雪の華〜Snowdrops〜

作:中井真里



あなたへの想いは
雪の華のように、白く、深く
降り積もっていく・・・。



私自身でさえ
止められないくらいに。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






あれから二年の月日が流れた。



未夢は大学卒業と同時に彷徨と正式に婚約。
今は父親の仕事を手伝っている。


彷徨はソフトウェア系の会社に就職。
社会人一年生として、忙しい毎日を過ごしている。


一方クリスは、大学卒業後
アパレル系の会社に就職。


その傍らデザインの勉強に打ち込み
新進気鋭のデザイナーとして
少しずつ才能を開花させていた。



そして・・・






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「クリスちゃ〜ん」




会社帰りに街を歩いていると
後ろから声を掛けられる。
大学の同級生・菊池理花だ。


今は彼氏と一緒のスタジオで
カメラマン見習いとして働く傍ら
映画活動を続けている。


左手の薬指には古ぼけた七宝焼の指輪が
未だに光っていた。


少し伸びた黒い髪が冬の風に揺れた。



「理花ちゃん、お久しぶりですね」



久しぶりに見る友人の顔は、
いきいきとしていて、充実感に満ちていた。


「ほんまやわ〜しょっちゅう電話やメールはしてるけどな。
会うのは久しぶりやね」


そう言ってにっこり笑う。
同時にふと思った。
自分が笑ったのはいつの日だろうと。


(わたくし・・・やっぱりまだ・・・
あと一週間しか時間がありませんのに)


クリスは張り裂けそうになる胸を押さえながら
精一杯の作り笑いをする。


理花にはそんなクリスの心が痛いほど伝わってきて
何も言えなくなってしまう。



二人の間を沈黙が支配する。



「なぁ、そこまで一緒帰らへん?」



心の中で、一生懸命考えて探した言葉。


クリスはそんな理花の気遣いを悟ってか
黙ってコクリと頷いた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






見慣れた町中を並んで歩く二人。


さまざまな話に花を咲かせた。
まるで、学生時代に戻ったかのように・・・。


理花はクリスの様子が先程より落ち着いたのを
見計らうと、本題を切り出した。



「いよいよ、一週間後やな・・・。
ドレスとタキシードの準備はどうやの?」
「・・・・・ええ。バッチリですわ。
明後日、試着に来て頂く予定でいますの」



クリスは突然の話題に戸惑ったが
心の動揺を必死で抑えつつ
ゆっくりと言葉を紡いでいく。



「そっか・・・ほんまにいよいよなんやね」
「ええ」
「あの二人もいよいよ結婚かぁ。彷徨くんの顔が見物やね」
「そうですね」



理花は素っ気ない返事を並べる友人の表情を
ちらりちらりと盗み見ていた。
切なくて、やりきれない想いが、痛いほど伝わって来る。
しかし、自分にはどうすることも出来ない。



目の前の友人はこんなにも苦しんでいるのに。
もどかしい・・・。


理花の心はそんな想いで支配されていた。



「理花ちゃん。私こっちですので失礼しますね。」
「あ・・あぁ。じゃあね」



そうして少し頼りなげに手を振ると
遠ざかっていく友人の背中を見送りながら
ふと思い立って、鞄から携帯を取りだした。
素早い手つきでメモリーを選び出すと
発信ボタンを押した。




「もしもし、うちや。ちょっと話があるんやけど・・・」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






クリスは理花と別れた後
家には帰らず、ぶらぶら街を彷徨い歩いていた。
どうも、まっすぐ帰る気にはなれなかったのだ。


普通なら、楽しいはずのウィンドーショッピングも
空しさと寂しさを感じることしか出来ない。


辺り一面に降り積もる雪が
その想いをより一掃強くしていた。


深いため息を突きながらふと立ち止まると
両手をかざして雪を手のひらに乗せてみた。


「冷たい・・・・」


あまりの冷たさに、思わず飛び上がりそうになる。



(だけど、本当に冷たいのは私の心・・・)



心の中でそう呟く。
まるで自分だけがこの世界に取り残されたようで
無性に怖くなった。


行き場の無い想いに出口はなかった。
想いを伝えて、前に進んだはずが
大切な人を傷付けただけだった。



(私はどうすればいいのでしょう?)



ふと心にそう問い掛けてみても
今のクリスに分かるはずも無かった。




(未夢ちゃん・・・私・・・)




ふと呟いた愛しい人の名。
胸によみがえるさまざまな思い出。
どんなに想っても、彼女の瞳が捕らえているのは
愛しい恋人でしかない。



そんなことは解っている。
しかし、自らの想いを
止めることは出来るはずもなく
ただ時間だけが流れた。



ふと寒さを感じて上を見ると
街の中央に立っている時計台は
すでに7時を回っていた。



(このまま歩いていても仕方がないですわ。帰りましょう・・・)



そう思ったとき、肩に触れる手を感じて
後ろを振り返ると見覚えのある”彼”の姿が見えた。



久しぶりに会う”彼”は
自分の知っている”彼”とは
ずいぶん違っていた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「望くん・・・」





クリスは驚愕のあまり
その場に立ち尽くした。


”彼”とは中学時代からの同級生、光ヶ丘望だった。
生まれつきに備えられた美しい顔立ちと
風にサラリと靡く、金色の髪。


そして、独特のファッションに
軽い身のこなし、隙のないマメな性格は
クラスメイトだけでなく
多くの女生徒を虜にしたものだった。
性格はお世辞にも良いとは言い切れない。
むしろ問題がある。



そう思っていたのに。



目の前の”彼”はそんなクリスのイメージを
根底から覆すものだった。



アルマーニのスーツに身を包んだ美しい瞳からは
彼の、真剣かつひたむきな表情が伝わってくる。
出張帰りなのか、肩にボストンバックを抱えていた。



中学時代、そして大学に進学してからも
プレイボーイの名で通っていた彼とは
まるで別人だった。



「クリスちゃん、久しぶりだね。この間の同窓会以来かな?
まぁ、この間って言ってもずいぶんになるけど」



望はそう言って、にっこりと微笑んでみせる。
多くの女性を虜にしたであろう
その美しい笑顔に、クリスの胸は高鳴った。



「クリスちゃん、たまには僕と
お茶でも飲んでいかないかい?」



望はそんな彼女の心を知ってか知らずか
斜め向こうにあるバー兼喫茶の店を指さしている。
この通りでは、唯一酒を出す店で、かつ
コーヒーとケーキの味が評判の店でもある。


クリスはそんな彼の態度に戸惑いつつ
黙って頷くしか出来なかった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






バーと喫茶店を兼ねる店・cantaloupe(カンターループ)
では、夜も更けようとしているこの時間
多くの客で賑わっていた。


クリスと望のふたりは窓際の席に
向かい合って座っていた。


テーブルの上には、まだ殆ど手を付けられていない
アップルティーとコーヒーのカップが
小さく湯気を立てている。



「それにしても、いよいよだね。あの二人、結婚するんだろう?
理花ちゃんに聞いたよ。僕が向こう行っても
メール交換してたから。ったくようやくか・・・長かったね。
彷徨くんも未夢ちゃんも」



望はコーヒーカップを片手に、
まるで何もかも把握しているかのような口調で話し始めた。
その瞳は真っ直ぐクリスの方に向けられていた。


一方でクリスはそんな彼の透き通った青い瞳に
いつの間にか心惹かれているという事実に
気が付いてはいたが、今は自らの心の内を悟られぬよう
極めて普通に答えを帰すことに必死だった。



「え・・ええ。私、おふたりのドレスと
タキシードを縫ってるんです。今日にも完成する予定なので
明後日には別々に試着して頂く予定でいますの」
「そっか・・・だけどそれで君は平気なの?」
「わ・・・わたくしは・・・」



望はそう小さく呟くとクリスの言葉に
すべてを納得したという表情で
空になったカップを置いた。


そうして、「煙草、いいかい?」
という問いかけにクリスが頷いたのを
確認するとライターを取りだし
手慣れた様子で火を付けた。



クリスは、あの望が煙草を吸うという
事実に驚きを隠せなかった。



自分の知らない間に
自分が一歩を踏み出せない間に
周りの時間は惜しげもなく流れていく。
そう考えると、心の奥底から
無性に寂しさが込み上げてくるのだった。



「クリスちゃん、君が何に怖がってるかは
僕も分かっている。だけどね、今のままじゃ君は・・・」
「そ・・・そんなの分かってますわっ」


望のすべてを分かったような態度に
自分の射抜く青い瞳にさすがのクリスも
腹が立ってきた。思わず強い口調になる。
望はそんなクリスの様子に苦笑するしかなかった。




(自分の入る隙間がないほど、目の前の少女は
叶わぬ恋に、こんなにも想いを馳せている・・・)




どんなに取り繕ってみても、彼女にとって
目の前の自分は中学時代の同級生でしかない。
そんな、決して知りたくなかった事実を、
目の前でまざまざと突きつけられたようで
心の奥に、強い痛みを感じていた。



彼女のために、それだけを考えて
自分はこんなにも変わった。
いや、変わることが出来た。
当の本人はそんな様子に気づきもしない。



彼女の想いは、随分前から知っていた。
しかし、以前の自分には
どうすることも出来なかった。



プレイボーイで、少し変人で通っていた自分。
そんな男の言葉なんて、気休めにさえなるはずもない。



そう感じて長い間、こうして想いを封印していたのだ。
彼女を守れるくらいに生まれ変わって
そして、この街で再会する日まで。



しかし、今は違う。
彼女をこの手で包む自信がある。
彼女を救ってやれる自信がある。
そう決心しながら、思い出深いこの街に
帰ってきたのだ。



にも関わらず、彼女の気持ちは
一向に自分の方へ向いてくれそうになかった。
それが切なくて、悲しくて・・・。
表情が次第に曇っていくのが分かった。




「ご・・・ごめんなさい。私つい。
ここのところ仕事の事でもいろいろあって。
ストレスが溜まっていたのかもしれません」



クリスはそんな望の様子に驚きつつ
慌てて頭を下げる。


こんな早とちりなところも相変わらずだなと
望は思っていた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「結局、望くんはすべて知ってらしたんですね。
それでさっきあんなこと・・・」
「うん。前から知ってた。
だけど、僕には何も言えなかったんだ」



望とクリスはあれから、
すでに2杯目のコーヒーを飲み干し
3杯目に差し掛かろうとしていた。


そんな二人の間には、先程とは違う
少し穏やかな空気が流れている。



「私・・・まだ、未夢ちゃんのことが好きみたいで。
一度、想いを伝えることで吹っ切ったはずでしたのに。
ドレスの制作が進んでいくたびに、胸の奥がズキズキと痛んで。
そして・・・・」



「そして?」



望はそんなクリスの痛みを強く感じながら
話の続きを促した。



「そしてこのまま、完成しなければ
この想いの行き場はいつか訪れるはず・・・。
そんな感情ばかりが日増しに積もっていきました。
あのとき、想いを伝えたことさえ、後悔している私自身もいて
そんな自分が嫌でした。こんなにも醜い自分が」



頬に冷たいモノが伝わっていくのが分かる。
その涙は悲しいという一つの感情だけで
語ることは難しかった。



それだけ、涙ひとつひとつに
さまざまな想いが込められていた。



「やっと・・・打ち明けてくれたね。嬉しいよ」



望はそう一言呟いて、にっこり笑った。



こんな自分を変だと思わないのだろうか?
クリスの心の中は、そんな疑問符ばかりが
頭の中を支配していた。



「その・・・変だと思いませんの?
相手は女の子ですのに。彼女の親友でいながら
夢の中では彼女の恋人だった。
こんな私をどうして・・・」



望はそんなクリスの心中を
察しながらも淡々と話を続けた。



「なぜ?想いは自由だよ。
例えそれがどんな恋の形であっても
誰にも止めることは出来ないんだ
想いは自分だけのものだからね」



そう言って、哀しそうに笑った。
まるで彼自信が、自分の心に言い聞かせている。
そんな口振りだった。



「望くん・・・もしかして望くんも
未夢ちゃんのこと」
「いや、僕は違うんだ。僕は・・・」
「僕は?」



再び、望の青い瞳が自分の方を真っ直ぐに向いている。
クリスはそんな強い視線を感じながら
先程の意味深な彼の言葉が気になって仕方がなかった。
しかし、彼の方から黙ってしまってはどうしようもなく
渋々引き下がることにした。



どのくらいそうしていただろうか?
その後の二人は30分以上の間
一切口を開くことが無かった。



まるで、二人のいる空間だけ
本来あるべき場所から削り取られたような
気さえしていた。



決して行き場のない想いを抱えながら
私達はどこに行こうとしているのだろう?
私の想いは、そして彼の想いは
いったいどこに行こうとしているのだろう?



またひとつ、そしてまたひとつ
抱えきれないほどの想いが雪のように降り積もっていく。
それらはやがて雪の結晶に変わり
想い出に振り分けられていく。
まるで、哀しい私達の心を包み込むように。




時は、決して同じ時間を刻まない。
それは今の私も同じ。




どんなに想っても、どんなに願っても
決して叶うことも、満たされることさえもない。
一歩を踏み出そうとしなければ
変わることは出来ない。



クリスは自分を射抜いた青い瞳に
そんな強い意志を感じ取っていた。



彼を変えたのは誰かへの”想いの強さ”に違いない。
何故かそう確信している自分・・・。



(自分も変われるだろうか?)



同時に訪れる漠然とした不安を感じながら
自分の中で、何かが変わろうとしている・・・
そんな気がした。



クリスは心の中でさまざまな想いを巡らせながら
強い決心を固めていた。



「もう・・・遅いから帰ろう」
「え・・・ええ」



望は突然、長い間の沈黙を破ると
テーブルの中央に置かれた伝票を手に取り
席を立った。財布からカードを取り出し
会計を一通りすませると店のドアを揺らした。




-カランカラン




ドアに付けられた鈴の音が
ふたりの心に、哀しい程響き渡っていた。




-帰り道




雪は一層降り積もっていた
そのひとつひとつが、長い間降り積もった
自分の、自分達の想いのように感じられた。



クリスは両手を広げつつ
手袋の上に積もった雪をギュッと握ると
何を想ったのか、自らの胸に押しつけた。


彼女のコートからは雪の結晶が
少しずつ、パラパラと地面に落ちていく。


その瞳は今まで伺い知れないほどの
決心の色で染まっていた。



「望くん・・・私、きっと変わってみせます。
明後日も、それからもずっと。
あなたがそうしたように。だから見ていて下さい」




「クリスちゃん・・・」



それと同時に、クリスの体は
望の大きな胸に包まれていた。



そして、耳元ではひとつの言葉が
小さく小さく呟かれた。



(好きだ・・・)



クリスは彼による一世一代の告白を聴きながら
心の奥底では別の感情が芽生え始めていた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







結婚式本番まで、後一日を数えた
その日の午後。


”ふたりのカップル”は
クリス制作の衣装を試着するため
花子町邸を訪れていた。



あれから一日経ち、
”ふたりのカップル”が着るはずの
ドレスとタキシードは無事完成していた。



一時期、方向性が定まらず
間に合うかどうか微妙なところだったが
何とか持ち直したのだった。



クリスはお互いの姿が見えないよう
未夢と彷徨をひとりずつ自室に呼び
本番さながらの衣装を試してみることにした。




ドレスはクリスの予想以上に
上手く仕上がった。




全体的な色はもちろん白なのだが
雪の華・スノードロップを
象った作りになっている。



そして、二層に分かれたドレスは
花びらのように、美しい形を作り出し
未夢の細く白い足を綺麗に見せていた。
頭には蕾をあしらったベール。




「クリスちゃん・・・すっごく綺麗だよ
これを私が着るなんて、もったいないくらい」




未夢はそう言ってふんわり笑った。
今のクリスにとって、彼女の言葉は
何よりの薬だった。



同時に、すべての終わりと始まりを意味していた。
胸の奥が寂しさと切なさで一杯になる。
このまま、離したくない。
そう思ってしまう。


クリスの心を支配している強い独占欲は
未だに消えそうも無かった。



「クリスちゃん、どうしたの?」



クリスは、未夢の言葉ではっと我に返ると
二つの腕で彼女の体を包み込んでいた。



「クリスちゃん?」
「未夢ちゃん・・・私・・・」



未夢が何度呼んでも、クリスは背中から
離れようとしなかった。


両手で、ドレスをしっかりと掴んでいる。
同時に背中越しからすすり泣く声が聞こえてきた。




「クリスちゃん、泣いてるの?」




クリスが泣いている。
あんなに意志が強くて
誰にも涙を見せようとしなかった
彼女が、瞳から大粒の涙を流し
自分のために泣いてくれている。
それだけで、未夢の胸は一杯になっていた。





「み・・・ゆちゃん。絶対幸せに・・・
幸せになって下さいね。いつまでも
私の好きな未夢ちゃんで・・・いて・・・
長い間、本当にありがとう。そして
ごめんなさい」



クリスは未夢の耳元で静かにそう呟いた。
そして、背中越しに顔を近づけると
未夢の雪のように白く小さな唇に
ほんの一瞬だけ軽く触れた。



「クリスちゃん・・・私、絶対に幸せになるよ。
いつだってクリスちゃんが好きだっていってくれた
私でいるよ。約束・・・」



未夢は瞼一杯に涙を溜めながら
右手の小指を立てた。



「はい」



クリスも涙一杯の表情でにっこり笑うと
同じく右手の小指を絡めた。



「ふふっ。指切りましたわよ」
「うんっ」



そうして、ひたいとひたいが
コツンとぶつかり合った。




クリスは未夢の言葉ひとつひとつに
心から救われたような気がしていた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







クリスは未夢に用意した衣装のチェックが
一通り終わると、応接間で待って貰うことにして
今度は彷徨を自室に呼んだ。



結婚前の男はモテると良く言ったものだが
ドアを開けて入ってきた彼の姿を見て
思わず納得してしまうのだった。



新たな出発点に向かって
まっすぐに歩き出そうとする
強い意志が、そう感じさせるのだろうか?



いや、何より大切なものを守ろうとする
強いオーラのようなものが
全面に出ているからであろう。
彼の表情に、クリスの心の中は少なくとも
そう確信させられていた。



思えば、彷徨とも随分長い付き合いだったと
クリスは振り返っていた。



彷徨に憧れの気持ちを抱いていた自分。
やがて同じ想いを共有したふたりになった。
思えば、とても不可解な糸で繋がっていたような気もする。



もし、自分が未夢ではなく、彷徨をこれ程までに
想い続けていたら、今よりもっと楽だったかもしれない。
”失恋”・”親友の恋人”という
ありふれた結末だけで終わったかもしれないから。



クリスは新しい未来への希望に満ちた
青年の表情を垣間見ながら
ふとそんなことを考えていた。




「いつも悪いな。手間かけさせちまって」




彷徨はそう言って、照れ臭そうに頭をかいた。
先程の未夢の衣装でも想像していたのだろうか?




「いいえ。おふたりのためですもの」
「未夢のため・・・じゃなくてか?」
「もうっ。彷徨くんたら」



クリスは彼女のことひとつで一喜一憂する
頭脳明晰でクールな彼が可愛くて思わず笑った。
それにつられて彷徨も笑う。



「さて、最初はこれを来て下さいな」
「あ・・・あぁ、頼む」


そう言ってクリスが取りだしたのは
白いタキシード。



少し恥ずかしそうな仕草をする彷徨に構わず
クリスは颯爽と試着作業をしていく。



全体的に長めのラインは
細身の彷徨にはぴったりだった。
胸にはスノードロップを象った
同じく白いコサージュがあしらわれている。



「やっぱり、彷徨くんは
何を着ても似合いますわね。ふふ」



クリスはタキシード姿の彷徨を前に
改めて完成したという実感に浸っていた。



(ったく、相変わらずだな)



彷徨はそんな昔と全く変わらない
彼女の様子に思わず苦笑した。



「それで・・・さ。ちょっと
話あるんだけど、いいか?」



先程までとは違う
何時にも増して真剣な表情が
クリスの心をまっすぐに射抜いていた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






あれからふたりは試着を一通り終え
花子町邸のテラスにて佇んでいた。


外は一面雪に包まれ
冷たい風が吹き付けていた、


「吸っていいか?」
「ええ」


彷徨は手に持っていたマルボロの箱から煙草を一本取り出すと
ポケットから取りだしたライターで火を付けた。



「彷徨くんが煙草を吸うなんて、意外でしたわ」




クリスはテラスの手摺に寄り掛かりながら
そう呟いた。ふと、昨日再会したばかりの
”彼”の姿に重なった。



「たまにしか吸わないからな」



彷徨はそう言って小さく笑った。
綿のように白い息が辺り一面に広がる。
その横顔はいつにも増して綺麗だった。



「それで、お話って何ですか?」
「・・・・」
「彷徨くん?」
「花子町、お前・・・まだ未夢のこと・・・?」




「未夢ちゃんのことは凄く好きでしたけど
今は大丈夫みたいです。
だからご心配なさらないで下さい」


クリスの顔は一瞬曇ったが
すぐにいつもの笑顔を取り戻して
静かにそう呟いた。


クリスの心は思った以上に穏やかだった。
こんなにも暖かな心で、ふたりの結婚を迎えられるなんて。


これも望や未夢の心遣いのおかげ・・・
そう感じて止まなかった。



「そっか・・・」
「ご心配おかけしてすみません。でもどうして?」



彷徨は少し黙っていたが、頭を掻きながら
照れ臭そうに説明した。


「未夢がさ・・・お前が泣いたままだと
安心して結婚出来ないって言うから」



そう言ってまた外の方を向いてしまった。
頬がほんのり赤くなっているのが分かる。
クリスはさりげない彷徨の優しさに
胸が熱くなった。



(未夢ちゃんが好きになった方ですもの。当たり前ですわ。
今まで気づかなかったのが不思議なくらい・・・)



想いは自分勝手なモノ。
それはしばしば目の前の真実さえも
覆い隠してしまう。



自分の気持ちしか見えなくなって
相手を傷付けて、振り回して。
いままでそんなことが何度もあった。



子供じみた嫉妬が醜い心に変わっていく。
彷徨にだって行き場の無い想いを
何度ぶつけたかしれない・・・。


そう思ったら、申し訳ない気持ちで
胸が一杯になった。


「彷徨くん、今までいろいろごめんなさい。
そして・・・ありがとうございます」


ほぼ同時に深々と頭を下げる。


「おっ・・・おい。俺は別にそんなつもりで
言ったんじゃ・・・。とにかく頭上げてくれよ」


彷徨は予想もしないクリスの行動に
冷や汗を掻いた。


「ごめんなさい・・・何か謝ってばかりですね。私」


クリスはそう言って笑う。
ふと気が付くと、茶色の透き通った瞳が
まっすぐに彼女を見つめていた。




「・・・花子町」
「はい」




「俺達、絶対幸せになるから。
お前の想いを無駄にしないように、そして
未夢が俺とお前の愛した未夢でいられるように・・・。
だから、ずっと見ててくれよな。
”俺達の親友”として・・・」




彷徨の言葉はクリスの胸にストンと落ちた。



・・・・クリスにとっては
その言葉だけでもう十分だった。
彷徨がいままでの自分を許してくれた。
それだけで・・・。



決して許されるはずのない恋。
決して叶うはずのない想い。




だけど・・・




心の底から満たされていくような気がした。




もう大丈夫。



決して泣いたりしない。
ふたりと笑顔で向き合える。
これからもずっと・・・。



強くそう思うのだった。




「未夢ちゃんも彷徨くんも、私にとって
最高の親友ですわ」
「あぁ。俺もだよ。これからもよろしくな」
「こちらこそ」





クリスは彷徨の側に歩み寄ると
右手を差し出した。



彷徨はその手を取ると、強く握った。
そして、思わずふっと笑う。



クリスもそれにつられるように
最上の笑顔を浮かべた。



こんなにも心から笑ったのは
彼女にとって久しぶりだった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






-夜




未夢と彷徨は、西遠寺の縁側にぽつりと座って
静かに月を眺めていた。


ふたりは、仕事の関係から
中央街のマンションに住んでいたが
今日はお互い独身最後の夜ということで
実家に戻っていた。


久しぶりに集まった両親達。
最初はお決まりの歓談で時を過ごしていたが
やがて大がかりな宴会へと化していった。



酔いつぶれて気持ちよさそうに眠る彼等に
少々呆れつつ、こっそりと部屋を後にしたのだった。



月は夜の闇を優しく照らしていた。
眩しいくらいに・・・。



「いよいよ明日だね」
「そうだな」
「緊張するね」
「・・・・そうだな」




「・・・・」
「未夢・・・どうした?」





「彷徨」



目の前の彷徨を見つめる未夢の瞳は
やけに哀しげで胸が痛む。



「あのね・・・クリスちゃん泣いてたの。
でもね、私は何もして上げられなかった。
親友なのに・・・」



未夢はそう呟いて、空を仰いだ。
金色の髪が夜の風を受けて揺れている。
その姿は儚げで、今にも消えてしまいそうな気がした。



「あいつ、言ってたよ。俺達は最高の親友だって。
今も、そしてこれからも・・・・」
「彷徨・・・ホント?」


未夢は驚いた表情で彷徨の方を見た。



「あぁ。嘘ついてどうすんだよ」




(クリスちゃん・・・ありがとう)




未夢は心の中でそう告げていた。
クリスの気持ちに気づかなかった自分
クリスの気持ちに応えられなかった自分
それでも自分を親友と言ってくれた・・・。



そして、クリスの言葉を何度もリフレインしながら
心の奥底にあった不安が
少しずつ消えていくのを感じていた。




「・・・よかったな」




彷徨は少し複雑そうな表情を浮かべると
未夢の頭を優しく撫でた。




「未夢、俺さ・・・人ってお互いの痛みを感じながら
強くなっていくって思うんだ。

お前に出会う前の俺はそんな痛みから逃げてばかりいた。
でもお前はいつだって真っ正面で向き合っていて・・・。

俺はそんなお前に惹かれたんだ
あいつ・・・・花子町だって同じだと思うよ。
だからさ、お前はいつまでもそのまんまでいいんだよ
俺や花子町の好きなお前で」




「彷徨・・・」



彷徨の口から紡がれる言葉のひとつひとつが
未夢の胸を温かく照らしていく。



迷いが、不安が消えていく。
前に進んでいける。
この人となら、幸せを築いていける・・・。




そう思った。




「彷徨、私達・・・幸せになろっ」
「あぁ」




月明かりの下で、ふたつの唇が重なった。
それはまるでスポットライトのように
美しく光り輝いていた。







一方、クリスは自室のテラスから
美しい夜空を眺めていた。



「いよいよ、明日・・・」



緊張のあまり、思わずため息をついた。
吹っ切れたとは言え、一度は愛した人が
新たな出発点へと足を踏み出していく。
複雑な気持ちは捨てきれなかった。



だけど、こんなにも
穏やかな気持ちでいられる。



(もう、大丈夫・・・)




改めてそう確信するのだった。



ふとベットの上に置いてある
携帯の着信音がなった。
慌てて部屋に戻り、手に取ると
通話ボタンを押した。




「クリスちゃん、今時間取れる?」
「望くん・・・ええ、大丈夫ですわ」
「連れていきたいところがあるんだ」




望の言葉に、クリスの胸は
しだいに高まっていくのだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







ふたりは、紫色の乗用車に揺られて
見覚えのある植物園に到着した。



「ここは・・・・」


クリスは懐かしげな表情で
辺りを見回した。



「僕の家が管理している植物園だよ。
付いてきて。どうぞ、お姫様」


望はそう言ってにっこり笑うと
右手を差し出した。


クリスはそんな彼の態度に戸惑いながら
言われるがままに、広くて大きな手の上に
細くて白い手を乗せた。



到着したのはひとつの独立したハウス。
辺りは白い花でいっぱいになっていた。



「これは・・・」
「雪の華・・・スノードロップだよ。
君に見て貰いたくて、一生懸命育てたんだ
毎日彼女達に語りかけながら」




「綺麗・・・」



クリスは顎の下で両手を組んで
うっとりと眺めている。



クリスの言葉に望は思わず顔を綻ばせる。
彼の心は何事にも代え難い喜びを感じていた。



「これらのスノードロップ達は、今の君だよ」



望は何を思ったのか、突然両手を広げると
そう告げた。その瞳が真剣そのものであることは
容易に感じ取れる。



「スノードロップが、今の私?」



クリスはしばらく黙って考え込んでいたが
やがてひとつの答えに行き着いた。




「花言葉・・・”希望”・・・」
「その通り。さすがクリスちゃんだね」



望はご明察と言わんばかりの表情で
にっこり微笑んだ。




「未夢ちゃんのために作ったドレスだって
その意味を込めたんですもの。でも今の私って
どういう・・・・」



クリスの白い花のような細くしなやかな唇は
それを言い終わる前に塞がれた。




「もう一度言うよ。君が好きだ。
僕と・・・結婚して欲しい。
雪がスノードロップに白で染めたように
君を染める色は僕自身でありたいんだ」




当のクリスはと言うと
突然のことに、ただ呆然と
立ち尽くすしかなかった。




真剣で真っ直ぐな瞳。
自分には一生縁の無い言葉・・・。
そう確信していたのに。




クリスは心の中でそう呟きながら
胸の奥に強く込み上げてくるものを感じていた。




「望くん・・・ありがとう。
今、とっても幸せな気持ちです」



「クリスちゃん、その返事は
OKと判断してもいいのかい?」




望の言葉に、クリスはコクリと静かに頷いた。
白い頬が、ほんのり赤く染まっている。





望はクリスを自分の胸に閉じこめると
耳元で、そっと囁いた。





「幸せになろう・・・。僕たちの”希望”はここから始まるんだ」




「はい」




クリスはそう言って
最上の笑みを浮かべた。





「望くん、私はあなたが好き。あなたを愛しています」





これから歩んでいく私の道。例え、どんなことがあっても、
この想いは・・・新たな希望の光に包まれた
この想いだけは、決して忘れることはないだろう。





心の中でそう確信していた。









THE END








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こんにちは〜かなりご無沙汰の流那です。
ようやく書き終わりました(汗)。
間が空いてしまってすみません。



キリ番・28888をゲットした
ヴァーストフしゃんのリクエストで書きました。
春香しゃんに捧げた短編「枯葉のクレッシェンド」
の続きという形になっています。



お題は、”未夢と彷徨の結婚前夜”。
このお題を頂いて、真っ先に思いついたのが
未夢・彷徨・クリス・望の四角関係でした。
そして、同時にそれぞれの想いと
成長を書いてみたくなりました。



しかし、思い通りにいかず、書いたり消したりを
繰り返していました。そんな時に出会ったのが
中島美嘉さんのアルバム「LOVE」に収録されていた
「雪の華」という曲。まさに、この曲のイメージで
書かせて頂きました。



かなり未熟ではあるのですが、作品を通じて
書きたいことや伝えたいことは盛り込んだつもりです。
心の残りは全体的にシリアスになってしまったこと。
もっとコメディ面を入れたかったんですけどね。
私の力量不足です。ごめんなさい(ぺこり)。



こちらをリクして頂いた、ヴァーストフしゃんに
捧げます。ありがとうございました。



また、私事ですが書棚の閲覧数が10000を突破。
嬉しさと同時に、驚きや複雑な気持ちが
頭を渦巻いていたりします(爆)。
これも読んで下さっている皆様のおかげです。
本当に本当にありがとう。
そして、これからもよろしくお願い致します。



心から感謝の気持ちを込めて・・・。




BGM:「雪の華」song by 中島美嘉

「月は静かに」song by 姫条まどか
(恋愛SLG:「ときめきメモリアルGirl's Side」より)



ちなみにヤニかなたん試作?ヴァージョンも(爆)。
分かる方には分かります(ニヤリ)





'03 12.7  流那(12.14 修正)





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