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-2月
バレンタインが間近に迫り、私の周りも
その準備に追われて、浮き足立っていた。
まるで、その日の到来を
今か今かと待ちわびているように。
そして私は・・・。
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-ふぅ
つまらない講義に、私は思わずため息を突いていた。
大学の講義はしばしばこんなことがある。
ふと周りを見回してみると、自分と同じような態度の学生が数人、
頬杖をつきながら、その瞼が今にも閉じられそうになっている。
その様子が可笑しくて、小さく笑った。
(そう言えば、もうすぐバレンタインかぁ。今年はどうしようかな?
セーターは去年あげたし、マフラーはその前あげたし、いまさら
チョコじゃ芸がないしな・・・ふたりでどこか出掛けるのもいいけど)
内心そんなことを考えている私に、睡魔は容赦なく襲いかかった。
「「未夢ちゃん」」
私は聞こえてくるふたつの声に目を覚ました。
少しドスの利いた声と、すんだ可愛らしい声。
同じクラスの理花とクリスだ。
何かと三人で連むことが多い。
また、クリスとは中学時代からの付き合いがある。
理花はくりくりっとした目が可愛らしい少女。
黒い髪をボブカットでまとめている。
その容姿とドスの利いた関西弁とのギャップには
驚いたものだ。
クリスはほっそりとした体型に、蒼い瞳
朱い髪の可愛らしい少女。
ふだんはおっとりとした性格だが
ひとつのことに夢中になると
誰も止められなくなってしまう。
「未夢ちゃん。もう講義終わったで。気持ちよさそうに寝てたから
講義中も起こさなかったんやけど」
「未夢ちゃん、大丈夫ですの?少し疲れているように見えますわ」
ふたりは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫。ちょっと考え事してたら
眠くなっただけ。心配かけてごめんね」
私はそう言って、にっこり笑って見せた。
「ならいいんやけど。そう言えば、
さっき杉本先輩が呼んでたで。部室に来てくれて」
「杉本先輩が?どうしたんだろ?」
私は突然のことに首を傾げた。
理花にも状況が分からないらしい。
「とりあえず、行ってみるね。ありがと、理花ちゃん」
「気を付けて下さいな」
「クリスちゃんもありがと」
私は心配そうなふたりに手を振ると
部室に向かった。
杉本貴文は、被服サークルの先輩で
背が高く、切れ長の瞳が印象的。
黒い髪を上にまとめており、同じ部の女子の間でも
渋くて格好いいと評判だった。
また、彼自身もマメな性格らしく
彼女が何人もいると聞いたことがある。
いつも煙草を口にくわえて、黙々と作業をしている様子は
自分の良く知っている人を思わせる。
(そんな杉本先輩が何の用だろう?)
私は心の中でそう呟きながら、部室のドアを開けた。
昨日までの作業で散らかっていた部室は
綺麗に片づけられていた。
散らばっていた布は、コミ箱に入れられ
針やら、糸やらはひとつにまとめられ
ミシンもきちんと整理整頓されていた。
おそらく先輩が片づけたのだろう。
こういうところは本当にマメな人だと思う。
「突然呼び出して悪かったな」
杉本先輩は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いえ。大事な話ってなんですか?」
そう答えた私の目の前には、真剣なふたつの瞳が
こちらをまっすぐに見つめていた。
「率直に聞くけどさ、お前と西遠寺って付き合ってるのか?」
「/////」
突然の言葉に、顔が熱くなっていくのが分かる。
まさにその通りなのだが、口に出すのは何だか気恥ずかしかった。
「そっか・・・でもあいつ、不器用だし、口悪いし、
時々、物足りなくならないか?」
「確かにそう言うところはありますけど、付き合い長いから
慣れちゃってますし」
私はそう言い終えると、照れ臭くなって頭を掻いた。
先輩はそんな仕草にも構わず、言葉を続けた。
「俺、お前に惚れてるんだ。あいつに物足りなくなったら
言えよ。いつでも待ってるぜ」
そう言って、煙草を灰皿の中に捨てた。
突然の言葉に、目眩がした。
あの杉本先輩が私を?
信じられなかった。
同時に、心の奥底が
もやもやとしたもので支配された。
私は、先輩が帰った後も
その場に呆然と立ち尽くしていた。
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「・・・・未夢、未夢っ」
「彷徨?」
「飯どうするって聞いたんだけど」
「ごめんごめん」
さっきからボーっとしていたらしく、
彷徨が少し心配そうな顔で覗き込んでいる。
手に持っていたはずの恋愛小説は
いつの間にか下に落ちている。
ここは、BF・西遠寺彷徨の住むマンション。
と言っても、持ち主は私のパパなんだけど。
大学に入ってもうすぐ一年。
随分通い慣れた場所となっていた。
幼なじみで、同居人から始まった二人の関係。
最初はぎこちなかったりしたのだが
今ではお互い横にいるのが当たり前になった。
両親にも公認の仲で、こうして週末のたびに
泊まりにいくのが習慣になっていた。
「お前が飯の事で上の空なの珍しいな」
「私だって、悩むことはあるわよっ」
いつものやりとりを交わしながらも
彷徨の眼は真剣だった。
「何かあったのか?」
「いや〜彷徨さんがこの恋愛小説の主人公みたいな台詞を
呟いたりしたら、どうなるのかなぁ?なんて考えてたから」
私はそう言って、えへへと笑った。
「ば〜か。そう言う台詞はしょっちゅういってたら
価値が無くなるんだよ。それに俺がそんな柄に見えるか?」
「それもそうか。さっ、ご飯つくろう。何かあったっけ?」
私は彷徨の言葉に納得すると
立ち上がって、台所の方に向かおうとした。
しかし、同時に彷徨の大きな手が
私の体を包み込んだ。
「///か・・・彷徨?」
「杉本先輩と何かあったのか?」
「な・・・なんでもない・・・よ」
「ふ〜ん。なら良いけどさ」
彷徨はそう言って、私の髪をくしゃっと撫でた。
私は罪悪感に駆られて、小さく呟いた。
「・・・ごめん。今は何も言えない」
「そっか・・・」
彷徨は優しい。だけど、その優しさに
いつまでも甘えているような気がしてならなかった。
「それより、何かつくろーぜ。腹へっちまった」
「うん。私も」
そうしてすぐに笑い合う。
これも付き合いが長いせいだろうか?
今日もいつもと変わらない夜が過ぎていく・・・。
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-昼休み、学生食堂
「未夢、アレ取ってくれ」
「はいっ、どうぞ」
私は粉チーズを手に取ると
向かいの席に座っている彷徨に手渡した。
その様子を見て、理花とクリスは眼を丸くしている。
「いやぁ、すごいなぁ。まるで老夫婦を見てるみたいや」
「わたくしも知ってはいましたが、正直
ここまでとは思ってませんでしたわ」
理花の言葉に、クリスも頷きながら続けた。
「///もうっ。ふたりとも老夫婦だなんて止めてよぉ」
「でもアレでわかっちゃうなんてねえ。考えられへん」
「だって、パスタにいつも粉チーズかけるし」
「それにしてもすごいですわ・・・」
「まぁ、俺達付き合い長いしな」
彷徨もミートソーススパゲッティを口に頬張りながら
そう呟く。私の言い訳は理花とクリスにとっては
格好のネタのようだった。
「そう言えば、もうすぐバレンタインやな。ふたりはどうすんの?」
「わたくしも聞きたいですわ」
理花は思い付いたように別の話題を振る。
クリスもそれに便乗した。
「今年は、彷徨の部屋で過ごすくらいかな?
ちょうど週末だし。ねえ?」
「・・・・・」
「彷徨?」
「あ・・・あぁ。そうだな」
彷徨は何か考え事をしていたのか、少し上の空で答える。
そんな彷徨の様子に、私はたまらなく不安になるのだった。
「でもいいですわねえ。ふたりだけの週末
ふたりだけのバレンタイン・・・ふぅ。
是非是非、ビデオか写真に残しておきたかったです」
「そ・・・それより、理花ちゃんはどうなの?」
「当日、こっちに来ることになってん」
「へ〜」
(俺達付き合い長いしな・・・)
私は必死に話題を変えながら、先程の彷徨の言葉が
胸にズキンと響き渡っていた。
うれしい言葉のはずなのに、何だか釈然としないものを感じていた。
同時に押し寄せるもやもやとした気持ち。
その答えが見つけ出せないまま、昼休みは終了した。
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-夕方
私は一日の講義が終了し、講堂を出ると
ゆっくり歩いていた。
今日は一弾と風が強い。
こんな日は、両親のいない家に居たくなかった。
(彷徨は今日、もう一限あったっけ?
帰ってご飯でも作っておいてあげようかな?
今日は部会もないし。えっと買い物はと・・・)
そんなことを考えながら、歩いていると
後から、聞き覚えのある声がした。
「光月」
「杉本先輩」
私は驚いて、思わず振り返った。
「今日はこれからどうすんの?」
「か・・・帰るつもりですけど・・・」
私が警戒する様子を見せると
先輩は少し複雑な表情を浮かべた。
「お茶くらいつきあってよ」
「いいですけど、誤解しないで下さいね」
そう言って笑い合うと
私達は学生行きつけの喫茶店に向かった。
お互いぎこちなく並んで歩く姿は
端から見れば、初々しいカップルに見えたかもしれない。
数分後、私達は看板に『カンタループ』と書かれた喫茶店の
窓際に、向かい合って座っていた。
先輩はさっそく胸のポケットから、マルボロを取り出すと
ライターで火を付けている。
私は注文したアップルティーと、クラブハウスサンドイッチを
頬張りながら、話を切り出した。
「ところで、先輩はどうして私が好きなんですか?」
「そうやって照れたり、怒ったりするところが可愛いからかな?」
「/////」
「あとは・・・」
「まだあるんですか?」
「綺麗なところかな?外側だけじゃなくて、内側も」
「よ・・・よくそう臭い台詞があっさりと言えますね」
先輩の言葉は、不安な心を抱えている私にとって
ハチミツの甘い香りであると同時に
棘のある薔薇の香りにも感じられた。
そして、眼の前の端正な顔を眺めながら、
これで普通の人ならくらっと言っちゃうんだろうなぁ・・・
などと話題とは関係無いことを考えていた。
「まぁ、お前にとっては、上っ面な言葉にしか聞こえないんだろうが
俺は本気のつもりだよ。今、俺に向けられている
お前のそんな表情を見ると、西遠寺から奪ってやりたくなる。
横恋慕ってやつかな?」
先輩の顔が少しずつこちらに近づいてくる。
大きな手は私の顎に当てられ・・・
(彷徨っ)
私は思わず、心の中でそう叫んでいた。
そのとき、店のドアが大きな音を立てて鳴った。
と同時にひとつの影がこちらに向かって歩いてくる。
「彷徨・・・」
私は思わずそう叫ぶと同時に、席を立った。
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それから私は、呆然とした様子の先輩を残して
彷徨に引っ張られるまま、彼の住んでいる
マンションの近くにある公園に来ていた。
もうじき夕方。空はオレンジ色に染まろうとしていた。
「彷徨・・・痛い・・・」
「ごめん」
私達はとりあえず、ベンチに並んで座った。
が、何から話して良いか分からずに暫く黙っていた。
第一声は彷徨だった。
「いきなりごめんな。その、お前と先輩が
カンターループに入っていったって話を
聞いたもんだから」
「私の方こそごめんね。私・・・先輩に告白されたの」
「・・・・知ってたよ。先輩の気持ちは一目瞭然だしな」
「だったらどうして何も言ってくれなかったの?
私達ってそれだけの仲だったの?」
気が付いたら叫んでいた。
どうしようも無く不安で。
感情が抑えきれなくなっていた。
同時に私の体は、彷徨の深い胸に押しつけられた。
「彷徨・・・」
「未夢、ごめんな。俺、不安だったんだ。
少しずつ変わっていくお前を見るたびに、
綺麗になっていくお前を見るたびに、
どうしようもなく不安になった。
でもお前は俺の前ではいつも笑顔で・・・。
それはうれしい筈だった。だけど心の奥底で
何か引っかかるようなものを感じたんだ。
もしかしたら本音で接してくれてないんじゃないかってな」
彷徨の温かい胸の鼓動が、聞き慣れている低い声が、
ゆっくりと私の耳に響いてきた。
まるで魔法のように・・・。
「彷徨・・・私の方こそごめん。私も不安だったの。
彷徨はいつも優しくて、私はそれに甘えてばかりいて。
そんな自分が許せなくて。彷徨はいつか、そんな自分に呆れて
離れて行っちゃうんじゃないかって・・・」
ふと涙が頬を伝った。目の前が滲んで見えなくなった。
「////ばーか。そんなわけないだろ。それに俺だって
お前に十分甘えてると思わないか?」
「そ・・・そうかな?」
「そうなの!!」
うれしかった。
どんなに甘い言葉よりも胸に響いてきた。
彷徨も自分と同じ気持ちでいてくれた。
そう思うだけで、心が満たされたような気がしていた。
「ったく、そんなんじゃこの先が思いやられるな」
「この先?」
私がそう呟いたと同時に、チャリンという音がして、
銀色の鍵が姿を現した。テディベアのキーホルダーが
風に揺れて、心地よい音を立てている。
「バレンタインに渡そうと思ったんだけどな」
「な・・・何これ?」
彷徨は深くため息を突くと、少し怒ったように言った。
「合い鍵に決まってんだろ?お前のオヤジさんに許し貰って
つくったんだよ」
「合い鍵って?」
「あのなぁ・・・」
彷徨はがくっと項垂れ、再びため息をつくと
真剣な表情でこちらを見つめていた。
「うちに来いよってこと」
「そ・・・それって・・・」
「///そういうこと」
その言葉だけで、その一言で、
今まで抱えていた不安が一気に溶けていく。
同時に昼間、彷徨の様子がおかしかった理由が
何となく分かったような気がした。
「彷徨・・・」
「まだ返事を聞いてないんだけど」
「・・・・こう言うこと」
私はそう呟くと同時に唇を重ねた。
「彷徨・・・私達、ずっとずっと一緒にいよ」
「あぁ」
今日二度目のキスは、いつもより甘い味がした。
ねえ、彷徨。私は彷徨だからロマンチックしたいって思うんだよ。
どんなにロマンチックでも彷徨がいなくちゃ意味無いの。
THE END
(おまけ)
「未夢、あれ取ってくれ」
「はい。唐辛子」
「やっぱり老夫婦やな」
「理花ちゃん」
「あ・・・ごめん、気にしてたんやったね」
「ううん。いいのよ」
「歴史のある俺達にしか出来ないことだからな」
呆然と見つめ合う、理花とクリスだった・・・。
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皆様、随分ご無沙汰の流那です。
お元気だったでしょうか?
バレンタインネタ、即席で書いてしまいました。
というか当日の様子ではないですが(爆)。
賞味二時間・・・短いし、中身も無くてすみません。
ちなみに、理花とクリスの設定は
枯葉の〜と雪の華の設定のままです。
実はこのネタ、昨日のチャットでの山稜しゃんの話を聞いて
思い付きました。そして、きっとみゆかなにもそんな時期が
あったんじゃないかな?なんてことを妄想しながら書いていました。
というわけでこちらは山稜しゃんに捧げます。
山稜しゃん、黙ってネタにしてごめんなさい。
ところで、次の新作はいつのことやら・・・。
気長にお待ち下さいまし(笑)。
実はこれ、一部ノンフィクションだったりします(汗)。
'04 2.17 流那
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