作:山稜
三太は顔をゆがめた。
「あぁ〜っ、西遠寺ぐらいは、すずしいと思ったのによぉっ」
彷徨は平然と、汗をぬぐった。
それを見て、三太は言った。
「おまえ、よく平気な顔してるなぁ」
彷徨が応える。
「あついあついって言ったって、涼しくなるわけでもねーじゃん」
扇風機が、熱風を送り出してくる。
「クーラー、つけないのかぁ〜?」
うちわをあおぎながら、未夢がこたえた。
「こわれてるんだって」
三太は畳の上に、ひっくりかえった。
「あーもー、暑い日の『最後のとりで』だったのによぉ〜っ」
扇風機が、セミの鳴き声を横切っていく。
そうだ、と一声。
三太は起き上がると、玄関をこえていった。
その影を見送りながら、だまって彷徨は本を読む。
おこられるから、だまって未夢はうちわであおぐ。
「おまえさ、」
よびかける。
「なに?」
暑いので、それだけ。
「自分の部屋ならクーラー、きくんだろ」
扇風機といっしょに、未夢を向く。
口を少し、とがらせて、上目で見てくる。
「じゃま?」
そういうわけじゃない。
「べつに」
あせが、あごをつたう。
未夢が、ハンカチを当ててくる。
「じゃあ、いたって、いーでしょ」
あわい色の、おおきな瞳が見つめてくる。
奥ふかくから、やわらかい光。
ここちのよい光。
ことばが、みつからない。
自分の顔が、うつってる。
そのうえからゆっくり、まぶたがおりてきた。
すこし、距離をちぢめてみる―
玄関からの呼び鈴。
目の前のまぶたが、いっぱいに開いた。
さすがに、びっくりする。
それだけじゃない、気恥ずかしい。
玄関からの呼び鈴。呼び鈴。呼び鈴呼び鈴呼び鈴。
顔を赤く染める余裕もない。
「あの鳴らし方は…」
「…だね―…っ」
呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴呼び鈴―
「出てくれ…」
「あっ、ああっ、うん」
大きなため息が、でた。
◇
茶の間の入り口で、クリスは元気がない。
「むこう、行ってるからなっ」
未夢にそう言ってはみたが、
「いえ…西遠寺くんにも、お聞きしたいことがありますの」
とりあえず、ざぶとんをすすめる。
聞こうとしたとき、三太が戻ってきた。
両手いっぱいに、缶ジュースをかかえている。
「あぁ、花小町さんも来てたんだ、たくさん買ってきといてよかったぜぇ」
勝手知ったる他人のウチ。
台所のテーブルに、手の中の缶をおろす。
「コップ、借りるぜぇ」
人数分のコップを出すと、それぞれに注ぐ。
未夢が行って、お盆を用意した。
目の前に出されたコップから、ちいさな気泡がはじけとぶ。
果実の白い房のなごりが舞っている。
グレープフルーツか。
どう言っても、のどは、かわいている。
「サンキュー、三太」
礼だけは言って、コップの中身を一気にあける。
ソーダの甘味。
グレープフルーツの苦味。
…と、のどが少し、やける感じ…っ?
「三太っ、おまっ、これっ」
となりの未夢も向かいのクリスも、半分ぐらいは飲んだか。いや、もっと、か。
あつい。
あせが吹き出る。
「あぁ、結構いけるだろぉ?」
三太も顔は赤くなっているが、平然としている。
「おまっ、いつもこんなん飲んでんのかっ?」
「部活のあととか、特に夏は」
ごくあたりまえ、らしい顔。
彷徨は頭を抱えた。
「おまえんとこのガッコ、よく出場停止になんねーな…」
「だって、高3にもなったら、みんな飲んでんぜぇ?なぁ、光月さ…」
ちゃぶ台に、つっぷして寝てる。
「はなこま…ち…さ…?」
目が、すわっている…。
首すじに、冷や汗が流れるのがわかる。
とりあえず、呼びかけてみる。
「花小町…?」
返事が、ない。
目の前で手をふってみる。
顔をのぞきこんでみる。
反応は、ない。
まばたきはしてるから、だいじょうぶだ…よ、なぁ。
ふと未夢を見る。
つっぷしているのはいいが、キャミソールの肩ひもが、落ちそうだ。
それに、あの位置だと、ヘタしたら三太から…見えちまわねーか?
「おい、未夢…」
ストラップを直しながら、肩をゆする。
んんっ、とだけしか反応はない。
「未夢…っ」
肩をゆする。
反応なし。
「ったく…おきろ、ほらっ」
肩を引き上げて起こす。
さすがに、目をあけた。
「あ〜…彷徨ぁ」
未夢の顔は、ゆでたように赤い。
「あー彷徨じゃねーよ、だいじょうぶかっ?」
「だいりょーぶだいりょーぶ、ちょとねむいだけらから」
これをだいじょうぶだといったら、世の中でだいじょうぶでないことは半分以上減るだろう。
彷徨は未夢のほっぺたを、指で軽くたたいた。
「自分の部屋、行くか?」
「あ?」
へらへら、笑ってくる。
だめだ、こりゃ。
肩を抱えようと、姿勢を変える―
失敗。
胸の中へ顔が飛び込んできた。
ほとんど、抱きつかれてる。
「おいっ、未夢…っ」
「ん〜?」
まぶたは半分、おりている。
さらに、おりていく。
向いた顔の角度が、さっきとおんなじで―…。
頭を横に振った。
三太も花小町もいるんだぞっ。
リトライ。
―また失敗。
こんどは、ひざの上。
寝息が聞こえる。
…ったく。
彷徨は、ふぅ、とため息をつくと、未夢をみた。
少し、口もとがほころんでしまう。
寝かしといてやるか。
そうはいかなかった。
「そう…ですわね、そういうものですものね…。
西遠寺くんのひざまくらで、お昼寝の未夢ちゃん…
ふと目覚めると、見上げたそこには西遠寺くんの顔…
目、さめたか…よく寝てたな…
だって、彷徨のひざまくら、きもちいいんだもん…
暑かったんじゃねーか…自分の部屋なら、クーラーきくだろ…
じゃまだった?…
そんなことはねーよ、お前がいるんならな…
そしてふたりは見つめあって…
未夢ちゃんがゆっくり、まぶたを閉じる…
西遠寺くんがゆっくり、くちびるを…」
見てたのか、こいつは…っ?
おもわず、ひたいに汗。
そんなことを言っている場合じゃない。
このパターンは…3〜4年前の…。
望とつきあい始めてからは、望のことではキレてはいたが、
「なんて…
なんて…
なんてなんてなんて………!!」
ちょっとまて、今になって、なんでおれたちのことでそうなるんだっ!?
三太は避難体制をとっている。
しかし、未夢が起きない。
彷徨は未夢をかばおうとした。
クリスが、ついに、叫ぶ―
「うらやましいですわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ちゃぶ台が、ふりかざされている。
その声で、さすがに未夢も目が覚めた。
「クっ、クリスちゃんっ!?」
「未夢っ、はなれろっ!」
反射動作というものは、体はよくおぼえているものだ。
とっさに、反対のすみにわかれる。
「…あら、わたくし、何をしておりましたのかしら」
酔ったせいで、昔のことを思い出したのか…?
「あ、もしもし、おれ」
三太が、ケータイで電話をかけている。
「いま彷徨んちなんだけどさぁ、…」
ろうかに出て行った。
未夢は不安げに、クリスの顔とを交互に見比べてくる。
なんで?
いや、わかんねーよ、おれだって。
言葉にしなくても、それぐらいは会話できる。
クリスはまた、消沈してしまった。
何も話さない。
「なぁ、花小町…」
問いかけたとき、中庭に人影が飛び出してきた。
「クリスっ、だいじょうぶかいっ!?」
その声を聞いて、クリスの顔はバネ仕掛けのように前を向いた。
「望くんっ!?」
「クリスっ!」
縁側に、クリスは走っていく。
「どうして…お稽古じゃ、ありませんでしたの?」
「三太くんから、クリスが倒れたって、聞いたから…」
望は、肩で息をしている。
それでも、気がついた。
「だいじょうぶかい、顔が真っ赤じゃないか…目もうつろだし、送っていくから一緒に帰ろう」
「え、えぇ」
望はクリスの背中に腕を回すと、もう一方の腕をひざの後ろに回して抱きかかえた。
プリンセスを迎えに来た、プリンスのようだ。
「三太くん、おしえてくれて助かったよ…彷徨くん、未夢っち、またゆっくり来るからねぇ〜」
それだけ言うと、足早に、消えていく。
どっ、と疲れがわきでてきた。
「なんだったんだ?」
誰に言ったわけでもなかったが、
「望のやつ、マジックの稽古が忙しくて、ここんとこ花小町さんに会ってなかったんだとさぁ」
三太が、たねをあかした。
「あー、それでクリスちゃん、元気なかったのかぁ」
未夢も納得の声を上げた。
となりに戻って、安心した顔だ。
「でも、『お聞きしたいことが』って、なんだったんだろうな?」
「たぶん、彷徨なら、わたしと長いこと会わなくてもへーきか、とか、そんなことじゃない?」
どうだろう。
それは、もう…。
「…うらやましいですわ、か…それでだな」
その言葉が終わらないうちに、未夢はまた彷徨のひざまくら。
寝息が聞こえる。
三太が面白そうな目を向けてきた。
「まぁ、おまえたち見てると、たしかにうらやましーですわ?」
「ばっ、おっ、三太っ」
「じゃ、なぁ〜っ」
しっかり、からかわれたじゃねーかっ。
だいたい、こいつがこんなとこで寝て―…。
見下ろすと、きれいに伸ばした長い髪。
かきわけて、顔を掘り出す。
真っ白なほっぺたが、赤く染まっていた。
そこまで届くほど、体は柔らかくは、ない。
気づいてみると、あつい。
扇風機の風が、もう少しのところで当たらない。
手は、とどかない。
動くわけには、いかない。
…うらやましいですわ、か―…
そうかもな…。
彷徨はじっと、未夢の顔を、見続けていた。
夏の彷徨シリーズ、第2弾。#5000Hitのtouya49さんからのリクエスト、「クリスちゃんの前で未夢と彷徨がラブラブ全開を見せつける」がお題でしたが、全開かどうか…(^^;
この話は、書き始めるまでの間に、プロットが二転三転しました。クリスが未夢に、ラブラブな接し方を教えにくるとか、望の態度に不安を感じて、未夢と彷徨は普段どう接しているのか聞きにくるとか…。でもせっかくだからクリスにはキレてもらわないとなぁ、ということで、これに落ち着いたわけです(笑)
でも未成年諸君、お酒は20歳になってから、ですぞ!?