作:中井真里
雪が降り積もるクリスマスの日。
未夢と彷徨は10年の交際を経て
ついに婚約。
料亭・雪庵ではそんなふたりを祝して
有志による小宴会が行われていた。
顔をほんのり赤く染めながら横に並ぶ二人。
何だか微笑ましく感じられる。
何度すれ違って、傷付け合ったことだろう。
そんな二人が素直になったのは
一年に一度の聖夜だった。
メニューはフグちりをメインに和食一式。
三太と望が計画したのだが、横にいる望は
何だか不満そうな顔をしている。
宴会は和やかなムードで
行われていた筈なのだが・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「でもさぁ〜西遠寺くんも
結構情熱的なんだねぇ〜
僕は見直したよ。ふふ」
望が彷徨にビールを勧めながら
以前の出来事をあれこれと回想している。
他のメンバーもニヤニヤと彷徨の方を
見つめている。横の未夢はと言うと
プロポーズの言葉でも思い出しているのか
真っ赤になって俯いたままだ。
「ほらほら、未夢ちゃん。
コップが空いちゃってるよ」
そう言って、未夢の空いたグラスに
ビールを勧めるのは今日の仕切り役・三太。
一方の彷徨はと言うと、ビールを呑んで
いい具合に出来上がった状態。
元々、酒は強い方なので、顔の方は
あまり代わり映えしないのだが。
しかし、ここ一週間は緊張の連続で
気が張っていたのだろう。
疲れたような、ほっとしたような顔をしている。
そして一同はそんな彷徨の様子が
少しおかしいことに気が付いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいっ。鍋はどうしたんだ?」
三太は突然彷徨に呼び止められてドキッとする。
あの鋭い瞳で見つめられたら誰だって
心臓を打ち抜かれたような気持ちになるだろう。
「もうそろそろ来るって」
「そうか」
そんな会話を交わしたとほぼ同時に
お目当てのフグちり鍋が運ばれてくる。
メンバーは待ってましたとばかりに
目を輝かせ、鍋に手を付け始めた。
しかし、先程にも増して彷徨の様子がおかしい。
未夢がフグに手を伸ばそうとしていると
彷徨の端正なマスクがキラリと光った。
「未夢、それまだ煮えてない。向こうの方がうまいって。
ほら、取ってやるから。ぼんやりしてると無くなるぞ」
「う・・・うん。ありがと」
未夢は、そう返事をしつつも
彼の変貌に終始呆然としていた。
普通なら恋人同士のほのぼのとした空気が
流れるはずなのに、何だか
それとは違う雰囲気を感じていた。
一面は、いつもと同じ、世話好きの彼なのに。
そんなフィアンセの意外な姿に
百面相を繰り返す未夢だった。
三太はそんな二人の様子を見て
にやにやしながら、フグに野菜など
適当に具を見繕って口に入れようとしていた。
しかし、彷徨の鋭い視線に気づき
びくっと背中を振るわせた。
「三太、それ、たれに漬けすぎ。
それとそんなにいっぺんに取るな
冷めて不味くなるし、見ててあんまり
いい気分しないぞ」
三太は渋々頷いて、”次からは気を付けるよ”
と一言。気迫に押されて、殆ど声も出なかった。
正直、彷徨にこんな一面があったなんて。
幼なじみであるはずの自分さえ知らなかったのだ。
そんな彼の横ではフグを周りに
気づかれないように
こっそり貯め込んでいる望の姿。
また、野菜を避けて食べている様子も
見受けられる。
しかし、彷徨の目には一目瞭然だった。
「こらっ。光ヶ丘。フグばっかり食ってないで
野菜も食べろ。バランスが重要なんだぞ」
「な・・・なんで分かったんだい」
望は彷徨の鋭い眼光に圧倒されながら
そう言葉を続けるのが精一杯だった。
何せ隠していたのはテーブルの下なのだ。
隣の三太でさえ、なかなか気づかないだろうと
試行錯誤で考えた場所なのに。
真向かいに座っている彼の眼には
死角になっているはず。
様子がおかしいということに気づいたとしても
それをフグだとなぜ分かったのだろうか?
望の頭の中は、そんな疑問ばかりが支配していた。
そんな彼の横では、クリスが
フグに箸を伸ばそうとしていた。
周りは先程から少しぎこちない空気が流れている。
鍋の周りを囲む、彷徨の視線故だろうか?
そんな視線にもめげず、クリスは手前のフグに
手を伸ばして、掴む。
しかし、そこで彷徨の声が聞こえてきた。
「花子町。それ煮えすぎ。ちゃんと見てないと。
ほら、光ヶ丘取ってやれよ。お前隣だろ?
ったく。彼氏ならもう少し気を配ってやった方が
いいんじゃねえのか?」
クリスは唖然とした表情で、
望の顔をチラッとのぞき見ると
案の定、顔が引きつっている。
ここは、おとなしく望に取って
貰った方が良いようだ。
思考がそう判断していた。
「そ・・・それではお願いしますわ。望さん」
「う・・・うん」
もう流れに任せるしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ふぅ・・・)
食後、雪庵の座敷では、
未夢・クリス・三太・望の4人は
ほっとため息を突いていた。
未夢の横では、疲れたのだろうか?
顔をほんのり赤く染めた彷徨が
気持ちよさそうに眠っている。
普段は酔っても顔に出さないくらいなのだが
最近よっぽど気が張っていたのだろう。
その表情は優しく穏やかだ。
上には未夢の赤いコートがそっと掛けられている。
あれから、メンバーが鍋を突っつくたびに
彷徨の声が飛んだ。
それこそ矢のように、注文がつけられた。
具の煮え具合から、取り方、作法に至るまで
ありとあらゆるところに彷徨の目が光っていた。
4人はそれに逆らうことも出来ず、
ただ頷くという行動の繰り返し。
しまいには、
「三太、鍋に変なモノ入れるなよ」
という台詞まで飛び出した。
隠し味にちょっと調味料でも
入れようかと考えていた矢先での一言。
三太の手はその瞬間に止まった。
彼のいままで見せたことのない、
意外な一面に、一同は驚き
呆然としていた。
「にして、西遠寺くんが鍋奉行だなんて
思いもしなかったですわ」
「うん、未夢ちゃん。結婚してからも
大変だろうなぁ」
「未夢っち・・・僕同情するよぉ」
三人は口々に彷徨の”鍋奉行”ぶりに感想を述べた。
「未夢ちゃんもそう感じましたでしょう?」
「う・・・うん。でもね。そんな姿も
ちょっと可愛いなって思って」
未夢は自分に話が振られると
そう言って、ふんわり笑う。
そんな彼女の右手は
恋人の茶色い髪を
鋤くように優しく撫でている。
「そっか・・・惚れた弱みってやつだな」
「未夢っち、さりげに惚気てるよ」
「ですわね・・・」
未夢のさりげない惚気に、クリス・三太・望は
半ば呆れた様子で手を広げていた。
「う・・・ん、みゆ」
気持ちよさそうに寝ている彼の口から
そんな寝言が漏れる。
その表情は普段の彼の姿からは
伺いしれない程、幸せで満ちていた。
瞬間、未夢の頬が桜色に染まる。
「もう、彷徨ったら」
ちょっと拗ねているような、
だけど、嬉しそうな表情。
そんなふたりの様子を見ていると
周りまでつられて微笑んでしまう。
クリス・望・三太はそう思っていた。
同時に、ふたりをこれ以上
この場に居させるということが
少し心苦しくなってきた。
クリスは、携帯の時計にて
時間を確認すると
わざとらしく声を上げた。
「未夢ちゃん、もうこんな時間ですし
そろそろ西遠寺くんを連れて帰ったら
いかがでしょう?こちらは大丈夫ですから」
そう言ってニッコリ笑う。
「で・・・でも。せっかくみんなが
お祝いしてくれているのに
途中で抜けるわけには」
未夢は申し訳なさそうにしながらも
横に寝ている彷徨を気遣っている。
「私達のことなら心配なさらないで下さいな。
それに西遠寺くんは、寝てしまわれましたし。
早く家に帰って寝かせて上げた方がいいと思いますわ」
三太も望もこちらを向いて頷いている。
「うん。じゃあ、そうしようかな?
ホントにごめんね。それとありがとう」
未夢は友人のさりげない気遣いに感謝した。
そして、荷物をまとめ、帰り支度を始めた。
未夢の左手には彷徨の荷物。
眠っている彷徨を三太が
肩で抱きかかえながら運ぶ。
外に出ると、すでにクリスの呼んだ
タクシーが待っていた。
辺りを舞う、一面の白い雪。
まるで、今の自分達を
祝福してくれているように感じた。
「あの、麻布十番街の22-7までお願いします」
タクシーは、未夢がそう住所を告げると
同時に走り出した。
外では三人が手を振っている様子を
垣間見ることが出来た。
曇った窓。
表情を計ることは出来なかったが
笑っている。そんな気がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-朝
窓から射し込む光。
鳥の声。
彷徨はふと目を覚ました。
場所は最近購入したばかりの
マンションの寝室。
横を見ると、いつもなら
寝ているはずの恋人の姿が
見えなくなっている。
それに何だか頭がズキズキする。
おそらく二日酔いだ。
それに今日はいつにも増して
寒い気がした。
程良く筋肉の付いた
白い素肌の上に、寝室のタンスから出した
青いセーターを羽織る。
胸には白い"K"のイニシャル。
思わず顔が綻ぶ。
そこへ、すでにエプロン姿の未夢が
水を持って入って来た。
「おはよ」
挨拶際、軽く朱色の唇に触れる。
甘いシャンプーの香りが
鼻をくすぐった。
「お・・・おはよ、彷徨。昨日はよく眠れた?」
未夢は、そんな彼の様子に戸惑いながらも
優しい笑顔を浮かべてみせる。
「あぁ。でも二日酔いだな。頭が痛い」
そう言って未夢の持ってきた水を飲み干すと
軽く頭に手を触れる。
「当たり前だよ。あんなに呑むんだから。
それに・・・」
未夢は言いかけて口を噤んだ。
話していいものかと迷ったのだ。
「それに、何だよ?」
「な・・・なんでもないよ」
「なんでもないってことは無いだろ?
顔、引きつってるぞ」
しかし、彷徨の探るような視線に
黙っていられる筈もなかった。
「で、どうしたんだ?」
未夢は仕方なく、昨日の一部始終を話した。
すると、彷徨は顔を真っ赤にさせて
口を押さえている。
「お・・・俺ってやっぱそうなのか?」
「え?」
「前も同じ職場のやつらと呑みに行って
そんなこと言われたから」
彷徨は珍しく慌てた様子で頭を抱えている。
どうやら何度も覚えがあるらしい。
何も覚えていない空白の夜。
同僚に尋ねても、引きつった表情を浮かべるだけで
誰も、何も教えてはくれなかったのだ。
そして、周りでひそひそ
聞こえてくる自分の噂。
『西遠寺さんって鍋奉行だったんですって?』
『いや〜ん。ショック。私、憧れてたのにぃ〜』
『西遠寺って鍋奉行なんだよ・・・』
『嘘だろ。面白れ〜俺も彼女とのデートが
無ければ行ったのになぁ。この間の呑み会』
『西遠寺くんは、その・・・鍋奉行らしいですね。部長』
『それは本当か、課長?ぜひこの目で確認してみたい
ものだな。あの西遠寺のそんな一面を』
黙々と仕事をこなしている自分の耳に
聞こえているとは知らず、面白そうに
噂話をしている同僚や上司達。
そんな姿が再び目の前に蘇ってきた。
恥ずかしい・・・そんな想いばかりが
自分の心を支配していた。
「でも、可愛いと思うな。
私は好きだよ。そんな彷徨」
未夢はそう呟くと
恥ずかしそうに頭を掻いて
えへへと笑っている。
「未夢・・・」
そんな自分を受け入れてくれる。
一見、些細なことだが、
無性に嬉しかった。
「ごめん、未夢。これから世話かけるかも
しんねーけど、よろしくな」
そう言って金色の髪に触れる。
手のひらにふわふわと
心地よい感触が伝わってきた。
「それは私の方だと思うけど」
「そうかもな」
「もうっ」
そう言って拗ねた顔も、溜まらなく愛おしくて。
いつまでも触れていたくなる。
今日二度目のディープキス。
朝のコーヒーよりも甘い味がした。
THE END
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こんにちは〜お久しぶりの流那です。
先週中に出すはずが遅れてすみません。
というわけで、先日の定例チャットで
予告した”鍋奉行かなたん”です。
何だか終始妄想全開してます。
かなたん、壊れてるし。
本当に彷徨ファンの方には申し訳ないことを・・・
って私のそのひとりなんだけどね(爆)。
もっと、いろいろ考えた台詞や
シュチュエーションもあったのだけど
あんまり長くなっても、白けるし
ちょっとエスカレートし過ぎたのもあったりして
バッサリ切った部分も実は存在してます。
要は壊れたかなたんと、その後のみゆかなが
描きたかったってことでご容赦下さい。
若気の至りなのよ〜
それでは次の新作でお会いしましょう♪
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流那でした。
P.S キリリク&フリー小説も
遠慮なくどうぞ〜
BGM:17才の未来 by 金丸淳一
愛のせいさ by 松岡洋子
'03 10.22 流那
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