抱き寄せて

作:中井 真里



どんな時よりも君が恋しい。

強くそう思った。






□■□





-12月31日 西遠寺





「彷徨ぁ。年越しそばまだかよ?おれ、もう待ちきれないよ」
「西遠寺くん、わたくし、すごくお腹が空きましたわ。
少し多めにお願い致します。それから、きのこを多めに入れてくださいな」
「あたしも。もう、お腹ぺっこぺこだよ。あ、大盛りにするの忘れずに♪」
「西遠寺くん、私はネギ抜きでお願いね。
参考までにその青いエプロン何処で買ったか教えてくれない?
今度の舞台の主人公のイメージにぴったりなのよね」


大晦日に押しかけてきた友人達が口々に注文をつけてくる。
彷徨はうんざりしながらも、その注文ひとつひとつに答えていく。




『ああ、うるせー』




そう思いながらも拒めない自分がいる。
今年の年末年始は未夢と逢えないことになり、
それを気遣ってのことだと分かっているからだ。




「あれから3年も経つのか」





彷徨は大騒ぎする友人達を横目に、
彼女との思い出を胸に馳せていた。






『未夢。お前はもう、ここにはいないんだよな』








□■□








「あ、西遠寺くん。テレビ付けてよ。ななみちゃんも見るでしょう?」
「綾、ナイス。そろそろジャニーズカウントダウンの時間だよね」
「お前ら知ってるか。今度の嵐の新曲、鳥の作詞作曲なんだぜぇ」
「わたくし、嵐の大野君にぞっこんですの」
「おまえらなぁ」



勝手知ったる西遠寺。
未夢の引力は、こんなに多くの友人達まで連れてきてしまった。



ふと時計を見ると、11時53分を回るところだった。




(逢いたい)




思わずそんな気持ちが込み上げてくる。


どんなときよりも、今、逢いたい。

声が聴きたい。







『少しくらいならいいよな』






彷徨はポケットから携帯を取り出すと、
テレビに釘付けの友人達を尻目に、
そそくさと自分の部屋に向かった。





時計は11時54分を回ったところだった。



『もしもし、俺』
「かなた」



淋しそうな声にぎゅっと胸が締め付けられる。
彼女が自分と同じ気持ちでいてくれたことが、
たまらなく嬉しくて、たまらなく愛おしい。





『ごめんな。電話遅くなって』
「・・・・・ううん」




表情は見えないけれど、
電話の向こうの未夢は間違いなく泣いている。
彷徨の心の声はそう告げていた。







「・・・・・未夢、泣いてるのか」
「・・・・・彷徨、あのね」



こんなときの未夢は、何にも言わない。
ただ、悲しみに耐えている。
まるでそれが当たり前かのように。

自分ひとりの殻に閉じこもってしまう。
それが、彷徨にとっては溜まらなく淋しかった。








「ちょっと待ってろ」


思わずそう告げていた。

体が未夢に向かって進み始めていた。






「彷徨、メットなんか被ってどうしたんだ?」
「黒須くん、野暮なこと聴かないの。西遠寺くん、気をつけて行ってらっしゃい」
「ななみちゃんの言うとおりよ」
「らぶらぶですわね。私も望さんと。うふふふふふ」



友人達の見送りもほどほどに、
バイト代で購入したカタナに跨る。
防寒対策に黒いライダーズジャケットを羽織ると、
エンジンキーを回し、ブレーキを踏み込んだ。






(会って、抱きしめてやりたい。自分の胸に、抱き寄せてやりたい)








□■□







バイクで50分ほど走ると、未夢の実家に到着した。



流行る気持ちでインターホンを押すと、
淋しそうな表情の未夢。

思わず、自分の胸に抱きしめていた。





『バカ未夢』






強く、いつもよりずっと強く。







「未夢、ちょっと出れるか?」
「大丈夫だよ」
「海、見に行こう。いい場所知ってるんだ」
「・・・ありがとう」
「何言ってんだよ」




涙目で、少しはにかんだ表情の未夢が可愛くてたまらない。
こんな彷徨の気持ちに当の本人は全然気付いていないのだろう。

何だか複雑な気持ちになる。




「乗れよ」
「うん」




-とくん


高鳴る胸。
高鳴る感情。


エンジンの音は、いまにも爆発しそうな自分の感情のように思えた。








□■□








「未夢、あけましておめでとう」
「・・・・・もう、新年なんだね」




静かな夜。目の前に見える海岸からは、
波の音がサブンザブンと聴こえてくるだけだった。




「でもさ。彷徨には嘘つけないな」
「当たり前だろ。何年付き合ってると思ってるんだ」
「そう・・・だね」



えへへと恥ずかしそうな表情で笑う未夢。


(そんな顔されたら、冷静でいられなくなるだろう)


未夢の無邪気さは、時折こうして彷徨の心をかき乱す。



「未夢、俺・・・さ」
「うん?」
「俺・・・な」
「うん」
「こっちの大学受けようと思ってる」



彷徨の突然の告白に、未夢は予想通りの表情を浮かべている。





「驚いた?」
「当たり前じゃない」



そういって頬を膨らます未夢もたまらなく可愛い。



「でもどうして?」
「星条学院大学は、仏教研究で有名だからな。お前も受けるんだろ」
「そりゃ・・・。パパとママの母校だしね」
「でも、宝晶おじさんはどうするのよ。彷徨がいなくなったら、
淋しくなっちゃうよ」
「どうせあっちこっちふらふらしてるんだ。大丈夫だよ」
「でも・・・」
「心配すんなって」
「・・・・・」
「それより・・・さ。あと1年、待っててくれないか?」




勇気を振り絞って出た言葉。
今まで言おうと思って言えなかった言葉。





「待っててあげる。その代わり、条件があるの」

未夢はそういって、イタズラっぽく笑った。




「何だよ?」
「・・・結婚式、しない?」
「・・・唐突だな。お前は・・・いいのか」
「・・・うん。彷徨なら・・・いいよ」




未夢は「結婚式」の意味が分かっているのだろうか?
彷徨は何だか複雑な気持ちになった。

男として信用されているのか、
それとも親友としてなのか、
はたまた幼馴染としてなのか・・・。





サブン、サブン。



波の音が、今の彷徨の心を代弁しているかのように強くなった。









□■□








海岸に面するホテルの一室で、
二人は夜明けを迎えようとしていた。
宝晶から用心のためにと持たされていたクレジットカードが、
こんな時に役に立つとは思わなかったが。


お互いに暖めあうように白いシーツの中で肌を寄せ合った。
まるでお互いの体温が体中に伝わってくるように感じた。
まだ温まっていないひんやりした肌が逆に心地いい。


こんな風に朝を迎えるとは思いもよらなかった。
いつか、そんな日が来るかもしれないというくらいしか頭にはなかったから。




『ねえ、彷徨』
『どうした?』
『ちょっと恥ずかしいね』


白いシーツに包まりながら、真っ赤になる未夢。
そういいながら、手は強く握られている。



『今更何言ってんだよ』



彷徨は恥ずかしい気持ちに耐えながら、
思わず、その手を強く握り返した。




『ねえ、彷徨』
『何だよ?』
『まるで、神様がくれたお年玉みたいだね』
『お年玉・・・か』



『彷徨、今年もよろしくね』
『ああ、よろしく』








二人だけの夜は、まもなく夜明けを迎えようとしていた。








THE END










「抱きしめて」の彷徨サイドを書いてみました。
彷徨さんがエロくてすみません。ってか、これR15ぎりぎりだよね(汗)。


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