作:中井真里
「ただいま」
真壁俊は今日一日のトレーニングを終え、帰宅していた。
場所は最近構えたばかりの新居。
しかし、暖かい空気に包まれていると疑わなかった我が家に、
少し異様な雰囲気を感じ取っていた。
原因は、先日結婚したばかりの妻・蘭世にあると想像は付く。
いわゆるふたりは俗世間で言う、”新婚さん”なのである。
彼女は黒いサラサラのロングヘアーを纏った美女であるが、正体はなんと吸血鬼。
しかも、思い込みが激しく、何をしでかすか分からない。
自分も何度ペースを乱されそうになったことか。
(まぁ、そこがいいんだけどな)
俊は、心の中でそっと決して言えない台詞を呟く。
口には出さないが、こう思えるだけでも自分は変わったと感じる。
最初は自分を煩わせるだけの存在だったかもしれない。
しかし、心は彼女のすべてを映し出していた。
華のような美しい笑顔。どんな運命にも立ち向かっていく強さ、ひたむきさ。
以前の自分には無いものばかりだった。
彼女や彼女を巡るさまざまな出会い。
自分に降りかかってきた残酷とも言える運命、戦い。そして葛藤・・・。
さまざまな試練を経て、自分たちはこうして幸せを掴んだ。
確かに端から見れば波乱に満ちた人生に見えるのかもしれない。
しかし、それがなければ彼女と出会うこともなかったし、
こうしてふたりで幸せに満ち足りた生活をすることだって叶わなかったのだ。
そう考えると、運命というものは幸不幸のひとことで片づけられない程、
深く果てしない意味を持っているような気がする。
魔界人である、自分と彼女がこうして出会って、
人間界にいることさえも、”運命”なのだから。
目をつむると今でも思い浮かぶ、精一杯のプロポーズの言葉。
(いつか・・・お前をもらいにいく・・・)
少し・・・いや、自分としては、かなり恥ずかしい台詞が、頭の中をリフレインしていた。
□■□
「あ、おかえりなさい〜。今ご飯にするからね。もう出来てるんだ」
蘭世は居間のテーブルの上にあった大きな本のようなものをパタンと閉める
と台所に向かい、夕食の準備に取り掛かった。
「なぁ、さっきまでいったい何を見てたんだ?すごく気が乱れてたぞ」
俊は渡されたタオルで汗を拭きながら家に入ってから感じていた疑問を口にする。
「えへへ。ばれちゃったか。やはり能力者の妻はその辺がつらいとこだわねえ」
「お前だってそうだろうが」
俊はそう言葉を返すと、彼女の頭をくしゃっとなでる。この瞬間が、溜まらなく愛おしい。
「あ・・・あのね、アルバムを見てたんだ。昔の。そしたら懐かしくなっちゃって」
蘭世は少しぎこちない口調でそう答えると、
居間のテーブルの上に置かれているアルバムを指さした。
そんな彼女の頬が、ほんのり赤く染まっている。
そんな彼女の態度に、俊は強い興味を抱き、アルバムを捲った。
しかし、予想とは異なり、そこに写っていたのは高校時代に撮られた、
自分のスナップ写真であった。
□■□
「・・・な・・・蘭世・・・これは」
そこには、今では少し考えられない程、無愛想な自分が写っていた。
いつ撮られたのか分からない写真。
しかし、確実に分かるのは”彼女”の前でないということだ。
おそらく今、自分の顔は真っ赤だろう。無理もない。
妻は、高校時代の自分を見るのに、気を取り乱す程、夢中だったのだから。
「えへへ。だって格好良かったんだもん。それ。神谷さんから買っちゃった。
あ・・・内緒って言われてたの忘れてた・・・」
蘭世はそう言って、照れ臭そうに頭を掻きながら。ごまかし笑いをしている。
(仕掛け人は神谷のやつか・・・ったく。いつも余計なことしやがって)
俊は心の中でそう呟く。彼女の親友は、よほど自分たちをからかいたいと見える。
「ねえ、あなた」
頭の中で、曜子への度重なるからかいに、どう対処しようか考えを巡らせていると、
蘭世が突然、少し甘えるような口調で話し掛けて来た。
こんなときはいわゆる”頼み事”をするときだと決まっている。
たいてい自分を困らせるものばかりだ。思わず身構えた。
「なんだ?」
「今晩だけ、高校時代に戻って、”真壁くん”って呼んでもいい?」
(///な・・・)
俊は心の中で絶句していた。まったく何てことを思いつくのだろう。
胸の奥が熱くなるものを感じながら、必死に答えを探していた。
「す・・・好きにしろ」
「うんっ。ありがと」
蘭世はそう言ってふんわり笑うと、俊の頬にキスをした。
顔中が真っ赤になって、そんな彼女の様子を
呆然とした表情でみつめている彼とは対称的に
彼女は鼻歌を歌いながら夕食の準備を再開していた。
彼女には叶わないと思う。
その笑顔もそのしぐさも。
こんなにも自分のこころを掻き乱す。
今日のことは、少し曜子に感謝していた。人間とは本当に現金なものだ。
しかし、後ほど、そんな曜子の企みは蘭世の行動まで予想済みであったことが判明する。
時既に遅し。そんな二人の様子は隠しカメラでばっちり録画されており、
次の同窓会での目玉として使用されることとなる。
俊は、少しでも曜子に感謝した自分を悔やんだのだった。
THE END
あるサイトに謙譲した「ときめきトゥナイト」の処女作です。
ここで発表するのは恥ずかしかったのですが、
あえて出してみました。石投げないでくださいね(笑)。