-朝
あぁ・・・今年はどうしよう。
あいにくデートの予定も入ってないのよね。
可憐は鏡の前で髪を整えながら、そんなことを考えていた。
(あいつは・・・どうするんだろ?)
今日は女にとって、特別な日。
毎年そう言い聞かせながら過ごしてきたはずなのに
今年はどうもそんな気がしなかった。
もうっ。あいつのことが気になって
義理チョコさえも準備出来なかったじゃないの。
この可憐さんともあろうものが。
もう長い間、探していた筈だった。あたしにとって理想の王子様。
お金持ちで、ハンサムで、私だけを愛してくれて
私だけを見てくれて、それでいて優しくて。
しかし、そんな王子様、探す方が無理だったのかもしれない。
(あたしにとって、出会うべくして出会った本当の相手は
あいつなのかもしれない)
最近、そう思い始めてもいた。ふと思い浮かんだのは
まだ恋もしらないであろう、女友達の無邪気な笑顔。
(・・・そんなはずないわ。だってあいつは・・・)
可憐は自分の心にそう言い聞かせた。
「いやだ・・・もう遅刻しちゃうじゃない」
可憐はふと我に返って、素早く鞄を手に取ると
自室を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日は一日中、授業が頭に入らなかった。
思い浮かぶのはあいつのことばかり。
あたしが告白したら、あいつはどう思うだろう?
そんなことばかり考えてしまう。
あいつの心を束縛する権利なんて自分にはないのに。
そんなこと分かってる筈なのに。
それに、いつだってあいつの心は・・・
(あたし、少しおかしくなったのかしら?)
何だか頭が重い・・・。そう思っているうちに
意識が少しずつ薄れていった。
『黄桜さん!』『可憐!』
周りで自分を呼ぶ声だけが、やけに強く響いていた。
気が付いたら、あたしは保健室のベットに寝かされていた。
保健委員の誰かが運んでくれたのだろう。
そう思っていると、ガラリとドアの開く音がした。
そして入ってきたのは・・・。
「よっ、可憐」
悠理はそう言ってにっこり笑った。
今の可憐にとっては、思いがけない訪問者だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「悠理・・・あんた、授業どうしたのよ?」
「へへっ、サボり」
「そう・・・なんだ」
「お前が倒れたって聞いたからさ」
「ふ〜ん」
思わず、心が弾んだ。
今、一番逢いたかったあいつに会えた。
それだけで、こんなにも胸が熱くなる。
何気ない時間が、大切になる。
「大丈夫か?」
気が付くと、悠理が心配そうに自分の顔を覗き込んでいる。
正直、無邪気にも程があると思う。
彼女にしたら、そんな行動一つ一つに
自分がどれだけ心を揺れ動かされているか
ちっとも分かってもいないのだろう。
「まぁ、軽い貧血みたいだし、何とか大丈夫よ。ありがと」
「何も無くてよかった・・・。あたい、すげー心配したんだぞ」
自分を心配そうに見つめる悠理。
いつもの元気な彼女とは違って、妙に儚く見えた。
(触れたいな・・・)
そう思えてくる。同時に体が動き出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「か・・・可憐」
目の前では、悠理が口を押さえて
真っ赤な顔で立ち尽くしている。
「どう?可憐さんのキスの味は?」
「///ど・・・どうもこうも・・・」
ふふ。可愛い。こんな可愛い存在に
いままで何故気付かなかったのだろう?
もしかしたら玉の輿という壁が、
理想の王子様という壁が、邪魔をしていたのかもしれない。
こんなすぐ近くに、自分の心を
こんなにも夢中にする少女がいたのだから。
想いを伝えるなら、今しかない。
そう思った。
「悠理、あんたが好きよ。さっきのキスはチョコレートの代わり」
何度も口に出せなかった一言が、この日はすんなり出てきた。
もう、自分の気持ちに嘘をつくことは出来ない。
『悠理が好き・・・』この気持ちだけは。
「か・・・可憐・・・あたい」
「どうしたの?」
「あ・・・あたいも・・・そ・・・その」
「悠理?」
「可憐のこと・・・す・・きみたいだ・・・」
そう言って、ぎこちない様子で私の唇に軽く触れた。
思いがけない悠理の一言。
嬉しくて・・・また触れたくなった。
「ふふ。これから教えてあげるわ。
本当の恋ってやつをね。覚悟しなさい」
そう言って、再び唇に触れた。
今日二度目のキスは、チョコレートよりも甘かった。
THE END
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