作:山稜
暑い。
なんで今年はこんなに暑いんだ。
いつもの年なら、高台の西遠寺には、夏でも涼しい風が通る。
一応クーラーはあるものの、使った年なんか数えるほどしかない。
おかげで、冷却用のガスが抜けてしまって、使いものにならない。
扇風機を脇に。
その風でめくれあがるページを、押さえる。
汗が落ちるまえに、あごをぬぐう。
のど、かわいたな。
台所に立とうと、ふと時計を見る。
もう、お昼どきだ。
宝晶は宗派の会合で、夕方まで帰ってこない。
未夢はクリスの家でプリンを作るんだと言っていたから、やっぱり夕方まで来ないだろう。
プリンプリンって、おじゃる丸じゃねーんだから、ったく。
彷徨は冷蔵庫からとりだした麦茶を、コップにいっぱいに注ぐと、一気に飲みほした。
昼めしか。
食う気、しねーな。
茶の間にもどって、ページをめくる。
何が書いてあったのか、残ってない。
前々から面白そうだと思って借りたのに、どうでもいい。
だりーな…。
すわっているのが、いやになった。
ちゃぶ台の横に、あお向けに寝る。
本を、両手で上に仰ぎ見る。
腕がだるい。
横向けに寝ころんで、頬づえをつく。
ページを、めくってみる。
ひとつ、ため息が出た。
あお向けに、寝転びなおしてみる。
背中に、はり付いたシャツ。
気持ち悪いが、ほおっておいた。
天井の木目を、目でなぞる。
板の切れ目にさしかかって、また次のすじ。
セミがジワジワ鳴く。
あたまの中に、しみていく。
セミが鳴くのはとっても素敵なことなのよ―
ひたいをぬぐう感触がした。
―かあさん?
目を開けてみると、未夢がいた。
「きてたのか」
未夢は元気よくうなづくと、張りのある声で言った。
「あんまり静かだから、のぞいてみたら寝てるんだもん」
「きてるんなら、起こせばいーじゃねーか…」
寝転んだまま、未夢を見上げる。
「だって、きもち良さそうに寝てるから、起こしたらかわいそうだなと思って」
ひとつ、伸びをして、起き上がる。
未夢が、シャツの背中をひっぱる。
「なにこれ、すごい汗じゃないっ」
見ると、なんとなく彷徨はだるそうだ。
「かぜ、ひいちゃったんじゃないっ!? 着かえないと…」
「心配ねーよ、ただの夏バテだ…」
彷徨は背中から、はりついたシャツをはがした。
「おまえじゃあるまいし、夏かぜなんてひかねーよっ」
「へ?」
未夢はまじまじと彷徨の顔を見つめる。
彷徨は続けた。
「夏かぜは、ばかのひくもんだって言うだろ」
未夢のふくれっつらが、楽しい。
時計はもう、1時半になろうか。
「昼は花小町んちで食ったのか?」
「ううん、」未夢は首をふった。「悪いから、ことわって帰ってきちゃった」
「じゃあ、腹へってんじゃねーのか?」
「うーん、あんまり食べる気、しないんだけど…」
彷徨は少し考えた。
「そーめん、作るか」
そう言って、立ち上がる。
「あっ、食べる食べる」
未夢も後を追って、台所へ向かう。
ふと、ふりかえった。
未夢が、笑っている。
口をついて、出た。
「むかしは、ひとりでもへーきだったんだけどな…」
「えっ、なんか言った?」
未夢が無邪気に、聞きなおす。
目だけを天井に向けて、応える。
「暑いな、って言ったんだよっ」
「夏は暑いにきまってますっ、いーから早く、そーめん作ろうよっ」
「作ろうよ、じゃなくて、作ってよ、だろっ」
「失礼ねっ、わたしもてつだうじゃないっ」
「味に関わんねーところを、なっ」
「もうっ、てつだわないよっ!?」
「ごちゃごちゃ言わない、これ裏ごし、ほらっ」
梅風味のつゆが、食欲をもどしていった。
デザートは、パンプキンプリンだった。
もっかい、読み直すか…。
#4444Hitのぎやりいさんからのリクエスト、「夏バテ」がお題でした。未夢彷徨には夏バテは関係なさそうだ、とのコメントでしたが、場合によっては彷徨も夏バテするみたいですね(笑)
途中、彷徨の母の言葉が出てきますが、ちーこしゃんの「夏を想ふ」から拝借したものです。すてきな話なので、ぜひ読んでくださいね。
山稜もちょっと夏バテ気味です…体じゃなくて、小説を書く手のほうが(汗)
だからってわけじゃないですが、今回はわりと短め。
いつもは未夢の感覚で書くんですが、ちょっと彷徨も書いてみたくなりました。夏の彷徨シリーズ、第1弾です。