作:中井真里
あいつとも、本当に長い付き合いだなと思う。
まるで、彗星の如く俺の側にやってきて、
語りきれない程いろいろなことがあって、
いつの間にかお互いが掛け替えのない存在であることに気が付いて・・・・・
以来、喜びや、悲しみを分け合いながら積み重ねてきたあいつとの日々
決して色あせることは無い。
今も、そしてこれからも・・・・・
今日も、あいつとの毎日が始まり、終わる。
それがたまらなく心地いい。
◆◇◆
「西遠寺くん、今日はもうあがっていいよ。お疲れ様」
「あっ、店長。お疲れ様です」
彷徨はそう言って軽く頭を垂れた。
ここは、彷徨が高校時代からバイトをしている文礼堂書店。
時給もいいし、何より店長が気さくで親切な人で、
学生の自分が働く環境としては最適だと思いながら今日に至る。
・・・この店長が少々強引なところを除いては。
「ところでさぁ。今日これから空いてる?バイトの子が君と話したいから
セッティングしてくれってうるさいのよ」
「お断りします」
「そう言わずにさぁ。今月の給料上乗せしとくから」
「・・・・・ダメです」
「なら君の家はどう?確か一人暮らしだったよね?」
「・・・・・」
「もしかして、彼女と約束でもあるの?」
「・・・・・」
「見たいな。西遠寺くんの彼女」
麻生環は文礼堂書店の中でもやり手の女店長。背が高く、美人だ。
普段はスタッフに信頼が厚く、思慮深い彼女だが、
時々こうして彷徨を強引に誘い出そうとするのだ。
そもそもの発端は、「彼女」との電話を偶然見られてしまったということなのだが。
環にしてみれば、彷徨に「彼女」がいること自体意外だったらしい。
「だって、いかにも俺は女に興味なしって顔してるんだもん。
そんな男の彼女ってどんなかな?って気になるんだよね」
とは環の弁。
以来、何らかの理由を付けて、彷徨の部屋を訪れようとするようになった。
しかし、繰り返し同じ事が続けば慣れたモノで、
今回もいつものように、さらりとあしらう・・・・・筈だった。
「そんなこと言っていいのかな?ちょうど、実家から美味しいかぼちゃ送って来たんだよね。
確か好物じゃなかった?」
(ったく、そんなことまで知ってるのか・・・この人は。いつの間に調べたんだか)
彷徨はそう思いながらも、「かぼちゃ」という言葉に二の句が繋げないでいた。
「じゃあ、私だけならいいでしょ?それとも、彼女がいること、
みんなにいっちゃってもいいのかなぁ?さぞかしびっくりするよわねえ。」
「・・・店長、それは・・・おどし・・・ですか?」
「別にそのつもりはないけど、そう取ってくれてもいいわよ♪」
「・・・・・わかりましたよ。店長だけなら。だけど今夜だけですよ。
今、彼女に電話しますから、少し待って下さい」
「さすが色男。太っ腹。ふふ・・・楽しみだわ」
一連のやりとりに、彷徨はしぶしぶ了解した。
これで彼女もすっきりするだろうと思ったから。
しかし、その考えが甘かったということを、後ほど思い知らされることになる。
◆◇◆
「さてと。今日の夕飯何しようかな?彷徨も帰ってくるし」
講義の後、喫茶店でのバイトを終え、
一足先に大学近くのマンションに帰っていた未夢は、
リビングの時計を見ながらそう呟いていた。
「久しぶりにかぼちゃ料理でも作ろうかな♪」
そう思いながら、冷蔵庫の中身を探っていたとき、携帯の着信音が鳴り響いた。
中学時代からの友人・三太の自作でもある、その着信メロディは、
「トリのレコード」というらしい。軽快なメロディは、彼のイメージとぴったり重なる。
画面の「西遠寺彷徨」という表示に心が弾む。
『もしもし。俺』
『彷徨、バイト終わった?今、夕飯の支度してるとこ』
『そっか。俺もあと少しで帰る。それとさ・・・悪いんだけど、
その・・・バイト先の店長がうちに来るって・・・』
『私は全然構わないけど、急にどうしたの?』
『・・・田舎からカボチャ貰ったからお裾分けしてくれるってさ。
そのお礼ついでに、夕飯でもどうかって誘ったんだよ』
『うわぁ。助かる。でも・・・』
『ん?』
『彷徨って、そういうの苦手じゃなかった?バイト先の人も、
学校の友達も、一度だって連れてきたこと無いし』
『あ・・・いや、たまにはいいかなって思ったんだよ。店長には世話になってるしな」
『ふ〜ん。分かった。食事の支度して待ってるね』
『慌てて失敗するなよ』
『分かってますよ。じゃあね』
『おう。じゃな』
なぜか、電話の向こうでため息が聞こえたような気がした。
電話を切って、深呼吸。
「さて、始めるとしますか。彷徨がお世話になってる店長さんだし、
腕を振るう・・・まではいかなくても、せめて失敗しないようにしないと」
そう呟くと、腕まくりをした。
「まず、カボチャを電子レンジで温めてっと・・・」
横に彷徨がいたら、少し危なっかしいと言いそうな手つきで
料理を進めていく。
カボチャ、たまねぎ、ニンジン、ジャガイモと格闘しながら鍋に入れる。
たまねぎが透明になるくらい炒めた後、水を入れて数分間煮る。
仕上げにカレー粉を入れたら、特製カボチャカレーの出来上がり。
「さて、次はサラダを作らなくちゃ。トマトトマト・・・」
やがて、テーブルの上にいくつかのメニューが乗った頃、玄関のチャイムが鳴った。
◆◇◆
あれから彷徨達は、仕事の残務処理を終え、
環の運転する車で、彷徨と未夢が住む中央街のマンションに向かっていた。
道路を軽やかに走る環の運転に、彷徨は感心しきりであった。
「ごめんね。私の仕事まで手伝わせちゃって」
「いえ。それはいいんですけど・・・」
「余計なことは言わないで欲しいんでしょ。大丈夫よ。私、口硬いし」
「さすが、分かってらっしゃいますね。って、見るからに口軽そうなんですが」
(俺が女に誘われてるって言ったりしたら、あいつ・・・いらぬ誤解しそうだしな)
環はそんな彷徨の内心を知って知らずか、あははと笑った。
「それよりさ、彷徨くんの彼女って料理上手い?ひそかに期待してるんだけど。
私、料理下手だしさ。最近、あまりいいもの食べて無くて」
「いや・・・昔よりはかなり上達してると思いますが・・・俺の方が上手いですね」
環は、かなり驚いた表情で目を見開いた。
「昔って、そんな前からつきあってんの?」
「元々幼なじみなんですよ。お互いの両親が親友同士で。
最も、小さいときから知り合いだったっていうのは、
お互い全く覚えてなかったんですけど」
環はかなり興味深そうに耳を傾けている。
人の恋愛話の何処がそんなに面白いのか、彷徨には全く分からなかったが。
「へー。それで?」
「ま・・・まぁ、いろいろありまして」
「何らかのきっかけで再開して、何らかのきっかけで好きになって、
何らかのきっかけで付き合うようになったわけね」
「・・・そういうことです」
「へー。君って結構堅物に見えたんだけど、意外だわ。
もしかして、彼女のおかげで恋を知ったってやつ?」
「/////」
彷徨の頬がみるみるうちに赤くなっていくのを見て、
環はそれが本当のことであると確信した。
「ふふっ。それ以来、彼女一筋ってわけね」
「・・・・・・・・・・・・そういうこと・・・・・・・です」
よっぽど恥ずかしいのか、赤くなった顔を隠すように窓の外を向いてしまった。
そんな彼の姿を見ているうちに、「彼女」の事が無性に羨ましくなった。
「でもさぁ。私のイトコに良く似た子がいるんだけど」
「え?」
「両親の都合で寺に預けられたらしいのよ。それでね、そこの息子と
二人暮らしすることになって。その一年後になんとふたりは結ばれたのでした。
めでたしめでたしっていう、恋愛ドラマばりのハッピーエンドを演じた子なのよ。
その子の彼氏っていうのが、話を聞けば聞くほど君にそっくりなのよね?
優等生で、堅物で、女にもてるくせに女に全く興味が無くて。
今は、その彼氏と大学近くのマンションで同棲してるって、
その子のお母さん、つまり、私の叔母さんに聞いたんだけど」
「へ〜・・・・・ってもしかして、その子って・・・・・・」
「え?」
「い・・・いえ」
(そんな偶然、あるわけないよな)
彷徨はまさかと疑いながらも、心の中にそう言い聞かせていた。
どこかでそうあって欲しくないと思っていたのかもしれない。
そうこうしているうちに、車は中央街のマンションの前に到着した。
地下の車庫に車を止めると、エレベーターに乗って5階に向かう。
彷徨にとっては、チャイムを押した後の間が、
まるで裁判の結果を待つ心持ちであった。
「は〜い」
待ち望んでいたチャイムに、エプロンを椅子に掛けて玄関に向かう。
ドアの先には、他の誰よりも大切な人。
「おかえりなさい」
「ただいま」
思わず彼の胸に顔を埋める。久しぶりにゆっくり過ごせる時間が嬉しくて。
いつもと変わりないやりとりが嬉しくて。
「///お・・・おい、未夢」
「何?」
「後・・・」
「後?」
後では、唖然とした表情でこちらを見つめている環がいた。
「あれえ?環ちゃんじゃない。久しぶり。急にどうしたの?」
訳が分からずきょとんとしている未夢を後目に、
呆然と立ち尽くす彷徨と環であった。
◆◇◆
「「「乾杯!」」」
チンと軽快な音を立てて、3つのワインのグラスがぶつかり合う。
テーブルの上には、未夢の作った料理が、
温かそうな湯気を立てて並んでいる。
「それでは頂きます」
「ご遠慮無くどうぞ、店長さん」
環にとっては久しぶりのごちそうを間の前に、思わず笑顔がこぼれる。
「美味しいわよ凄く。いい味だしてる」
「良かったぁ。このカレー、実は彷徨仕込みなんだ」
「それはそれはごちそうさま」
「///もうっ。環ちゃんたら」
一方の彷徨はと言えば、そんな和気藹々としたふたりを、
ただぼーっと見つめていた。
「彷徨もお腹空いたでしょ?今日は奮発しちゃった」
「あ・・・あぁ。うまそう・・だな。頂きます」
「おいしい?」
「うまいよ。本当にうまくなったな。お前」
何だか様子がおかしい。いつもなら、「珍しくうまいよ」くらいは言うのに。
「それにしても、西遠寺くんの噂の彼女が未夢だったなんて驚きだわ」
「私こそびっくりよ。彷徨がお世話になってる店長さんがイトコの環ちゃんだなんて。
一年以上も行ってるのに全然気付かなかったし。ねえ彷徨」
「あ・・・あぁ」
やっぱり変だ。さっきから一言もしゃべっていない。
これは、環に原因がありそうだと思い、
彼女の方を、問い詰めることにした。
「環ちゃんたら、彷徨と何話したの?」
「いやぁ、”彼女”との馴れ初めとか、いろいろね。
それにしても面白かったわよ。顔真っ赤だったし」
「て・・・店長。それは・・・」
彷徨は、環の言葉を必死に制した。
未夢は、そんな彼の様子の意味が分からず、首を傾げる。
「ふふっ。やっぱり未夢は幸せ者ね」
環はそう言って、ワインの残りを飲み干した。
「おかわり!」
「はいはい」
そんな和気藹々としたやりとりが、暫く続いていた。
◆◇◆
「もう・・・のめにゃ〜い」
「おい、未夢。こんなところで寝ると風邪引くぞ」
あれから数時間後。元々酒の弱い未夢は、すっかりワインが廻って、
テーブルの上に俯してしまった。彷徨がいくら声をかけても
起きる様子がない。
「ったく。しょーがねーな」
彷徨はそう呟いて、よっと彼女の体を抱えると、ベットに運び、布団を被せた。
まるで、子供のような表情で気持ちよさそうに眠っている。
その姿は、壊れてしまいそうなくらい無防備だ。
「・・・凄く、幸せそうな顔してる」
環はそんな未夢の寝顔を見ながら、そう呟く彼女の表情は、
まるで、本当の姉のように優しかった。
いつもの店長とは思えないくらい。
「さてと、私そろそろ帰るね。もう遅いし」
「車はどうするんですか?」
「ごめん。今日だけ置かせて」
「それは構わないですけど、どうやって帰るつもりですか?」
「その辺でタクシー捕まえるわ」
「そうですか」
(相変わらず無鉄砲な人だ)
ほろ酔い状態で頬がほんのり染まっている環の姿を見ながら
彷徨はそう思っていた。
「じゃあね。未夢にもよろしく」
そう言って、右手を挙げた。
ふと、帰る方向に進んでいくはずの体がこちらを向いた。
「どうしたんですか?」
「・・・未夢の彼氏が君だって分かって安心した。」
「そう・・・ですか」
「ほんと言うとね、心配だったんだ。あの子、昔から男の子には
人気があったけど、恋愛経験なんて無いに等しいし、あんな風に無防備だし」
「・・・そう・・・ですね」
「これからも未夢をよろしくね」
「はい。言うまでもなく・・・ですが」
「あら。こちそうさま」
彼女はそう言ってニコリと笑う。
それは、普段全く見たことのない表情で、
思わずこちらもニコリと笑って返す。
(それにしても、誰かの笑顔とそっくりだ。やっぱり、血筋だな)
彷徨はそんな環の笑顔を見ながら、そんなことを考えていた。
「改めて、おやすみ」
「おやすみなさい」
遠ざかっていく背中が、いつも以上に頼もしく思えた。
まるで、自分の姉でもあるかのように。
◆◇◆
「あれ・・・私・・・」
未夢は、あれからしばらくして酔いが醒めたのか、ゆっくり体を起こした。
横では彷徨が本を片手にこちらを見つめている。
「彷徨、ずっとそこにいたの?」
「まぁな」
「環ちゃんは?」
「少し前に帰ったよ。お前によろしくって」
「そう。ちゃんとおやすみ、言いたかったな」
未夢は少し淋しそうな表情で俯いた。
久しぶりに会ったイトコだ。無理もないだろう。
「・・・未夢・・・俺さ。お前とこうしていられて幸せだ」
「と、突然どうしたの?彷徨らしくない」
「///たまにはいいだろ?」
「ふふっ。環ちゃんのおかげかな。久しぶりだもん。そんな彷徨。
一緒に棲もうって言ってくれた以来かな?」
「そんなことねーだろ。俺はいつだって素直だよ」
「嘘だぁ」
「・・・お前の前だけな」
途端に未夢の顔がぽんっと赤くなった。
あまりに予想通りの反応で、思わず笑ってしまう。
そんな彼女がたまらなく愛しい。
優しくて強い彼女も、自分の言葉に一喜一憂する彼女も、
そんな彼女だから、素の自分でいられる。
彼女の横こそが、自分の居場所だと思える。
「私もね、彷徨と出会えて、こうして一緒にいられて、本当に幸せだよ」
「さんきゅ」
そうして、ふたつの唇が重なり合った。
何よりこうしていられることが幸せで、掛け替えのない時間。
これからも、そんな時間(とき)を、君と刻んでいきたい。
君との毎日を、喜びに満ちたカレンダーで綴っていきたい。
そう思う。
THE END
(後日談)
「ねえ、西遠寺くん。店長から聞いたんだけど、西遠寺くんの彼女って、
あの、光月未夢ちゃんだってほんと?昔テレビに出たの、見たことあるんだよね。
同い年だったから、よく覚えてるのよ」
「・・・・・まぁな」
「うふふ。照れてる照れてる。店長の言った通りね」
「・・・・・」
「西遠寺くん?」
「・・・・・店長は?」
「店長だったらあそこにいるけど・・・」
「そっか。さんきゅ」
彷徨は他の店員も今までに見たことのない凄い形相で、環の方に向かっていた。
その頬が真っ赤に染まっていたことは言うまでもない。
(少しでも見直そうとした俺がバカだった・・・)
彷徨はあの日に抱いた彼女への尊敬という文字を、一瞬にしてうち消した。
そして、彼女の言葉を信用した自分に、心から後悔するのだった。
こんにちは。中井真里です。
OPENさんからのリクエスト、お題は「みゆかなの大学生活」でしたが、
大学生のみゆかなの日常生活になっちゃいましたね(汗)。
そして、冬企画のお題の「湯気」にも絡めてみました。
未夢が作った料理から湯気が出ているってことで。
かなりこじつけか(笑)。
OPENさん、散々遅れたあげく、同時になってしまって本当にごめんなさい。
夏に、プロットも決まっていて、書き出しているものがあったのですが、
いつの間にか、季節外れになってしまいました(完全に夏なので)。
そのため、急遽別のプロットを起こし、現在に至ります(笑)。
こんなものでも気に入って頂ければ幸いです。
お詫びの印として、後ほど夏バージョンもアップする予定です。
もう少しお待ち下さいな♪
そして、読んで下さった皆様ありがとうございました。
いつの間にか閲覧数が37000を越していて、驚きと同時に
複雑な気持ちです。なかなか更新出来なくてすみません。
それでは皆様良いお年を。来年もよろしくお願い致します。
#BGM 岡崎律子の1stアルバム「Joyful Calender」より。
'04 12.24 中井真里