月の舟

作:山稜




銀の糸を漂わせながら、月の舟は貴方を運ぶでしょう

この舟は
幾つもの、喜びを乗せた舟。
幾つもの、悲しみを乗せた舟。

貴方の心が一つの場所を導く時
その中の物語りの主人公は貴方自身かもしれません…

さあ、出発しましょう
時空を彷徨う、月の舟で

words by riho/mafuyu




 にぎやかなのは、向こうのテレビ。
 ゴールデンタイムの、バラエティ。

 リビングにいるの、わたしひとり。
 好きなように、チャンネルをぱちり。
 見たいわけでも、ないものばかり。

 …そういえば、ごはん食べてなかったんだっけ。

 いくら料理が苦手だと言っても、ごはんくらいは炊ける。
 あとのおかずは、パパの作り置きがある。
 ミートローフと、大豆のポタージュ。
 …あたためて、ひとりぶん。

「いただきます…っ」
 元気に言わないと、…。

 にぎやかなのは、向こうのテレビ。
 ダイニングには、わたしひとり。

 ふぅ。

 ここんとこ、パパもママも、遅くなってた。
 中一までは、へーきだった。
 ちいさいころから、お留守番は多かった。
 でも…いつの間にか、

「ごちそうさま…」

 へーきじゃ、なくなってた…。

 ふと目をやった、部屋のすみ。
 いっぱい入った、セットの花火。

 花火…かぁ…。

 1本だけ残ってた線香花火が嬉しくて、
 それがすぐ消えたのが悲しくて、
 またやろうって言ってくれたのが嬉しくて。

 1本だけ…。
 1本だけなら、ひとりでも、いーよ、ね…。

 庭に出て。
 1本だけ。
 1本だけを大事そうに持って、火をつけて…。

 そっと、
 ぱちぱちと、
 枝を分けて飛ぶ光。

 あのときに、石段の上から見た、
 そのすごくすごくちいさいの…。

 憶えてる…。
 おぶって上がってくれた、
 背中のぬくもり…。

 やだっ、ちゃんと見えないよ…。

 けむり。
 そう、けむりが目にしみたから、
 目に、しみたから…。

 まん中の、光の玉が、音も無く地面にすいこまれていく。

 秋…だから?
 だからヘンに、さびしいんだよね?
 そうだよね?
 別に、…あえないからじゃ、ないよね?

 見上げると、半分にもならない月。
 どこかできいた、月の舟。

「彷徨…」

 口にしてしまうと、歯止めなんて利きはしない。
 どうやってそこまで行ったか、なんて憶えてない。
 電話でもいい、
 声が聞きたくて、しかたがない。


「はい、西遠寺…なんだ、おまえか」
「なんだってことはないじゃない、せっかく電話してんのに」
「どーしたんだよ、きょう、かけてくる日じゃなかっただろ?」
「そっ、そうでしたかなっ、あはっ、あはははは…」

 乾いてる。

「…何かあったのか?」
 その場に、座り込む。
「う…ん…」
 言葉の続きを、待つ。

 ようやく、続きが聞こえてきた。
「彷徨、月の舟って、知ってる?」
「月の舟?」
「うん…この舟は、
 幾つもの、喜びを乗せた舟。
 幾つもの、悲しみを乗せた舟。
 …って、いうんだけど―…」

「おまえにしちゃ、やけに文学的じゃん」
「その『おまえにしちゃ』っていうのが、すっごくひっかかるんですけどっ」
「まーまー、それで?」

 返事が、返ってこない。

「未夢?」

 返事が、返ってこない。

 ようやく返ってきた言葉。
「乗れたら、いーのに…」

 なんとか、返した言葉。
「ばーか」

 今度は、すぐ返ってきた。
「なっ、なによっ…どーせわたしはばかですよっ…」
「あーそーだよ、ばかだよ」
「もういいっ…」
「よかねーだろ…待ってろ」
 そういうと、彷徨はそっと受話器を置いた。

「オヤジ…ちょっと出かけてくる」
 宝晶は振り返って時計を見た。
「こんな時間からか…?」
 彷徨は黙々と、支度を整えていた。

「じゃ…行ってくるから」
「彷徨、ちょっと待ちなさい」
 彷徨はその言葉を無視するように、玄関の扉を引いた。
「おい彷徨、行くんならこれを、な」

 振り返った彷徨の目の前に、小さな包み。
 …栗?
「…なんだよこれ」
「檀家の須佳井さんからもらったんでな、おすそわけじゃ。よろしく言っといてくれ」
 彷徨は口をへの字に曲げながら、笑った。

 またがる。
 キーをひねる。
 セルをまわす。
 マフラーが軽く吠える。

 開けすぎるアクセル、
 滑るタイヤ、
「ったく、バカ未夢…」
 なんとか押さえつけて。

 銀色のバイク、
 闇を切り進む刀。
 青白いヘッドライト、
 夜に浮かぶ月明かり…


 いきなり切っちゃうこと、ないじゃない…っ。
 ちょっと声、聞きたくなっただけなのに…。
 こんなんじゃ、かえって―

 きっと、ママだ。
 玄関のチャイムに、目じりをぬぐう。
 心配させちゃ、いけないもんね…。

 一応、インターホンをとる。
「はい」
「元気、ねーじゃん…どうした?」

 まさか…。
 ほんとに?


「…彷徨っ?」
「待ってろ、って、言ったろ?」


 あぶないところだ。
 立っているところが、もう30cmずれていたら、玄関のドアに押しつぶされていた。

 未夢は立ち尽くしていた。
「…彷徨―…」
「なんだよ、幽霊でも見るような顔してんじゃねーって」
「でも、さっき電話…」
「バイクだと、早いからなっ」

 電車だと、時間3倍かけてもたどり着かなくて。
 このために免許取ったとか、このためにバイトしたとか、そういうことは内緒にして。

 ぼろぼろと、なみだ。
 そういう場面は、慣れてない。


「オっ、オヤジがさっ、おすそわけだって、檀家の…くっ、栗田さん…?尾根村さんだったっけ?、から、もらったって、その…」


 あわてる彷徨の姿が、何となくかわいくて。

「ありがと…」
「おっ、おまえに、じゃねーからなっ、おじさんとおばさんに…」
 未夢は首を振った。
「そうじゃなくて…ありがと」

 彷徨は黙って、頬を引っかいた。
 未夢はじっと、彷徨を見つめた。
 彷徨も、未夢の視線を受け止めた。
 視線がふたりを、しっかりと結んだ…。

「ほらほら、そんなトコでラブシーンやってないのっ」

 声のほうには、未夢の母。

「ママっ」
「おっ…おじゃましてますっ」


 上がってと勧める母をよそに、外に出る。
 持って来てくれたヘルメット。
 髪は全部は入らない。

「大きめにしたんだけどな…入らなきゃ、後ろに出しとけよ」
 そう言われて背中に出した髪が、風に揺られて流れていく。

 ひっぱられて離されてしまいそうで、しがみついた。

 おぶって上がってくれた、
 背中のぬくもり…、
 あのぬくもり…。

 彷徨の背中に触れている、胸の奥が、あつい。
 泣きたいんじゃないのに、なみだ。
 こんなときに限って、信号待ち。

 前からヘルメット越しに、頭にコツン。

「…ばーか」

 言い返そうと思ったら、信号、青。
 急にアクセルを開けるもんだから、思わずまた、しがみついた。
「ずるーいっ」
 言っても、たぶん聞こえない。
 彷徨、わらってんのかな。
 舌、出してるかな。

 あれ?
「ちょっと彷徨、彷徨、止めてっ」
 止まる様子なし。
「止めてったら、彷徨ぁっ」
 全然止まる様子なし。
「えぇいっ」


 ポカっ。


「なんだよっ」
 さすがに、バイクを止める。
「ほら、あれっ」
 未夢の差す指の向こう、数本の光の筋。

「流れ星…?」
 結構な量の流れ星。
 流星群があるんなら、三太がうるさいはずなのに。

 ヘルメットを取る。
 未夢は手を合わせてブツブツ。
「あーん、消えるまでに言い切れないよ〜っ」
 願い事…か…。

「何、お願いしてんだ?」
「きまってるでしょ、そんなこと…」
 チラッとこっちを見て、顔を逸らす。

「彷徨、何お願いするの?」
 決まってんだろ、そんなこと。
 でも、
「さぁな」
 と言っておく。

 ずるいとか、わたしのは聞いたくせにとかひと通り、にぎやかな声をやり過ごす。
 ふと、虫の声だけが響く。


 未夢の大きな瞳に、月明かり。
 そこから視線が、はずせない。

 彷徨のきれいな瞳に、わたし。
 そこから視線が、はずせない。


 虫の声だけが、響いてる。

 いまのこの気持ち、なんて言えばいいの…?
 何とか伝えたくて、
 うまく言葉に、ならなくて。

「逢いたかった」

 耳に届いた、その言葉。
 それだ、わたしのいまの気持ち…。

 思わずまた、なみだ。

「いちいち、泣くなよ…っ」
 微笑む彷徨が、こいしくて、
 胸に飛び込みたくなって、

「あれ?未夢じゃないか」
 かかってくる声に、じゃまされる。


「おや、彷徨くん…」
「ごっ、ごぶさたしてます、おじさん」
「こんな時間に、散歩かい?」
「なっ、流れ星を見に…」
「よく知ってたね、今回のは予測が難しかったのに。未来から聞いたのかい?」
「え、えぇ、まぁ、そんなとこで…」
「お、このバイク、彷徨くんの?」
「そっ、そうです」
「これ、スズキのカタナじゃないか!いまどき珍しいねぇ、ぼくらが学生時代には憧れの…」

「パパ…っ!」

 きょとんとした顔を向ける、父。
 怒った顔を向ける、娘。

「どうしたんだい、未夢」
「もうっ、知らないっ!」


 差し向かいの食卓。

「だめよパパ、娘のラブシーン、じゃましちゃ」
「別にじゃまするつもりなんて、なかったんだけどなぁ」
「じゅうぶん、じゃましてるわよ」
「ん〜…でも、このまま彷徨くんにとられちゃうんだろうなぁ、未夢は…」
 さびしそうな顔の優。

「まあまあ、わたしたちの歳で結婚するとしても、まだ5〜6年はあるじゃない」
「5〜6年か…」
「それに、わたしがいるでしょ、優さんっ」
 ニコニコ顔の未来。

 夫は顔を真っ赤にした。
「きみには勝てないよ…」
「あら、わたしだって、あなたには勝てないわよ」
 夫婦揃って、ふふふと笑った。

 外に、軽いエンジン音。
「帰ってきたみたいね」


「じゃあな…またゆっくり来るから」
 脱いだヘルメットを、また頭の上へやる彷徨。
「彷徨、これ」
 自分がかぶってたのを、渡そうとして、
「持ってろよ、どーせお前しか乗らねーんだし」

 そりゃ、別な人が乗ったら、いやだけど、…。
 そういうことを、へーきな顔で言いますかっ、この人は。

 顔の赤いのをごまかすのに、聞いてみる。
「そーだっ、彷徨、さっき流れ星に何、お願いしたの?」
 彷徨は横向いて、ぺろっと舌を出していた。
「ないしょ」
 かぶってしまったヘルメットを、コンコンたたく。
「教えてよ〜、わたしには言えない事なのっ?」

 彷徨はメットのバイザーを上げた。

「5〜6年したら、教えてやるよ」

 おやすみと声をかけあって、
 手を振って。
 見送るバイク、銀に光って、
 月明かりの中、導く舟。

 幾つもの悲しみを、乗せた舟。
 幾つもの喜びを、乗せた舟。

 わたしの心が一つの場所を導く時、
 舟の目的地は、決まってる。

 未夢は腕の中のヘルメットを、胸にしっかり抱きなおした。




君と歩く 夜の道を
月の光りが 足元照らす

蒼い月は僕らの頭上
満ちかける 白き惑星 天空に跡を残す

未来も過去も 僕らには未知数
ただ
互いの手の温もりが 僕らの 『今』

ユラユラ 月の舟に 君と揺られ
数え切れない 星と出会おう

夢を紡いだ 星座を辿り
幾つもの神話 二人で語り尽くそう

巡り会った この世界で
僕らの時は 細き月のように 
揺れて刻まれていく・・・・・・

words by riho























宮原しゃんが以前開設していた「Little Magic」の1周年&20000Hitお祝いに書き起こしたものです。だから設定も、いつもの山稜だぁとはちがいます。アニメベースで、未夢と彷徨は離れて暮らしてますね。
「Little Magic」の後継「Aerial Garden」にも載せてもらってましたが、宮原しゃんが当分サイト運営を休まれるということでしたのでこちらに移しました。

この話は、彼女の書いている未夢・彷徨を書いてみたくて、いろいろとちりばめて、いつものわたしよりちょっと漢字を多くして、ちょっと響きにこだわって、楽しんで書かせていただいたのを憶えています。わたしも彼女の書いたもの、好きなので♪
彼女(当時はハンドルネームが「李帆」でした)のサイトは他にも「Moon Ship」というのが以前あって、「Moon Ship」=「月の舟」。最後の詩は同サイトで公開されていた、その名も「月の舟」。冒頭の詩は「Moon Ship」のトップに上がっていたものを、今回宮原しゃんがアレンジしてくれました。ありがと〜>宮原しゃん(^^)/

当時、宮原しゃんからコメントをいただいてます。

ああ、山稜しゃんの書く彷徨はホント男前だよねぇ〜。バイクですよ!バイク!!(うひゃぁ〜♪)
あまり語らない彷徨が唯一未夢に関しては行動的になるのは、やはり惚れてるからか?(笑)
未夢が悩んでる時に真っ先に駆け付ける辺りが何とも言えません。(うっとり〜★)
さてさて、山稜しゃん。
「5〜6年したら、教えてやるよ」はあれですね♪(ニンマリ)
ああ早く山稜しゃん的未夢達の結婚式が見たいわぁ〜!(ほほほ)

…いや、なかなか書けてませんな結婚式(^^;


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