この気持ちは嘘じゃないから。
あなたに送りたいの。
本当の気持ちを・・・。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「もうっ。どうしてこんなにいっぱい人がいるのよっ」
「バレンタインだからねえ・・・」
「そうそう。イライラしてもしょうがないし、ゆっくりいこうよ」
「それもどうかと思うけど」
バレンタインの数日前。未夢は、会社の休みを利用して
デパートの地下にチョコレートを物色しに来ていた。
義理チョコを揃えるだけでも大変な作業である。
その証拠に、三人の両手はたくさんの紙袋でいっぱいになっている。
思わずイライラして声を上げる彼女を、ふたりの同僚が窘める。
「ともこちゃんとまふゆちゃんは他に何か買ったの?」
「あたし達は未夢ちゃんみたいに相手がいるわけじゃないし。ねえ?」
まふゆはそう呟いてため息をつくと、横のもう1人の同僚に話を振る。
しかし、彼女はすでに妄想の世界に旅立っているようだった。
その姿に半ば呆れるようにして、前を向いて歩く。
「ともこちゃん、同じ部署にいい感じの男の人が
いるって言ってたもんね。その人にはあげないの?」
「うん、どうしようかなぁ?って思ってるんだ。
優しいし、格好いいし。でも、ライバル多いんだよね。
下心ミエミエの女までくっついてるしさ」
「そっかぁ。職場内恋愛もハードだよねえ」
ともこの言葉に未夢は納得したように頷いた。
「まふゆちゃんは好きな人いないの?」
まふゆは、突然自分の方に話題が振られ、驚いて横を向く。
「あたしはいないって」
「まふゆちゃんモテるのに勿体ないよ」
「未夢ちゃんこそ、たまの休日に私達といていいの?」
「・・・今日は仕事なんだって。彼も忙しいみたい」
未夢は少し寂しそうな表情でうなずいた。
が、すぐに元の可愛らしい、元気な表情に戻る。
「最近思うんだ。彼も頑張ってるんだから、私も頑張らなくちゃって」
「そっか・・・いいなぁ。それも愛ゆえよね」
ともこは顎の下で手を組みながらうっとりしている。
「未夢らしいよね。ホント。まぁ、精一杯頑張りなさいよ」
まふゆもそう言ってニッコリ笑った。
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それから数時間後、未夢は二人と別れ
都心から少し離れたところに位置しているマンションを訪れていた。
右手に買い物袋を下げ、鼻歌を歌いながら
鞄から鍵を取りだし、手慣れた様子で玄関のドアを開けた。
中に入ると、電気を付け、ピンクと白のいかにも
可愛らしいエプロンをすると、袋から材料を取りだし
準備に取り掛かった。
テーブルの上には二人分の食器が並んでいる。
メイン・取り合わせと作業が一段落したところで
玄関のチャイムが鳴った。
未夢は、弾んだ様子で玄関に駆け寄る。
「彷徨、お帰りなさいっ」
「未夢・・・。ただいま」
「ご飯つくっておいたから。一緒に食べよ」
「さんきゅ。いつも悪いな」
彷徨は彼女の笑顔を見るたび
申し訳無い気持ちにさせられていた。
最近仕事が忙しくて、なかなか側にいてやれない自分
それでも笑顔で食事をつくってくれる彼女。
どうしようもなく幸せだって思う。
だけど、自分はその分の愛情に答えているだろうか。
そう感じて、不安になる。
「未夢・・・今日はごめんな。買い物につきあう約束してたのに」
「ううん。しょうがないよ。彷徨だって仕事が忙しかったんだし。
それに、明後日は無理に休み取ってくれたんでしょ?」
「お前はそんなこと気にしなくていいんだよ。俺の意志なんだから」
彷徨はそう言いながら、金色の柔らかい髪をくしゃっと撫でる。
自分が終始和やかな気持ちで毎日を過ごせるのも
彼女がいたからだと、改めて実感していた。
こうして、ふたりだけの夜は温かい光で灯される・・・。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-2月14日
その日は冬晴れ。絶好のデート日和だった。
未夢は急いで支度をすると、待ち合わせ場所に向かった。
鞄の中には一生懸命考えて選んだ箱が眠っている。
いつも待ち合わせに使う公園のベンチには
すでに彷徨が座って本を読んでいた。
ふと顔を上げて、こちらの様子に気付くとニッコリ笑った。
「おせーぞ」
「嘘・・・まだ五分前のような気がしたんだけど」
「ばーか。嘘だって」
「もうっ。彷徨のバカっ」
それからふたりは久しぶりのデートを満喫していた。
ショッピングをしたり、食事をしたり。
いつものように会話を交わし、いつものように笑う。
今の自分たちにとって、何にも代え難い掛け替えのない時間。
それだけに、終わりが淋しくなってくる。
-夜8時
ふたりはディナーを終えると、夜の街を並んで歩いていた。
闇に照らされた街灯の光がやけに明るく、淋しく感じられた。
まるで今の自分達の心の内を垣間見ているようで、切なくなった。
ふと、横から可愛らしい包みが差し出された。
「さんきゅ。開けても良いか?」
「うん」
中に入っていたのは、紺色を基調にしたデザインのネクタイ。
嬉しかった。顔の緩みが止まらなくなる。
「ちょっと渋いけど、彷徨なら似合うかなって。仕事頑張ってね」
そう言って笑う未夢。しかし、彷徨の胸はズキリと痛んだ。
このままでいいはずが無かった。
(今日こそ、あいまいな自分でいるのは止めるんだ)
彷徨は内心そう思いながら、シャツのポケットを強く握りしめた。
「あのさ、俺からも渡していいか?」
未夢は彷徨のいつになく真剣な表情に戸惑う。
目の前に差し出されたのは、小さな小箱。
「彷徨・・・これ・・・もしかして?」
「今度こそ本物なんだけど・・・」
彷徨はそう呟いて、照れ臭そうに頬を掻く。
「・・・・彷徨が填めてくれない?」
「ああ」
同時に、未夢の瞳が涙で染まった。
「サイズ・・・合わなかったか?」
「そうじゃないの。嬉しかったんだ。最近ね、
すごく不安だったから。」
「未夢・・・お前、やっぱり・・・」
未夢は黙ってこくりと頷いた。
「私、彷徨に相応しい彼女でいなきゃって。
特にお互い就職してからは、自分にそう言い聞かせてた。
仕事も料理も頑張って、自分を一生懸命磨いて。
彷徨にとって心地よい彼女でいるんだって。
だけど、段々不安になって・・・」
彷徨の表情が、みるみる内に不機嫌なものに変わる。
「ばか・・・。本当に馬鹿だよ。お前は。
どうしてもっと早く言わなかったんだ」
「だって・・・」
どうしてこいつはそうなんだろうって思う。
いつも自分の気持ちより、他人の気持ちを優先させてしまう。
そんな彼女を見ていると、歯がゆくなってくる。
何で自分に頼ってくれないんだ・・・。
そう思う。
「あのなぁ。俺は、そのまんまのお前が好きなんだよ。
ドジでお人好しで、だけどあったかくて・・・」
「ひどーい」
予想通りの反応に思わず笑ってしまう。
(お前のそんなところが可愛くてたまらないんだよなぁ)
口に出せない言葉を心の中に秘めながら。
「なぁ・・・そ・・その、結婚するか?」
「・・・・・うんっ」
(こいつ、意味分かってんのか?)
彷徨は内心、そう思っていた。
重なったふたつの唇は、街灯の光に照らされ
何時にも増して、美しく輝いていた。
そして、それから4ヶ月後。
ふたりは本当の意味での節目を迎えることになる。
THE END
(おまけ)
「いいなぁ。ついにふたりともゴールインかぁ」
「あんたはどうすんのよ。例の同僚の彼は?」
「まふゆちゃん、なるようになるもんよ」
「まぁ、頑張んな」
ますます張り切るともこに
思わずため息を突くまふゆだった。
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