抱きしめて

作:中井 真里



とめどなく溢れてくるあなたへの想い。

あのときのように、もう一度抱きしめて。

心の中がそう言っているような気がした。







□■□






あれから3年。


未夢は元々通っていた女子校の高等部へ進学していた。
進学と言っても、中等部からの持ち上がりなので、
今までと殆ど変わらない。

西遠寺で過ごしたあの1年を除いては。







□■□








「もう今年も終わりか」




未夢は宿題をする手を止めて、そう呟いた。
担任である氷室零一から出される数学の課題やレポートは、
年々難しくなっており、こうして大晦日を返上してまで取り組まないと、
終わらない始末だ。


「それにしても、今年は特に慌しかったような気がするな」


両親が共同で行っていた研究が、
アメリカのある科学研究所で高い評価を得て、
日本とアメリカを行き来する毎日だった。
おかげで英語だけは強くなったが。



今年の大晦日は、はるばる来日した研究員達を招いて、
歓迎パーティーの最中である。未夢も来ないか?とも言われていたが、
この宿題の量では行けるはずもない。
普段では早々食べられそうに無いご馳走は惜しかった気もするが。

今頃顔を真っ赤にした母親と、それをなだめる父親の姿が、
周りを騒がせているのだろうか。




「さて。続きは年明けにするか」


未夢はそう呟いてノートを閉じると、台所に向かった。




茄子を切り、醤油とみりんをベースにした出し汁の中にいれて、
コトコト似る。茄子が煮立ったら、今度はお湯を沸かし、
水で洗った蕎麦を茹でる。

あっという間に年越し蕎麦の出来上がり。



「いただきます」



こうしてひとりで年越し蕎麦を食べるのも、
いつの間にか当たり前になってしまった。





(逢いたい)




3年前、この蕎麦を楽しそうに作っていた人の顔が思い浮かぶ。
確かに今年のクリスマスに逢ってはいるけど、
毎日電話もメールもしているけど。



今は無性に逢いたくて。



何度も携帯電話の画面を確認しては、
肩を落とすという時間が続いていた。






あんまり淋しくなってテレビをつけると、軽快で楽しそうな歌声が流れてきた。
ちょうど、ジャニーズグループがカウントダウンの司会に出てきたところだった。


『TOKIOだ。ななみちゃん大好きだったな』
『そー言えば、嵐のCDをクリスちゃんに借りたっけ』
『綾ちゃんとキンキのコンサートに行ったっけなぁ』







(11時53分か・・・・)





物思いに耽りつつ、携帯電話の画面を確認したときだった。




画面は「西遠寺彷徨」と表示されていた。
時計は12時54分を回ったところだった。




ずっと待ち望んでいた。

ずっと恋焦がれていた。


未夢は震えるような手で、通話ボタンを押した。





「かなた」
『ごめんな。電話遅くなって』
「・・・・・ううん」
「・・・・・未夢、泣いてるのか」
「・・・・・彷徨、あのね」
「ちょっと待ってろ」




そう言って電話が切れた。







□■□







「彷徨のバカ。待ってろってなによ」




あれから50分近くは経っている。
電話はうんとも寸とも言わないし、
メールも送信されては来ない。




(彷徨のバカ。彷徨なんかいなくたって、
淋しくなんかないんだから。淋しくなんか)




何だか淋しさが無性に増してきて、
気が付くと、冷たいものが頬を伝っていた。






ふと、玄関のチャイムが鳴り響いた。



(こんな時間に誰だろ?)



未夢はそう呟いて、玄関の扉を開けた。



刹那、未夢の体はすっぽりと、大きな腕に包まれていた。







「・・・かなた、どうして」
「俺んちからバイク飛ばしてきた」
「・・・・・そっか」
「バカ未夢」
「え?」
「ひとりで抱え込むなっていっただろ」



(彷徨には、全部お見通しなのかな)


未夢は心の中でそう呟きながら、彷徨の胸に顔を埋めた。








□■□








「未夢、あけましておめでとう」
「・・・・・もう、新年なんだね」




静かな夜。目の前に見える海岸からは、
波の音がサブンザブンと聴こえてくるだけだった。




「でもさ。彷徨には嘘つけないな」
「当たり前だろ。何年付き合ってると思ってるんだ」
「そう・・・だね」




未夢は彷徨のぶっきらぼうだけど、
真剣な言葉が嬉しくて、
心があったかくなっていくような気がした。

いつも、そんな彼の優しさに支えられてきた気がする。
彼の強さに守られてきた気がする。




「未夢、俺・・・さ」
「うん?」
「俺・・・な」
「うん」
「こっちの大学受けようと思ってる」



未夢は、彷徨の言葉が信じられないのと、
突然のことによる驚きとで、
目をぱちくりさせた。




「星条学院大学は、仏教研究で有名だからな。お前も受けるんだろ」
「そりゃ・・・。パパとママの母校だしね」
「でも、宝晶おじさんはどうするのよ。彷徨がいなくなったら、
淋しくなっちゃうよ」
「どうせあっちこっちふらふらしてるんだ。大丈夫だよ」
「でも・・・」
「心配すんなって」
「・・・・・」
「それより・・・さ。あと1年、待っててくれないか?」




サブン。サブン。


いつも以上にまっすぐで真剣な瞳に吸い込まれそうになる。
波の音が、今の未夢の心を代弁しているかのように強くなった。




「待っててあげる。その代わり、条件があるの」
「何だよ?」
「・・・結婚式、しない?」
「・・・唐突だな。お前は・・・いいのか」
「・・・うん。彷徨なら・・・いいよ」







□■□






『ねえ、彷徨』
『どうした?』
『ちょっと恥ずかしいね』

白いシーツに包まりながら、真っ赤になる未夢。


『今更何言ってんだよ』


そういう彷徨の頬も、ほんのり薄桃色に染まっている。




『ねえ、彷徨』
『何だよ?』
『まるで、神様がくれたお年玉みたいだね』
『お年玉・・・か』



『彷徨、今年もよろしくね』
『ああ、よろしく』








二人だけの夜が、まもなく終わりを告げようとしていた。








THE END






やっちゃいました。ちーこしゃん、山稜しゃん、あゆみしゃんとコラボ。
びみょーにアレなんだけど。

10周年企画でもこういうの出来たら楽しいだろうなと考えながら、
書いてみました。とても楽しかったです。


1/2 加筆修正しています。


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