作:山稜
未夢は西遠寺の茶の間にいた。
別に、自分の家にいるのが嫌なわけではない。
ここに来たからといって、何をするわけでもない。
ただ、ひとりで自分の家にいるよりは、ここに―彷徨のそばにいるほうが、落ち着いてしまう自分がいた。
初めの頃こそ、ふたりっきりだと、なんとか話題を作って…と思ったこともあったが、いまでは話したければどちらともなく話すし、話すようなことがなければ、だまってそばにいる。それが心地いい。そう思うようになって、もう随分になる。
ちょうど、ねぇそういえばさぁ、と言おうとしたときだった。
勢いよく玄関の戸が開く音がした。
続いて元気のよい声がした。
「こんにちわぁっ、彷徨っ、いますかぁっ」
すぐに声の主の顔が浮かぶ。
彷徨が玄関のほうに顔を向けて、大声で言った。
「こっちだ、上がれよっ」
トタトタと廊下を踏む音がしたかと思うと、三太が茶の間に顔を出した。
「よぉっ…おっ、光月さん、おっす」
「いらっしゃいっ」
未夢の返答に、思わず三太はふきだしていた。
「なによ三太くん、いきなり笑ったりなんかしてっ」
「いや、だってさぁ…いつものことだけどさぁ」
三太はちらっと彷徨のほうを見てから、口の端を片方吊り上げて、未夢に応えた。
「光月さんにいらっしゃいって言われると、なんかもう彷徨の奥さんって感じだよ」
そう聞いて、頬が熱くなるのがわかった。
「えっ、いや、あのっ」未夢は腕をバタバタさせながら、何とか言い訳を探した。「そうっ、あのっ、ここで住んでたときのクセが抜けてないんだよっ、わたしっ」
「…って、それ何年前の話?」
三太は面白そうに未夢の顔を見ている。
未夢は言葉に詰まってしまっている。
「…で、なんだよ、その青い袋」
彷徨は頬杖をついたままだ。
「あ、そうそう、これだよこれ」
三太がその言葉に反応する。未夢は胸をなでおろした。
マジックテープつきの青い小袋から、三太は1枚のDVDを取り出した。
「見ろよこれ、ほら!」
ケースには、緑色の装束と仮面をつけた人物がポーズをとっている写真。
大きく、「絶対平和サボテンマン」と書かれている。
「うわっ三太っ、これなんだよっ」
彷徨も身を乗り出した。
「すげぇだろ、最近はこんなのまでDVDで出てるんだぜ」
「っておまっ、これ買ったのかっ」
「いやぁ、そこまではさすがに…レンタルしてきたから、彷徨と一緒に見ようと思ってさぁ」
男子ふたりは嬉々として、ケースのあちこちをしげしげと見つめている。
そうそうこんな怪人いたよなぁとか、腕のここのところがこうなってとか、未夢にはよくわからない言葉が飛び交っている。
なんだかふたりとも、まるでちっちゃい子供みたいだよ、あははっ。
「でも三太、」彷徨はふと思い出した。「うち、DVDないぞ」
三太の動きが止まる。
彷徨がノックすると、崩れた。
「なんだよぉ彷徨、最近DVDぐらいどこの家にもあるじゃんかよぉぉ」
今にも泣きそうだ。見かねて言った。
「じゃ、わたしんちで見ようよっ」
その提案は彷徨に却下された。
「でも、オヤジに留守番しとけっていわれてるしな…」
「当日返却にしちまったよぉ、」三太は肩を落としている。「せめて1泊にしとくんだったぁ」
未夢は思い付きをそのまま口にした。
「うちのDVDって、このテレビにつながらないの?」
三太が思い切り立ち上がる。
「おぉっ、その手があったぁ」
◇
未夢は茶の間にもどってきた。後ろの三太の手には、DVDプレイヤーが抱えられている。
「さぁ、見ようぜ見ようぜぇ」
なにやらよくわからないメロディーを口ずさみながら、三太はてきぱきとつなぎかえている。
彷徨が手伝うまでもなく、ディスクはプレーヤーに吸い込まれていった。
よくわからないメロディーの正体は、すぐ知れた。
画面では、配役のテロップの裏でサボテンマンらしき人物がポーズをとったりアクションをしたり、忙しそうだ。
「この人、なんて読むの?」
テロップで流れた、ケースに書いてある「都祁針矢」という名前を彷徨に見せてみる。
「ああ、『つげしんや』か。こいつがサボテンマンに『変針』するんだ」
三太も覗き込んでいた。
「あの当時、彷徨ともめたよなぁ…『とげ』なのか『つげ』なのか」
「結局、三太が『テレビマガジン』買ってきて、なっ」
「それで彷徨の方が正しかったのがわかったときは、くやしかったなぁっ」
そのときの様子が想像されて、未夢はふき出しそうになるのをこらえた。
いつのまにか、奇妙な形―虫の様な、爬虫類のような―をした怪物がしゃべっている。
「キーッキッキッ、我らが野望の邪魔をするサボテンマンよ、今度こそは葬り去ってくれるッ」
だめだ。
ああいう造りの画面は、夢に出てきそうでこわい。
「あのっ、わたしっ、お茶入れてくるっ」
◇
台所でも、茶の間からの歓声が耳に入る。
はー…。
なんで男の子って、ああいうのを好きで見るんだろ?
しかも…もう高校生にもなって…。
いくら彷徨と三太くんの思い出のヒーローだからって言ってもさぁっ…。
ふぅ、とため息が出た。
彷徨も結婚して、男の子ができたりなんかしたら、一緒にああいうの見るのかな?
そういえばルゥくんがいたときって、もっとかわいらしいのは見てたけど…。
だめだめ、あんな気持ち悪いのなんか、子供に見せたりさせないんだから、まったくっ。
…って、なにかんがえてんのよっ、わたし―…っ!?
「おそい」
いきなり背中のほうから聞こえた彷徨の声に「熱っ」急須をひっくり返しそうになる。
「なにやってんだっ、…だいじょーぶかっ」
彷徨は駆け寄って、未夢の手をとった。
その手から、脈拍が加速していく。
彷徨にまで、伝わりそう―…。
その脈は、冷たい水で流された。
「つめたっ」
「やけどしたかもしれないだろっ、ちゃんと冷やしておかないとっ」
その横顔には、さっき見た怪物とは正反対の美しさがある。
「もうこんなもんでいいか…痛むか?」
こんなとき、彷徨って、すごくやさしい―…。
ペシッ、という音とともに、未夢の手に軽い痛みが走る。
「いったぁっ、なにすんのよっ」
怒る未夢に彷徨はペロッと舌を出す。
「痛むか、ってきーてんのに返事ねーから、痛みを忘れたのかとおもってなっ」
「なっなによっ、ちょっと―…」
未夢はその先を言えなかった。
見とれてただけ、とは、この状況で言うのはくやしくて、それに…あまりに恥ずかしくて。
「お茶、持ってくからなっ」
彷徨はそれを知ってか知らずか、茶の間へさがった。
その影をしばらく、未夢はまた脈を早めながら、ただ見つめた。
◇
台所から戻ってみると、画面の中はだいぶ様子が変わっていた。
わりと端正な顔つきをした男性が、揃いのシンプルな造りのマスクと服装とをつけた、たくさんの人間に取り囲まれている。男は身構えると、襲い掛かってくるそれらを、こぶし一撃で、ひじ打ちで、あるいは高く上げた蹴り一閃で、なぎ倒していく。
高いところから、虫人間とでも言えそうな怪物が杖を一振りする。
孤軍奮闘の男の周りで、爆発が起こった。
周りにいた戦闘員らしき彼らも、一緒に吹き飛ばされていた。
「おまえ、仲間を見殺しにするのか!」
男は怪物に叫んだ。怪物は応えた。
「きさまさえ、いなくなればいいのだ」
男は肩を震わせながら、つぶやいた。「許せん…」
男は腰の後ろから、緑色のふたつの球体を取り出した。
それを両手に持つと、一旦両方を腰に引き、力を込めながら目の前へ腕を伸ばしていく。
伸び切って、目の前で手首がクロスしたとき、男は叫んだ。
「変針!」
その瞬間、球体からは無数の針が出る。
男はさらにそれを、自分の肩に押し付ける。
「うわーっ、痛そう…っ」
その映像を見て、未夢は思わず声をあげた。
「これなんだよぉ、」三太が応じる。「痛いのを我慢してでも、変針しなきゃならないときは変針する、これがいいんだよぉ、なぁ彷徨」
「まぁ…なっ」彷徨は苦笑いを押さえられなかった。
画面上の男は、サボテン型のマスクに緑のマントに変わっていた。
以前、彷徨と三太がカメから取り出した、あの―
「絶対平和、サボテンマン!」
あの装束で、あのポーズを決めている。
そこからは、怪物との一騎打ちだ。
武器を振り回す怪物に対して、サボテンマンはひたすら肉弾戦で応じている。
怪物にサボテンマンの手足が当たったとき、そのトゲが大写しになる。
確かに、痛そうだ。
怪物にかなりのダメージを与えたか、と誰もが思ったとき、少女の声がした。
「サボテンマンお願いっ、お兄ちゃんをころさないで!」
サボテンマンは黙って少女のほうを見た。ほんのわずか、首を縦に振ったように見える。
しかし次の瞬間、サボテンマンは怪物を正面から抱き上げると、腰の辺りから締め上げ始めた。
「ああっ、あんなことしたら死んじゃうんじゃないのっ」
いつのまにか、未夢まで見入っている。
「大丈夫だよぉ、あれは『ニードル・ホールド』っていって―」
三太の言葉を彷徨はさえぎった。
「まぁ見てろって」
トゲが怪物に刺さっていく。
しかし、トゲの一部は、サボテンマン自身にも刺さっている。
サボテンマンは咆哮を上げた。
その咆哮が最高潮に達したとき、怪物から手のひらほどの虫のような物体が離れた。
怪物や、戦闘員の姿は、普通の人間に戻っていった。
サボテンマンは寄生していたそれを、こぶしで打ちぬいた。
大きな爆発が起こる。
その爆発が収まると、サボテンマンも人間の姿に戻った…が、あちこちから血がにじんでいる。
「針矢お兄ちゃん…」
駆け寄る少女に、針矢は言った。
「かすり傷だ…それより、兄さんの介抱をしてやりな…」
「くーーーーーーーーっ!」
三太は両こぶしを握りしめている。
「あれだよなぁ、あの自分を傷つけても他人を守る、っていうのがよかったんだよなぁ」
「しかし…なぁっ」
彷徨がつぶやいた。
「ん?」三太が横目で彷徨を見る。
「いま見ると…けっこー子供だましだよな…」
「まぁ…そうだなよなぁ…」
彷徨と三太は、顔を見合わせて笑った。
ふと気になって、彷徨はふり返った。
「はぁ―…っ」
未夢が胸の前で両手を合わせて目を潤ませている。
「おまえ…なにやってんの」
「なにって…すてきじゃないっ、あのヒトっ」
呆れる彷徨に代わって、三太がその言葉を受け止めた。
「そうだろぉっ、光月さんもわかるよなぁっ!?」
彷徨は頭に手を置いて、ひとつ大きなため息をついた。
「いーけど三太、もう4時だぞ?バイト、いーのかっ?」
「やべっ」三太は荷物をまとめ始めた。「このプレーヤー、」
「いーよ、あとはやっとく」
荷物を片手に、もう片手で拝むしぐさをしながら「わりぃ、また来るわ」三太はあわてて出て行った。
「はー、まったく台風みたいなやつだな、いつもいつも」
彷徨はまたひとつため息をついた。
「でも、めずらしーもの見せてもらったし、彷徨だって楽しんでたじゃない」
未夢はそういって、微笑んだ。
「ああ…やっぱりめずらしーもんは、三太、だなっ」
彷徨もつられて微笑んだ。
◇
「これは…ここに置くんだなっ?」
「うんっ」
光月家のリビングでは、彷徨がコードのつなぎなおしをしていた。
「どれとどれをつなぐか、そんなによくわかるんだねぇ…っ」
すぐ横で見ていて、感心する未夢だったが、
「って、なんでこーゆー簡単なコトがわかんないわけ?」
笑う彷徨に、なすすべがない。
「だってっ、…コードつないだりするのって、全部パパとママがやっちゃうし―…」
「それを横からのぞいて覚えたりとか、しないのか?」
呆れて見せている。絶対、からかってる。
「それができれば、彷徨になんか頼まないわよっ」
どうしていっつもいっつも、イジワルなことばっかし言うのよっ、まったくっ。
ちょっと拗ねてやろうと思って、思い切り立ち上がったときだった。
つなぎなおしのために、脇にどけていたビデオの箱につまずいた。
よろけて、棚に寄りかかったら、
その棚が倒れてきた―…。
ガン。
鈍い音…。
痛―…く、ない?
「だいじょうぶかっ?」
すぐ横から、彷徨の声。
「う…うんっ」
見ると、彷徨が片腕で、棚を止めている。
角が当たったらしきところから、血がにじみはじめた。
「彷徨っ、それっ」
「かすり傷だ」知らん顔をして、崩れた棚の中身を見ている。「それよりこれ、なんとかしなきゃなっ」
そのセリフが、さっきのサボテンマンにあまりに似ていて、ちょっとおかしかった。
「なに笑ってんだよっ、片付けるぞっ」
知らん顔のままの彷徨に、言ってみる。
「彷徨って、ときどきすごく―…」
その言葉に、彷徨がこっちを向いた。
そう、正面から見つめられると、ドキドキする―
「なんだよ」
「いっ、いーよっ、片付けよっ片付けよっ」
「あのなぁ、これだってだれのせいで、こーなったんだかわかってんのかっ?」
「わかってるわよっ、ごめんってばっ」
いっつも、こうなっちゃって、
なんとなく、言いづらいけど…。
だれよりも、かっこいーよっ、彷徨っ。
#888Hitの栗田さんからのリクエスト、「ヒーロー」というお題で…といえば、ついこないだの教育テレビでの放送、サボテンマン!というわけで…サボテンマンの話を1話分書こうかと思いましたが、それはあんまりなのでこうなりました(笑)
結構長くなってしまった割には、中身が…オチもベタだし(汗)
講談社ってことでテレビマガジンなんですが、きっとサボテンマンの扱いは小さかったんだろうなぁ(笑)
まぁこれで変身ポーズと技、必殺技はわかりましたね(笑)>李帆さん
途中、未夢のモノローグで「ルゥくんがいたときって、もっとかわいらしいのは見てたけど」というのがありますが、何を見ていたか知りたい方は、ちーこさんの「ちいさな診療所」へどうぞ(^^;
しかし未夢っち、特撮にハマっちゃいかんぞ!(^^;
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というわけで何年かぶりに読み返してみましたが、栗田さんとか李帆さんとかちーこさんとか書いてるのね(笑)
この話が発端で「ヒーロー同好会!&しゃん同盟」ができるとは夢にも思ってませんでした。ここからあの、家族のような兄弟姉妹のような集まりに発展するなんて…これもだぁ!のなせるワザなのかもしれません。
いま現在(2006年11月)、Googleで「三太 サボテンマン」ってキーワードで検索するとこのページがトップででてきちゃうんですね(^^; これにはちょっとびっくりしました(笑)