顔 (Web version)

作:山稜



 かくご、決めた。
 店の入り口、ふみ込んだ。

「いらっしゃい」

 店員さん。
 バイトの、学生さん。
 そしてあたしの、…初恋さん。

 いなかったらいーのになって、すこし。
 でも、いてよかった。

 アタマんナカで、ほっぺた、ペシペシ。
 …よし。

「こんにちは〜」
 前と変わらない顔、できてるかな?
「あれ、きょうはデートかい?」

 デっ、

「デートぉっ!?」

 後ろから、すっとんきょう。
 先に、言われちゃったよ。

 きょうの連れ、クラスの男子。
 ちょっとトボけた顔の、気楽なコ。
「ちょっとそこでばったり会ったもんだから、つれてきちゃったんです〜はい〜」

 あたし、なんかミョーな言い方だよ。
 顔、あついよ。

「そーそー、おれたち、ただのクラスメートですからぁ」

 そーそー、ただのクラスメート。
 仲良しグループでは、あるけど。
 …なんでキミまで、顔赤いのよ。

「そうなんだ」

 そうなんです。ハイ。
 …胸に、小骨、ささる。
 なんでだろ。

「あっちのほうに、結構いいジャケットとか入ってきてたよ」
 言われて、ホッとしたのは、たしか。
「あっはい〜、ちょっと見てきます〜」

 お連れさん、きょろきょろ。
 わるかったかな、やっぱり。

 こっちだよ、こっち。
 ひじ取って、ひっぱり。

 この上着?どの上着?
 合わせて見ても、よくわからず。

 これでもか、どれでも可。
 ならべて見せても、要領えず。

 慣れてない、しかたない。
 わるかったかな、やっぱり。

 計画どーり、綾だったら、見てくれたかな、しっかり?

 お連れさん、きょろきょろ。
 退屈、だよねぇ。
 店のおにーさんへ、トコトコ。
 うわちょっと、やめてぇ。

「ど…どしたの?」
 声かけるの、いっぱいいっぱい。
 指さした、連れのキミ。

「いやさぁ、このペンダント、いーなぁと思ってさぁっ」

 …そーゆーことか。
 あせってソンした。

「どれ?」
「その、ピンクの勾玉になったやつ」
「ふ〜ん、ホントだ」
「だろぉっ、なんか古代のお姫さまみたいな感じだよなっ」

 キミの基準は、いつでもそんなだ。
 でもまぁ、たしかに、
「ん〜、いーねぇ〜」
「似あうと思うけどなぁ」
「そ…そかな?」

 なぜどもってる!あたし!

「ホラ」

 うわ、顔のまん前、持ってくる!
 そーゆーこと、平気でやりなさんなっ…!

 て…天然か、キミはぁっ…。

「な?」
「う〜ん…」

「似あうぜぇ、かわいーじゃん」

 …なに、この、トクン、は。

 あたしは…。
「や…やっぱり、いーよ」
 ソンしてる。
 わかってる。
 でも言えない。

「サイフわすれてきたの、気にしてんならいーぜ?」
 こらーっ!
「わっちゃーっ、それ言うの、なしっ!」

 うわ〜っ、おにーさん、すんごく笑ってるよ…。

「とっ、とにかく、いーから!」
 それで、せいいっぱい。
「ほら行くよ!」
「待てよぉっ」
 待てといわれて待てるか、この状況っ。
「ありがとうございました〜」
 ありがたくないよぉ、おにーさん…。

 店出たとたん、ためいき、ひとつ。
 あたしの気持ち、まだケリ付かず。

「ごめんよぉ、天地さん」
「え?別に?」

 わるいのは、キミじゃない。
 わかってる。
 わりに、口からキツめの調子。

 やだなぁ…。

 さらにやなこと。
 ぐぅ。
 おなか。

「ハラへったの?」
 イライラしたってしょうがない。
 わらってごまかしとこう。
「あっはっは〜、ちょっと緊張したからかな〜」
「ちょーどワックあるけど、どう?」
「え〜でも、あたしサイフないし」
「まーまー、さっきのおわびにおごるよ…ちょーど小遣いもらったトコだしさ」
「そーゆーことなら、のっとく」

 やっと、笑えたかな。

 ハンバーガー6個に、ポテトのスーパーサイズ。
「わ〜るいね〜」
「…ホントに5コも食べるのかぁ?」
「それぐらい食べなきゃ、食べた〜って気にならないじゃん、こーゆーの」
「そうかなぁ…」

 ホントに食べれるけど。
 もうちょっと少なくて、カンベンしてあげればよかったかな。

 顔いっぱいにほおばって、3つなくなったトコで、彼が聞いた。
「あの店、いつもいくんだろ?」
「え、あ〜…うん、前はよく行ってたんだけどね〜」
「なんで緊張してたのさ?ひとりで行くの、やだとか言ってたし」
「え〜、いやど〜しよ〜かな〜」
「ひょっとして、あの店員さんに愛を告白されたとか!」

 そーゆージョーダン、反則だぞ、
「ち〜がうちがう、逆、逆!」

 んでまた、そこでだまるの反則…。

「…ごめん、つまんねーこと言っちまって」
「いーよいーよ、気にしない気にしない」

 ここでだまっちゃ、あたしが反則。

「今日はねぇ、踏ん切りつけよーと思ってたんだ…
 あの店、ケッコーいい服置いてんだけど、そんなんでちょっと行きにくくってさ〜、
 でもいっぺんいっときゃ、踏ん切りつくだろーと思って」
「ふ〜ん…」
「それで綾に、いっしょに行ってもらうつもりだったんだけどね〜、
 綾ったらおなか痛くなったって帰っちゃったし、どーしょーかな〜って思ってたら」
「おれが通りかかったってわけだぁ」
「そーそー、ちょーどいー顔が来た、って!」
「ちょーどいー顔って、ひでぇなぁ」
「あはは、まーいーじゃん、わるい意味じゃないし」

 スカっと言ってしまったら、案外気楽なもんだったりする。

 余裕なんか、ちょっとでたりして。
「黒須くんは?どこいくハズだったの?」
「おれ?ちょっと気晴らしに、中古レコード屋」
「気晴らし?黒須くんらしくないね〜、なんかあった?」
「いや、あった、ってほどのことじゃ、ねーよぉ」
「言ってみ言ってみ、あたしの話だけきーといてズルイぞ」
「なんだそりゃ」

 …わかってます。なんかヘンなこと言ってます。
 わかってるけど、なんかききたいじゃん。

「まーまーいーからいーから」
「いやぁ、文通相手からひさしぶりに手紙が来てさぁ」
「あー、平尾町にも来た、あの子?」
「そー」
「けっこう美形の顔立ちだったよね、彼女」

 …わかってます。なんかヘンなこと言ってます。
 わかってるけど、どう返事したもんだか。

「いろいろ書いてあったんだけど、なんか『生まれて初めて彼氏ができました!』とか書いてて」
「へぇ〜…」

 そうしか、声が出ない。
 知ってるキミの顔じゃ、ない。
 そんなドキっとする顔、知らない。

「好きだったんだ、あの子のコト」
「そんなんじゃないけどさ…なんか取り残されたよーな気がして」
「やっぱり好きだったんじゃん」

 言ってから、しまった!って思った。

 …やな気分にさせるかもしれないから、だぞ?
 ほかの意味は、ないぞ?

「ちがうってば、そんな風に思ったことねーもん」
「そんなもん?」
「そんなもん。」

 それで話が終わって、正直言って助かった。
「んじゃいこーよ、あたしも付き合ってもらったんだしさ」



「あれ?これって、トリってやつ?」
 あんまりキミがいつもいうから、すっかりおぼえちゃったよ。
「えっ、…うわっ、『大陸間弾道娘』!くぅ〜っ、こんなトコでこのアルバムに出会うとはぁっ!」

 おいおい、顔じゅう、かがやいてるよ。

「すごいのコレ?」
「いやぁ、別段すごいってわけじゃねーはずなんだけど、いままでこれ、見つけたことなかったんだよぉ」
「へ〜、でもホントに好きだね〜」

 …だから、なんでよ、あたし。
 いちいち、好きだとか何とかいう言葉じりに、ひっかかりなさんな。
 見なさい、お連れさんは、ちゃんと気をまぎらせて…。

「う〜ん、でもな〜…」

 …ませんね。

「え、買わないの?」
「う〜ん、ほしーことは、ほしーんだけどさぁっ、…」

 真剣な顔、するねぇ…こーゆーことには。

「う〜ん、やっぱやめた」
「どしたの、黒須くんらしくないじゃん」
「いや〜…こっ、このアルバムには、もっといい条件で出会えるような気がしてさぁっ」
「でも『盤面極上』って書いてるよ?」
「いーんだ、買わねーから」
「ふーん…」
「いこーよ」
「あ、うん?」

 やっぱり、男のコってわからないもんだわ。
 キミはもうちょっと、わかりやすいヤツだと思ってたんだけどな。
 だから…。

 だから、なんなんだ、あたし?

「いけね、もうこんな時間だ…そろそろ帰ってメシのチェックしねーと、またつまんねーおかず食わされるし」
「あっ、いけないんだぞ〜おかーさんがせっかく作ってくれるごはんに文句、言っちゃ〜」
「そーはゆーけどさぁっ、うちのおふくろ、ほっといたら『めんどくせー』連発してすげーもん出してくんだぜ?」

 キミのハナシは、いつも大げさだからな〜。

「こないだなんか、スパゲティナポリタン」
「いーじゃん」
「…ケチャップ抜きの」
「…食べたくないね、そりゃ」

 ははっ、と笑って、じゃ、と手をあげて。

 姿が見えなくなったトコで、あたしは小走りを始めた。
 いつのまにか、いっしょうけんめい走ってた。
 家までこんなに遠かったっけ?
 サイフは机の上にある。
 わしづかみにして、また店へ。



 こーゆーの、ホントはもってっちゃいけないんだよね、学校。
 でも、早く見せたかったからね。
 綾になにそれってツッコまれたけど、なんとかのらくらやり過ごした。
 キミに一番に見せたかったからね。

「うっわ〜っ、マジ?ホントぉ?」

 その顔だよ、見たかったのは。

「うそは言わないよ〜、ほしかったんでしょ?」
「ほしかったんだよぉ〜、でもガマンしてたんだよぉ〜」
「似合わないな〜、黒須くんがガマン?」
「おれだってそりゃ、するよ…これ、買いたかったからさぁ」

 なにを…と聞く前に。
 顔のまん前、持ってきた。
 あの、ペンダント。

 どんな顔、してる、あたし?
 うれしそうに、できてる?

「買いそびれたし、おれのせいで。もらっといてよ」

 そう言って、キミはまた、あたしの知らない顔をした。
 ただのクラスメートじゃない、顔を。

(了)


 kanaしゃん(現・かほしゃん)主宰の同人誌「Happy Life」(2003年)に載せてもらった話です。そのときの約束で、Webで「公開」しない、ってことになってるので、公開はしてませんけどね(^^; 読んでもらえたんなら幸い。
 もっとも、本にするのとWebに載せるのとではレイアウトの方法がぜんぜんちがいますから、改行とかずいぶん変わってますけどね。そういう意味で言えば、本で読むのって結構楽なんだなぁと思います。


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