短冊のある日

作:山稜

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 やまない。

「外、出せないね…」
「しょーがねーなぁ…」

 未夢は空を見上げた。
 まだ夕方だというのに、どんよりと曇っていて、すっかり暗い。
 落ちてくる雨粒も、大きいままだ。

「七夕のときって、あんまり晴れないよね」
「いまのこよみだと、ちょうど梅雨時だもんな…」

 笹の枝が、うなだれている。
 色とりどりの飾りが、重そうだ。

「せっかくみんなで、短冊、つるしたのにねっ」
「そうだな…」

 ふと、目に入ったのが気になった。

「なにこれ、え…と」

   おれにもカノジョが
    できますように

 彷徨も寄ってきた。
「これは…三太だな」
 笑っていいのだか、悩むべきなのだか…。

 すぐ近くに、似たような字を見つけた。
「じゃ、これもきっとそうだねっ」

   駅前のカメラ屋のライカが
    売れてしまいませんように

「でもライカってなに?」
「カメラのなんか…だったと思う」
「ふーん…」
 うなづいてしまってから、気がついた。
「って、カメラ屋なんだから当たり前じゃない」
「ん?気がついたか?」

 もうっ、と、ふくれながら、別のが目に入った。

   キレないで
    いられますように

 だれの書いたものかは、すぐわかる。
 いや、それは、みんなの願いでもあるのだけれど。
 これこそ、笑っていいのだか、どうなのだか…。

 しばし、言葉が見つからない。

「こっちは、なんだろうなっ」
 彷徨が手にとった。

   高校受験が
    うまく行きますように

「これは…おまえだろ」
「あー、うん、そうだよっ」
 彷徨は呆れ顔をした。
「いまごろから神だのみで、どーすんだっ」
「あはっ、あははは…」
 引きつった笑いが、雨音にすいこまれていく。

 話題を、かえよう。
「えーと、こっちは…」

   料理がもっと
    うまくなりますように

 だめだ、これもわたしのだ…。

「おまえ、こんなのばっかしだなっ」
 すぐ肩越しから声がして、びっくりする。
「隠そうと思ってなかったか、それ?」
 いじわるく、笑ってくる。
「べっ、べつにっ」
「ふーん?」
 逆らったところで、反論にはならなかった。

「こっ、こっちのは…」
 ごまかすのに必死になる。

   もっと人気者に
    なれますように

 あー。
 はいはい。

 口に出さなくても、考えることは同じ。
 その確信が、こと、これに関してだけは、間違いなく、ある。

 あきれ半分で、次。

   かわいらしい女の子に
    なれますように

「クリスちゃんの字だ」
 不思議な感じがする。
「じゅうぶん、かわいいと思うけどなぁっ…うらやましいくらい」
 彷徨がぽつりと、言う。
「あいつ…気にしてるんだな」

 なんとなく、しんみりしてしまう。

 彷徨はいたずらっぽい目をした。
「それとも…おまえ、根に持たれてるんじゃないか?」
「なにそれっ、どういう意味よっ」
 彷徨は舌を出してみせる。
「いろいろ」
 ふくれっぱなしでいると、さらに言葉が押してくる。
「わかんなきゃ、いーぜ?」

 なによっ、ばかにしてっ。

 でも彷徨の顔は、赤い。
 あわてたように、次の短冊を取り上げた。
「なになに、これは…」

   いつかまた
    ルゥくんに会えますように

 彷徨は黙ってしまった。
 じっと、その短冊を見つめている。

「あっ、それ、わたしの」
 無邪気に言ってしまって、彷徨の沈黙が、痛い。

 ようやくひと言、口を開いた。
「いつか、…いつか、会えると…いいよな」

 そう言うと、もうひとつの短冊を取り上げた。

   いつか るうが
    あそびにきてくれますように

「ももかちゃん…」

 彷徨はひとつ、大きなため息をついた。
「もう、あれから半年か…」
 彷徨の思うことが、なんとなく、わかる。

「無事に…ついたかな…」
 空が、軽くなってきていた。
 雲間からのぞく星に、ルゥが、ワンニャーが、いる。

 突然、彷徨が笑い出した。
「なによ、どうしたのよっ」
「これ、みろよっ」

   かつこいー かれちが
       できますように

 よくみると、わきの余白に「たくさん」とまで書かれている。
「あいつのほうが、さっぱりしてるぞっ」
 顔を見合わせた。
 おかしくなって、笑った。

「あれ?こっちの…2枚重なってる」
 手にしてみる。

   離れていても
    心はずっと一緒だよ

 あーもー。
 はいはい。

「その裏のやつは何だ?」

   まぁ
    うれしい

「こいつら…なんだと思ってるんだろうなっ?」
 彷徨は口の端を吊り上げて、顔を引きつらせている。
「まぁまぁ、いまさらもう、言ってもしょうが…」
 とはいえ、引きつるのは同じなのだけれど。

 やんだ。
 なら、庭のほうが、空から見やすいだろうし…。

「外、出すか」
「そうだねっ」

 ふたりでそっと、笹を動かす。

 ちゃんと出してしまったとき、彷徨が、ふと1枚を取り上げた。

   ずっと
    彷徨といられますように

 赤い。
「おまっ…書くなよなっ、そのまんまっ」
 ぷいと向こうを向いてしまう。

 ちょっと腹が立つ。
「なによっ、そんな言い方しなくたっていいじゃないっ」

 いちばん、お願いしたいことなのに―…っ。

 宝晶の声がした。
「おーい彷徨、スイカ切ったぞぉ」
「あー、いま行くーっ」
 そう言うと、台所の方へ走って行ってしまった。

 そういえば、彷徨の短冊、ないじゃない。
 なに書いてるんだか、絶対見てやるっ。

 これも…ちがう。
 これは…わたしのだ、ははは…。
 これ…う〜ん。

 もう、てっぺんの1枚しか残っていない。
 笹の枝を引っ張って、いっしょうけんめい曲げてみる。

 それは、まぎれもなく、彷徨の字だった。

   一緒にいる

「おまっ、それっ」
 切ったスイカを縁側に放り出して、彷徨があわてて駆け寄ってきた。
「へへ…見ちゃったもん」

 うれしくなって、腕をつかまえた。
 彷徨は口をとがらせては、いた。
 別にふりほどくでもなく。

「おーい、彷徨、塩をもって行かん…」
 宝晶はちらと庭の方を見ると、
「ここに、置いとくぞ…」
 小声で、そっと台所に下がった。

 雨のあと、澄んだ空気。
 広がってきた星空を、ふたりはじっと、ながめていた。


#2000Hitの楓華しゃんからのリクエスト、「七夕」ってことで…まんまですね(^^;
何とか間に合ったかな、って感じです。

時間軸としては、「わんだりんぐ〜」からは半年少しあと、「でぃせんばー〜」の半年ほど前ってところです。まだ涼子と三太には何も起こってないようですね。

叶えられそうな願いもあるし、そりゃあんた絶対無理だ、っていうのもありますねぇ(笑)
ひさびさの、ももか登場です…って言っても、ホントに登場してるわけではありませんが…。ももかを書くには、やはりもう少し新だぁの様子を見たいです。
しかし望&クリス、…かわいそうに、山稜におもちゃにされてます(^^;

ご存じない方のために…ライカっていうのは、ドイツのカメラメーカーです。カメラマニアの間では有名らしいです。すごくいいらしいです。わたしにはよくわからないですけど(おいおい)

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