作:山稜



 コポコポ。
 コポコポポポポ。

「ふぃ〜っ」
 お茶をひとくち、すする。
「とりあえず一段落、っと」

 中庭の、洗濯もの。
 風にゆられてる。
 寝息たてた、乳飲み子。
 かごにゆられてる。

「お〜未夢さん、どうじゃ未宇は」
「あ、いまちょうど、ねたところです〜っ」

 お義父さんのクチ、パクパク。
 形を見てると「そりゃすまんかった」

「もうねちゃってるからだいじょーぶですよっ、この子けっこう動じない性格だし…」
「確かにのぉ…父親に似たんかのぉ」

 大声でわらう。
 やっぱり起きない。
 …あ、ちょっとだけ、もぞもぞした。

 いれておいた、お茶。
 そっと前、さしだす。
 お義父さん、片手でおがんでみせた。

 視線は、孫。
 鳥の声だけ、行く。

「しかし…わしも修行が足らんわい」
「へ?」
「未宇を見とると、思い出しての」

 …こーゆーときは、だまってよう。


 鳥の声だけ、聴く。


 ぽつり。


「あの彷徨が、のぉ…」

 
 ほころんでるような、こわばってるような。
 お義父さんの顔の筋肉、いつもとちがうのが活躍中。

 ずずっ。
 と、ひとくち。

「さて…」
「あ、春川さんの法事ですか?」
「うむ…でもその前に、の」

 くび、かしげてみた。
 答えの最初は、ひとさし指。
 仏壇のあるほう、向いている。

「ちょっと、かあさんの声を、の」

 ふりむかずに、行く。
 そういうトコ、そっくりで。


 ケータイが、ふるえた。
 発信元「西遠寺彷徨」
 めずらしい。

「もしもし?」
『あ、おれ』
「うん、どしたの?」
『ちょっと空き時間、できちまって』

 なんとなく、てれくさそう。
「ふぅん」
 とだけ、言ってみた。

『未宇は?』
「さっきねたトコだよっ」
『じゃちょうどよかった』
「なんで?」
『未宇が起きてたら、お前の手があかないだろ』
「そーでもないよ…まぁそのヘンは、テキトーになんとかやってるから」
『ならいーんだ』

 でも、なんでまた電話。

「探し物かなんか?」
『いや、別に用はないんだ』
「?」
『ヒマつぶしなだけだから』
「またぁ?からかって遊ぼうったってそーはいかないわよっ」
『ははは、そりゃ残念』
「ぶーっ」
『んじゃそろそろ行くから』
「きょうは何時ごろ?」
『鮎三ケミカルから直帰だから、けっこー早いと思う』
「じゃ、ごはん早めにつくっとく」
『サンキュー、んじゃな』
「うん、じゃ」

 電話、終了…っと。

「彷徨じゃな?」
 いつのまにやら、お義父さん。
「はい…っ」
「やれやれ…世間のことも知らにゃ、仏の道もわかるまいと働かせてはみたが…」

 残ってたお茶、またひとくち。
「ああさびしがりやでは、のぉ…」

 つっとひとくち。
「まさかぁ」
「いや、そうじゃよ」
 ずずっとひとくち。
「つまらんとこばかり、わしに似おって…」

 冷めた、ころあい。
 ぐい、とあおった。

「では、の」
「はいっ、いってらっしゃい」
「お…そうじゃ、わしはおそくなるのでな、夕飯は待たんでええよ」
「あ、はいっ」
「あと、彷徨にな…」
「はい?」
「『がんばれよ』と伝えておいてくれんかの」
「『がんばれよ』ですか?」
「『がんばれよ』じゃ」

 お義父さんは、わらって玄関の戸をあけた。



 彷徨が「あのクソオヤジっ」なんてわらいながら、ネクタイを取ったのは、数時間後。
 未宇の「あ〜っ」っていう声が、やっぱりわらっていた気が、した。


 「〜のある日」じゃない話。はい、山稜だぁとは別設定です。
 実はこの彷徨、サラリーマン。そうです、このお話はリーマン彷徨くん同盟「white-collar project」に寄稿したものなんです。公開してもらう前に同盟&同好会に移管という話が進みましたので、公開せずにそのままになってたのを思い出しまして(^^;、今回初公開のはこびになりました。春川さんとか鮎三ケミカルとか、ちょっと遊んでます(笑)

 このあとがきを書いてる時点で、うちの未宇さんはおなかの中8ヶ月。どんな子で生まれてくれるんでしょうか、楽しみなような不安なような。…おっと蹴るな蹴るな(汗)


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