作:山稜
あ。
いたいた。
やっぱだいたい、この時間だ。
みつけたからって、かけよらない。
これはあたしの、自分のルール。
それにそんなの、なんか、ちがう。
そうはいっても、おいつきたい。
大またでもって、ペースを上げる。
でもキミ、あるくの速いんだよね〜。
だてには陸上部じゃ、ないか。
あともう一歩でならぶ、ってとこ。
きょうもキミは、ふりかえった。
「おっす」
「お…おっす」
こっそりつけてる、ペンダント。
胸のあたりで、とくん、とはねる。
「きょう、そんなに暑いかぁ?」
あんまり大きくない、両目。
いっぱいひらいて、びっくり顔。
「いや…だって、いっしょけんめー、歩い…」
「ほい、コレ」
ちょっと大きめの、タオル。
ちょっと大げさな、道ばた。
ま、いっか、と受けとって。
「へー、ミズモのじゃん…黒須くんって結構、ブランド志向?」
「ってわけじゃねーけど」
「ふーん、じゃどしてコレなわけ?」
「キャンペーンで当たってさぁ…限定1万枚の、風呂蒸広治モデルなんだぜぇっ、ホラここっ」
たしかに、サインみたいのがなんか、くちゃくちゃ書いてあるけど…。
タオル地じゃ、読めません。ハイ。
「それにホラ、ここ…」
「なにこのマルいの」
「メダルだよぉ、銀メダル!繰り上げで金になるまでのホンの短い間に作った、すっげぇレアなヤツなんだぜぇっ!」
目がランラン、ですな。
そーゆーとこ、かわいーんだよねぇ、キミは。
「そんなにレアなんだったら、つかわないでしまっといたほうがよくない?」
「でもさぁ、タオルはタオルなんだし…タオルとして生まれてきたからには、タオルらしくタオルとしてつかってやるのが、タオル冥利につきるんじゃねーかと思ってさぁ」
「うーん、一理なくもないな〜」
「だろぉっ?」
「うちのおばーちゃんもよく言ってる、ものはそれらしく大事につかってあげるのが一番しあわせだ、って」
「そうだよなぁっ、やっぱり」
にっこり、満足そうな顔。
うれしくなっちゃうね。
「おっす」
「お、おっす」
学校がみえてくる。
みんなの顔、声、あつまってくる。
それまでの、ほんの5分ほど。
…なんて言ったらいーんだろうね、この感じ?
ちいさいとき、「おかあさんといっしょ」が始まる時間を待っていた、あの感じ。
おわってまたあした、の、ざんねんな感じ。
すぐまたあしたを待ちどおしくなる、あの感じ。
さしずめ、キミは体操のおにーさんってトコか?
おどってる図が頭に浮かんで、ふきだしそう。
「なにヘンにわらってんの、きもちわるいよ?」
教室についたら、綾に言われた。
「ななみちゃんまで妄想癖、出るようになったの?」
「自分といっしょに、しなさんなっ」
手でツッコミは、いれておこう。
「でさぁ、その後『いとしのキミ』とは、進展あった?」
ま〜たコレだ。
「だから、進展ってナニよ進展ってっ」
「だって好きどうしなんでしょ?いろいろあるじゃんホラ、手、つないだとか、キ…」
「わ〜わ〜わ〜、ナニ言ってんのよコラっ綾っ!」
「うっわ〜、ななみちゃんカオまっかだぞ?さては心当たり…」
「ないっ!」
あたまにプチみかんのっけて、ノート出すんじゃないよっ、まったく…。
あーあ、未夢がいたころだったら、話をふってごまかしちゃえたんだろうけどな〜。
ローカじゃプリンス君が、バラ撒き行事始めてる。
みんなアレだね、もらえるモンはもらっとけ!って感じだね。
すでにおばちゃん化してるってことか?
それより、プリンセスはこわくないのか?
…またキミは、そーゆートコへチャチャ入れに行くわけね。
言ってたねぇ、あいつはソンな役回りだ、って。
ほっときゃいーのに、本人、好きでやってんだから。
キミはホントに、心配性だ。
しかもみんなに、ヤな思いさせないんだから。
つかれちゃうぞ、そんなんじゃ。
あ…あのコ。
きょうも来てる。
…気に、なるんだよねぇ。
視線の先が、いつもキミで。
「ななみちゃんも、行ってくれば?」
「べっ別にっ、あたしはホラ、バラなんかいらないから」
「そーじゃなくてさ〜、となり、確保しといたほーが、いーんじゃないの?」
となり、確保…か。
そーゆーんじゃ、ないからなぁ…。
未夢とだれかさんじゃ、あるまいし。
夏休み。
ちょっとした、アクシデントで。
すきデス、なんていっちゃったけど…。
つきあいたいとか、そーゆーんじゃないし。
キミもそんなコト、言ってたし。
そばだと楽しい。
それだけ、それだけ。
「ねぇななみちゃんってば」
「はいはい、取材はそこまで、そこまでっ」
「ぶーっ、ななみちゃんだとネタになんないよ〜っ」
おいおい、あたしはなんなんだっ。
センセーが来て、みんな散らばって。
散らばらないのが、もやもやしてて。
授業はアタマに、はいらなかった。
◇
部活、見てく?
なんて綾は言う。
ごめん、素直にうけとれない。
考えてても、ことばにならない。
どーなったんだ、アタシのアタマ。
もやもやだけが、ぐるぐるまわる。
そういや…。
未夢っていま、どーしてんのかな…。
かばんをおいて、きがえを出して。
ついでに、ケータイも出す。
…ちょっと、今月つかいすぎ、か。
さいきん綾より、…。
ちょっとそのカオ、でてくるな。
しっ、しっ。
家の電話、つかっとこ。
えーと…未夢んちは…。
プルルル…。
電話の呼び出し音って、どーしてこう、単調なんだろーねぇ…。
もっとにぎやかで、ずっとわらってて、
ちょっとそのカオ、でてくるな。
しっ、しっ。
ぷち、っとつながる音。
「はいっ、光月ですっ」
おー、元気いーねぇ。
「もしもし、未夢?」
「は?」
「あたしよ、天地、な・な・み!」
一瞬、間があいたな。
ははぁ、未夢のことだから…。
「きゃ〜っ、ななみちゃんっ!? 元気だったっ?」
「元気元気、元気がありあまってる」
「それはちょっとうらやましーよっ」
電話ごしに、けらけら笑う。
いいよねぇ、無条件の明るさって。
「で、なんか、イベント?」
「へ?」
「…いや、ねっ、ななみちゃんから電話だったら、なんかイベントやるのかな〜と思って」
「あたしはお祭りオンナか?」
けらけら。
「どしたの?なんか、あった?」
「いや〜…ど、どーしてるかと思って、さ」
「ふ〜ん…」
とぎれて。
ずばっと、聞くべきか?
それとも、やめとくか?
ええい、
「そうだななみちゃんっ」
おいおいっ!
言いかけの、のど。
スタート切ろうとして転んじゃって、
前のめりにつんのめってこけたような、
もうまいったって感じ、どーん、と。
「ななみちゃん、彷徨、どうしてる?」
「西遠寺くん?フツーだけど?」
「ん〜、なら、いーんだけど…」
「なに、どした?」
「いやね、こないだ夏休み、平尾町から帰りぎわにね、元気なさそーだったから…」
「なに未夢、アンタ夏休みこっち来てたのぉっ!?」
「あっゴメン、言ってなかったっけっ」
「きーてないよぉ?
ったくアンタって子はっ、いつのまにかオトコノコとばっか遊ぶようになっちゃって…
おかーさん、そんな子にそだてたおぼえ、ないよっ!?」
「そだててない、そだててないっ」
またけらけら。
「で…彷徨、元気そう?」
「まー元気なんじゃないの?未夢がいないんで、さびしそーではあるけどねぇ」
「なっ…」
「あ、耳までまっかだ」
「ななななんでっ、どーしてわかるのっ!?」
「そんなの、見なくてもわかるよ〜」
「もーっ」
ははははは。
未夢は素直だよねぇ。
「ねぇ未夢」
「なに?」
「…こんなこと、聞くもんじゃないのかもしれないけど…」
「なに、なに?」
「やっぱ、好きなひとのとなりに、いたいって、おもう?」
…だまっちゃったよ。
禁句、だったかな。
「彷徨がどー思ってるのかって、きーたことない、から…」
きかなきゃ、よかったかな。
…でも、
「あたしは『好きなひと』とはきーたけど、『西遠寺くん』とはきーてないんだけどな?」
「あっ、なにそれっ、ずっる〜いっ!」
ほっぺた全開に、ふくらましてるね、ぜったい。
「…でも、未夢自身は?」
「えっ?」
「自分自身の気持ちとしては、どーなのよ」
「わたしは…」
「あー、もーいーよ、はずかしかったら」
こたえは、きまってんのよね、きっと。
きくだけ、ヤボってもんだ。
「でも…どーしたの?」
「うーん、なんとなく、さ」
「さてはっ!」
「んっ?」
「ななみちゃん、恋、してるねっ?」
無意識にいじってた、ペンダント。
ひきちぎりそうになって。
「こっ、恋ぃ〜っ!?」
「ホラ、相手はだれっ?」
「バっ、バカ、そんなんじゃないよ〜」
「かくさなくてもいーからっ、だれにも言わないよっ?」
「いやホントに、そんなんじゃないからっ」
「え〜っ?」
ぷつぷつ、ノイズがはいる。
「あっゴメン、キャッチ…ちょっと待ってて」
待ってるあいだ、また単調で。
恋…か。
ホントに?
つきあいたいとか、そーゆーんじゃないよ?
ムコウもそんなコト、言ってたよ?
《つきあってほしーとか、そーゆーわけじゃなくて》
ホラ…ね。
…なんで、ムネがいたむのよ。
「ごっめ〜ん、せっかくかけてくれてわるいんだけど…」
「あ〜、いーよいーよ、どーせ西遠寺くんからなんでしょ」
「えっ、なんでわかったのっ!?」
「声、うれしそうだぞ?」
またカオまっかにして、手、ふりまわしてるんだろうな。
「まーまー、なかよくしてちょーだい?」
「も〜っ、ななみちゃんっ」
「はいはい、じゃまたね〜」
子機、おいて。
ためいき、ついて。
なんかアタマが、ぼーっとして。
《ななみちゃん、恋、してるねっ?》
これが、恋だっていうんなら…。
なんだか、恋ってちょっとつらい?
のどからムネが、ずっとつかえて。
めずらしく、ごはん、残して。
シャワーだけあびて。
レアな状況?
だめだめ、いまそーゆーことば、触れたくない。
思いだしたくない、かんがえたくない。
しっ、しっ。
…寝よう。
◇
…38度ちょい、か…。
きのうの朝、汗かいたのをほっといたからなぁ…。
タオル借りたからって、まさか道ばたで、背中までは。
ベッドをおりる。
くらくらする。
おばーちゃんが電話、してくれたのか…。
薬のんで、ねてなさい?
はいはい、すなおにそーします…。
なん時?
テレビのリモコン、ぷちぷちいじる。
あ。
「おかあさんといっしょ」…。
ふう。
はやく薬のまなきゃ、また熱上がるな…。
とにかく、ねちゃえ、ねちゃえ…。
うあ〜、ヘンな夢だな〜…。
なんで未夢がずっとこっちにいるわけ?
しかも西遠寺くんとベタベタしてるし。
それを本人に言っても、ベタベタしてないって言い張るし。
そんなふうに、やったっていーわけ?
だったらあたしも。
あ。
いたいた。
どーせ夢ん中だ。
かけよっちゃえ。
え?
なんでおいつかないの?
ちょっと!
まってよ!
ねぇ!
黒須くん!
こら三太っ!
《つきあってほしーとか、そーゆーわけじゃねーから、おれ》
あ…。
すっごく、いま、あたし、つらい。
そーなんだ。
あたし、なっとくしてないんだ。
すき、なんだ。
それくらい。
あのコだ。
したしげにしゃべっちゃって。
キミもなによ、バカてーねーに、しゃべっちゃって。
あれ?
相手、うちのおばーちゃん?
ホントにヘンな夢だねぇ…。
「いやぁ、ゆっくりもしてらんないんで…これから、学校なんでっ」
これから?
行く途中?
キミがそーゆーことするとは、思わなかった。
あ、そか、夢だから。
で、ドコ?
え?うち?
って、そんじゃそーゆーことを求めてるってことか、あたしは?
え?
なに、おばーちゃん。
せっかく来てくれてるんだから、起きろ?
なんだこれ?
夢の中で起こされるなんて、ますますヘンな夢…。
がばっと。
掛けぶとんかかえて、おき上がる。
キミが、いる。
あたし、おきてる。
ホントに?
「おっす」
「お…おっす」
「だいじょうぶかぁ?」
「ま…まぁ、なんとかっ」
ぎゃ〜、こんなカッコ見られたよぉ。
おヨメに、いけないよぉ。
セキニン、とれよぉ。
…なに考えてんだ、あたしは。
「ホ…ホントに、黒須くん?」
「いや、じつはおれ、イ・ヤンジュン」
「はいはい、ホントに黒須くんだ」
わはははは。
…って、わらってる場合じゃない!
「いま、なん時?」
「8時半ぐらいだろーな」
「おいおい、学校はっ?」
「まだ始まってないぜっ」
「どーすんの?」
「全力で走れば、間に合うだろーと思ってさぁ」
へへっ、とハナの下、こする。
そりゃ、キミは陸上部だし。
走ってけば、間に合う…のかぁっ!?
「ムチャでしょう!?」
「そうかぁ?」
「そうだよ〜、なんでこんなとこっ!?」
「いやぁ、どーしてるかと思って」
「どーしてるか、じゃないでしょぉ!」
キミはあたまの後ろに、手をくんだ。
「…気に、なってさ」
「…なにが」
「あの時間に、会わなかったし…なんか、おれのせーで休んでんのかなって」
ビミョーに合ってるところがドキッとするよ。
「教室についたら、彷徨が『天地が熱、出したらしーぞ』ってさぁ…それで、
『おまえ、レアもの好きだよな』
『なんだよぉ、とつぜんっ』
『カメラとかレコードとか、限定何コってヤツ…』
『いまさら言わなくても、わかってんだろぉ』
『不思議だなと、おもって、な』
『なんだよ』
『好きになった相手って、世界中で限定1コだぜ…
そんなレアものを独占したがらねーから、不思議だとおもって、な』
なんて、言いやがって」
「あはは、それって西遠寺くん、未夢を独占したいってコト?」
わらってるのは、あたしだけだった。
「なぁ…天地さん」
そんなマジメなカオ、しないでよ。
あたしのカオ、あかくなっちゃうじゃん。
「前に…照れかくしに『つきあいたいとかじゃねーから』って言っちまったけど…。
がまんしてんのは、おれらしくねーよな…ホントはちがう」
そんなにアタマ、ふかぶか、落とさないでよ。
どーしていーか、わかんなくなっちゃうじゃん。
「つきあって、くれねーか?…おれと、1対1で…さ」
どー言ったらいーか、わかんなくなっちゃうじゃん。
…どんなカオ、してんの?
ベッド、おりた。
のぞきこんだ。
目ぇ、つぶってるんじゃないよっ。
学校のチャイム。
風にのって、流れてくる。
この時間なら、予鈴かな。
キミがカオを、あげる。
ひとなつっこい目が、目に入る。
ほっぺめがけて、とびこんだ。
自分で、自分のしてることにびっくりしてる。
ちっさな目のたま、くりくり、まるく。
すぐ上、おでこ、ぺしっとはじく。
「こら、バカ三太っ!」
「なんだよぉっ」
「もっとゆっくり話せる時間にきて!出なおし!」
「いいのかぁっ?」
「いやなわけ、ないでしょ!」
たぶんキミの顔の色、
あたしをうつした鏡だね。
いーよ、キミなら。
あたし冥利に、つきそうだし。
「じゃ、部活サボって…」
「サボるなっ!それからでもいーからっ!」
「あ…ああっ」
「いつまで、ほっぺさわってんのっ」
「だって、こんなレアもの、ねーだろぉ」
「そんなの、いくらでもレアじゃないよーにしてあげるからっ!」
時間、とまる。
汗、ながれてく。
あ、タオル、洗って返さなきゃ。
そーじゃない!
なに言ってんだ、あたし!
「はっ、はやく行かないと、間に合わないよっ、ホラっ!」
「はいはいっ!じゃ、あとでなっ!」
こらこら、よそん家のローカ、走るなって。
のどからムネが、すっきりとおって。
そのぶん、なんか熱くって。
ペンダント忘れた、くびすじ寒い。
キミのタオルを、ひっかけてみた。
部屋からでると、声、はりあげた。
「おばーちゃ〜ん、なんか食べるもの、ある〜?」