ソーダのある日

作:山稜

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 三太は顔をゆがめた。
「あぁ〜っ、西遠寺ぐらいは、すずしいと思ったのによぉっ」

 彷徨は平然と、汗をぬぐった。
 それを見て、三太は言った。
「おまえ、よく平気な顔してるなぁ」
 彷徨が応える。
「あついあついって言ったって、涼しくなるわけでもねーじゃん」

 扇風機が、熱風を送り出してくる。
「クーラー、つけないのかぁ〜?」
 うちわをあおぎながら、未夢がこたえた。
「こわれてるんだって」

 三太は畳の上に、ひっくりかえった。
「あーもー、暑い日の『最後のとりで』だったのによぉ〜っ」

 扇風機が、セミの鳴き声を横切っていく。

 そうだ、と一声。
 三太は起き上がると、玄関をこえていった。

 その影を見送りながら、だまって彷徨は本を読む。
 おこられるから、だまって未夢はうちわであおぐ。

「おまえさ、」
 よびかける。
「なに?」
 暑いので、それだけ。

「自分の部屋ならクーラー、きくんだろ」
 扇風機といっしょに、未夢を向く。

 口を少し、とがらせて、上目で見てくる。
「じゃま?」
 そういうわけじゃない。
「べつに」

 あせが、あごをつたう。
 未夢が、ハンカチを当ててくる。

「じゃあ、いたって、いーでしょ」

 あわい色の、おおきな瞳が見つめてくる。
 奥ふかくから、やわらかい光。
 ここちのよい光。

 ことばが、みつからない。
 自分の顔が、うつってる。
 そのうえからゆっくり、まぶたがおりてきた。

 すこし、距離をちぢめてみる―

 玄関からの呼び鈴。

 目の前のまぶたが、いっぱいに開いた。
 さすがに、びっくりする。
 それだけじゃない、気恥ずかしい。

 玄関からの呼び鈴。呼び鈴。呼び鈴呼び鈴呼び鈴。
 顔を赤く染める余裕もない。

「あの鳴らし方は…」
「…だね―…っ」

 呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴―

「出てくれ…」
「あっ、ああっ、うん」

 大きなため息が、でた。




 茶の間の入り口で、クリスは元気がない。

「むこう、行ってるからなっ」
 未夢にそう言ってはみたが、
「いえ…西遠寺くんにも、お聞きしたいことがありますの」

 とりあえず、ざぶとんをすすめる。

 聞こうとしたとき、三太が戻ってきた。
 両手いっぱいに、缶ジュースをかかえている。

「あぁ、花小町さんも来てたんだ、たくさん買ってきといてよかったぜぇ」

 勝手知ったる他人のウチ。
 台所のテーブルに、手の中の缶をおろす。
「コップ、借りるぜぇ」
 人数分のコップを出すと、それぞれに注ぐ。
 未夢が行って、お盆を用意した。

 目の前に出されたコップから、ちいさな気泡がはじけとぶ。
 果実の白い房のなごりが舞っている。
 グレープフルーツか。

 どう言っても、のどは、かわいている。
「サンキュー、三太」
 礼だけは言って、コップの中身を一気にあける。

 ソーダの甘味。
 グレープフルーツの苦味。
 …と、のどが少し、やける感じ…っ?

「三太っ、おまっ、これっ」

 となりの未夢も向かいのクリスも、半分ぐらいは飲んだか。いや、もっと、か。

 あつい。
 あせが吹き出る。

「あぁ、結構いけるだろぉ?」
 三太も顔は赤くなっているが、平然としている。
「おまっ、いつもこんなん飲んでんのかっ?」
「部活のあととか、特に夏は」
 ごくあたりまえ、らしい顔。

 彷徨は頭を抱えた。
「おまえんとこのガッコ、よく出場停止になんねーな…」
「だって、高3にもなったら、みんな飲んでんぜぇ?なぁ、光月さ…」

 ちゃぶ台に、つっぷして寝てる。

「はなこま…ち…さ…?」

 目が、すわっている…。

 首すじに、冷や汗が流れるのがわかる。
 とりあえず、呼びかけてみる。
「花小町…?」
 返事が、ない。

 目の前で手をふってみる。
 顔をのぞきこんでみる。
 反応は、ない。

 まばたきはしてるから、だいじょうぶだ…よ、なぁ。

 ふと未夢を見る。
 つっぷしているのはいいが、キャミソールの肩ひもが、落ちそうだ。
 それに、あの位置だと、ヘタしたら三太から…見えちまわねーか?

「おい、未夢…」
 ストラップを直しながら、肩をゆする。
 んんっ、とだけしか反応はない。

「未夢…っ」
 肩をゆする。
 反応なし。

「ったく…おきろ、ほらっ」
 肩を引き上げて起こす。
 さすがに、目をあけた。
「あ〜…彷徨ぁ」

 未夢の顔は、ゆでたように赤い。

「あー彷徨じゃねーよ、だいじょうぶかっ?」
「だいりょーぶだいりょーぶ、ちょとねむいだけらから」

 これをだいじょうぶだといったら、世の中でだいじょうぶでないことは半分以上減るだろう。

 彷徨は未夢のほっぺたを、指で軽くたたいた。
「自分の部屋、行くか?」
「あ?」
 へらへら、笑ってくる。
 だめだ、こりゃ。

 肩を抱えようと、姿勢を変える―
 失敗。
 胸の中へ顔が飛び込んできた。
 ほとんど、抱きつかれてる。

「おいっ、未夢…っ」
「ん〜?」
 まぶたは半分、おりている。
 さらに、おりていく。
 向いた顔の角度が、さっきとおんなじで―…。

 頭を横に振った。
 三太も花小町もいるんだぞっ。

 リトライ。
 ―また失敗。
 こんどは、ひざの上。
 寝息が聞こえる。

 …ったく。

 彷徨は、ふぅ、とため息をつくと、未夢をみた。
 少し、口もとがほころんでしまう。
 寝かしといてやるか。

 そうはいかなかった。
「そう…ですわね、そういうものですものね…。
 西遠寺くんのひざまくらで、お昼寝の未夢ちゃん…
 ふと目覚めると、見上げたそこには西遠寺くんの顔…

 目、さめたか…よく寝てたな…
 だって、彷徨のひざまくら、きもちいいんだもん…
 暑かったんじゃねーか…自分の部屋なら、クーラーきくだろ…
 じゃまだった?…
 そんなことはねーよ、お前がいるんならな…

 そしてふたりは見つめあって…
 未夢ちゃんがゆっくり、まぶたを閉じる…
 西遠寺くんがゆっくり、くちびるを…」

 見てたのか、こいつは…っ?
 おもわず、ひたいに汗。

 そんなことを言っている場合じゃない。
 このパターンは…3〜4年前の…。
 望とつきあい始めてからは、望のことではキレてはいたが、

「なんて…
 なんて…
 なんてなんてなんて………!!」

 ちょっとまて、今になって、なんでおれたちのことでそうなるんだっ!?

 三太は避難体制をとっている。
 しかし、未夢が起きない。
 彷徨は未夢をかばおうとした。

 クリスが、ついに、叫ぶ―
「うらやましいですわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ちゃぶ台が、ふりかざされている。

 その声で、さすがに未夢も目が覚めた。
「クっ、クリスちゃんっ!?」
「未夢っ、はなれろっ!」

 反射動作というものは、体はよくおぼえているものだ。
 とっさに、反対のすみにわかれる。

「…あら、わたくし、何をしておりましたのかしら」

 酔ったせいで、昔のことを思い出したのか…?

「あ、もしもし、おれ」
 三太が、ケータイで電話をかけている。
「いま彷徨んちなんだけどさぁ、…」
 ろうかに出て行った。

 未夢は不安げに、クリスの顔とを交互に見比べてくる。
 なんで?
 いや、わかんねーよ、おれだって。
 言葉にしなくても、それぐらいは会話できる。

 クリスはまた、消沈してしまった。
 何も話さない。

「なぁ、花小町…」
 問いかけたとき、中庭に人影が飛び出してきた。
「クリスっ、だいじょうぶかいっ!?」

 その声を聞いて、クリスの顔はバネ仕掛けのように前を向いた。
「望くんっ!?」
「クリスっ!」
 縁側に、クリスは走っていく。
「どうして…お稽古じゃ、ありませんでしたの?」
「三太くんから、クリスが倒れたって、聞いたから…」

 望は、肩で息をしている。
 それでも、気がついた。
「だいじょうぶかい、顔が真っ赤じゃないか…目もうつろだし、送っていくから一緒に帰ろう」
「え、えぇ」

 望はクリスの背中に腕を回すと、もう一方の腕をひざの後ろに回して抱きかかえた。
 プリンセスを迎えに来た、プリンスのようだ。

「三太くん、おしえてくれて助かったよ…彷徨くん、未夢っち、またゆっくり来るからねぇ〜」
 それだけ言うと、足早に、消えていく。

 どっ、と疲れがわきでてきた。
「なんだったんだ?」
 誰に言ったわけでもなかったが、
「望のやつ、マジックの稽古が忙しくて、ここんとこ花小町さんに会ってなかったんだとさぁ」
 三太が、たねをあかした。

「あー、それでクリスちゃん、元気なかったのかぁ」
 未夢も納得の声を上げた。
 となりに戻って、安心した顔だ。

「でも、『お聞きしたいことが』って、なんだったんだろうな?」
「たぶん、彷徨なら、わたしと長いこと会わなくてもへーきか、とか、そんなことじゃない?」

 どうだろう。
 それは、もう…。

「…うらやましいですわ、か…それでだな」
 その言葉が終わらないうちに、未夢はまた彷徨のひざまくら。
 寝息が聞こえる。

 三太が面白そうな目を向けてきた。
「まぁ、おまえたち見てると、たしかにうらやましーですわ?」
「ばっ、おっ、三太っ」
「じゃ、なぁ〜っ」

 しっかり、からかわれたじゃねーかっ。
 だいたい、こいつがこんなとこで寝て―…。

 見下ろすと、きれいに伸ばした長い髪。
 かきわけて、顔を掘り出す。
 真っ白なほっぺたが、赤く染まっていた。

 そこまで届くほど、体は柔らかくは、ない。

 気づいてみると、あつい。
 扇風機の風が、もう少しのところで当たらない。
 手は、とどかない。

 動くわけには、いかない。

 …うらやましいですわ、か―…
 そうかもな…。

 彷徨はじっと、未夢の顔を、見続けていた。


夏の彷徨シリーズ、第2弾。#5000Hitのtouya49さんからのリクエスト、「クリスちゃんの前で未夢と彷徨がラブラブ全開を見せつける」がお題でしたが、全開かどうか…(^^;

この話は、書き始めるまでの間に、プロットが二転三転しました。クリスが未夢に、ラブラブな接し方を教えにくるとか、望の態度に不安を感じて、未夢と彷徨は普段どう接しているのか聞きにくるとか…。でもせっかくだからクリスにはキレてもらわないとなぁ、ということで、これに落ち着いたわけです(笑)

でも未成年諸君、お酒は20歳になってから、ですぞ!?

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