作:中井真里
なんでこんなことになったのだろうと、
今更ながらに振り返る。
考えれば考えるほど、気が重くなってきた。
「後悔先に立たずとはこのことか・・・」
彷徨はそう呟くと、深くため息を突いた。
事の次第は一昨日に遡る。
◇◆◇◆◇◆◇
季節は春。
未夢と彷徨の通う、平尾大学のキャンパスも
桜が美しく咲き誇っている。
季節は3月。毎年、新入生歓迎会の準備で大忙しになる。
新年度最初の大きなイベントということも手伝って
キャンパス中が浮き足立っている。
それは未夢と彷徨が所属する、被服サークルも例外ではない。
今年の被服サークルは、大がかりなファッションショーを
行うことになっていて、部員達は作業に追われていた。
部員それぞれが各自デザインした服を用意し
それを自らが纏い、ステージに立つというものだ。
それだけ、ひとりひとりの責任とチームワークが
鍵になってくるイベントなのだ。
未夢も彷徨も、先輩の手伝いをしつつ、
そのイベントに向けて個々の準備に追われていた。
「み〜ゆ」
「彷徨」
「お疲れ。ほらっ」
袋をぶら下げて、部室に入ってきた彷徨は
そう言って、缶コーヒーとサンドイッチを渡す。
先輩達はもう引き上げてしまったのか、
部室はしーんと静まり返っていた。
「ありがとう」
未夢はほっとした表情で、そう呟くと
作業の手を止めてコーヒーを一口呑んだ。
「おいしー。やっぱり作業の後はこれですな」
「お前にしちゃぁ頑張るな。どこまで進んだ?」
「・・・・ちょっと前の部分が余分な気がするけど、
まあいいか。もう少しで仕上げの段階ってとこよ」
そう言って、手に持っていた服をさっと広げて見せた。
白い記事に、赤い花の刺繍されている
春らしいAラインワンピース。
胸元が少し空いているのが特徴らしい。
「お前・・・それ、着るのか?」
「どうせ似合わないっていうんでしょ?」
「・・・・・」
「彷徨?」
「・・・・いや、何でもない」
(こいつにこんな服作らせたの一体だれだよっ
犯人はあいつだと思うけどな・・・)
彷徨は心の中で、そう呟いてみたが、
当の未夢にそんな男心が伝わるはずもなく
少し拗ねたような表情をしつつ、こちらを見つめている。
「どうせねえ、私がこんなの着てもねえ・・・」
「・・・そうじゃなくてだな」
「じゃぁ、何なのよ?」
「・・・・・」
「まぁ、いっか。今日のところはこれくらいにしとこう」
未夢はそう言って、ニヤリとイタズラっぽく笑った。
彷徨はそんな様子の彼女に、大きくため息を突くのだった。
「ところでさ・・・。彷徨、週末空いてる?」
「あぁ、空いてるぜ」
「お花見、行かない?平尾公園の桜も、
ちょうど見頃になってるみたいだし」
「いいな」
(花の週末、ふたりきりで花見ってのもいいよな)
彷徨が緩んでいく顔を抑えつつ、シートを広げて
弁当を食べている自分達を想像していた。
頭の上には満開の桜・・・。
とそのとき、部室のドアが勢いた。
◇◆◇◆◇◆◇
部室に勢い良く顔を出したのは
紅い髪の少女・クリスだった。
走ってきたのか、随分と息を切らしている。
「未夢ちゃん、作業は終わりまして?」
「クリスちゃん。あともう少しってところかな?」
「それは良かったですわ。ちょっと胸に当ててみて下さいな」
「う・・・うん」
未夢は恥ずかしそうに、先程のワンピース広げた。
クリスはその様子をうっとりと見つめている。
「良くお似合いですわよ。未夢ちゃんのために
徹夜でデザインした甲斐がありました。ふふ」
(やっぱりこいつの仕業か・・・)
彷徨は、心の中でそう呟きつつ、再びため息を突いた。
クリスはそんな自分の存在にようやく気が付いたのか
こちらを向いて、ニッコリ笑った。
「彷徨くんもこんにちは」
「こ・・・こんちは」
顔は笑っているが、敵意をむきだしにされているのは、
自分の気のせいだろうか?
「ところで、先程はどのようなお話をされていたんですの?」
「たまにはお花見に行こうって言ってたの。最近忙しくて
出掛けられなかったし。ねっ、彷徨」
(ば・・・ばかっ)
彷徨の心の叫びが未夢に通じるはずもなく・・・。
時既に遅し。目の前には瞳をキラキラ輝かせた
クリスが立っていた。
「あのっ、私もご一緒させて頂いていいですか?」
「うん、行こう。お花見は多い方が楽しいからね。
望くんも理花ちゃんも誘ってさぁ」
(勘弁してくれよ・・・)
彷徨の心の叫びは、さらに大きくなるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
-日曜日当日
天気は快晴。肝心の桜だが、
気象庁の予測通り、すっかり見頃となっていた。
平尾公園は、辺り一面が桃色で包まれている。
未夢達4人は、クリスの計らいにより
その中でもかなり大きな桜の木の下で
白いシートを広げていた。
お花見弁当は豪華7段重ね。
豪華な食材を使った総菜一色に
色鮮やかなちらし寿司。
そして、色とりどりのおにぎりが並び
最後は有名所の和菓子で占める。
何ともクリスらしい、豪華な弁当だった。
「クリスちゃん、とっても美味しいよ♪」
「うち・・・生きてて良かったわ。もう何も言うことあらへんよ」
「特にこのお総菜が良くできてるねえ。ふふ。
オカメちゃんも気に入ったみたいだよ」
未夢、理花、望はそれらに夢中で手を付けながら
口々に感想を言い合っている。
「皆さん、ありがとうございます。今日のために
一生懸命用意したんですのよ」
クリスは3人の反応に、とても嬉しそうな表情を浮かべている。
そんな彼女の手には、常にビデオカメラが握られ、
いいシーンは逃さないとでも宣言しているようだ。
「はぁ・・・・」
一方彷徨は、そんな大はしゃぎの4人を見ながら
今日で何度目かのため息を突いていた。
(どうしてこんなことになったんだろうな。本当なら
未夢とふたりきりで来てたはずなのに・・・)
心でそう呟いてみても、状況が変わるはずも無い。
タイミングの悪さを心から呪う反面、
楽しそうな未夢を見るのも悪くない。
彼女の綺麗な横顔を眺めながら、彷徨はそう思っていた。
ふとそんな思考を巡らせていると、
突然、横ではしゃいでいたはずの
未夢の腕が絡みついてきた。
「かなたぁ・・・どうひたの?今日、変だよぉ〜」
「おまっ、顔真っ赤だぞ」
「ええ?そうかなぁ・・・ふふ。何だか眠い・・・」
「お・・・おい」
そうこうしているうちに、新緑色の瞳が少しずつ閉じられていく。
「誰かこいつに酒呑ましたなっ」
彷徨が思わずそう叫ぶと、3人はぶんぶんと顔を振っている。
どうやら、未夢自身がジュースと酒を間違えたらしい。
頬は真っ赤になり、呂律も回らなくなっている。
(どうりでテンションが高いと思ったら・・・ったく)
「悪い。俺、こいつ連れて帰るわ」
そう言って、いつの間にか
小さな寝息を立てて眠っている未夢を
背中に抱えて立ち上がる。
「それなら、うちの車で送りますわ」
「いや、歩きながら帰るよ。酔いも醒めるだろうし」
「でも・・・」
「ほらっ、早く帰った方がいいよ。お姫様の目が覚めないうちにね。
後は僕たちが君達の分まで楽しんでおくから」
「そうやな。うちもその方がいいと思うわ」
クリスの提案を望と理花が制す。
(クリスちゃん、それ以上は野暮ってもんだよ。
ホントは今日だって邪魔しちゃったんだし)
望は右目でウインクをすると、クリスの耳元でそう呟いた。
かくして、未夢と彷徨はその場を後にしたのだった。
がっかりとした表情で肩を落としたクリスを残して。
◇◆◇◆◇◆◇
あれから彷徨は、未夢を背中に抱えつつ
公園を出たところの並木道を歩いていた。
大勢の客で賑わっている公園とは違って
この辺りは人もまばらだった。
たまに通りかかる人達が、こちらの様子を
羨ましそうに見つめながら歩いていく。
彷徨はそのたびに照れ臭くなって、横を向いていた。
-ザワッ
桜の花びらが春風に揺られながら舞っている。
彷徨はふと顔を上げると、そんな光景に見とれた。
一方未夢は、そんな自分の背中に寄り掛かりながら
気持ちよさそうに寝息を立てている。
相変わらずの彼女に、少し複雑な気分になる彷徨だった。
「ふわぁ・・・良く寝た」
「未夢、起きたか?」
「///わ・・・私っ」
正気に戻った未夢は、彷徨の背中に密着しているという
自分の状況にようやく気が付いた。
心臓の音がだんだん大きくなっていく。
ふと彷徨の顔を覗き込むと、気のせいか
頬が朱色に染まっているように感じられた。
「・・・少し、あそこのベンチに座って休むか」
「う・・・うん」
ふたりは、道の横に備え付けられている
白いベンチに並んで座った。
「彷徨・・・ごめんね。重かったでしょ?
クリスちゃん達にも悪いことしちゃったな」
「いいよ、いつものことだしな。それに・・・」
「それに?」
「お前の重さにも慣れちまったし」
「///もうっ。彷徨のバカ」
いつものような憎まれ口。
付き合いは随分長いはずなのに
こんなやりとりだけは変わらない。
「綺麗だね・・・」
「あぁ」
ふと気が付くと、ベンチのすぐ上にも満開の桜。
先程のやりとりも忘れて、その姿に見入る。
「・・・・・」
「未夢?」
「彷徨・・・楽しくなかったのかなって。
今日一日様子が変だったから」
「そんなわけないだろ」
「だったらどうして?」
「・・・・・」
(ったく。こいつは男心が分かってねえなぁ・・・)
彷徨は心の中でそう呟きながら、深くため息を突いた。
だけど、自分はそんな彼女だからこそ
こうして一緒にいるのかもしれない。そう確信していた。
「彷徨?」
「今度はさ」
「うん?」
「・・・ふたりきりで来ようぜ」
「うんっ」
未夢は元気良く頷くと、今日一番の笑みを浮かべた。
(俺は、お前のその笑顔が欲しかったんだ)
彷徨は、そんな未夢の姿に目を細めながら
心の中にこっそりとそう付け足した。
-ザワザワッ
ふと風が揺れて、ふたつの唇が重なり合った。
「彷徨」
「何だ?」
「さっきの約束だけど、明日にしない?」
「気が早いな」
「だって、善は急げって言うでしょ?」
「お前にしては良いこと言うな」
「彷徨っ。一言余分よ」
「ごめん。ついな」
「もうっ」
君との変わらない瞬間(とき)が何より大切で。
これからも同じ瞬間(とき)刻んでいきたい。
新しい季節の伊吹を感じながら、
彷徨はそんな想いに駆られていた。
THE END
(おまけ)
「お前達、いつまでそこにいるつもりだ?」
「え?」
「おほほほほ。ばれてしまいましたわね」
「さすが西遠寺くん・・・僕たちの気配に気付くとは」
「そりゃあ、分かるだろう」
「ふふっ。良いシーン見してもろうたわ。
ビデオにもしっかり収めたし」
「////もうっ、三人とも・・・」
相変わらずの三人に、思わずため息を突く未夢と彷徨だった。
◇◆◇◆◇◆◇
こんにちは、流那です。
というわけで、懲りずにショートショート第2段です♪。
出来ればあと2作品くらい行きたいのですが
どうかしら?私の体調次第だと思います。
今回もお定まりではありますが、ほの甘を目指してみました。
ちょっぴり、クリス→未夢風味(笑)。
中身の方は即席短編ってことでお許し下さいまし(爆)。
それでは読んで下さって、ありがとうございました。
'04 3.16
('04年 春のイベントに参加させて頂いた作品です。)
◇◆◇◆◇◆◇