朝-What's goin'on-

作:中井真里




あなたと迎える朝は、とっても幸せ。
それでいて、ちょっぴり切ない。


これから私達はどんな朝を迎えていくのだろう?
どんな毎日を過ごしていくのだろう?





+ + + + + + +





-週末の朝



窓に射し込む光が、彼女の閉じられていた瞼を開かせた。
ふと見ると、時計は午前6:30を差している。


横の彼は、バイトと授業の掛け持ちで、
かなり疲れが溜まっているのか、
気持ちよさそうに寝息を立てている。
その姿は、普段の彼からは想像も出来ないほど幼い。




(ふふっ。眠っているときは可愛いのになぁ)




彼女はもう少し眺めていたいとは思ったが
時間が押していることもあり、彼を起こさないように
布団を起こし、ベットから降りた。






               * * *






それからジャムとトーストでの簡単な朝食を終え、身支度を整える。
髪を梳かしてリップを塗り、グロスを付ける。
何度も鏡を覗き込み、確認する。その繰り返しが続く。



右手の薬指には、少し前に、彼が誕生日にくれたシルバーリング。
胸には母親に買って貰った星形のネックレス。




「さて、もういいかな。そろそろ出掛けないと遅刻しちゃう」



彼女はそう呟くと、ベットに寝ている彼の姿を確認し、
唇を近づけ、軽く触れた。




柔らかい感触。



少しだけ、先程口にしたアプリコットジャムの甘い味。





『おはよ。行ってきます』




彼に聞こえないような、小さい声でそう言って
玄関にダッシュで向かう。


お気に入りのくまさんスリッパから
紅いハイヒールに履き替えて
玄関のノブに手を伸ばしたその時、
二本のがっちりとした腕が彼女を包み込んでいた。






               * * *






「おはよ」



彼はそう言って、いつものように悪戯っぽく笑った。
服の羽織られていない彼の上半身は、蒸気していて何だか熱っぽい。



「///もうっ。起きてたなら挨拶くらいすればいいのに」
「今、言っただろ?」



彼はしれっとそう呟くと、顔を回し、
彼女のほんのり紅くなった唇にそっと口付けた。



相変わらずだな。彼女はそう思っていた。
彼と暮らし初めて一ヶ月程だが、
こうして自分をからかうところは全く変わらない。
時々寂しがりやで、こうして自分に甘えるところも。




「出掛けるのか?」




彼は彼女をようやく腕から解放してやると、
いつもより着飾った様子の彼女を横目で見ながらそう言った。
表情が少し淋しそうにも見える。




「うん。理沙ちゃんや佳奈ちゃん達と、合宿の打ち合わせ」
「そっか。俺は、夕飯でも作って待ってるよ」
「私、今日はカレーがいいなぁ」
「はいはい」




彼女の少し不攻めがちなおねだりに、
彼はいつものことだと思いながら頷く。




「じゃ、行ってくるね」
「おう。気を付けて行って来い。遅くなるときは、
必ず電話すること。いいな」
「は〜い」




彼女が手を振ると、彼もまたそれに答えて手を振る。


勢いよく開かれたドアから射し込んだ初夏の日差しが、
いつもと何ら変わることのない、一日の始まりを告げていた。






               * * *






-喫茶・カンターループ




少しレトロな雰囲気が漂っているこの店は、
厳選した豆を使ったコーヒーがこの界隈でも有名。

大学の近くということも手伝って、
普段から多くの学生で賑わっている。

それは、未夢を初めとした被服サークルの部員達も例外ではない。




「ねえ、未夢ちゃん。彼氏はよかったの?」
「そうだよぉ。彷徨くん、一日放って置かれてかわいそう」




理沙と佳奈が運ばれてきたコーヒーに口を付けながら
そう呟いていた。他のサークル仲間達も、
ふたりと同じように頷いている。



「しょーがないじゃないっ。合宿の打ち合わせもあったし。
今日決めちゃわないとあっという間にテストだし。
それに、来週末は出掛けることになってるんだ♪」



未夢は言ってしまってから、照れ臭くなったのか
頬をほんのり紅く染めて俯いた。




「はいはいっ。ごちそうさま」
「やっぱり二人はあれだね。周りが心配する必要が無いというか
いつもの事というか・・・」
「そうそう」
「らぶらぶだね。いいなぁ」
「何せ一緒に暮らしてるんだもんねえ」





理沙と佳奈を初めとする友人達はそう言い合いながら
深いため息を突いていた。




(も・・・もうやめてよぉ〜恥ずかしい)




一方の未夢は、友人達の話を聞きながら、
内心そう叫びつつ、顔を真っ赤に染めていた。



「ほらっ。早く合宿の日程とか場所とか決めちゃわないと」




(あ・・ありがと〜宮ちゃん)




友人達のまとめ役である、宮原がそんな未夢に助け船を出す。
未夢がそんな彼女の気配りに心から感謝したのは言うまでもない。
そして、ようやく本来の目的である話し合いが始まった。






               * * *






-午後6時



ようやく話しもまとまり、店を出た。

未夢はこれから近くのレストランで夕飯を
という友人の誘いをやんわり断ると
彷徨の待つ、マンションまでの道をひたすら走った。




「ただいまっ」



未夢はそう言って、すでに鍵の開いている扉を勢いよく開けた。
そこには自分がプレゼントした藍色のエプロンに身を包み、
おたまを持っている彷徨の姿。部屋の奥からは、スパイスの
いい匂いが漂ってくる。


思わず、笑みが浮かぶ。




「おかえり。グットタイミングだな。たった今出来たところだ」



彷徨は、待ちわびた彼女の帰りに
顔が緩むのを抑えながらそう言った。




「うわぁーい。もうお腹ぺこぺこ。早く食べよう♪」
「待ってろ。今、皿によそるから」
「私も手伝うよ」
「あぁ、頼む」




-何気ないやりとり、何気ない一言




(・・・俺、これがやりたかったんだよな)



彷徨はリビングに食器を運びながら、
決して口に出せない言葉を心の中で呟いていた。
顔の緩みが抑えきれない。



「彷徨?早く食べよ」
「あ・・・あぁ」



彷徨は未夢の声に我を取り戻すと、
リビングのテーブルに向かって足を急がせる。


そんな彼の胸は先程よりも弾んでいた。






               * * *






「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」




未夢は余程空腹だったのか、多めにご飯をよそったカレー一杯と
特製ドレッシングが決め手の海藻サラダ、
午前中に作って、冷蔵庫でじっくり冷やして置いた
かぼちゃプリンまで、驚くほど綺麗に平らげた。




(やっぱり、旨そうに食ってくれると、作り甲斐があるってもんだ)




彷徨は内心そう呟きながら、空腹が満たされ、
幸せそうな表情の未夢を見つめていた。




(なんつーか、こいつ見てると、こっちまで
顔が緩んでくるんだよなぁ)




そんな彼女の表情に思わず見とれる。
目が、離せなくなる。





「ねえ彷徨」
「ん?」
「さっきからこっち見てどうしたの?
もしかして、私の顔に何かついてる?」





気が付くと、的外れな質問を投げかけた未夢が
ぽかんとした表情で彷徨の方を見る。


彷徨は、相変わらずの彼女に思わずため息を突いた。





「なんでもねえよ」
「そんな言い方されたら気になるじゃない」
「・・・鈍感」
「鈍感って何よぉ〜」





思わず強い口調になる。未夢も負けじと言い返してくる。
先程からその繰り返しが続いている。


だけど、そんな瞬間さえも溜まらなく幸せで。


決して失いたくない。


そう思う。





「ところでさ、合宿の詳細は決まったのか?」



先程までのやりとりも終結し、
彷徨は食後のコーヒーを飲みながら、
気になっていたことを口にする。




「大体ね。今年は軽井沢だって」
「いいな」
「いいなって、人事みたいに。一応彷徨も部員でしょ?」
「まぁ、そうだな」
「団体って形ではあるけど、旅行するのなんて
久しぶりだし、楽しみだなぁ」




(そう言えば、最近旅行もしてなかったな)




彷徨は未夢の嬉しそうな表情を見つめながら、
申し訳ない気持ちに駆られていた。

最近、学校やバイトやらで忙しい事もあり、
ふたりで旅行をすることも少なくなっていたのだ。

そして、何か思い付いたように立ち上がった。
その場には訳が分からないと言った様子の未夢が残された。






               * * *






-翌週の土曜日



ふたりは、旅行会社のサービスブラザを訪れていた。
その帰り道。未夢は申し訳無さそうに呟いた。





「でもさぁ。本当に良かったの?」
「いいって。たまには一泊旅行ぐらい・・・な」
「で・・・でも一泊旅行ってことは・・・その///」
「いまさら恥ずかしがってどうすんだよ」
「そ・・・そうよね」





そう納得しつつも、未夢の頬は、
隠しきれない程真っ赤に染まっている。




(こいつはいつになっても本当に変わらないな)




彷徨は彼女の真っ赤に染まった横顔を眺めながら
変わらないという幸せを、強く実感していた。







君と過ごす毎日は、まるで宝石箱のように輝いている。
朝が来て、夜が来る。そして、また 朝が来る。



横には君がいて、俺がいる。



そんな日々を 大切に過ごしていきたい。



彷徨は、初夏の穏やかな風を感じながら強くそう思っていた。







-夏はすぐそこまで来ている。









THE END












こんにちは。

ここ最近は、岡崎律子さん*の急逝で
いろいろなことが手に付かなくなっていましたが
ようやく落ち着きを取り戻しつつあります。

と言う訳で暫くの間は岡崎律子さん追悼企画と題して、
彼女の曲をテーマにした短編を、数作アップしていく予定でいます。

今回はその第一弾。First Albumの一曲目から。
久々のみゆかな、かつ久々の甘甘でしたが
エピソードがまとまっていなくてすみません。

同棲で甘甘のふたりは前にも書きましたが
少しだけ糖度を上げてみました(笑)。

感想など頂ければ幸いです。



*岡崎律子(おかざきりつこ)

シンガーソングライター。ソロとして活動する傍ら
林原めぐみ・小森まなみ・井上喜久子などへの
楽曲提供者としても知られている。魔法のプリンセスミンキーモモ
などの楽曲も手掛け、ここ数年ではドラマの楽曲も担当。

最近では同じくシンガーソングライターの日向めぐみと女性デュオ
メロキュアを結成し、幅広い活動を見せていたが、
5月5日、血症性ショックのため東京都中央区の病院で急逝。44歳だった。

代表作は「四月の雪」「Bon Voyage!」「約束」「はなれていても」
「Good Luck!」「サクラサク」「For フルーツバスケット」
「Morning Grace」など多数。


[戻る(r)]