Tears' Night

作:中井真里


三太メインのお話ですが、少々ダークです。
お嫌な方は、ブラウザのバックボタンを押してお戻り下さい。

*三太→未夢となっていますが、未夢は出てきません。


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それは、生まれて初めて声を上げて泣いた夜・・・。







-カランカラン



ひとりの青年が、懐かしそうな面持ちで、
かなり古見の掛かったドアを押した。


あの頃と変わらない鈴の音
あの頃と変わらない光景が、目の前に広がった。






◇◆◇






今日は、市立四中2年1組の何回目かの同窓会。



いつも幹事を務めている彼だが、
今年ばかりはそんな気にもなれなかった。
幸い、彼の元クラスメートが立候補をしてくれたのだが。



喫茶店には、すでに何人かのクラスメイトが集まっている。
彼は何かを探すように、辺りを見回した。
すると、中央には彼の親友とも言うべき男が、
友人達に囲まれて尋問を受けていた。



何だか胸がズキリと痛む。



「新妻さんはお元気ですの?」


豊かな紅い髪の女性が、少しからかうような口調でそう尋ねると、
彼は照れ臭そうな表情で言葉を返す。



「まぁな」
「もうお腹大きいんだよね?」
「そんなの当たり前じゃないか。彼女は妊婦さんなんだから」



メモ片手にはしゃいでいる女性の横では、
金髪の派手な男が、すかさず突っ込みを入れる。




いつもと変わらない空間
いつもと変わらない仲間達




しかし、今の彼にはそれが息苦しかった。




(やっぱり今日は帰ろう)




そう思いながら、再び扉のノブを握ろうとしたそのとき、
聞き覚えのある声がした。





「三太」





ふと名を呼ぶ声に後を振り向くと、
彼の親友が、こちらに向かって手招きをしている。
止めどなく溢れ出す胸の痛みを抑えながら彼の方に足を向ける。



彼の親友は、昔の姿からは想像も出来ない程、
屈託のない表情を、彼・・・三太と呼ばれた青年に向けた。




「ひさしぶり・・・だな」
「そう・・・だな」
「どうしたんだよ。ここんとこ顔も見せないで」
「ま・・・まぁ。おれもちょっといろいろあってな」




二人でこうして顔をつきあわせるのは、本当に久しぶりだ。
正確には彼の方から逢う事を避けていたのだが。




「西遠寺くんも、黒須くんも、そんなところに立ってないで、
こっちに座ったらいかが?いろいろつもるお話もあるでしょうし」




いつもならほっとする彼女の心遣いも、
今の三太には恨めしいものに思えた。






◇◆◇





「それで、今はどうしてるんだ?ちっとも連絡よこさないから、
みんな心配してたんだぞ。同窓会にも顔を出さないし」
「・・・普通にサラリーマン・・・かな」




目の前の親友は、いつの間にかそんな心遣いが出来るようになったのだろう?
それも、「彼女」が鍵となっていたんだなと思うと、
胸に針が突き刺さったような気持ちになる。




「三太、どうした?気分でも悪いのか?」
「・・・大丈夫だよ。人の事よりお前はどうなんだ?」



三太は今の自分の気持ちを悟られまいとして、話題を反らす。
彷徨の答えを待つ間もなく、友人達が話に割り込んだ。



「西遠寺くんは、育児用品のメーカーに就職されたんですのよ」
「それも未夢ちゃんの影響だなんて、女泣かせだよねえ」
「ふふっ。僕には負けるけど」
「「はいはい」」



クリスと綾は、望の予想通りの答えに思わずため息を突いている。



「・・・ま・・・まぁ、そう言うことだ」



彷徨はそう呟くと、照れ臭そうに天上を仰いでいる。

結婚前後の男はモテると言うが、横の彼にもそれを裏付けるような、
独特のオーラが漂っているように見えた。



「・・・そっか。お前ってつくづく幸せなやつだな」



(それに比べて自分は・・・)



今の彷徨と比べて自分はあまりにもちっぽけだ。
改めてそう痛感させられたように感じた。


「彼女」に想いさえ伝えていない自分が、
何の目的も無く生きている自分が、
彷徨を責める資格などある筈が無い。


そんな自分を「彼女」が知ったらどう思うだろうか?
きっと失望するに違いない。

過去の出来事にいつまでも縛られている今の自分は、
あまりにも子供で、臆病だ。

そんな簡単な事に、どうして今まで気付かなかったのだろう?
そんなことにも気付かず、親友を責めたりしたのだろう?
自分の気持ちに気づきもしない、彼女を責めたりしたのだろう?


三太の心はそんな後悔と自責の念でいっぱいになっていた。






◇◆◇





「三太?」
「・・・ごめん。おれ、用事思い出したから帰るわ。
未夢ちゃんによろしく」


三太はいたたまれなくなった気持ちでそう言い残すと
喫茶店を後にした。その姿を、彷徨は呆然とした表情で見送った。



「黒須くん、まだ・・・」



その横では訳知り顔のクリスが扉の方を静かに見つめていた。
いつもの穏やかな表情が曇っているのが分かる。



「花小町は知ってたのか?あいつの気持ち」
「・・・西遠寺くんもご存じでしたのね?」
「・・・・・俺は、あいつの気持ちを知っていながら何も出来なかった。
結果的に傷つけただけだったんだ」
「西遠寺くん、お気持ちは分かりますが、ご自分を責めたらいけませんわ。
少し時間は掛かるかもしれませんが、おふたりが元の親友に戻れる日は
必ず来ます。私と未夢ちゃんのように・・・」
「花小町・・・」




いったいどれ程の想いを、痛みを乗り越えてきたのだろう?



こんな自分を好きだと言ってくれた彼女
未夢の前まで背中を押してくれた彼女
自分を大切な友達だと言ってくれた彼女




そんなクリスの横顔が、いつも以上に強く、頼もしく感じられた。




「西遠寺くん、僕たちも知ってたよ」
「・・・多分、ななみちゃんもそうだと思う」


気が付くと、深刻そうな表情の望と綾の姿。




「光ヶ丘、小西・・・」



彷徨の心は申し訳無さでいっぱいになる。
同時に自分の心の弱さが恨めしくなる。



「そんな顔をしていたら、未夢ちゃんが心配しますわよ。
西遠寺くんに出来ることは、未夢ちゃんと幸せになること。
それしかありませんわ。後は時間が解決してくれます」
「西遠寺くんはこれからパパになるんだから。
しっかりしてくれないと未夢ちゃんも困っちゃうよ」
「ふふっ。君は僕のライバルなんだから、
その基準を満たす状態でいてくれないとね」



人の存在というものは、どうしてこんなにも温かいのだろうか?

それを教えてくれたのは、三太であり、未夢であったはずだ。


人と向き合うことを避けていた自分
心の痛みから避けていた自分


幼稚園で仲間はずれになりそうになった自分を引き入れてくれた彼の姿が
昨日のように思い出される。


「西遠寺くん・・・」


心配そうな表情のクリスが彷徨の方を見つめている。
それは、望も綾も同じであった。


「ごめん。これから親父になるってやつがこんなんじゃだめだよな」
「その息ですわ」
「パパ、ファイトだよ!これからもネタを提供してくれなきゃ♪」
「君の子供、女の子だったらきっと未夢っちにそっくりな可愛い子に
育つんだろうなぁ。それまで頑張ってくれよ」
「もうっ。望さんも綾ちゃんも相変わらずなんですから」



喫茶店は再び温かな笑いに包まれていた。





◇◆◇






一体、どれくらい走ったのだろうか?
今の三太には、それさえも分からなくなっていた。





気が付けば、目の前には懐かしい空き地が広がっていた。
小さい頃、彷徨と遅くなるまで遊んだ原っぱは、
あの日の面影を残すように青々と繁っている。






いつの間にか、辺りは暗くなり始めていた。


気が付けば、雨がぽつぽつと降り始めている。
雨足は彼の心を象徴するかのように強くなっていく。



「おれって本当に格好悪いな・・・」



そう呟いた彼の頬を冷たいモノが伝う。



「あいつは何でも出来て、おれには無いものを沢山持っていて、
自慢の親友だったのに、こんな事になるなんてな。
気が合うとは思ってたけど、女の子の趣味まで同じだなんてさ」




(マジでしゃれになんねーよな)




激しい雨が、彼の全身を貫く。
哀しみの涙と共に。





それからどうしたのかは覚えていない。
覚えているのは、冷たい雨の音と、
頬を伝う涙の感触だけであった。





数時間後、彼は白い天井の下にいた。











「・・・ろすくん、黒須くん」




三太はふと耳に聞こえた自分を呼ぶ声に、重い瞼を開いた。
すると、ひとりの女性がこちらを心配そうに見つめている。
彼にとっては心当たりのある声であった。

そして、まだ完全ではない意識の中で口をゆっくりと開いた。
もしかしたら彼女ではないかもしれない。そう思ったが。





「ななみちゃん?」
「・・・よ・・・・かった。気が付いたんだね」
「ど・・・うして?」
「同窓会も急に帰ったって言うし、心配したんだから。
黒須くんの行きそうな場所をあちこち探し回ってやっと見つかったと思ったら、
びしょ濡れで倒れてるんだもの。さすがの私も慌てちゃったわよ。
携帯で救急車呼んで、ここまで運ばれてきたんだから」




そう呟く彼女の瞳からは今にも涙が溢れ出しそうになっている。




「・・・心配かけてごめん」
「・・・みんなは明日来るって言ってたわ」
「そっか」
「・・・西遠寺くんも」
「・・・・・」
「・・・まだ、ダメ?」
「いや、今度こそ大丈夫だよ」
「黒須くん・・・」
「俺もいい加減変わらなきゃな」
「ふふっ。そうだね」
「・・・・・」




三太はななみの力強い笑顔に思わず言葉が出なくなっていた。
同時に自分の状態の情けなさに泣けてくる。




「・・・俺って本当に情けないよな」
「黒須くんは情けなくなんかないよ。恋をすれば、誰だってそうなるもの」
「ななみちゃんも」
「・・・そう・・・だね。私も情けないなって時々思う。だけどね、恋の止め方も
分からないし、このまま好きでいるしかないなって」
「今も?」
「・・・うん」
「そっか」
「・・・・・」



(ななみちゃんに好かれる男が羨ましいな)



三太は心の中でそう呟いていた。



「そう言えば、おれの気持ちを最初に打ち明けたの、
ななみちゃんだったよね。いろいろ背負わせちゃってごめん」
「・・・正直、最初は傷付いたけどね」



ななみは小さくそう呟くと、照れ臭そうに横を向いている。




「ななみちゃん?」
「・・・特別な意味なんて、無いんだからね」
「・・・・」
「無いんだから・・・」



そう呟いた彼女の瞳は、涙の色で染まっていた。




「ごめん」
「ううん。いいの」
「そうじゃなくて」
「え?」
「待たせてごめんってこと」



三太の両腕が、ななみの細い体を包み込む。



「俺さ、いつの間にか、ななみちゃんに甘えてたんだ。
それはどうしてかなってずっと思っていたんだけど、
今、分かったから」
「黒須くん・・・」



思わず腕の力が強くなる。



「ななみちゃん、好きだよ」
「・・・・・ありがとう」






この哀しみは、君がいるから、乗り越えられたんだ。

今は心からそう思えるから。

今度は君との一日一日を大切にしていきたい。





「今度の同窓会は、おれが幹事をやるよ」
「そうこなくっちゃ。それでこそ三太くんだよ」
「ななみちゃんもいっしょにね」
「///うん」






彼にとっての長い夜が明けたような気がした。







THE END







まずはすみません(平謝り)。

三太メインのお話を書いたのはこれが初めてなのですが、
いきなりブラックってどうかしら?という突っ込みを入れていました。
ネタ自体は以前から温めていたんですけどね。

というか、これ誰って?というシーン満載ですが。
もっと三太を研究せねばと思っています。

それではこんな話にも関わらず、読んで下さってありがとうございました。
次回作もどうぞよろすぃく。

あぁ、三太ファンの某会長の視線が怖い(大笑)。


'05 2.28 中井真里


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