作:中井真里
-3月15日 西遠寺
未夢は彷徨とふたりきりの誕生日を迎えていた。
今日も優と未来は仕事である。
宝晶は用事があるとかで、出掛けてしまった。
彷徨にとっては好都合だったのだが。
暗闇の中、ケーキの上の蝋燭が灯っている。
-ふぅ
私の息が19本の蝋燭を吹き消した。
「未夢・・・誕生日・・・おめでと・・・な」
「うん」
そう言って笑い合う。
その度に、幸せを噛みしめる。
今年もこうして大切な人と
特別な日を迎えられる幸せを・・・。
◇◆◇◆◇◆◇
「うわぁ・・・おいしそ。食べよ」
「はじめてだからな・・・うまいかどうか自信ねーけど」
未夢は彷徨がホワイトデー代わりに作ってくれた
カボチャのケーキを口いっぱいに頬張った。
「おいしー」
自分も試しに一口。
丁度言い甘さに出来たような気がする。
「初めてにしては上出来だな」
「うん、うん♪」
未夢はそう頷いて笑った。彷徨は自分に向けられる
彼女の幸せそうな表情をみるたびに
顔の緩みを抑えきれなくなっていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「彷徨?どうしたの?」
「あ・・・いや、何でもねえよ」
「変な彷徨」
先程から百面相している彷徨に
当の未夢は小首を傾げている。
その原因が自分とは、夢にも思わずに。
「それより・・・さ。これ、やるよ。誕生日だしな」
ふと思い付いて、ズボンのポケットから
取りだしたのは、小さな箱。
「ありがと。開けても良い?」
「あぁ」
中からクローバーを象った
シルバーのリングが顔を出す。
「嬉しい・・・彷徨、ありがとう」
そう言って笑う未夢の横顔に
彷徨は思わず見とれる。
心臓の音が、次第に大きくなって来た。
「でも、これ・・・ちょっと高かったんじゃない?」
「お前はそんなこと、気にしなくていいの」
彷徨はそう呟いて目を細めると
金色の髪をくしゃっと撫でた。
「・・・ちゃんと、右手の薬指にはめてろよ」
「う・・・うん」
「お前、意味分かってんのか?」
「分かってるわよっ」
「妖しいなぁ」
「もう彷徨のばかっ」
いつものようなやりとりが続いて、ふと見つめ合う。
彷徨の表情が真剣なものに変わり、未夢の瞳が閉じられた。
「そうだ・・・俺の部屋の物、何かひとつ持っていっていいぞ」
「いいの?」
「さっきの礼・・・な」
そう言って、ペロッと舌を出す。
頬にはうっすらと赤みが差している。
「///もうっ」
未夢の顔はそれ以上に赤く染まった。
◇◆◇◆◇◆◇
「どれにしようかなぁ」
未夢は彷徨の机、本棚をキョロキョロと見回しながら
自分にも使えそうなモノを探していた。
(本当は、彷徨の使ったモノなら何でもいいんだけど)
心の中でそう呟きながら宝探しに没頭する。
ふと目についたのは、古いアルバムだった。
彷徨には悪いと思ったが、自分の中の好奇心を
止めることは出来なかった。
「///うわぁ・・・」
アルバムの中は、幼い頃の未夢と彷徨。
おままごとをしたり、砂場で遊んだり、
プールに入ったりと、微笑ましい光景が広がっている。
そして・・・。
「///こっ・・これって・・・き・・・」
未夢は偶然発見したその写真を呆然と見つめていた。
顔が少しずつ朱色に染まっていくのが分かる。
「未夢、持ってくモン決まった・・・かって
お・・・お前何見てんだよっ」
そして、突然襖から顔を出した彷徨は
珍しく真っ赤な顔をしながら
未夢の手にある写真を素早く取り上げる。
「・・・その写真・・・欲しいな」
「こ・・・これはダメだ」
「いいじゃない。別に。記念に時々取りだして見られるし」
「み・・・みねーよ、俺は」
そんなやりとりが続いて、彷徨もとうとう折れた。
元々、未夢の『お願い』に自分が敵うとは思っていないのだが。
未夢がその写真を嬉しそうに覗き込む姿を見るたびに、
体中が熱くなるものを感じていた。
(こいつ・・・これが俺達のファーストキスだって
分かってんのか?)
彷徨は心に少し複雑な感情を抱きながら目を閉じた。
ふとあの日の光景が、頭に蘇ってくるような気がしていた。
◇◆◇◆◇◆◇
それは、桜の舞い散る春だった。
西遠寺に遊びに来ていた未夢は
いつものように、彷徨とふたりで
楽しい時間を過ごしていた。
お絵かきをしたり、本堂を元気に駆け回ったり。
その日は桜を見に外へ出たような気がしていた。
「きれい・・・」
「これ、さくらっていうんだぞ。
うちのさくらはとびきりきれいなんだ」
「いいなぁ・・・かなたのおうちは何でもあって」
「おまえんちはなにがあるんだ?」
という彷徨の質問に、未夢は
しばらく首を傾げて考え込んでいたが
何か思い付いたのか、顔を上げた。
「ねえ。かなた」
「なんだ、みゆ」
「かなたって・・・きす・・・したことある?」
「きす?なんだそれ?」
「パパとママがいつもやってるの。
これがうちにあるもの・・・かなぁ?」
「どうやるんだ?おれたちもやってみようぜ」
「こうやって、くちびるをくっつけるの」
程なくして、ふたつの小さな唇が重なった。
小さな子供がこっそり切られたシャッターの音に
気付くはずもなく・・・。
「未来ちゃん、撮った?」
「ふふ、ばっちり撮ったわよ。可愛いわねえ」
「いつか、未夢ちゃんがうちのお嫁に来る日が来るのかしら?」
「そうなるといいわね」
こうして、未夢と彷徨の思いがけないファーストキスは
ふたりの母親によって、保存がなされたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「彷徨。彷徨ってば」
「みゆ?」
彷徨はふと呼ばれた声に目を覚ました。
未夢がいかにも心配そうな面持ちで
こちらを見ている。
どうやら、夢を見ていたらしい。
まるで、自分の体があの日にタイムスリップしたような、
極めて不思議な感覚に捕らわれていた。
手には、"あの写真"が大切そうにしっかりと握られている。
「彷徨、どうしたの?急に寝ちゃうから心配したよ」
「な・・・なんでもねえよ」
まさか、写真の夢を見たなんて
口が裂けても言えなかった。
(あの日の未夢・・・可愛かったな)
頭の中で、そんな思考を巡らせては
掻き消す自分がいる。
「彷徨?」
「・・・この写真、お前にやる。欲しいんだろ」
「う・・・うん。でもいいの?」
「いいよ。今は、いつでもこういうこと、出来るからなっ」
そう言って、ニヤリと笑った。
軽く触れるだけのフレンチキス。
それでも、未夢の表情が朱色に染まるには十分だった。
「ほらっ。飯の支度、するんだろっ」
「う・・・うん」
遠いあの日は決して戻ってこない。
時の流れの中で自分達は変わってしまったかもしれない。
だけど、お互いを大切に想う気持ちは
この気持ちだけは、あの日と全く変わらない。
そう思う。
遠いあの日のフォトグラフは、
今でも未夢のパスケースに入れられ、
その顔を覗かせている。
西遠寺は今年も桜の季節を迎えていた。
THE END
◇◆◇◆◇◆◇
企画作品第二弾。第一弾が中編だったので
今度はショートショート。
思い付いたのでアップしてみました。
小ネタかつ、賞味一時間という短いものですが。
中身がありきたりなのはお許しください(ぺこり)。
ほの甘は達成できたと思います。多分。
それでは読んで下さってありがとうございました。
'04 3.15 中井真里
('04年 春のイベントに参加させて頂いた作品です。)
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