Snow

作:曖拿



西遠寺の居間。
炬燵の中で彷徨は買ったばかりの推理小説を読み、その向かい側で未夢は青い毛糸が絡まった編み棒と格闘していた。
もう二人?の住人であるワンニャーとルゥは、隣町のスーパーで開催されている『世界のみたらし団子展』を見に、意気揚々と出掛けて行った。

特に言葉を交わすわけでもないけれど、二人はずっと炬燵にいた。
同じ場所にいるけれど、同じことはしない。
だけど、一緒にいないと落ち着かない。
たとえ言葉を交わさなくても、相手がそこにいる。と分かることで、お互い心が休まるのだった。

未夢が不器用に編み棒を動かしているとき、彷徨はその顔を見つめ。
彷徨が真剣に本を読んでいるとき、未夢はその顔を見つめていた。

少したって、未夢が彷徨の方に顔を上げると。
彷徨は先ほどと同様、真剣に本を読んでいた。
本を読んでいるときに話しかけられることをあまり好まない彷徨。
それを知った未夢は、邪魔しないようにと口を噤んでいた。
だけどいつも話している未夢にとって、黙っていることは苦痛なことで、堪えきれずに彷徨に話しかけた。

「ねぇ、彷徨。」
「ん?」
「その本っておもしろいの?」
「そんなくだらない質問するなよ。」
「だって気になるんだもん。」
「…おもしろいと思う。」
「じゃあ、文字の大きさどれくらい?」
「これくらい。」

親指と人差し指の間をわずかに開いて未夢に見せる彷徨。

「じゃあ、私は読めないね〜。おもしろい本だったら読んでみようと思ったのに。」
「無謀なことはやめておいたほうがいいと思うぞ。」
「失礼な奴〜。」

彷徨の予想通り、未夢は見事にプクッとふくれた。

「お前は何やってるんだよ。」
「何って…。見たら分かるでしょ?」

未夢は編み棒を少し持ち上げて、彷徨に見えるようにする。

「いや、それは分かるけど。何編んでるんだよ?」
「ルゥくんにね、マフラーを編もうかと思ってるの。だけど上手くできなくて…。」
「未夢のことだから、そうだと思ったよ。」

苦笑して言う彷徨。

「だって、難しいんだもん。だったら彷徨もやってみなよ!」

心外だと言いながら、彷徨のほうに本と編み棒を突き出す。
編み棒を受け取って、本を一通り見た後スラスラと編み始めた。

「結構簡単じゃん。」

満面の笑顔を嫌味ったらしく未夢に向けてくる彷徨を前に、未夢は震えていた。

「何でなの…?私が3日かけても出来なかったことを、なんで彷徨は10分で出来るのよー!」

多少クリス化した未夢。

「練習すれば出来ると思うけどな…。」
「ふんだ!どうせ優等生の彷徨さんとは出来が違いますよーだ!」
「そうだな。」

至って冷静な彷徨。

「なんで彷徨が出来て、私は出来ないの?神様は不公平だよ。」
「一応言っておくけれど、ここは寺だからな。」
「じゃあ、仏様は不公平よー!!」
「よろしい。」

まるで漫才コンビみたいになっていることに、ようやっと気付いた未夢は大人しくなる。
そしてまた本を睨みつけるようにして不器用な手つきで編み始め、彷徨も読書の世界に入り込んだ。

                         ***

それからどのくらいの時が経ったのだろうか。
ふと彷徨は前に座っているはずの未夢を盗み見る。

「おいおい〜。」

呆れたような声をだす彷徨が見たものは、炬燵の上に突っ伏して眠っている未夢の姿。
先ほどよりちょっと長くなったマフラーらしき物をギュッと握り締めて眠る姿は、まだ幼くて、愛らしかった。
長い睫毛、白い肌、桜色の唇。
そんな普段じっくりと見ることが出来ない未夢の顔を、彷徨は飽きることなく眺め続けていた。

時計の秒針がカタッと動いた音で、現実に戻された彷徨。
ボーっとしていた頭を元に戻すように、頭に手をやる。
そして、そっと立ちあがり未夢のために毛布を取りに行った。

未夢が起きないように。
優しく包み込むように彷徨は、まだぐっすりと眠っている未夢に毛布をかける。

「んっ」

彷徨が毛布をかけ終えた瞬間。
突然未夢が声を出して、モゾッと動いた。
起こしてしまったのかと思い、一瞬背筋が凍る。
が、彷徨の心配をよそに。
未夢はそのままスゥスゥと寝息をたてて眠っていた。

「驚かすなよ。」

独り、そうぼやいた彷徨。
冷たい手を何気なく未夢の頬に当てる。
思ったよりも温かかった未夢の頬は、彷徨の手を温めていった。
甘い香りが漂う髪の毛。
寝息が漏れる、愛らしい唇。

すっと顔を近づけてみても全く起きる気配が無い。

そんな未夢の頬に彷徨は優しく唇を寄せた。
すぐに離れたはずの唇は。
知ってしまった未夢という温もりでこのうえなく熱かった。

「オレも重症だな…。」

このままじゃヤバいと、ポツリと呟かれた言葉。
その言葉は当の本人には届かず。
だだっ広い空間に彷徨っていた。

                         ***

「うぅーん…。」

未夢は炬燵の中でもぞもぞと動いて、ほんの少し目を開けた。

「あれ…?」

いつもと寝ている自分の部屋とはちょっと違った景色。
顔をちょっと上げてみると、向かい側に本を持ったまま眠る彷徨の姿が見えた。

「そっか…。私、炬燵で寝ちゃったんだ…。」

何を今更と思うようなことを、やっと自覚した未夢。

「これ、彷徨がかけてくれたのかな?」

かけてあった毛布の端っこを掴み、まだ意識のはっきりしない頭で考える。
その肝心の相手を見ると、ぐっすりと眠っている。
目を少しこすりながら、毛布を引きずって彷徨の方へ移動する。

「ありがとう。」

返事が無いと分かっていながらも、未夢は小さくお礼を言う。
いつもは鋭い瞳で見つめられるのが怖くて、真正面からはジッと見れない彷徨の顔。
その顔は、周囲の女の子たちが騒ぐのが嫌でも納得してしまうほど綺麗だった。
普段は、クールでポーカーフェイスな奴だけど。
眠っているときの顔は、そんな彷徨からは考えられないほど幼くて可愛かった。

『普段もこのぐらい可愛ければいいのに…。』

と思ったけれど、未夢はすぐその考えを捨てた。
だって、こんな風に眠っている彷徨の姿を見れるのは一緒に住んでいる未夢だけにしか出来ないのだから。
自分だけしか知らないところがある彷徨でいてほしい。
そう思うのは我儘?

そんなことを考えながら、窓の外を見ると…。

「…雪?」

ちらちらと白い粉が降っていた。

「やだっ!洗濯物入れなきゃ!」

慌てて庭へ飛び出す未夢。
冷え切った洗濯物の上に、ほわっと落ちては小さな染みを作る雪。

「綺麗だけど、洗濯物を濡らさないでぇ!」

未夢の泣き声にも似た、悲痛な叫び声は空高く吸い込まれていった。

                         ***    

全ての洗濯物を取り込み終えて、縁側に戻ったときには。
雪はだいぶ降り積もっていた。
西遠寺の縁側から見る雪は、今までどんなとこから見た雪よりも幻想的だった。

ひらひらと空から花びらのように舞い落ちてくる白い雪。
地面に落ちるたび、サッと溶けるもの。
白くなった雪の上に重なっていくもの。
葉のなくなった枝をどんどん白く化粧していく。
そのどれもはとても綺麗で幻想的だったけれど。
あまりにも綺麗すぎて。儚くて。
少し胸が寂しくなった。

寂しさを紛らわすかのように、膝を胸元に引き寄せる。
こんなとき、彷徨と一緒だったら少しは違うのかな?
そんなことを考えていたら、未夢の頭上から声が降ってきた。

「風邪引くぞ?」

未夢の大好きな低くて、あったかくて、優しい声。

「彷徨、起きてたの?」
「まぁな。」

驚いたような顔をして言う未夢に、ちょっと赤い顔で答える彷徨。

「寒くないか?」
「ちょっとだけね。」
「これかけてろ。」

どんなときでも、彷徨は未夢を気遣ってくれる。
そんな優しさが、未夢は大好きだった。
彷徨は、そんな未夢に毛布を肩越しにかけてやる。

「ココア飲む?」
「入れてくれるの?」
「ついでだからな。」
「ありがとう。」

ココア。
それは体の芯までポカポカしてくる魔法の飲み物。
彷徨も未夢も大好きな飲み物。
甘い中にあるちょっとしたほろ苦さが。
二人を素直にさせてくれる魔法の飲み物。

不器用な二人にとっての魔法の飲み物、ココアを彷徨が入れている間。
未夢は縁側で、彷徨のかけてくれた毛布に包ってジッと雪を見つめていた。

「はい。」

未夢の視界を遮るように彷徨から差し出された、ピンク色のマグカップ。

「ありがとう!」

彷徨ににっこりと笑って、未夢はマグカップを受け取る。

「こぼすんじゃねーよ。」
「こぼしません!」

からかうように笑いながら彷徨は、未夢の横に腰を下ろした。

見えるのは白い雪景色と、マグカップから出てくる白い湯気。
聞こえるのは、雪が降る音と相手の息遣い。
いつもより至近距離で、互いにドキドキしているのがバレやしないかと内心ビクビクしていた。

「あのさ…。」

彷徨の入れたココアを一口飲んで、未夢は口を開く。

「毛布かけてくれて、ありがとう…。」

素直にお礼を言うのは照れくさかったけれど、精一杯の感謝をこめて。

「こっちこそ、毛布かけてくれてありがとう。」

彷徨も、未夢の顔を見ないで小さく言った。

「でも、彷徨が寝ちゃうなんて意外だったね〜。
起きたとき、彷徨が寝てたから本当にびっくりしちゃったんだよ!」

おもしろそうに、そのときの事を思い出しながら言う未夢。

「可愛かったな〜。」

ポロッと漏れた本音。

「ほぉ〜。」

途端に彷徨はダークブラウンの瞳をスッと細めた。

「いやっ、ね?ちょっと間違えただけだよ〜。ほらよくあるじゃん!」

しどろもどろになりながら弁解する未夢は、可愛くて。

「今のお前のほうが可愛いけどな〜。」

心の中で言ったはずの本音が声に出ていた。

「かっ、彷徨!」

プシュッと音を立てて、未夢の顔が真っ赤になっていく。
それに比例して、彷徨も真っ赤になっていった。

急激に上がった体温を下げるように。
気まずくなった空気を入れ替えるかのように。
未夢は縁側の窓を開けて庭に降り立った。

落ちてくる雪を手のひらでそっと受け止めて。

「冷た〜い。」

キュッと手を握り締める。
その様子を見ていた彷徨の口元も、自然と綻ぶ。

「雪って本当、綺麗だよね〜。」

ちょっと気まずかったのも忘れてしまったかのように、彷徨に話しかける未夢。

「綺麗だな。」

未夢の問いかけに対しての言葉か。
未夢本人に向けた言葉なのか。
彷徨は両方の意味を込めて未夢にそう返す。
本人には伝わってないが。

「くしゅんっ。」

未夢が可愛く小さなくしゃみをした。

「そんな格好で、外出るから風邪引くんだぞ。」

怒ったように言う彷徨に

「だって、綺麗なんだもん!」

と理屈にならない言葉を未夢は言う。

「せめてもう少し温かくしようぜ?」

気付いたら口から衝動的に出ていた言葉。
しかしその言葉は取り消せない。

「えっ?」

小首をかしげてそう言ったときには、未夢はすっぽり彷徨の腕の中に納まっていた。

「えっ?っちょ、彷徨!」

彷徨の爆弾発言のとき並に、真っ赤になった顔。
未夢は手足をジタバタさせて、彷徨の腕から必死で逃れようとする。
しかし、逃れれば逃れようとするたびに余計に強く抱きしめられてしまう。

「…だよ。」

くぐこもった声で、彷徨が何か呟く。

「なに…?」

恐る恐る聞き返す未夢に、今度ははっきりと。
未夢の瞳を見つめて、彷徨は告げた。

「好きだよ、未夢。」

10秒くらい遅れて、

「えっ?あのっ、その、えーと…。」

とテンパる未夢。

「お前の気持ちはどうなんだよ?」

掠れた声で、未夢の耳元で彷徨は囁く。
彷徨の暖かい吐息が、未夢の冷えた耳にかかってくすぐったかった。

「私もっ…。好きだよ…。」

だんだんと小さくなりながらも、告げた想い。
その言葉を待ってたとばかりに、未夢を力強く抱きしめる彷徨。

「ずっと好きだった…。」

胸に抱きしめた。
恋焦がれたぬくもりを決して離さないようにと。
ギュッと、小さな未夢を抱きしめながら。
あふれる想いを未夢に伝える。
『こんなんじゃ足りないんだ』
と言うように。

「私も…。」

未夢は自分より広くたくましい彷徨の背中に回した腕に力を込めた。
それを合図に、彷徨の手は未夢の頬に当てられていて。
そっと瞼を閉じたと同時に、冷たい唇が重なった。

唇が離れて、瞳を開けると。
今までになく優しい瞳をした彷徨と視線が交ざる。
またそっと。
でも長く長く。
雪が降っているのもお構い無しに。
二人は唇を重ね合わせた。

                         ***

思いがけない行動から、告げられた想い。
一瞬にして変わった二人の関係。
それは、ちょっとした出来事の重なり。
そんな小さな出来事が重なって、二人は恋人になれた。

『原理は降り積もっていく雪に似ていると思わない?』

腕の中に納まる、離さなくていいぬくもりに。
彷徨は甘く囁いた。








はじめまして、曖拿です。

初めての作品にして、初めての投稿。それも冬企画に。
そんなものを、楽しい冬企画に出していいのか?と大変恐縮しています。

本来はもっと早く出そうと思っていたのですが、ネットの調子が悪かったので遅くなってしまいました。

読み返してみると、本当に何が言いたいのか分かりません…ね。
前置きも長すぎですし。
最後の部分は、ほとんどやけくそに近かったです。
「全然甘くないじゃんか!」
と気付いて、大慌てで書きました。

まだまだ未熟なので、これから少しずつ技術向上していけたらいいな…と思います!
また、企画等にも参加させていただきたいです。







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