作:中井真里
まるで秋風のように
ゆったりと流れていたふたりの時間。
止めるのはすぐだった。
ショーウインドーに写る僕の隣に
君はいない。
街のざわめきが止まる瞬間
君の瞳が本気だと分かった。
訳なんてきかなくても分かる。
いつまでも臆病な僕が嫌になったんだろう?
君の肩越しに見た人混みも
このまま思い出になってしまうのだろうか?
僕は心の中で、そう問い掛けていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
季節は枯葉の散る秋
妙に切なさと哀愁を感じさせる。
黒い髪と茶色い瞳の印象的な美青年
西遠寺彷徨は大学の構内を歩いていた。
自分に向けられた度重なる視線に
少し踞りながら歩く。
時折見せる、影のある表情は
彼の整った顔立ちを
より一層引き立てていた。
長い時間を掛けて枯葉のように
積み重ねられた、”彼女”への想いは
今でも胸の奥に眠ったまま、色あせる事がない。
(あいつはどうしているだろうか?
他の男と笑って、幸せなのだろうか?)
幾度心の中で呟いたかしれない。
そんなこと、考えたくは無かった。
地面を踏みしめるたびに響く
枯葉のロンドが妙に淋しく感じられた。
”未夢・・・・”
ふと呟いた愛しい名前は
秋風の音に揺れて消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-11月
彷徨の通う平尾大学も
華やかに大学祭が行われていた。
多くの学生が忙しなく動き回る。
いつの頃からか、彷徨は
この手のイベントが苦手になっていた。
決して人当たりが悪いとは言わない。
しかし、特にここ最近は、
人と深く接するということが
出来なくなっている自分に気が付いていた。
(あいつに振られたからだろうか?
いや、俺自身がそれだけ未熟だってことだな)
心の中で何度もそう呟いたかしれない。
しかし、すぐに否定するのだ。
この季節になると、決まって思い出す。
あの日の出来事。
それは約一年半程前に遡る・・・。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「私・・・アメリカに行く」
彼女の突然の言葉は、
彷徨の胸に深く突き刺さった。
彼女の美しい金色の髪が
秋風に揺れている。
新緑色の瞳は彷徨の姿を
真剣に見据えていた。
高3の秋。彷徨とGFである
光月未夢のふたりは
大学受験を目前に控えていた。
ふたりの出会いは中学2年の頃。
出会いは最悪。
毎日喧嘩をしてばかり。
だけどそれがいつの間にか
自分の一部になっていたのだ。
こうして、彼女との時間が
何より大切になった。
少しずつ大きくなっていった深い想い。
それを伝えることが出来ないうちに
彼女は自分の元を去ってしまった。
そして、お互いの存在の大きさを知り
彷徨はついに想いを告げる。
彼女も自分を好きだと言ってくれた。
それから付き合いが始まって。
傷付け合って、すれ違った分
ふたりの時間は一日一日が大切だった。
それから一年。ふたりそろって
地元の高校に合格し、再び
殆どふたりだけの生活が始まった。
高校時代の3年間はあっという間だった。
掛け替えのない未夢との時間。
それは、卒業してからも
続いていくはずだった。
しかし、それは彼女の一言で
脆くも崩れ去った。
街の音が消えていく。
すべての景色が幻覚に見える。
「私、アメリカに留学するって決めたの
ママの知り合いの日本人学校に枠があって」
「りゅ・・・留学ってどういうことだよ?
俺に黙ってそんな大事なこと決めちまって
俺とお前ってその程度の仲だったのか?」
突然のことに、さすがの彷徨も
頭が混乱して来た。
「ごめん。そんなんじゃないの。
彷徨だから言えなくて・・・」
新緑色の瞳が涙に染まる。
彷徨はそれを見たら
何も言えなくなってしまった。
「私ね。思ったの。このままじゃいけないって。
それに、このままじゃ私、彷徨の隣に相応しくない」
未夢は悲痛な表情で言葉を続ける。
彷徨には未夢の気持ちが分からなくなっていた。
「未夢・・・俺、言っただろ。お前はそのまんまで
いいって。そのままのお前が好きなんだ。
それじゃだめなのか?」
「今はそれでいいかもしれない。だけどいつか
彷徨はそんな私に退屈する。そして、私自身も
平凡な自分に退屈する・・・勝手なこといってる
って分かってるの。でも・・・私は行きたいの」
秋風がふたりの間をすうっと吹き抜けていった。
それは悲しい心の色だったのかもしれない。
それから一週間後、未夢は何も言わずに去っていった。
「行って来ます」
そんなメールを残して。
彼女の突然の転校に、学校中が騒然となったが
しだいに平穏な日々を取り戻していった。
それからあっという間に時が流れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-カァットー
少女の大きな声が辺りに鳴り響いた。
「未夢ちゃんも西遠寺くんもお疲れさん
いいフィルムが撮れたで〜」
映画研究会で、監督の菊池理花がほくほくと
嬉しそうな表情を浮かべている。
彼女は、自主映画界のプリンセスとも
言われた、新進気鋭の若手映画監督兼
カメラマンである。
中学時代は関西にいたのだが
あの大ヒット映画「プライヴェート藍」の
制作に参加するため、上京していた。
ちなみに彼氏ありだったりする。
彼もカメラマンらしい。
今は平尾大学の映画研究会に在籍し
未夢という素材を見つけ、新たな映画の
制作に取り組んでいる。
今回の出演以来にしても
少しせこい手を使って
反対する彷徨を何とか頷かせたのだ。
「もうっ。理花ちゃんたら。
凄く恥ずかしかったよぉ〜。
彷徨もそう思うでしょ?」
未夢は顔を真っ赤にして
横にいるはずの彼を見ると
珍しくぼーっと何かを
考え込んでいる様子だ。
「彷徨?」
「あ・・・いや、何でもない」
「?変なの」
未夢が彷徨の様子にぽかんと首を傾げると
手を叩いて、何か思いついたように言う。
「彷徨ったら、お腹が空いたのね。
私もぺこぺこ。どっかで軽く食べてかない?」
「・・・いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、どうしたの?さっきからぼーっとして」
彷徨は未夢の言葉にはぁ〜と
深いため息を付くばかりだった。
「未夢ちゃん、西遠寺くんはきっと
思いっきり浸ってたんやろ?」
そんな二人のやりとりに
先程から耳を澄ましていた
理花が横から口を挟む。
彼女は今にも笑いそうな表情をしている。
それが彷徨には気にくわなかった。
自分の心中をすべてを悟られているようで。
思わず鋭い視線で睨む。
「浸るって何に?」
「ま・・・まぁ、それは本人にあとで聞いたらええやん。
簡単に言えば、さっきのは演技やないっちゅうことやな」
彷徨の無言の威圧に、さすがの理花も
少々ひるむ。そこへ助監督兼脚本担当の
クリスがやってきた。
「おふたりとも、先程の演技、素晴らしかったですわ。
ただ、もう少し悲しそうな表情をなさった方が
臨場感出ますわよ。お二人ともおうちで練習してきて
下さいな。気になった箇所に印しときましたから。
あと、多少加筆修正も。ふふ」
そう言って、一通りしゃべると
二人分の台本を手渡す。
相変わらずの彼女に、未夢も彷徨も
圧倒されっぱなしである。
「いや〜うちも素晴らしい助監督兼脚本家に
巡り会えて嬉しいわ♪手際もいいし。
センスもあるしなぁ〜」
「そう言って頂けると、嬉しいです。
やはり、理花さんとは気が合いますわね」
「そうやな。ま、これからもよろしく頼むわ」
そう言って、微笑み合うふたり。
未夢と彷徨は揃って深いため息を突く。
これから学祭までの間
このコンビに振り回されるのかと
思うと、憂鬱な気分になって来た。
「まぁ、おふたりさん。そんなに顔しなやって。
今日の撮影は終わりやし、帰って練習でもしとき」
そして、彷徨の背中をパンと強く叩いた。
あまりの痛さにさすがの彷徨も思わず、踞る。
未夢はそんな彼の様子に
心から同情してしまうのだった。
微笑み合い、帰り道を歩く未夢と彷徨。
クリスはそんなふたりを見て
複雑そうな、少し淋しそうな
表情を浮かべていた。
「クリスちゃん、このままでええのんか?」
理花がそんなクリスの様子を見て
心配そうな表情で話し掛ける。
「いいんです。わたくし、あんな風に笑い合っている
おふたりが好きなんです。お二人がいつまでも
一緒にいられるように、見守っていくつもりですわ
これからもずっと・・・わたくしに好きな方が
出来るまで。ずいぶんと自分勝手な
想いかもしれないですけど」
「クリスちゃん、あんたって娘は・・・」
理花にはそんなクリスが
いつもより一層健気に見えた。
そして、彼女が次に恋する相手は
いったいどんなヤツなのだろう?
そんなことを考えていた。
「さぁ、わたくし達も帰りましょう」
「そうやな」
「うわぁ、風が強くなってきたなぁ」
「そうですわね」
秋風がクリスのピンク色の髪を揺らす。
舞い散る枯葉のロンドが
妙に淋しく切なく感じられる。
(わたくし、あんな風に笑い合っている
おふたりが好きなんです)
そう言ってはみたが、こんなにも心が痛い。
溢れ出して止まらない貴方への想い。
だけど、それも次の学祭まで。
だから、もう少しだけ待ってて。
もう少しだけ・・・。
いつからだったろう?
貴方への想いがこんなに強くなったのは。
(未夢ちゃん・・・)
鞄から取り出された定期入れには
あどけなく笑う金髪の少女が写っていた。
涼しげな風も、クリスの心を
癒してくれそうになかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから未夢と彷徨のふたりは、
大学近くにある、学生街を歩いていた。
まっすぐ帰るつもりでいたが、
ふと買い物を思い出し、今に至る。
周りの学生達が、まるでふたりを
観察するような目でじっと見ている。
それに気づきもせず、手を繋いで歩く。
ふたりだけの空間。
そう感じさせるくらいに。
未夢は横の彷徨をちらりと盗み見る。
先程から彷徨の様子がおかしい。
話をしても上の空。
かと思うと、ぼんやりと
何か考え込んでいる。
熱でもあるのかと
ふと顔を覗き込んでみたが
頬を少し赤くしながら
百面相をしているだけである。
(何かあったのかなぁ?)
そう思いながら、何となく
聞いてはいけないような
気がしていた。
(だけど・・・聞いてみなくっちゃ。
抱え込むのは彷徨の悪い癖なんだから
それに、あんなに顔を赤くして
風邪かもしれないし)
未夢は、心の中でそう結論付けると
近くにある喫茶店を指さした。
「ねえ、彷徨。コーヒーでも飲んで行かない?」
「あぁ、そうだな」
未夢の提案に彷徨も頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
未夢と彷徨は喫茶店・モモンガの窓際に
向かい合って座っていた。
「そっか・・・」
「心配掛けてごめんな」
-カチャ
未夢は彷徨の話を一通り聞き終えると
小さくため息を突いて
持っていたコーヒーカップを置いた。
彷徨は少し照れ臭そうに
頭を掻いている。
「それにしても彷徨ったら
本当にバカなんだから。
私より頭いいくせにさ」
未夢は少し拗ねたような表情で
横を向く。
「しょ・・・しょーがねーだろっ。
俺、こういうことは全くダメなんだ。
すぐに不安になって・・・お前みたいに強くない」
彷徨の焦っているような
照れているような仕草が
何だか可愛い。
未夢の心は、そんな想いで満たされていた。
「私だって強くないよ。いつも不安で。
でもね、彷徨だからそう思えるんだよ
彷徨が好きだから。ほんと言うとね。
そう想ってくれて凄く嬉しかった」
未夢はそう言ってふんわり笑った。
彷徨にはその笑顔が窓から指す光に
反射して、一層眩しく見えた。
「俺さ・・・不安だったんだ。もし、お前が本当に
俺の側から居なくなっちまったらって。あれが芝居じゃなく
現実だったら・・・そう思ったら怖くなった」
「だからそんなことあるわけないでしょ。
私はずっと、彷徨の側にいるよ。今も、これからも・・・」
(その一言が、その一言が
聞きたかったのか・・・俺は)
彷徨の心にある不安が
少しずつ解かされていく。
「未夢、俺・・・ごめん」
「彷徨」
同時にふたつの唇が重なる。
交わされたキスは、いつもより
甘い味がした。
帰り道。すでにオレンジ色の夕焼けが
辺りを包み込んでいた。
「ところでさ。さっき、理花ちゃんが
言ってた、演技じゃないってどういうこと?」
ガクッ。その言葉に
彷徨は思いっきり脱力した。
(ったくこいつは・・・。だけど俺はそんなお前が)
口に出そうとしても出せない言葉を
心の中でそっと呟いてみる。
「///お・・・お前は知らなくていーの」
「どういうこと?ねえ」
未夢がそう問い掛けるたびに、彷徨の頬も
夕焼け色に染まっていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大学祭まであと2週間。
未夢達は毎日遅くまで準備に追われていた。
映画の出演に加えて、被服サークル主催で行われる
ファッションショーの準備にも余念が無かった。
ファッションショーと言っても、
部員がデザインした服を着て、ステージに立つ
というものだが、大学祭の中でも
毎年多くの人で賑わい、盛り上がるイベントのひとつ。
サークルでは部員1人に付き
一着のドレスを担当することになっている。
最後の担当はクリス。着るのは未夢と決まったが
デザインどころか、どんなドレスにするのかさえ
決めかねていた。
(どうしよう・・・学祭まで
2週間しかありませんのに)
さすがのクリスも焦っていた。最後のドレスは
イベントの終わりを意味していると同時に
すべての集大成でもある。
これで全体の評価が決まってしまうようなものだ。
(どうすればいいんでしょう・・・)
分からなかった。大切な人が着るドレスだから
余計かもしれない。目の前にある食事も
喉を通りそうになかった。
「クリスちゃん。ここ空いてる?」
聞き慣れた声。透き通った優しい声。
今一番聞きたかった声・・・。
「ええ、空いてますわ」
そう言ってニッコリ笑った。
”彼女”の美しい金色の髪が
風に乗って揺れる。
なんだか眩しく感じられた。
”彼”は、いつもこんな”彼女”を
愛おしく見つめているのだろうか?
そう思ったら、ほんの少し胸が痛くなった。
しかし、今彼女の目の前にいるのは自分なのだ。
そう心に言い聞かせて前を向く。
「クリスちゃん、調子どう?」
未夢はクリスの前にあるお膳が
ちっとも減っていないことに気づき
心配になる。
「それが・・・デザインどころか
どんなドレスにしたらいいのか
分からなくなってしまって・・・」
そう言って俯く。自分が情けなかった。
未夢の前だけは、こんな自分を
見せたくなかったのに。
「クリスちゃん・・・。最後だからって
気負わないようにって部長も言ってたじゃない。
クリスちゃんらしいドレスにすればいいよ」
未夢の言葉がまるで心地よいメロディのように
すうっと耳に入ってくる。
「私らしいドレス・・・でもそれだけじゃ
それだけじゃダメなんです」
「クリスちゃん・・・」
何かを求めて、必死に彷徨っている目。
しかし、それは迷いでは決して無かった。
透き通った瞳からは
どんな現実にぶつかっても
前を向いて歩いていこうとする。
そんな強い意志を感じた。
おだやかで、心優しい少女の奥底に
どれほどの力が、想いが込められているのだろう?
そう思ったら何も言えなくなってしまった。
クリスは今度のドレスに賭けていた。
5年近く積み重ねられた想い。
その想いに決着を付けるために。
”彼女”への5年分の想いを込めて。
「すべての集大成か・・・何だか結婚式みたいね
好きな人のためだけに着るドレス・・・」
何気なく呟かれた言葉。
しかし、クリスはそれを見逃さなかった。
「未夢ちゃん、先程なんておっしゃいました?」
「好きな人のために着るドレス・・・」
「その前ですわっ」
未夢はクリスの変貌ぶりに、目を丸くした。
知り合って5年程になるとは言え、未だに慣れない。
やっとの事で、言葉を返す。
「す・・・すべての集大成、まるで結婚式みたい」
「それ・・・それですわ。すべての集大成
結婚式。ウエディングドレス。もう
これしかありませんわ」
クリスは周りに聞こえるくらい、大きな声で叫ぶと
テーブルを強く叩いて、勢いよく立ち上がる。
「こうしちゃいられません。未夢ちゃん、私
作業がありますから、これで失礼しますね」
言い終えると同時に走っていく。
その瞳は、まるでダイヤモンドのように
キラキラと光り輝いていた。
その煌びやかな瞳は
宝物を見つけた少女のようで。
未夢はそんなクリスを見ていると
とても穏やかな気持ちになるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-大学祭当日
講堂は学生で一杯になる。
一年に一度のイベント。
この日のために、長い間
準備を重ねてきたのだ。
各サークルや部の出し物が
講堂中を彩る。
そわそわと歩き回る学生達。
それを見るたびに
自然と心が弾んでくる。
そして、中央に建てられたステージでは
メインイベントの開催を今か今かと
待ちわびる客で一杯になっていた。
「未夢ちゃん・・・わたくし、
足が竦んでしまいそうですわ」
ステージの袖では、思った以上の観客に
クリスがぶるぶると震えている。
「だ・・・大丈夫よ。みんな
カボチャか何かだと思えば」
そう言う未夢の足も
クリス程ではないが、震えている。
「そ・・・そう言えば、西遠寺くんは
いらっしゃいませんの?」
クリスは辺りをキョロキョロと見回してみる。
しかし、一向に彼らしい姿は見えて来ない。
彼女の晴れ舞台だというのに
いったいどうしたというのだろう?
(女の子なら、”がんばれよ”の
一言くらいかけても、罰は当たりませんのに)
嫉妬と同時に怒りが込み上げてくる。
クリスは心の中に燻っている負の感情を
必死で抑えようとしていた。
それも今日でおしまい。
自分の気持ちに嘘をつくのも・・・。
「彷徨なら、今日はステージで見てるって。
あっ、メールだ。”がんばれよ”だって」
たった5文字のメールに頬を染めて微笑む未夢。
自分はそんな5文字のメールにさえ勝てないんだ。
そんなことを改めて実感する。
「さぁ、未夢ちゃん。わたくし達も準備をしないと」
「うん。クリスちゃんの衣装ってどんなの?」
「ふふ。それは着てのお楽しみですわ」
クリスは頭の中に膨らんでくる妄想を
必死で抑えながら、不敵な笑みを浮かべるのだった。
-Ladies & Gentlemen!
『これから被服サークルの出し物
ファッションショーを開催致します。
我がサークルが選りすぐった美少女達の
華麗なる衣装をご覧下さい〜』
司会のそんな声と同時に軽やかな音楽が流れ
衣装を着た美少女達が決められた順番に従い
次々と外に出ていく。
学内有数の美少女達は中央ステージの華となり
会場全体を盛り上げていた。
プログラムはテーマごとに分けられている。
そのテーマごとに決められた衣装が
登場するというしくみだ。
未夢達のテーマは、出発。
今の自分たちの衣装が
それに最も相応しいかもしれない。
クリスはそう思っていた。
「クリスちゃん、みんな綺麗だね」
「ええ」
(私には今の未夢ちゃんが一番綺麗ですけど)
心の中でそう付け足す。
決して言えなかった言葉。
今日ついにここで・・・。
クリスは鏡の向こうの
いつもと違う自分を見つめながら
感情がいつも以上に
高まっていくのを感じていた。
そして、イベントは
このまま何のトラブルもなく
順調に進んでいくかに見えた。
『我が主催のファッションショー、
ついに最後の衣装になってしまいました。
ミス・平尾と言えばおなじみ、光月未夢さん。
そして、そんな彼女の永遠のパートナーは
平尾の名コンビと名高い花子町クリスティーヌさん。
ふたりの華麗なるステージをどうぞ!』
司会者のそんなかけ声と同時に
ステージの裾は注目の的となる。
しかし、ふたりは一向に出てくる様子が無い。
司会者の額は冷や汗で染まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「未夢・・・」
クリスからのメールを見て
彷徨は必死にステージの裾まで走っていた。
そして・・・。
「未夢っ。花子町からメール・・・を貰って・・・」
思いもつかなかった彼女の格好に
彷徨は足を止めた。
控え室の椅子には
白いウェディングドレスに
身を包んだ未夢が座っていた。
胸には白いリボンが施され
ドレス全体を彩っている。
下は、シルクのように伸びているロングドレス。
そして、頭には桜の花が施された白いベール。
耳元には月のイヤリングが揺れている。
そして、腰まで伸びた長い髪が
白いドレスを金色に染めていた。
一方、横では黒いタキシード姿のクリスが
”彼女”をエスコートするように立っていた。
それは普段のイメージと全く異なるものだった。
ピンク色の豊かな髪は、頭の上にまとめられ
その表情はいつもより真剣で凛々しい。
クリスと言えば淡いピンクというイメージだが
黒いタキシードも彼女の細くしなやかなボディを
見事に引き立てていた。
「えへへ、ちょっと腰が抜けちゃって」
「だ・・・大丈夫か?」
彷徨はやっとのことで言葉を続ける。
しかし、そんな彼女に見とれていたとは
口が裂けても言えそうになかった。
いつもよりずっと綺麗で。色香まで感じられる。
いつか見たドレス姿とは全く印象が違っていた。
それだけ彼女が大人になったという証。
ふと思い浮かべるのは
彼女の歩いているバージンロード。
そして、その先には・・・。
(な・・・何考えてんだ、俺)
頭の中に浮かんでくる妄想を
必死で掻き消す。
「彷徨、どうしたの?
さっきからぼーっとしちゃって。
顔赤いよ。熱でもあるの?」
-はぁ・・・
自分の心中とは全く外れた問い掛けに
彷徨は、深いため息を突く。
(こいつには、ほんと参る)
そう思いながら。
「未夢ちゃん、西遠寺くんは
貴方に見とれていらっしゃるんですのよ
あんまり綺麗だから。そうですわよね」
そんな冷やかし気味の口調で自分を見つめる
クリスの目は、少し黒い色で染まっていた。
「まさか・・・花子町のやつ・・・」
友人を疑いたくは無かったが
思い当たる節はいくらでもある。
そう考えると彼女のすべての行為に
つじつまが合うのだ。
しかし、今の彷徨には
そんなふたりを見守ることしか出来なかった。
「ほら、未夢ちゃん。皆さんが
首を長くして待ってますわ。行きましょう」
クリスは先程よりも落ち着いてきた
未夢の様子を見計らって声を掛ける。
「うんっ。彷徨のおかげで元気がでたよ
いつもありがと」
「あ・・あぁ。頑張って来いよ」
その微笑みは天使にも似て・・・。
彷徨の心を揺らすには十分だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ステージに立つ司会者の時間稼ぎも限界に近づいた頃、
白いウエディングドレス姿の未夢と
黒いタキシード姿のクリスがようやく姿を見せる。
まさに、ひとりとして予想もつかなかった
ふたりの姿。会場中がため息に包まれる。
この時点で、被服サークル主催のファッションショーは
成功が決定したと言っても過言ではない。
『制作者のクリスティーヌさんによれば、
出発点と言ったら、結婚。結婚と言ったら
ウェディングドレス、タキシードという
結論に達したそうです。
制作期間はなんとまるまる2週間。
ほんと気合いが入ってます。
まさに、女の子の夢ですよねえ。
そして、着ているおふたりのイメージにも
ぴったりと言えるでしょう』
司会者がふたりの衣装をそう解説していく。
マイクを持つ手が震えているのも
気のせいでは無いだろう。
そして、司会者による解説が
一通り終了して、退場かと思いきや
クリスにマイクが手渡される。
『ここで、制作者のクリスティーヌさんから
未夢さんに贈る言葉があるそうです。皆様
心してお聞き下さい』
そんな司会者の言葉に、会場全体が息を呑む。
それは舞台の裾で見守る彷徨も同じだった。
彼の場合、別の意味も含まれていたが。
「未夢ちゃん、私は貴方が好きです・・・」
その瞳に少しも迷いは見られなかった。
5年分の想いが今ここにある。
心の底から沸き上がってくる勇気
そんな気持ちがクリスの心を奮い立たせていた。
彼女の言葉に、会場は騒然となる。
『静かに、静かに』
司会者の制止する声が
辺りに響き渡った。
「クリスちゃん・・・私も大好きだよ」
未夢もにっこり笑って答える。
一点の曇りのない新緑色の瞳。
クリスはそんな彼女の瞳に
思わず吸い寄せられそうになるが
気を取り直して言葉を続ける。
「いいえ。私の”好き”は、
未夢ちゃんの”好き”とは
ちょっと違うんです」
「ちょっと違うって?」
「西遠寺くんの横で笑っている貴方が好きでした。
そして、誰かのために落ち込んで流す涙も。
私のすべてだった・・・叶わない想いだって
分かってます。
貴方の中に住んでいるのは私じゃない。
それでも言わずにいることは出来ませんでした。
今日こそ、正直な自分でいたい。そう思ったから。
あなたを愛しています 」
クリスの瞳からは一筋の涙。
自分のことをこれ程までに
求めてくれている少女。
未夢はクリスの想いが本当に嬉しかった。
それが、決して答えられない、未夢にとって
友情という壁を越えられない”想い”だとしても・・・。
「クリスちゃん、ありがとう。とっても嬉しいよ」
「わたくし、その言葉だけで十分です・・・」
クリスの心に迷いは無かった。
もう大丈夫。これで自分は
過去の想いに振り返ること無く
新たな一歩を進んでいける。
そう思ったから。
やがて会場全体が拍手で包まれる。
それに答えるクリスの横顔は
言葉では言い表せない程、美しかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帰り道。
未夢と彷徨は並んで歩いていた。
繋がれた手の温もりを確かに感じながら。
時刻は午後4時。オレンジ色の空が
今にも闇に包まれようとしている。
「でも、びっくりした。クリスちゃんが
私のこと、そんな風に想ってくれていたなんて」
「そうだな。俺なんて腰が抜けると思った・・・」
と同時に苦しい想いが込み上げてくる。
自分の知らないところで
彼女は苦しみ、悩んでいたのだ。
決して誰にも打ち明けることが出来ずに。
そう思ったら、悲しくなってきた。
「彷徨、私・・・」
新緑色の瞳から止めどなく溢れてくる涙。
それは彷徨の胸に氷のごとく突き刺さった。
今の彼女には、どんな言葉も気休めにしかならない。
彷徨は一瞬でそう悟った。
「未夢、ここで泣け。俺の前で我慢するな」
そして、クリスに少し複雑な感情を抱きながらも
彷徨は自分の胸を指してそう言った。
未夢はコクリと頷くと彼の胸に飛び込んだ。
-うわぁぁぁぁぁ
悲鳴のような未夢の泣き声が
彷徨の胸に強く響き渡っていた、
いつか、彼女をどんな悲しみからも
守れるように強くなりたい。
彷徨は未夢を自らの胸に包み込みながら
心の中でそう決心するのだった。
しばらくして、ようやく落ち着いた未夢が
顔を上げる。
「いきなり泣いたりしてごめんね。
びっくりしたでしょう?」
「いや。俺だってあいつの気持ちは
痛いほど分かるからな」
未夢を愛おしく想う気持ちは同じだから。
それは彼女の瞳から痛いほど伝わってきた。
「あのな、未夢。あいつはきっと前に進みたかった。
俺にはそう思えるんだよ。だからお前に泣いて欲しくて
気持ちを伝えた訳じゃない」
「うん」
「だから、お前がいつまでもそんな顔をしてたら
あいつも困るぞ」
「うん」
彷徨の言葉がひとつひとつ胸に響き渡る。
それだけで、心が救われたように感じる。
「そうだよね。いつまでもこんな私じゃ
クリスちゃん、がっかりするよね。クリスちゃんが
好きだって言ってくれた私でいなくちゃ」
「ああ、その息だ」
(ちなみに俺もだけどな・・・)
密かにそう付け足してみる。
(にしても、綺麗だったな。さっきの未夢)
「彷徨、いったいどうしたの?顔真っ赤だよ」
「///え・・・あ・・・いや・・・。」
「彷徨?」
不信に思った未夢はふと顔を覗き込む。
先程の未夢を思い浮かべていたとは
口が裂けても言えなかった。
「は・・・早く帰ろうぜ。俺、腹ぺこぺこだよ」
「こらっ、誤魔化すな」
彷徨の歩く足が自然と速くなった。
それが暫くすると駆け足に変わる。
未夢も必死に彼の背中を追いかける。
しかし、ふたつの手は繋がれたまま・・・。
枯葉がそんなふたりを祝福するように
風に揺れて舞っていた。
THE END
追記。このイベントの影響で理花制作の映画は
いつも以上に大盛況になったとかならないとか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こんにちは、流那です。
オエビにも投稿されている
春香しゃんのイラストをイメージして
書かせて頂きました。
春香しゃんの素敵なかなたんのイメージを
崩さないかと本当に心配なのですが(汗)。
”想い”って不思議だな・・・。
書きながらそんなことを考えていました。
ちなみにクレッシェンドというのは
音楽用語でだんだん大きくという意味。
未夢・彷徨・クリスの想いを枯葉に
なぞらえて付けさせて頂きました。
それぞれの”想い”を感じて下されば嬉しいです。
という妄想全開となっていますが
素敵なかなたんを描いて下さった
春香しゃんに捧げます(ぺこり)
ただ、異色カップリングを含んでいるので
飾って下さる際は、それを明記した方が
いいかもしれません。後の判断は
春香しゃんにお任せいたします♪
それでは次の新作でお会いしましょう〜
仕事が一段落した昼下がりに
最後の仕上げをしていた流那でした(爆)。
BGM: 光になりたい song by 吉住渉
悲しみを受け止めて song by 濱田理恵
オリジナルアルバム・「ハンサムな彼女」より。
'03 10.29 流那
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