++ faith ++

作:中井真里





私達のいる世界であって、
そうでない世界。


パラレルワールドとでも
言うのだろうか?



その中で、私達を結びつけているのは
ふたりだけの記憶、想い。
それでも揺らがない絆。



新しい時間が今、
始まろうとしていた。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







それは、慈しみ、確かな信頼を結んだ
ふたりのオット星人が自らの星に帰って
数日後のこと。



シャラク星人の夜星星矢が
再び未夢と彷徨を尋ねてきた。



彼の話によれば、シャラク星・オット星を含めた
宇宙連盟では地球人が自分達の存在を
知ってしまったという事実に対し、
強い警戒心を抱いているらしい。



そのため、ルゥやワンニャーに絡んだ人々の
記憶を一切消す必要があるとの結論が出された。
星矢もワンニャー及びルゥの両親共々、
強く反対の意を示したが、これは宇宙連盟全体の意。
彼ら少数の意見が聞き入れられることは無かった。



そして、彼らとも面識のある星矢が特使として
地球に向かうことになった。



それが今、目の前に彼が存在している理由。
記憶が消えて無かったことになる。
忘れることがどれだけ残酷なことか
彼とて十分に分かっている。



だが、どうしようもないことだった。



星矢は一通り、話を終えると
鞄から1瓶の薬を取りだした。



「これは、時空間に関する記憶を消す薬だよ。
君たちがこれを呑んで、一晩経つと
すべてが無かったことになる」



未夢は目の前でただ泣いていた。
残酷な現実に耐えきれずに。



彷徨はそんな彼女の肩を抱いてやる。
そして、星矢の方をきっと睨んだ。



「これがお前らのやり方か」
「ごめん。僕たちにはどうしようも無かったんだ
君たちが素直にこの薬を呑んでくれないと
地球は大変なことになる。宇宙全体を巻き込んだ
騒動に発展するかもしれない。」



星矢は激しい胸の痛みに耐えながら
悲しそうな表情を浮かべていた。




結局、ふたりは話し合って記憶を消すことを決めた。
それが、地球を救えるのなら。



悲しいけど、切ないけど。
自分勝手な想いだけで、地球全体を
危機にさらすことは出来なかった。



これで、いつか自分達が再会出来るかもしれない
という微かな希望さえも奪われてしまった。
しかし、すべてを忘れてしまえば、
今、心の奥底に感じている悲しみさえも
無かったことになる。



今思えば、そんな弱い気持ちが
あったのかもしれない。




星矢は薬を飲み終えた二人に
こんな言葉を残していった。




「記憶は消えてしまうけど、つながりや絆が消える訳じゃない
って僕は思うんだ。会いたいって意志さえあれば
いつだって会える。そんな気がするから。それは
例え、どんな姿でも。だから、さよならは言わないよ」





その言葉は、未夢と彷徨の胸に
強く焼き付いていた。






その夜、未夢と彷徨は縁側に居た。
肩を寄せ合い、月を見る。
丸い月がぽっかりを顔を出している。



「ねえ、彷徨」
「なんだ?」
「私達ってさぁ、明日になったら離ればなれに
なるかもしれないんだよね」



未夢は悲しそうな表情を浮かべながら
ほんのり明るい空を見上げた。
彷徨は胸がズキリと痛むモノを感じていた。
彼女の気持ちは痛いほど分かるから。



「なんでそんな風に思うんだ?
俺はさ・・・その・・・信じてる。
お前とも、ルゥやワンニャーとも
必ず出会えるって」




そう言って唇を寄せた。
甘く、優しいキス。
彷徨の熱が全身に伝わってくる。



彷徨の不器用な優しさが
愛おしく感じて。


お互いの想いさえあれば
どんな悲しみも
つらさも乗り越えていける。




そう感じた。





「ずっと一緒だよ」
「あぁ」





夜は更けていった。
ふたりはそんな時間を惜しむように
肩を寄せ合った。




再び出会えることを確信しながら。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







-朝





金髪の少女・未夢は、窓から差し込む光に
眼を覚ました。




「み〜ゆ〜。早く起きなさい。
彷徨くんが待ってるわよ」



階段の下では未来が
大声を張り上げていた。




(うわぁ〜早くしなくちゃ)
彷徨という名前に強い意識を感じながら
いつもの制服に着替える。




髪を溶かし、リップを薄く塗る。
クロワッサンを一つ取るとジャムを
薄く塗り、口に入れた。




そして、バタバタと大きな足音を立て
玄関に向かうと、腕組みをした彷徨が
少し不機嫌そうに立っていた。





「おはよ〜」
「おそよう・・・ってとこだな」




未夢はそんな彷徨の態度に
むっとして頬を膨らます。




「ほらっ、早くしろよ。遅刻しちまうだろ」
「ごめ〜ん」
「まぁ、いつものことだけどな」
そう言って、にっこり笑うと
未夢の頭をくしゃっと撫でた。




「また子供扱いしてぇ〜」
「ほらっ、そんな事より早く行くぞ」
「ごまかすなぁ!」




門の外に用意されているのは、
一台の自転車。




「ほらっ、乗れよ」
「うん」




未夢はそんな光景に
強い違和感を感じたが
いつものように後ろに跨ると
彷徨の背中にしがみつく。




「行くぞ。飛ばせばなんとか間に合うな。
しっかり捕まってろよ」
「うん」



「行ってらっしゃ〜い♪」
後ろでは未来が、にこやかに手を振っている。



いつものように繰り返される目の前の光景を
微笑ましく思いながら。



「未夢ってばいいなぁ。毎朝BFがお出迎え。
私だってもっと早く、優さんと知り合っていれば・・・」
羨ましそうに顎の下で腕を組みつつ
うっとりと妄想の世界に突入している。



「未来さ〜ん、早く食べないと遅れるよ」
台所の方からは優の声が聞こえてくる。
先程の様子を眺めて、
少しふてくされているようにも見えた。




「は〜い」
未来はそんな優の声にはっと我に返ると
急いで支度を開始した。








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







ふたりの通う市立四中までの道は
大きな土手が広がっていた。



秋の風が心地よく吹き付ける。
彷徨の漕ぐ自転車が、その道を
勢い良く走っていく。



そんな様子に道行く生徒達の中には
思わず指さすものや、
羨望の眼差しで見つめるものも多かった。




「ねえ、彷徨」
未夢はいつもの事ながら
その視線が少し恥ずかしくなって
背中越しに話し掛ける。




「どうした?」
「なんか、周りから見られてる」
「俺はいつものことだから慣れた」




彷徨は周りの視線など気にせずに
平然とペダルを漕いでいる。




「お前が嫌だっていうなら止めるけど」
「そ・・・そんなことないよ」
未夢は首をぶんぶん振りながら
返事をする。




「ならいいだろ?」
そう言ってペダルを漕ぐ
そんな彷徨の姿が
ちょっぴり頼もしかった。




そうして二人だけの
心地よい時間が流れていく。





幼なじみで、いつも一緒に居て。
そんな背中が大きく感じられるようになったのは
いつのことだろう?




不器用な幼なじみの温かい背中を感じながら
未夢はそんなことを考えていた。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







学校内に入っても、二人に注がれる視線が
止まることは無かった。




「西遠寺先輩って素敵よねえ。
知的でクールって感じでさぁ。
やっぱり光月先輩と付き合ってるのかしら?」


「あんたと光月先輩比べたら、明らかに
見劣りする気もするんだけど」



四六時中、そんなこそこそ話が聞こえて来る。
未夢にはその視線の意味が分からず
首を傾げるしか無かった。
隣では、そんな視線に百面相している
彷徨の姿が鮮明に写る。



そうこうしていると、教室に到着した。




扉をガラリと開けて、



「おはよう」
と開口一番、挨拶をする。
しかし、一向に返ってくる気配が無い。



何人かの娘が、小さく返してくれたぐらいだ。



他のクラスメイトは
自分を遠巻きに見るだけだった。



キョロキョロと教室を見回してみる。
なぜだか、自分達を良く知る人が
誰もいないことに気が付いていた。



その先に起こることを予測して
すばやく身構えてみたが
取り越し苦労だったようだ。



いつもの教室であるはずなのに
この違和感は何なのだろう?


朝から少しずつ感じ始めた違和感
その正体も分からず
ただ呆然とするしかなかった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






-放課後




「未夢、ちょっといいか?話があるんだ」
「うん」



彷徨にそう言われて
二人でやってきたのは屋上だった。



「なぁ、未夢。俺達って何か大事なことを
忘れている気がしないか?」
「大事なこと?」
「俺達だけの、大切な記憶」


(私達だけの大切な記憶・・・もしかして、
朝から感じている違和感に関係あるかもしれない。)



未夢は、そう思い始めていた。



「ここは、俺達の居場所じゃない気がするんだ」
彷徨は真剣な眼差しで、自分の方を見つめている。



「私達の居場所じゃない?」
「この街で、俺達を本当に知っているのは
お前の両親と、うちの親父だけ。
おかしいと思わないか?」



確かに自分達の周りは
もっと賑やかで、かつ和やかで。
信頼や明るさで満ちていたような気がする。



「何か違うのよね・・・私もそう感じてた。
でもこれって何なの?」
「分からない」



お互いの意見が一致したところで
しばらく考えてみたが、
答えに結びつく糸口は
一行につかめなかった。




そのとき、どこからともなく
声が聞こえてきた。



『それはね、君達にとって
掛け替えのない出会いってやつかな?』




「誰だ?」
「誰なの?」
二人は警戒しつつ、少し後ずさりをした。




ストンと、屋上にある倉庫の屋根から
下りてきたのは、青い帽子を被った
金髪の少年。




「僕は夜星星矢。君たちのことは
とても良く知ってるよ。
君たちの違和感の原因もね」




そうして、少し挑戦的な笑みを浮かべた。



「どういうことなんだ?」
彷徨は挑発めいた態度を取る
星矢に鋭い視線を向けた。



「これは、君達に与えられた試練なんだよ
ふたりだけの大切な記憶は、
すべて自分達で思い出さなきゃいけないんだ」



「どうすればいいの?」
未夢は必死な様子で目の前の星矢に問いかける。



「”西遠寺”の本堂に行ってごらん」
「うちがどうかしたのか?」
「いいから」



二人は思わず顔を見合わせたのだった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







-西遠寺





「ただいま」
いつものように玄関を開ける。



「彷徨、今日は早かったのう。
未夢ちゃんもいらっしゃい。
わしはこれからちょっと出掛けてくるから
あとよろしくぅ〜」



宝晶は、言い終わるか
終わらないかのうちに
素早く出掛けてしまった。



二人は、いつもと変わらない様子に
肩をすくめながらも本堂の方に
向かって歩いていった。



本堂は暗闇の中で、静寂に包まれていた。
ここは1年中冷たい空気で満ちている。




「これ着てろ」
「ありがと」



彷徨は上着を脱ぐと予想以上の寒さに
少し竦んでいる未夢の上に被せた。




「なんだ、いつもと変わらねーな」
「うん。でも何だか懐かしい気がする。
こうして彷徨がいて、そして・・・」
「俺がいて、お前がいて。
確かに何か物足りない気がする」




ふと、ふたりの頭に蘇ってくるビジョン。
それは、強くて、優しくて、儚いものに思えた。




時空の彼方からやってきた小さなUFOに
金色の髪の赤ん坊。犬と猫をたして
2で割ったような生き物・・・。


それから始まった新しい生活
ふたりで喧嘩もした。
だけど、小さな赤ちゃんが
自分達を結びつけてくれた。



そのうち、お互いの存在が
無くてはならないものになって。
温め合って、キスをした。



そんな彼らが居なくなった日のことが
頭に強く蘇ってきた。



泣いている未夢。
そんな彼女を優しく抱く彷徨。



そして、そんな自分達を
影で見守り支えてくれた友達の笑顔。
今、こうしてふたりでいられるのもきっと・・・。



すべてが、掛け替えのない記憶。
未夢の頬からは一筋の涙が流れてきた。



「ルゥくん」
「ワンニャー」
「クリス」
「三太」
「望くん」
「天地」
「綾」
「親父」
「パパ、ママ」




「そうだよ、良く思い出したね」
本堂の入り口では、星矢が
にっこり笑っていた。




「夜星、これはどーいうことだ」
彷徨は星矢の胸倉を掴んで
問いつめる。



「星矢くん、どうしてこんなこと・・・」
未夢も真剣な面持ちで星矢の方を見つめる。



「か・・・かなたくん、くるじい。
ちゃんとはなずから」
苦しそうに呟く星矢の言葉に
彷徨は掴んでいる手を離してやった。



「いや〜最近シャラク星では、”パラレルワールド体験ゲーム”
なるものが流行っていてねえ。でもカップルでしか
体験出来ないものもあるんだよ。それで君達に
実験台になってもらったって訳なんだ。すべての場面は
このディスクにしっかり記憶してあるし・・って」



ふと気が付くと、彷徨が
顔を真っ赤にして怒っている。




「や〜ぼ〜し〜てめぇ」
「か・・・かなたくん。そんなに怒らないでよ。
これは、ほんのお茶目な冗談なんだから。ねっ」



星矢は必死で諫めたが、今の彷徨に
通じる筈も無かった。



結局、顔を真っ赤にして
追いかけてくる彷徨から逃げられず
畳に押し付けられた。



「星矢くん・・・」



「未夢ちゃ〜ん。助けてぐれ〜。
がなたくん本気だよぉ〜」
「未夢、お前も怒れっ」



畳に押しつけられ、苦しそうな声を上げている星矢。
一方で、凄い剣幕で怒っている彷徨。
対照的な2人の姿が面白い。



「そのディスク、ダビングさせてくれない?」
未夢の予想も出来ない発言に、
彷徨と星矢のふたりは目を丸くした。








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「ったく、女ってわかんね〜」
「まだ言ってる」



彷徨は呆れ顔でそう言った。
未夢の方は少し拗ねたような口調で言葉を返す。



その夜、2人は再び縁側で星を眺めていた。
心地よい風が、ふたりの間を流れていく。




「当の夜星も呆れてたぞ」
「星矢くんが呆れる資格なんか無いわよ。
いっつも悪戯ばかりして」




そう言ってぷいと横を向いた。




「にしても、女って何でそんなもん欲しがるんだろうな?」
「だって、記念になるじゃない?時々取りだして見られるし」
「み・・・見ねーよ、俺は」




未夢はディスクに収録されている
このシーンやあのシーンを想像して
自分の世界に入ってしまっている。



一方彷徨は、そんな彼女の一面に
呆れるやら驚くやらだった。
それでも、たまらなく愛しい・・・。



そんな想いを込めて未夢の体を
両手ですっぽり包み込む。



「でも俺、少し自信がついたような気がする」
「何の自信?」



(どんな障害があっても、お前と一緒にいられる自信だよ)



そう心の中で呟く。



「ねえ、何の自信?教えてよ〜」
「秘密」



彷徨はそう言って舌を出した。



「ねえ、彷徨」
「ん?」
「ずっと・・・一緒にいよ?」
「あぁ、ずっと一緒だ」



熱く交わされる包容。
悲しみも、切なさも
全て包み込んでくれる。




「ふふ、新しいデータも取れちゃったし
今回は得したなぁ」




その後ろでは最新式のDVDカメラを
手にして撮影を試みている星矢の姿。




月が笑ったような気がした。




ディスクのタイトルは++ faith ++





THE END








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



タイトルのfaithとは、英語で信頼・絆
という意味です♪



こんにちは〜お久しぶりの流那です。
間が空いてしまってすみません。
書きかけのモノが多かったのですが
ようやく一つが終わりました。



というわけで、南しゃんの暑中見舞いイラを
題材にした短編がようやくアップ出来ました。
南しゃん、遅れてごめんなさい〜



こちらの短編はフリーとしますので
よろしければお持ち帰り下さい(ぺこり)。
日頃、お世話になっている皆しゃんへの
感謝の気持ちです。




22222記念と、閲覧5555記念も兼ねてます。




にしても、また無謀な遊びをしてます。
自転車でここまで妄想が広がってるし、
季節はずれてるし。



いわゆるパラレルのパラレルってことで。
「姫ちゃんのリ○ン」じゃないわよ?(爆)。



やっぱりもっと精進しなければ。



次の新作は「白衣かなたん」の第5段か
リク小説の方になるかな?
「ヒーローかなたん」の方のネタも
思いついたのでそのうちアップしま〜す♪



それでは次も機会があればお会いしましょ〜
読んで下さってありがとうございました。



BGM:faith song by ブリード加賀




'03 10.1 流那




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