The bright side

作:中井真里


原作とは全く違うパラレルストーリーであり、少々暗い内容であることをご了承の上で、
お読み下されば幸いです。





それは、君のいる場所・・・。


忘れたくても忘れられない思い出。




物語は、切ない続き。









□■□










久しぶりの平尾町。
青年は懐かしい雰囲気に誘われて入った喫茶店を訪れると、
重い荷物をドシンと下ろした。





-喫茶カンターループ



ここは、学生時代に親しい友人達と足繁く通った店であった。
店内は昔と変わらず上品な雰囲気に包まれており、
ジャズピアノの音が優しく耳に響いてくる。





「いらっしゃい」
「お久しぶりです。マスター」
「本当に久しぶりだね。しばらく顔見せないからみんな心配してたよ」
「僕にもいろいろありましてね」





マスターである益田義人とこうして会話を交わすのも久しぶりだ。
気さくで明るい彼には、何でも話してしまいそうな気になる。





「いったいどうしてたんだよ?さすがの俺も心配しちまったよ」
「・・・留学してたんですよ。フランスにね」
「お前がひとりでか?」
「僕にだってひとりになりたい時はありますよ」
「・・・そうか」





益田は複雑な表情の青年を横目で見ながら、
シャツの内ポケットからマルボロを取り出し、火をつけた。






「・・・気持ち、分からないでもないぜ。俺も昔同じようなことがあったもんでな」
「・・・そうですか」
「元気出せよ・・・とは言わねえけど、たまには顔出してくれねえとな」
「僕なりに、気持ちの整理はついているのですよ。
昔の事を思い出すのが、怖いのかもしれません」





青年は切なげな表情でそう呟くと、
スーツのポケットから取り出した、セブンスターの煙を燻らせる。





「割り切っているようで、割り切れない気持ちか・・・」





益田は青年の気持ちを察するようにそう小さく呟いた。









□■□








しばらく沈黙が続いていたが、ふと益田が話を切り出す。
青年は何かに想いを馳せているのかじっと黙ったままだ。




「彼女、来年の夏に結婚するってさ」
「・・・そうですか」
「いいのか?」
「いいも何も、彼女の気持ちは僕には無いですから」
「らしくねえな」




らしくない・・・。そうなのかもしれない。

たったひとこと想いを告げることが、こんなにも難しいことであると、
今までは知る由も無かったのだ。

しかも、叶う見込みの無い片想いなら尚更である。



臆病になって、彼女の前からも逃げ出したくて、単身留学を決意したのだ。
それも、過去の女関係をすべて清算して・・・。


その時は、時間が解決してくれると強く信じていた。
しかし、時が過ぎても、傷は一向に癒えなかった。
むしろ、広がっていったと言える。


中高大と過ごしたこの町に戻ってきたのも、
この町を、自分にとって初めての大きなショーの舞台に選んだのも、
今でも「彼女」に未練があるからであろう。




青年が心の中でそう呟いていると、
目の前にこんがり焼き上がったパイが、白い湯気を立てている。





「俺のおごりだ。食えよ」
「ふふ・・・。彼が良く食べてたよね」





青年は何かを思い出したように微笑むと、
フォークで小さく切ったそれを口に運ぶ。



この店のパンプキンパイは、今や平尾町のちょっとした名物である。
2-3年ほど前に試験的に出したところ、大評判となった。
サックリ焼き上がった生地に、程よい甘さのカボチャクリーム。
これで人気が出ないわけが無いのだ。

学生時代はこれを目当てに足繁く通った者もいたほどだ。
そのうちのひとりの姿を思い浮かべて、懐かしい気持ちに駆られる。





「・・・彼もいよいよ結婚か」




思わず、そう呟いていた。





「早いよなぁ。俺は女には興味ねえなんて顔してた男が、
あっという間に結婚しちまうんだからな」
「・・・いつかは彼女を掻っ攫ってやろうと思っていたあの頃の自分が懐かしいです」
「お前も結構、普通の男だったんだな」
「まぁね」
「この野郎」





益田と交わす会話は、いつもこうして自分の中の偽りの仮面を曝け出させてくれた。
それは、今も、これからも、変わることは無いだろうと思う。





「さてと。そろそろホテルにチェックインしないとマネージャーがうるさいんだ」
「お前もいっぱしのスターだな」
「まだまだこれからですけどね」
「ご謙遜」




そんなやり取りを交わしていると、ドアのベルの音が鳴った。
ドアの方を見ると、金色の髪を靡かせ、
薔薇の花束を抱えたひとりの可愛らしい女性が立っていた。
女性と言いつつも、まだ少女の面影を残してはいるが。



青年は思わぬ出来事に、呆然とした様子で立ち尽くしていた。





「未夢ちゃんじゃない。いらっしゃい」
「マスター、こんにちは。それと、横の方は・・・」
「・・・・・」





未夢はしばらく彼の顔を穴が開くように見ていたが、
それからすぐに思いついたようだった。






「・・・・・まさか望くん?」
「・・・・・久しぶり・・・だね」
「本当に久しぶりね。前と全然変わっちゃったから一瞬分からなかったよ」





無理も無い。今の望は、以前の彼とは雰囲気、格好、しぐさと
いずれも当てはまらないのだから。

望にとっても、未夢にとっても、「あの日」以来の再会であった。





「今までどうしてたの?クリスちゃんに聞いても知らないの一点張りだし、
彷徨も訳知り顔のくせに何も教えてくれないし」
「いろいろあってね。フランスに留学していたんだよ」
「そうだったんだ。通りで会えないはずだよね」
「・・・・・まぁね」




(それ以前に僕の方から避けていたのだけれど)




望は未夢の屈託の無い笑顔を横目で見ながら、心の中でそう呟いた。


そう。帰ってこられないというわけでもなかったのだ。
しかし、休暇で帰国したことがあっても、決してこの町には来ないようにしていた。
いや、行けなかったという方が正しいのかもしれない。




「ところで今日はどうしたの?」



益田が沈黙を破るようにふたりの間に割って入った。




「知り合いの方に、とっても綺麗な薔薇をたくさん頂いたから、
幸せのおすそ分け。お店に飾ってください♪」
「お礼にコーヒーおごるよ。それと大好物のパイもね。彼の分もお土産に持ってってよ」
「うわぁ。どうもありがとう。嬉しいな♪」





望の瞳はカメラのシャッターのように久々に見る彼女の笑顔を焼き付けていた。

決して自分には向けられない種類の笑顔。
自分が愛されていないことがすぐに分かってしまう美しい笑顔。

それが哀しくて切なくなる。昔の自分を変えてしまうほどに・・・。





「そうだ。望くん。久しぶりだから家に寄って行ってよ。
彷徨は遅くなるって言ってたけど」
「・・・・・」
「私ったらごめんなさい。突然誘っても困るよね。
いつもこんなだから彷徨に叱られてばっかりなの」





しゅんとした表情の未夢が何とも可愛らしい。
こんな彼女の様子を毎日眺めることの出来る彼が、無性に羨ましくなるほどに。
それが、自分にのみ向けられた表情だと錯覚してしまうほどに・・・。






「・・・・・未夢さんがよければ僕は大丈夫ですよ」
「それなら決まり♪これから買い物にいかなくちゃ」
「買い物?」
「夕飯まだでしょ?久々のお客様だもん。今日は腕を振るっちゃうから。
「それは嬉しいな」






思わず顔が綻ぶ。友達としての感情とは言え、
彼女なりの精一杯の気遣いなのだから。






「マスター、コーヒーご馳走さま。また来ますね」
「未夢ちゃんならいつでも大歓迎だよ。これはお土産のパイね」
「ありがとうございます」





(すでに彼の喜ぶ顔でも思い浮かべているのだろうか)




望は未夢の表情を見ながら、つくづく幸せな人だと思っていた。






「じゃあ行こうか。マスター、荷物を置かせてもらっていいですか?
買い物の帰りに取りに来ます」
「構わないよ」
「望くん。本当に突然でごめんね」





申し訳なさそうな表情でそう呟く彼女が愛おしくてたまらない。
まるで映画のような偶然に心から感謝する。





「久々に会ったんだから、それは無しだよ」
「えへへ。そうだったわね」
「ほら。早く行かないと店が閉まっちゃうよ」
「あっ・・・望くん、待ってよ。マスター、お世話様でした」





望と未夢はそうして想い出の喫茶店を後にした。
少し寂しそうな表情の益田を残して・・・。









□■□









あれから1時間ほど。



望と未夢は、すでに夕食の買い物を終え、
未夢と彷徨の棲む高層マンションに到着していた。




部屋は、想像以上に洗練された雰囲気に包まれていた。
彷徨の趣味なのかは分からないが、シックでおしゃれな家具が、
決して広くは無い空間を、広々と見せている。


玄関の写真立てには中学時代の自分達の写真が飾られていて、
彼らにとって、10年近く前の想い出が色褪せていないことを物語っている。




望は台所のカウンターテーブルの椅子に座り、
少し危なっかしい手付きで一生懸命に料理をする未夢の様子を眺めていた。



さらに一時間ほどで、料理は出来上がる。
トマトとシーフードのパスタにシーザーサラダ、
野菜ときのこのスープ、豚肉のワイン蒸し。



以前の未夢なら、創造も出来なかった料理がテーブルの上に並んでいることに驚く。
まさに愛の力と言うべきなのだろう。

それが自分の影響でないことが無性に寂しい。





「さてと。彷徨はもう少し遅くなるみたいだから食べようか。
私ってばお腹すいちゃって」
「ふふ・・・未夢さんらしいね」
「さぁ、遠慮なくどんどん食べちゃってね」
「ありがとう。いただきます」





うまい。少し見た目は悪いが味は本当にうまい。

料理がうまくいかないと嘆いていたあの頃の彼女が懐かしいくらいだ。





「今、取って置きのワインを開けるね。久しぶりだから奮発しちゃう。
彷徨が取引先の社長さんから貰ってきたワインなんだ。
何でも、18◎●年もののワインなんだってよ。私には価値が良く分からなかったけど」
「君らしいね」




おいしい料理、おいしいワイン、窓から見渡せる夜景に思わず話も弾む。
彷徨が現在、子供服メーカーの商品企画と営業を勤めていること、
自分はクリスが師事するデザイナーの店で働いていることなど、
楽しそうに話す未夢の様子に、望の方もおしゃべりになってしまいそうだった。





「望くんはフランスに留学していたんだよね?」
「うん。マジシャンの修行でね。師事しているマジシャンが急遽フランスに帰るので、
僕も同行したんだ。実を言うと、そのマジシャンはクリスの紹介なんだけど」
「・・・・・そうだったんだ。クリスちゃんたら何も言ってくれないんだもん」
「ごめんね。心配するから、黙っててもらったんだよ。西遠寺くんにもね」
「いつも私ばっかりノケモノなんだから」




そういって頬を膨らます未夢の表情は、あの頃と何ら変わっていない。
どんなに時が経っても、彼女が放つ、純粋で明るい光は色褪せないように思う。


その光に惹かれて離れない自分の心も・・・。






「今度、平尾町文化会館で、大きなショーを開くことになったんだ」
「それで、ここに帰ってきたのね」
「君を、君たちを招待したくてね。クリスや黒須くん、マスターにはすでにチケットは
送ってあるのだけれど、君たちには新しい住所が分からなくて送っていなかったから」




望はそう言って、鞄から二枚のチケットを取り出した。
チケットには「若手新進気鋭のマジシャン、光ヶ丘望の送る、ドリームマジックショー」と
書かれている。まるで、宝くじの文句のようにも見えるが。





「うわぁ。ありがとう。楽しみだな。日にちは・・・クリスマスなんだね。
彷徨もきっと喜ぶよ」





(そうだといいけど)





望は心の中でそう呟くと、嬉しそうにチケットを眺めている未夢の表情に、
これまでにない罪悪感があふれ出てくるのをひしひしと感じていた。






「そうだ。言い忘れてたことがあったよ」
「なあに?」
「おめでとう。マスターに聞いたよ。結婚するんだってね」
「・・・・・ありがとう。何だか照れくさいな」





頬を薄っすら赤く染めて俯く表情の未夢に、
先ほどまで幸福な光で満たされていた望の心を暗く哀しい闇が支配する。





「何かお祝いをあげなくちゃね。リクエストは何でもどうぞ」
「そんな・・・悪いよ」
「じゃあ、僕からリクエストをしてもいいかい?」
「え?」









未夢がぽかんとした様子で望の方を見つめた瞬間、
望の顔が近づいて・・・・・。


















すぐに離れた。













「・・・・・ごめん。僕がどうかしてたよ」
「望くん?」











そこには今まで以上に切なげな表情の望に、戸惑う未夢がいた。

どんなに願っても、どんなに手を伸ばしても、決して叶うことのない想い。
行き場の無い闇が、自らの行く手を阻む。








「・・・・・望くん」
「そろそろ遅いからホテルに行くよ」
「まだいいのに。そろそろ彷徨も帰ってくるし」
「西遠寺くんにはよろしくと伝えておいてよ」
「・・・・・ありがとう・・・・・そして、ごめんなさい」









望の真意を察したのか、未夢がそう呟く。
新緑色の瞳が涙の色で染まる。








「・・・・・未夢さん・・・・・。どうか幸せに・・・・・」







望は最後にそういい残して、マンションを後にした。









□■□








外に出ると、町の灯がやけに明るく見えた。
今の望の心には、明るすぎるくらいに・・・。



その光の先には、赤い髪の女性が見えた。
望は心底驚いた様子で、その光の先をしっかりと見据えていた。







「望さん」







望を見つめるその瞳に、今の自分と同じようなものを感じる。
何故だか、放って置けなくなる。







「クリス、どうして?」
「マスターさんに、未夢ちゃんの家に行かれたと伺ったものですから」
「・・・・・心配、させたかな?ありがとう」
「い・・・いえ、そんなこと。それより・・・・・」
「僕なら大丈夫だよ。ほら、早く帰らないとお家の方が心配するよ。
タクシーで送るから」
「家は大丈夫ですから・・・あの・・・もう少しだけ・・・」
「・・・・・いいよ」








いつの間にか降り出した雪が、ぽつりぽつりと積もっていく。
もし、天気になれば、明日のうちに解けてなくなってしまうというのに。
まるで、今の自分の想いのようだと感じる。




―解けた雪はやがて光に変わる。



幼い望にそう教えたのは、母親か、父親だったであろうか?







「綺麗ですわね」
「・・・・・本当に」






一面の雪。銀色の雪。
まるで、自分の中の醜い心の闇を、洗い流してくれそうな雪。








「・・・・・望さん。私・・・私は、あなたの光になれないのでしょうか?」
「正直、まだ分からないんだ。僕にとっての光が君なのか。
だから、それが分かるまでもう少し待ってくれないか」
「・・・・・私、待つのは得意ですのよ。だから大丈夫ですわ」
「ありがとう」










いつか、君と交わることがあるのかもしれない。


君の光が、僕の中にある、心の闇を照らしてくれるのかもしれない。


だけど、僕の心を照らしてくれた一筋の光は、永遠に消えることはないように思う。








永遠に。












THE END










(おまけ)







「未夢、光ヶ丘と二人きりで何話してたんだ?」
「ふ・・・二人きりって・・・。ま・・・まぁ、私達の近況とかいろいろ・・・」
「・・・・・ふーん」









(あいつ、油断もすきも無いな)








リベンジを誓う彷徨であった。











□■□




山稜しゃんからのリクエスト、「花」「望くん」より。
冬企画「くりすますぃーっちゅ!- suger snow party -」の参加作品でもあります。あまーい雰囲気を期待していた方、すみません(平謝り)。私がいくつか挙げた候補の中から、これぞと言うタイトルを選んでいただきました。また、三太メインのお話「Tears' Night」の別バージョンとも言えます(関連付けるようなキーワードを入れたりしています。探してみてくださいね)。

カップリングはお察しの通り、彷徨×未夢←望←クリス。すでに望ではないですけど。もっとギャグチックな望の方が良かったのかな。と少し後悔していますが(笑)。「シリアスな望」という方針だけでなく、「敢えて彷徨を出さない」という方針で書きはじめたお話でもあります。暗い内容になってしまいましたが、多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。



追伸

あゆみしゃんへ : さりげにリーマンかなたんにしちゃいました(笑)。喫茶店とカボチャネタもさり気に入れています。パイとクッキーという違いはありますが。




'05.12.12   中井真里



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