作:中井真里
それは、夢みる少女である私の、
ちょっぴり甘酸っぱい恋のはじまり。
君との出会いが私を変えた。
そう確信出来る程の恋。
こんな気持ち、いままで知らなかったし、
考えたこともなかった。
まぁ、すぐそこにこんな出会いが転がっていたなんて
思いもしなかったけど。
◇◆◇
「ふぅ」
放課後の部室で、文化祭の台本を仕上げながら、
私はひとりため息をついていた。
なにせ、友人達に次々と彼氏が出来てしまったのである。
しかも、ここ数ヶ月の間である。
一組目は予想はついていたものの、二組目と三組目は
全く予想のつかない組み合わせであった。
そう、ひとりものは自分だけ。いつもの4人でいても、
自分だけ違う世界にいるような気がしていた。
淋しいし、つまらない。
「私だって一応夢みる少女なんだけどな。
別にすぐにでも彼氏が欲しいってわけじゃないけど」
(やっぱり今日は気分が乗らない)
私は心の中でそうつぶやきながら、
すっかり動きの止まっていたシャープペンシルを置くと
気分転換でもしようと思い立ち、部室の外に出た。
すぐそこに、思いもよらぬ出会いが待っているとも知らずに。
◇◆◇
そのときの私は、何を考えていたのか
はっきりと覚えてはいないが、
ぼんやり歩いていたのだけは覚えている。
ふと、廊下の角に差し掛かって、
何かにぶつかる音がしたと同時に
私の体は前に倒れていた。
何だかいつもと違う臭いがする。
これは、男の人の匂い?
「あの・・・大丈夫ですか?」
少し高く透き通った声が響く。
「ご・・・ごめんなさい。私ってばぼんやりしてたから」
私はしゃがんだ体制のまま、ぺこりと頭を下げる。
すると、彼が手を引いて立たせてくれた。
そして、私はゆっくりと顔を上げた。
すると、目の前には見たこともない程麗しげな美少年。
少し癖の掛かった前髪に、薄紫色の透き通った瞳。
それこそ、自分の知っている男達と匹敵する程であった。
私の胸は一オクターブ跳ね上がった。
「本当に怪我が無くてよかったです。
肌に傷でも付いたら大変ですから」
「し・・・心配してくれてありがとう」
「それじゃぁ僕はこれで。気を付けて帰って下さいね」
「うん。さよなら」
「さようなら」
彼はそう言ってニッコリ笑った。
私はそんな彼に、言葉を返すのが精一杯だった。
◇◆◇
「それにしても、どこの誰だったんだろう?」
私自身の情報網を辿って調べてみたけど、
そんな生徒は何処にもいなかった。
会えないと思えば思うほど胸がいっぱいになって。
気が付くと、あの人の事ばかり考えていて。
それだけで、全く筆の進んでいなかった台本が、
あっという間に書き上がってしまった。
タイトルは「謎の美少年」。
主役のイメージはもちろんあのひと・・・って
私ってば何考えてるんだろう?
思わず出来立てほやほやの台本を
パタンと閉じた。
まるで、私自身の心を封印するように。
「・・・西さん、小西さん」
(綾ちゃん、綾ちゃん。水野先生が呼んでるよ?)
ふと気が付くと、水野先生の声。
「小西さん。この問題に答えて」
「すみません。きいてませんでした」
「小西さん、いったいどうしたの?授業中にぼんやりするなんて
あなたらしくもないわねえ。もしかして、恋でもしてる?」
水野先生は私の表情を伺うと、そう言った。
その瞳は、あなたの心はお見通しと言わんばかりに
光り輝いていた。
「そ・・・そんなこと断じてありませんっ」
(全く。生徒の色恋沙汰を聞く先生が何処にいるんだか)
私は心の中でそう呟きながら、反論した。
そう、そんな訳がない。
彼は私の夢の中の存在なのだから。
現実には決して叶うことのない夢の中の存在だから。
決して、恋という一言で片づけたくは無かった。
◇◆◇
-放課後
誰もいない教室で、私は何をすることもなく、
窓の外をぼんやり見つめていた。
当初の目標であった台本は出来上がってしまったし、
明日に配役を決めて、明後日には読み合わせを
開始しなければならないのに。
しかし、この台本を使う気にはならなかった。
それは、心の奥底で芽生え初めていた、
独占欲というものなのかもしれない。
「ねえ、綾ちゃん」
気が付くと、新緑色の瞳がこちらを覗かせた。
私の大切な友達のひとり、光月未夢ちゃん。
これが大変なおとぼけさんでねえ。
彼氏も相当苦労している訳なのよ。
って彼女の話ばかりしてても進まないわね。
「未夢ちゃん。彷徨くんと帰ったんじゃなかったの?」
「彷徨は今日、定例の委員会なの。
ひとりで帰るって言ったのに、心配だから教室で待ってろって。
もうっ、いつまでも子供扱いなんだから」
そう言ってひとりでぷりぷり怒っている彼女の姿は、
女の子の私から見ても、本当に可愛らしい。
私でさえそうなんだから、彼はもっとなんだろうなぁ。
心の中は、そんな言葉でいっぱいになっていた。
「ふふふ。相変わらず仲がいいんだね。うらやましいな」
「そ、そんなことより、文化祭用の台本、出来上がったの?
何だか授業中も元気が無かったし、どうしたのかなって。
台本仕上げるのに徹夜でもしたの?」
「ううん。そうじゃないんだ。台本はとっくに出来上がってるの」
「じゃあどうして?」
「・・・ねえ、聞いてくれる?」
私はここ一週間の間に起きた出来事を彼女に話して聞かせた。
そう、あの夢のような出来事を・・・・。
「綾ちゃん。それはね、きっと・・・」
「きっと?」
「・・・恋だよ」
「こ・・・恋?」
私が・・・・「恋」?
そんなこと、考えもしなかった。
でも、そう考えれば、今までの自分の行動にも納得がいく。
彼をモデルにした台本、
心の奥底から込み上げてくる感情、独占欲・・・。
それまでの私には、縁のないものばかりだったから。
「・・・未夢ちゃん。ありがとう」
「綾ちゃん、その人のことはもう探さないの?」
「もういいの。彼が、私の夢の中の人でいてくれるなら、
私は満足なんだ」
「綾ちゃん・・・」
新緑色の透き通った瞳から、涙が零れる。
私は慌ててポケットからハンカチを取り出すと、
その美しい瞳を撫でるように吹いてあげた。
「未夢ちゃん、別に泣くこと無いんだよ。ちょっとだけ、
ちょっとだけ夢見たようなもんなんだから」
「そんなの・・・ダメだよ」
「え?」
「一緒に探そう。絶対に探し出さなくちゃ。
ななみちゃんとクリスちゃんにもコレクトコールしてさ♪」
「・・・未夢ちゃん。ありがとう」
目の前の彼女がやけに逞しく見えたのは気のせいかしら?
やっぱり女の子は恋をすると強くなるのかもしれない。
強い意志に満ちた彼女の表情を見つめながら、
私はそんなことを考えていた。
◇◆◇
その週の土曜日の放課後、女の子4人が私の部屋に集合した。
みんな、彼氏との約束を断ってくれたらしくて悪い気がしたけど、
私のことを一生懸命考えてくれる気持ちが嬉しくて、胸があったかくなった。
そして、クリスちゃんお手製のケーキを頬張りながら、
謎の美少年の調査が開始された。
「その方って、本当に四中生なんですの?」
クリスちゃんは、少し考え込んでからそう言った。
「う〜ん。そのはずなんだけどイマイチ確信がないのよね」
私は曖昧な答えを探すしかなかった。
「別の学校の子が来てたってことはないの?」
とはななみちゃん。
「それはないと思うなぁ。あんな時間に制服着て
他校の子がうちの学校にくるはずないし」
「そっか」
私の答えに納得して再び考え込む彼女。
「ねえ、その子ってさぁ。癖毛に薄紫色の瞳だったんでしょ?
しかも思いっきり丁寧口調」
「う・・・うん」
未夢ちゃんが何か思い付いたように口を開いた。
その言葉に頷く私。
「何だか感じがクリスちゃんに似てない?もしかしたら親戚かも。
クリスちゃんは心当たりはないの?」
未夢ちゃんの言葉にじっと考え込むクリスちゃん。
「心当たり・・・あることはあるのですが、彼は違いますわ。
だって美少年とは言えませんもの」
「そっかぁ」
まるで自分のことのようにしゅんと俯く未夢ちゃん。
それをなだめる、ななみちゃんとクリスちゃん。
私にはそれだけでもう十分だった。
私にはみんながいるから。
例え、「夢の人」と巡り会えなくても、みんながいるから。
未夢ちゃんも、クリスちゃんも、ななみちゃんも、
私にとって自慢の友達なんだから。
そんな想いでいっぱいになっていた。
◇◆◇
それから数日後。
いつものように考え事をしながら廊下を歩いていると、
突然後から声を掛けられた。
「あ・・・あの・・・小西さん・・・ですよね?」
私が聞き覚えのある声に振り向くと、
癖毛に大きめの眼鏡が特徴的で、
いかにも頼りなさそうな表情の男の子が
緊張した面持ちでこちらを向いて立っていた。
「こ・・・この間は本当にすみませんでした」
「この間?私、あなたとは初対面のつもりなんだけどなぁ?」
私は男の子の不可解な言葉に首を傾げながら応えを返す。
「それに、どうして私のこと知ってるの?」
「演劇部の部員が僕のクラスメイトなんです。
彼から君のこと聞いて、もしやって思って・・・。
あのときは、僕。眼がよく見えてなくて、確信は無かったのですが、
考えるほど、なぜだかあなただって確信出来るようになって・・・」
「だから、あのときって?状況を説明してくれないと分からないよ」
私は訳が分からず、男の子に問い掛けるしか出来なかった。
「こ・・・・この間の放課後、廊下の・・・角でぼ・・・僕とぶつかったでしょう?
あのときは名前も名乗らず、ほ・・・本当にすみませんでした」
「えっ?」
「この間の放課後」、「ぶつかった」、「癖毛で薄紫色の瞳の男の子」
さまざまなキーワードを頭の中で整理した私は、ひとつの答えに行き着いた。
が、その答えを信じろと言う方が無理である。思わず暫く固まってしまった。
そして、やっとのことで次に紡ぐべき言葉を探し出す。
「そ・・・それじゃあ、夢の人・・・じゃない、あのときの男の子があなたなの?」
「そ・・・そうです」
「でも眼鏡を掛けてなかったじゃない?」
「あのときは部活で眼鏡が壊れてしまって、コンタクトを付けていたんです」
「・・・そうなんだ」
私は彼の透き通った瞳をじっと見つめた。確かに、眼鏡を掛けた彼と
掛けていない彼は違うのかもしれない。だけど、テノール調の高く通る声や
癖毛の掛かった前髪は、紛れもなく私にとっての「夢の人」・・・。
そう確信していた。
「あ・・・あの、何か僕、失礼なことしました?そうなら謝ります」
私の態度に勘違いをした彼が、慌てて頭を下げた。
「違うの。そ・・・そうじゃなくて・・・」
「小西さん?」
「あなたの名前が知りたいの」
「ぼ・・・僕は花小町栗太っていいます」
ぎこちない言葉で口を開く栗太くんは、
理想の男の子とは程遠かったけど、
まっすぐで、一生懸命な男の子だと私は思った、
「花小町って、クリスちゃんの親戚?」
「クリスをご存じなんですか?」
「うんっ。自慢の友達だもん」
「じゃ・・・じゃぁ、クリス共々よろしくお願い致します」
「うん、よろしく♪」
はじめての自己紹介。何だか照れ臭くて俯いてしまった。
「ぼ・・・僕、そろそろ行きますね。委員会がありますから」
私はそう言って背を向けた彼を、思わず呼び止めてしまった。
「ま、待って」
「ど・・・どうされたのですか?」
「あの・・・あのね。もうすぐ文化祭でしょ?私の書いたお芝居を公演することに
なっているんだけど・・・」
私にとっての「夢の人」。
やっとあなたに会えたんだね。
でも・・・それが終わりじゃない。
そう、私の恋はここからはじまるんだ。
THE END
こんにちは。中井真里です。
というわけで、チャットで話題になった「あや栗小説」を
早速書いてみました。即席のプロットで書いたためか、
所々雑ですが(笑)。
こちらを「あや栗」のネタを授けて下さった山稜しゃんに捧げます。
こんなものですがお納め下さいな。
それから最後までお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。
次回作もどうぞよろすぃく。
05 1.16 中井真里
#BGM 「はじまりはここから」(by岡崎律子)