Plastic Doll -Fake Ver- 作:流那







ある日の金曜日。



あたし達は、恒例の
週末デートに繰り出していた。



目の前には海が広がっている。
オレンジ色の夕日が反射して
とても綺麗だった。



こんな景色を見ていると、
何もかも忘れてしまいそうだ。







◆◇◆◇◆






きっかけは、魅録がプレゼントしてくれたチョーカー。
とても珍しい店で買ったらしい。


バンドにはちょっと変わった紋様が施されている。
真ん中にはアクセントで、純プラチナ。
こちらにも同じような紋様。


「お前がはめてくれよ」


あたしってこういうときに
甘えたくなるんだよなぁ。


「しょーがねーな」


そう言って首に付けてくれた。
魅録の暖かい手の感触が
体全体に伝わってくる。




幾度と無く交わした包容がより熱くなる瞬間、
あぁ、あたしはやっぱりこいつが好きなんだ。
そう思える。



明日はもっと好きになる。
今日よりもっと。



着実に積み重ねられてきた、
魅録との日々。



そうやって、好きが増えていくんだ。
こんな気持ち、教えてくれたのはお前だけだよ。



その瞬間、体中の温度が増してきて
気が付いたら、魅録の手の中にいた。


あ・・あたし、どうなっちまったんだ。






◆◇◆◇◆






俺は、正直焦った。



目の前にいたはずの悠理が
手のひらの上に乗っていたのだから。



(ったく、こいつといると、退屈しねえな)


そう思いながら、栗色のさらさらした髪を
人差し指で撫でる。



悠理は俺に子供扱いされたと思ったのか
拗ねてそっぽを向いている。


(昔からそう言う態度は変わらねえなぁ。)



俺は内心そう思いながら、
ケラケラ笑ってみせた。



しかし、何でこんなことになったのだろう?


もしかして、このチョーカーのせいだろうか?
俺は直感でそう思ったが、ここでは人目がまずい。



とりあえず、俺の家に
連れていくことにした。






◆◇◆◇◆






魅録の運転するドゥカティの音が、
いつもより大きく聞こえてくる。


あたしは、やつのライダージャケットの中に
入れられていた。


というより自分で入ったのだが。


にしても、ここにいると
魅録の熱が、鼓動が肌で伝わってくる。



(ふふ、小さくなったのも役得かなぁ。)



不謹慎だが、そんなことも考えてみる。



何だか、魅録に抱かれてるみたいだ。
そう感じる。



男と女の関係になってから気が付いたことだが
やつの愛は思った以上に強く、情熱的だった。



ずっとこうしていたい・・・



あたしにとって、
不思議と心地よい時間を与えてくれていた。



そうこうしているうちに、バイクが止まった。







◆◇◆◇◆







暫くして俺達はようやく家に到着した。


走っている間、まるで
胸に熱を感じているようだった。



悠理の感触、温もりが伝わってきて・・・
って何考えてんだ俺。


ったく、心臓にわりぃよな。



ポケットから採りだした鍵で玄関を開けると
千秋さんや親父がいないことを確認すると
自分の部屋に急いだ。



部屋に入ると、以前に買ってあったスナック菓子やら
チョコレートを出してある。



よっぽど腹がすいていたのか、俺の手から飛び降りて
かじり付いた。



(ったく、こいつは体が小さくなっても胃袋は
無限大なんだな)



俺は、そんなやつが愛おしくなって、
思わず凝視する。



悠理のやつはそんな俺の視線に気づいているのか
いないのか、菓子を食うのに忙しい。



男として、ちょっぴり複雑になるが
今日のことに免じて許してやろう。


でも、夜は手加減しねえからな。


俺は、心の中でそう付け加えた。




一晩中、胸の鼓動が止まることはなかった。







◆◇◆◇◆








次の日の朝、あたしは
魅録のバイクで家に到着した。


そして、事情を話し終えた途端
すぐにかあちゃんの餌食になった。



「まぁ素敵。まさに生きたお人形さんじゃないの
この日のために、ドールハウスやらお洋服を
買って置いて良かったわぁ」



まさにかぁちゃんのツボをついたのか
小躍りして喜んでいる。



あたいはすぐにレースやらフリルやらが
沢山ついているドレスに着替えさせられた。



そして、まさに母ちゃんの理想の世界が
再現されたドールハウスに移動させられる。



横では、そんな母ちゃんの姿に圧倒されながらも
こちらをちらちら覗き込んでいる魅録の姿。



ったく、見てるんだったら助けろよな?
ま・・・まさかこいつも喜んでるんじゃぁ。


思わずギロリと睨み付けてやる。
やつはそんなあたいの視線に気づいたのか
さっと眼を反らす。



まさに半日が、この繰り返しで終わったのだった。







◆◇◆◇◆







午後、暇なやつら・・・もとい
いつもの連中が、剣菱邸にやってきた。


俺が事情を話したらすっ飛んで気やがった。
特に清四郎なんて、まるで別人の悠理を
興味深そうにまじまじと見つめている。


(ったく、そんなに見つめるなよな)


小さなことで嫉妬している自分に気づいて
情けなくなる。



「それで、魅録。例のチョーカーは
何処にあるんですか?」



一通り観察し終わると、清四郎が聞く。



「悠理の首もとだよ」



俺がそう答えると、清四郎のやつは
ポケットからルーペを取りだし
その紋様を観察し始めた。



右手には何やら本を持っている。
相変わらず用意周到なやつだ。



悠理のやつも最初は嫌がっていたが
自分が元に戻るためには仕方ないと
察したのか、今は潮らしく観察されている。



そんな仕草が可愛くて、
思わず顔が緩んでくる。




思わず、目の前の金髪男と眼があった。
そんな俺の態度が面白いのか
ニヤニヤ笑っている。
俺の心の内などお見通しと言わんばかり。
ソバージュの女も、日本人形も同様だ。





しばらくして、一通り観察し終えたのか
清四郎がルーペから顔を上げる。
その表情にはかつてない充実感が満ちていた。




「これは・・・古代・アストニア王国の秘宝を
ですよ。レプリカではなく、本物。
特殊な魔力が込められています。その力が
悠理の体を小さくしたのでしょう」



いつものようにさらりと説明してみせる。
こういうところはさすがだよな。
悠理の隣には、こいつの方が相応しいって
思うことが何度もある・・・。



横では悠理が興味深そうに聞き耳を立てている。



「しかし、魅録。この秘宝に伝わる
伝説を知っていますか?」



この秘宝は、かつて姫に忠誠を誓った騎士が
姫にプレゼントしたものだそうです。
これは彼にとって、永遠の愛の証。
しかし、なぜこのような魔力が封じ込められていたのか
定かでは無いそうです。



そんな清四郎の話を聞いた後、俺の頭の中に
何かが浮かび上がった。



辺りを見回すと、自分以外誰もいなかった。



目の前には海が広がっていた。
月が水面に反射して、辺りを照らしている。


ふと眼を凝らしてみると、
腰に剣を差してしゃがんでいる
自分と、うり二つの顔立ちをしている男と
綺麗に着飾った、栗色の髪の女。



まるで、王女と騎士。まさか・・・。
耳を凝らしてみると何やら会話が聞こえてきた。
王女の声はその美しい姿に似合わず、
はつらつと元気だ。





「なぁ、ユリアス。俺は明日、使命を果たさなければ
ならなくなった」
「クロード・・・お前も戦場に行ってしまうんだな」
「・・・すまない。だけどな、俺は絶対に生きて帰る。
お前の元にな。このチョーカーはその証だ」




そう言ってクロードと呼ばれた男はユリアスと呼ばれた女に
チョーカーを付けてやる。その紋様は
俺が悠理にプレゼントしたものと全く同じだった。



「どうしても俺に会いたいって思ったときのために
ちょっとした仕掛けがしてあるんだ。お前が退屈しないようにな」
「また、変な魔力を込めたな。
お前の魔力おたくには参ったよ」




そうして二人は幸せそうに笑い合う。



「絶対に帰って濃いよ」
「ああ」



同時に熱い熱い包容が交わされる。
俺はまるで自分のラブシーンを見ているようで
何だか恥ずかしくなった。





そして、みるみるうちにユリアスの体が
小さくなっていった。


恋人の思いもしない悪戯に
驚き、笑う。



「思わず、このまま連れていきたいくらいだな」
クロードはそう言うと、ユリアスの小さな唇に
キスをしてみせた。


すると、煙が立ちこめユリアスは元の姿に戻った。







◆◇◆◇◆






「み・・ろく。みろくぅ〜」



俺を呼ぶ声。誰よりも大切で、
誰よりも愛おしくて。



「悠理・・・」


いつのまにか眠ってしまったようだ。
はっと気が付いて、辺りを見回すと
見慣れた自分の部屋だった。



「お前、急に寝ちまうんだもんなぁ。
あたしとの時間ってそんなにつまんないか?」
「そんなわけないだろ?」


喧嘩して、笑い合って。
俺達は、いつものように熱いキスを交わす。


そんな悠理の胸には、
あのチョーカーが変わらぬ輝きを放っていた。


まるで、俺達を包み込むように。





これってやっぱ運命なのかな?
そんなものは信じたことねえけど、
このときばかりは、そう思った。







THE END







月曜日。生徒室にて、清四郎から
同じ話を聞かされることになる。
ってのはまた別の話。






◆◇◆◇◆








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