思いついた様子で口を開いた。
「私、行きたいところがあったんだ。明日の夕方、一緒に行こっ」
「えっ・・・」
俺は予想外の答えに、ただ呆然とするしかなかった。
12月24日・クリスマスイヴ
約束は夕方なのだが、俺は一日中ソワソワしていた。
未夢のケータイもまだ通じない。
「仕事中か・・・」
そう呟くと、ふぅとため息をついた。
思えば、この1週間、何処か落ち着かなかった気がする。
学校に行っても、未夢に話し掛けられても、本を読んでも・・・。
『私、行きたいところがあったんだ。明日の夕方、一緒に行こっ』
一週間前の未夢の言葉が魔法のように繰り返される。
そのたびに、心臓が高鳴るものを感じていた。
やっぱりコイツには振り回されてばかりだ。
そう思いながら、心の中では嬉しい自分がいた。
あいつを可愛いと思っている自分がいる。
あいつと付き合い始めてもう2年以上にはなるが、未だにこういうことは慣れない。
(1年も離れていたからなぁ〜)
離れている間、何度会いにいったかしれない。
何度TELしたかしれない。
あいつに会いたくて仕方がない自分がいるのに、
いつも素直になれない自分がいた。
-ふぅ
またため息をつく。
時計はまだ11時を指している。
待ち合わせが夕方の5時だから、待ち合わせの時間まで6時間もある。
そういえば、プレゼント、買ってなかった・・・。
そう思い立ち、中央街へ繰り出した。
平尾町の中央街は、まさにクリスマス一色という感じだった。
腕を組むカップル。
世話しなく歩いているサラリーマン。
親子連れ。
さまざまな人達が通りを行き交っている。
楽しそうな声、忙しそうな声
さまざまな想いが、白い息と共に伝わってくる。
ケーキ屋の甘い匂いが漂ってくる。
焼き立てのパンの匂いがする。
街のあちらこちらが、年に1回の行事に沸いていた。
こんな時期が自分の誕生日かと思うと、改めて少し複雑に思えてくる。
自分のキャラクターに合わない・・・つくづくそう感じる。
少し前は寂しいという気持ちをうまく表せなかった自分。
一人でいることに慣れてしまった自分。
喜び、悲しみを自分の胸の中に抑え込むくせがついてしまった自分。
”大切なもの”を手に入れて初めて、そんな空しさに気づいた自分・・・
こんな俺の何処にクリスマスと結びつくものがあるというのか、未だに疑問だ。
それにしても、商店街を一人で歩くというのも久しぶりだった。
買い物はたいてい、未夢と二人でいくことがほとんどだし、
一人でぶらぶらするという機会もあまりなかったからだ。
賑やかな周りとは対照的に一人で歩く自分が少し寂しく、切なく感じる。
まるで、今の自分を象徴しているようで・・。
ふと、ショーウィンドウの白い花柄のワンピースに目が止まった。
雪のような真っ白な色に引き付けられた。
(何処かで見た気がする・・・。)
俺は頭の中の記憶を巡らせていた。
そう言えば、この間、未夢が雑誌に載ったとき着ていた服だ。
真っ白なドレスに、赤い花柄の刺繍が上品にあしらわれていて、
未夢にとても似合っていた印象がある。
普段こういうものを見慣れていない俺でさえ、じっと見入ってしまったくらいだ。
そう思ったら、体がふっと自然に店の中に動いていた。
「すっげえ恥ずかしかった・・・。」
俺は思わず呟いた。店員はじろじろ見てくるし、ラッピングをしてもらっているときも、
プレゼントというのがあからさまなので、見られているようで照れくさかった。母さんの
指輪のサイズを変えてもらったとき以上に恥ずかしかった気がする・・・。
-けど・・
ふっと未夢の笑顔が浮かぶ。
(あいつが笑顔を見せてくれるならそれでいい)
俺は心の中でそう思った。
-♪ ♪〜
突然、携帯の着信音が鳴る。
未夢だ。
「未夢、どうした?」
「私、今、仕事終わったから帰るね。約束の時間より少し早いけど。」
少し声が沈んでいるのは気のせいだろうか?
「分かった、待ってるよ。」
「じゃ、私マネージャーさんに送ってもらうから。着いたらまた電話するね。」
「ああ。・・・ところでさ・・。」
「え?」
「何でもない・・・。あとで聞くよ」
俺は何があったのか聞こうとして途中で止めた。
未夢の口から直接聞きたかったから。
「どうしたの?」
電話の向こうから、少し怪訝そうな声が聞こえる。
「何でもないよ。心配するな。」
「そう?ならいいんだけど。」
未夢の声が少し明るくなったような気がした。
「じゃ、またな。」
「うん、じゃあね。」
そう言って電話を切った。
西園寺に向かう足が一層早くなった。
12月24日 PM 5:00
−ブオオオオン
未夢を後ろに乗せて、バイクは海岸沿いを走っていた。
俺の腰に回している未夢の手の感触が時折、俺の心臓をドキッとさせる。
「未夢・・・あのさ」
俺はやっとの思いで話し掛けた。
「何?」
「こっちってさぁ、お前の実家の方じゃねえか?」
「・・・・うん。」
「行きたいトコって実家の方なのか?」
「うん。」
何だかぎこちない会話を交わすと、未夢はしばらく黙ってしまった。
次第に俺の腰に回されている未夢の手に、俺の上半身がギュッと締め付けられているのを感じていた。
同時に俺の背中にしがみ付いている未夢の肌の感触も強くなった。
気がつくと、バイクの後ろから未夢が俺に抱き付いている格好になっていた。
ハンドルを握る手がすこし震えた。
(あぶない、あぶない)
「///あのさ、彷徨、しばらくこのままで居ていい?」
「あ・・・ああ。」
俺はそう答えるしか出来なかった。緊張のあまり・・。
「えへ・・ちょっと充電」
体中の体温が上昇していく・・・。この体勢はやっぱり照れくさい。
-けど
何だかとても心地がいい。
心の中が温もりで満たされていく。
迷いや不安が少しずつ消えていく・・・。
未夢って本当に不思議だな・・。
空には三日月が顔を覗かせていた。
見ているだけで不思議な気持ちになる。
そばにいると思うだけで、温かくなる。
まるであの空の月みたいだ。
俺はそう感じていた。
12月24日 PM7:00
バイクは海岸通りを抜け、坂を上ったり下ったりしながら目的地に到着した。
俺はバイクを止め、未夢を降ろしてやる。
目的地は、未夢の実家近くの公園。
公園には大きな木と三日月の形をしている大きな滑り台。
三日月型のレールを支えている台はまるで城のようなつくりをしていた。
未夢は懐かしそうな顔をして、滑り台の上に登った。
上から手を振っている。
「しょーがねーな」
そう呟きながら、俺も滑り台の上に登る。
台の上は、人が2、3人座ってもまだ少し余裕があるくらい広かった。
俺は未夢の横に座ると、さりげなく肩に手を回した。
未夢も少し驚いたような顔をしながらも、俺の肩に体を寄せた。
少し寒さが和らいだ気がする。
(う〜ん、やっぱり照れくさいぞ・・。)
俺は内心そう感じていた。
「綺麗だね・・・。」
空には満天の星
それがあまりに美しくて・・・。
未夢はにっこり微笑む。
その笑顔に見とれつつ、俺も思わずそれにつられる。
「そうだな」
「・・・・私ね、この公園、小さいときからよく遊びに来てたんだ。この滑り台の上に登って、空を見上げたりするのが好きだったんだよね。お城のお姫様みたいな気分になれたし。」
「へえ〜」
未夢は懐かしそうな表情を浮かべながら空を見上げていた。
が、次第に顔が曇っていくのが分かる。
「パパやママのことで寂しい想いをしたり、友達と喧嘩したり・・・
そんなとき、よくこの滑り台の上に登って空を見上げてたなあ・・」
「未夢・・・」
未夢の沈んだ表情が、あまりに痛々しくて何も言えなくなってしまった。
「ここから空を見上げてるとね。自分の抱えてる悩みなんて
空の大きさに比べたら、何て小さいものなんだろう?なんて思えて
どんなに悲しいことがあっても、乗り越えられる、そんな気がしてたんだ」
いつまでも未夢に悲しい顔をして欲しくはない。
こいつには、いつも笑顔でいて欲しいのに。
「未夢、お前・・・何かあったのか?」
「えっと・・ちょっとね」
「ちょっとって何だよ」
未夢は少し黙っていたが、何かを決心するように口を開いた。
「私ね、夢があるんだ」
「夢?」
「うん。」
いつも自分の横に居て当たり前の存在だった未夢が、
まっすぐ前を見据えて、自分の進むべき方向性を見出そうとしている。
その見開かれた瞳に俺は惹かれずにいられなかった。
同時に不安が襲う。
自分が置いていかれるかもしれない・・・と。
(情けねえ・・・)
俺は心の中でそう呟いていた。
「私・・ね、デザイナーになりたいんだ」
「服の?」
「ううん、宝飾。前にたまたまデザインした指輪を誉められた、それだけなんだけど」
そう言って、未夢は恥ずかしそうに小さなスケッチブックを俺に差し出した。
花や星をあしらったシルバーの宝飾のスケッチが書き込まれている。
「へーなかなか綺麗じゃん」
「ありがと。でもね、自身が無いんだ。ただでさえ、周りに流されてなんとなくモデルを続けてきて
それだけでも中途半端なのに、新しい夢に向かって一歩を踏み出す勇気がなかなか出なくて。
だから今は夢の途中。」
えへっと笑って、ため息をつくと、再び空を見上げた。
俺は何も言えなかった。
何処かで自身がなかったのかもしれない。
「は〜情けないなあーこのままじゃいつまでも彷徨には追い付けそうに無いな」
涙が月の光に反射して一層光を増す。
「バカ」
俺は何だか悔しかった。この一週間、未夢の様子にも気づかずに、一人でソワソワ浮かれていた自分が。
不安なのは自分だけだと思い込んでいた自分が。
未夢の痛みが伝わってくる。
自分の悩みなんて、どうでもよくなってくる。
「バカとは何///彷徨?」
気がつくと、俺は無意識に未夢を抱きしめていた。
-強く、包み込むように。
どのくらい時間が経ったのだろうか?
時間がゆっくり流れているような気がしていた。
「彷徨、私・・もう大丈夫だから」
「あ・・・ああ」
はっと我に返って抱いていた未夢を話す。
照れくさくて目を合わせることが出来なかった。
未夢も耳まで真っ赤になっているのが分かる。
「ね・・ねえ、もう帰ろっか?このままじゃ風邪引くし」
「そうだな」
ふと時計を見ると、9時30分を過ぎている。
ずいぶんここに居たんだな・・・。
-時間を忘れるくらい、心地よい二人の空間
(何だかあっというまだな・・・)
俺は心の中で、そう呟いた。
「ねえ、彷徨」
「どうした?」
「ありがと」
未夢の唇がそっと俺の唇に触れる。
しだいに顔が熱くなる。
心臓が高鳴る。
「光月未夢、充電完了!!」
そう叫ぶと、にっこり微笑んだ。
緑色の瞳がはっきりと見開かれる。
その瞳は、月の光に反射して、一層輝いているように見えた。
その姿に一瞬見とれる。
思わず空を仰ぐ。
ふぅ、と深呼吸をする。
それからゆっくりと顔を近づけて、未夢の唇に軽く触れる。
不意打ちをしたせいか、未夢は呆然としつつ、顔が赤くなっている。
「バーカ」
照れ臭いのを必死に隠しつつ、一言つぶやく。
「やっぱり彷徨には敵わないのかな?」
「そんなことねーよ」
(俺もお前には敵わないから。)
静かに耳元で囁く。
「・・・彷徨、どういう意味?」
「ほら、いくぞ。」
俺は、ぶっきらぼうに言って、先に滑り台をスーっと降りる。
滑り台なんて、ホント何年振りだろう・・・。
「あっ・・・待ってよ。」
未夢が後に続く。
勢いに任せて未夢の手を握る。
手に温もりが伝わってくる。
柔らかい感触にドキッとしながらも、ギュッと握ってみる。
-絶対に離したくないと思う手
想いが募る。
心臓の音が、止まらなくなる。
こいつといる限り、俺は余裕がなくなる。
自分が自分で居られなくなる。
俺は、未夢の手の感触を感じながら、改めてそんなことを感じていた。
12月24日 23:45
-西園寺に到着。
何だか本当にあっという間だった。
時計を見ると、午前0時15分前。
両手でバイクを持ち上げながら、2人で石段を上る
何度こんなことを繰り返しただろうか?
眼で会話を交わしながら石段を登るこの時間が、俺はとても好きだ。
そんなことを思っているうちに、石段の頂上に到着する。
西園寺の門が見えて来る。
ふと時計を見る。
-午前0時1分前
胸が高鳴る。
30秒前、20秒、10.9.8.7.6.5.4.3.2.1・・・
12月25日午前0時
「これ、プレゼント。クリスマスだからな」
俺は、可愛らしい包みを未夢の胸にポンっと押し付けた。
恥ずかしくて、面と向かって渡せる勇気がなかったから。
自分でも、素直じゃないなあって思う。
「ったく、もっと普通に渡せないのかなあ。ホント、ロマンがないんだから」
そう言いながら、顔はにっこり微笑んでいる。
思わず顔がほころぶ。
未夢は包みを開けると、少し驚いたような表情をした。
「これって・・・この間の雑誌の・・・」
「あ・・ああ」
「”あ・・ああ”って彷徨さんや、これ買ったんですか?」
「///ま・・まあな」
「ありがと。すごく嬉しいよ」
そう言うと、未夢はくすりと笑う。
店でのあの出来事が、頭の中で浮かんで消える。
俺はすべてを悟られたようで照れ臭いことこの上なかった。
(やっぱりいろんな意味でこいつには敵わない・・・)
そう思う。
「あっ・・・わ・・私も・・プレゼントあるんだった。」
未夢は思い出したように、ポケットから縦型の小さな箱を取り出し、俺の目の前に差し出す。
「さんきゅ」
俺はそう一言呟いて、箱を開ける。
三日月と星をあしらったシルバーリングが、ペンダント状に加工されていた。
リングは、月の光を受けて、優しく光り輝いた。
「おまっ・・・これって」
それはまさしく未夢のスケッチブックの最初のページに描かれていたものと、ほぼ同じデザインだった。
「うん。私が一番最初にデザインしたリングだよ。ほら、私もしてるんだ。」
嬉しそうに左手を掲げてみせる。
「でも、何でペンダントなんだ?」
何気なく聞いてみる。
「だって、彷徨って指輪はしないタイプだと思ってさあ・・」
「ば〜か」
そう言って、頭をくしゃくしゃっと撫でる。
そして、リングに付けてある金具を外すと、未夢に差し出す。
「未夢がはめてくれない?」
今思えば、よくもこんなこと言えたなあと感じている。
意味は、自分でも理解しているつもりだったが、自然と照れくさくなかった。
未夢は真っ赤な顔をしながら、黙って左手の薬指に嵌めてくれた。
「さんきゅ」
そう言ってしまってから、やっぱり照れ臭くなってそっぽを向く。
「未夢、俺も不安だったんだ。お前とおんなじだよ。」
「彷徨が?」
「俺も、夢があるんだ。」
「どんな夢?」
俺は指輪を翳しながら、星空を見据えるようにして言う。
「作家。」
しばしの沈黙。当然だろうなあ・・・いままで未夢にも話したことなかったし。
「・・・・へ? 彷徨って、薬学部に行くんじゃなかったの?」
「それは単に薬に興味があるってだけで、別に薬剤師になりたいとか夢があるわけじゃないよ。
薬の研究をしてみたいと思っているのは事実だけどな。実際薬剤師の資格は取るつもりだし」
「でもちょっと納得かなあ。彷徨、本好きだもんねえ・・・。すごいねえ・・」
「すごくねえよ。俺だって、ずっと不安でさ。このままでいいのかって、自分に言い聞かせて。
お前の足手まといにだけはなりたくなかったからな」
そう言って、にっこり笑ってみせる。心の奥底にある不安を一生懸命隠しながら。
だけど、この気持ちが隠し切れないところまで来ているということに、自分でも気がついていた。
突然だった。
気がつくと、俺は未夢に抱かれていた。
「彷徨・・・ごめん・・・ごめんね。」
そう呟くと、華奢な手で、俺の体をギュッと包み込む。
そう、それが本音。俺はいつのまにか、他人に自分の弱さを見せることが恐くなっていた。
だけど、今はありのままの自分でいられる。
心の中のシコリが消えていく。
俺はまだ、夢の途中かもしれない。
だけど、こいつは俺の側から離れていかないと信じることが出来る。
こいつとの未来を信じて、夢を追いかけることができる。
そんな満たされる想いでいっぱいだった。
「////な・・なあ、もう中入ろうぜ。風邪引くぞ」
俺は、真っ赤になった顔で、未夢の頭をポンと叩いた。
「う・・・うん」
-なあ、未夢・・・
-ありがとな」
-うん
-それでさ
-なあに?
-もうちょっとだけ、待っててくれな。
-え?
「・・・・・」
(今夜は特に眠れそうもないな。)
俺はそう思った。
END