マニキュアのある日

作:山稜

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 いきなりだった。

 店もお客さん、すくなくて。
 クリスちゃんから、メール来て。
 あした会おうって「あ」を打って、
 つぎ、打ちかけで、ふと呼ばれて。

「これ、きみに似合うとおもうんだけど」

 ここんとこ、よく見るカオではある。
 ここを気に入ったのか、週に2回はやってくる。
 ホットコーヒーときまってて、ゆっくり飲んでふらっと帰る。

 ここでのバイトも、もうながい。
 こういうこと、なかったわけでもない。
 話したこと、なかったわけでもない。
 それでもやっぱり、考えてもない。

「なんですか、これ?」
 未夢はちいさな包みを、ゆびさした。
「マニキュア…なんだけどね」
 男はすこしだけ、わらった。

 ここでのバイトも、もうながい。
 こういうこと、なかったわけでもない。
 ことわり方、知らないわけじゃない。

「いや…でも、よその男の人から何かもらってくると、カレシがおこりますから」

 "カレシ"を強調するのがポイント。
 だいたいこれで、ひきさがってくれる。

 男は言った。
「へぇ、きびしい彼氏さんなんだねぇ」

 おっと。
 思ったよりも、てごわいですか。

「そうなんですよ〜、中学のときからもう8年もつきあってるから、知らないことはないぞってカンジで」

 これでどうだ。

「8年かぁ…じゃそろそろ結婚とかって話も出るのかな?」

 …うっ。
 そう言われるとは、思ってなかった…。

 詰まっていると、男は笑った。
「8年も、じゃ、もう『ただ一緒にいる』ってだけなんじゃない?恋愛感情とか、なくなっちゃって」

 えっ…?

「あぁ、ごめんね、つまんないこと言っちゃって…」
 男はそう言うと、コーヒー代をカウンターの上に、おいた。
「まぁ、そんなにかたくならずに、ちょっと使ってみてよ…また来るから」

 小銭のよこで、包みが言った。

《もう「ただ一緒にいる」ってだけなんじゃない?》

 ぼぉっと、
 見ていた。


 かばん置いたら、西遠寺。
 茶の間の彷徨の、顔を見に。
 まよったけれど、いつものとおり。
 でもきょうは、なにか自分でぎこちない。

 引き戸をあけたら、彷徨が、いねむり。
 横になって、ふとんもかけずに。
 あ〜あ、パソコン開けっ放し。

 卒論って、どれぐらい一生懸命やらなきゃいけないもんなのか、ちょっとピンとこないけど…。
 でも、最近あんまり、―…。

 ホントに、「ただ一緒にいる」ってだけなの…かな…。

 ポケットの中、かさり。

 あ、
 マニキュア、か…。

 そっと、包みを開けてみる。
 エメラルドみたい、きれいな緑。

 ひかれて、つめに乗せてみる。
 べつの色に染む、なか指の先。

 彷徨が、目を覚ました。
「帰ってたのか」
「え…あ、うん」
「なんだそれ、買ってきたのか?」

 もらったって言ったら、またアレだし…。
「う…うん」

 左のまゆを、彷徨が上げた。
「ふーん…」
 やっぱし、お見とおし?
「なっ、なによ」
「別に…」

 それだけ言うと、彷徨はパソコン。

「ちょ、ちょっとっ」
「なんだよ」
「それだけっ?ホントはもらったんじゃないか〜とか、きかないのっ?」
「だっておまえ、いま買ったって言ったじゃん」

 それだけ言うと、またパソコン。

 きょうみ…なし?
 わたしのこと…。
 やっぱり…もう、「ただ一緒にいる」ってだけ…?

 未夢はそっと、部屋から出た。


 ふいに、クリスちゃん。
「未夢ちゃん、きいてらっしゃる?」
「あっ…ごめん、ちょっとボーっとしてたぁ」
 あははと、わらっておきはする。

 出してもらった、紅茶の味。
 正直言って、わかってない。
 きのうのことが、抜けきらない。

「彷徨くん、ですわね?」
「えっ、ちっ、ちがうよぉ」
「かくしても、ムダですわよ」

 ひだりのほおを、つつかれた。
「ここに、ホラ」

 あわてて、さわった。

「ちゃぁんと、書いてありますわ」
「ちょっともうっ、クリスちゃんっ!?」

 うふふ、と言って、ほほえんで。
 クリスはちょこっと、くびをかしげた。

「相談にはのれないかもしれませんけど…お話ぐらいなら、ききますわよ?」

 意外だ、ってよく言われるけど、
 友だちってあまり、多くない。
 何でもいえる、友だちは。

 でも…クリスちゃんは、なぜか…。

「あのね…」

 クリスがやさしい顔をする。
 思わず少し、目をふせる。

「バイト先でマニキュア、もらったんだけど…彷徨、見てくれなくて…」
「あら…」
「ふつうさぁ、すぐとなりでマニキュアぬってたりしたら、その色どうだとか似合ってねーとか、そういうこと言うもんじゃないっ?」

 クリスは目がしらを、すこし寄せた。
「さぁ…」
 目を上げて見てみると、クリスは困った顔をした。

「わたくし、マニキュアって、しませんから、なんとも…ごめんなさいね未夢ちゃん」

「えぇっ」
 おもわず、声が出た。
「でもクリスちゃん、つやつやのきれいなつめ…」
 いま、そう言われるまで、してるもんだと思ってた。

 目をまん丸くしていたら、両手をあわせる音が、ポン。

「そうですわ未夢ちゃん、ネイルケアしましょっ」
「ネイルケア…?」


 ゆったり、イスにこしかけて。
 ボウルみたいなのが、すぐ横で。
 油みたいのが、入ってて。

 パラフィンバスっていうらしい。
 専門のひとが手を取って、中に。
 ほのあたたかくて、きもちいい。

 つめのまわりの甘皮が、ふやけてしまってやわらかい。
 それをまた整えてもらって、きれい。

 そのあと手先のマッサージ。
 それからつめを、みがいてもらった。

「ホラね未夢ちゃん、きれいになったでしょ」

 自分のつめ。
 なのに、つやつやで。

「マニキュアの派手なつやより、いいと思いません?」

 そうは言ってもこんなこと、いつもなかなかできるわけない。
 困った顔をしていると、クリスはさらにことばを続けた。

「それに…」
「それに?」
「マニキュアって、落としたときにつめ、くすむでしょ?つける前より…」

 あ…。
 そういえば、そうだ…。

「しぜんにしているのが、本当はいちばんきれいなんだと…そう、思いますわ」

 自分のつめ。
 ほんのり、しぜんに…。

 さくら色…。

 手の向こうで、クリスちゃんが、笑ってる。

「クリスちゃんさぁ…結婚してから、ちょっとかわったよねぇ」
「そうかしら?自分ではわかりませんけど…」
「なんていうか、親しみやすくなったっていうか…落ちついた、かな?」

 天井に飛ばした目を、クリスはすぐにもどした。
「だとしたら…」

 くび、かしげてみた。
 やっぱりクリスちゃんは、わらった。

「それはきっと、毎日一番好きな人と、いっしょに暮らせるからだと思いますわ」

 そう言うと、今度はいたずらっぽい目をした。
「未夢ちゃんはずっとそうですもの、それでですわよ」
「わっ、わたしはべつに、いっしょに暮らしてるわけじゃっ」
 思わず、手を振り回す。
「ほとんどそんなようなもの、でしょ」

 カオ、あつくって、湯気出そう…。

「照れなくてもいいんですのよ、それがいちばん、しぜんな姿なんですもの」

 しぜん…。
 彷徨…、

 そうかぁ…だから、
 なんにも、言わなかったんだ…。

 クリスちゃんは…やっぱりまた、
 やさしく、ほほえんでいた。


 あのお客さん、きょうもきた。
 ちゃんと、言っておかないと。

「あの…」
「あ、どうだった、あれ?」
「ごめんなさい、これ、お返ししますっ…封、きっちゃってわるいんですけど…」
「あちゃ〜、やっぱだめ?」
「あの…わたし、カレといっしょが…」

 男はポカンと、くちを開けた。
 かまわず、つづけた。

「いっしょにいられたら、それで…」

 店の外から、バイクの音。
 あれ?
 ききなれた…。

「いらっしゃ…」
 入ってきたのは、彷徨。

 ポカンとしてると、彷徨は言った。
「もうすぐ、あがるんだろ?」
「え?あ、うん…」

 時計を見たら、もう5時過ぎてた。
 マスターが大きくうなずいた。

「じゃ着かえてくるから、待ってて」
「あぁ…出てる」
 そう言うと、彷徨は店のとびらをあけた。

 男が、苦笑い。
「ねぇマスター、ぼく思いっきりカンちがい、されてません?」
 緑の小びんを、つまみあげた。
「新製品の感想、ききたかっただけなんだけどなぁ…カミさんは鼻で笑うだけだし…」

 マスターはきまり悪そうに、笑った。



「なんだおまえ、きょうスカートか」
「だって、彷徨がくるなんて思ってなかったし」
「しょーがねーな、押してくか…」
「車だったらよかったのに」
「買い物の帰りだからな…」
「卒論の本?」
「いや…そっちはもう、落ち着いたから」

 って、ことは…。
 ちょっとぐらい、かまってもらえるのかな…。

 ぬかよろこびは、いやだから、
 言ったことばは、
「そ…そう」
 それでも、声がうわずってた。

「なぁ未夢」
「え…なっ、なに?」
「あした、海でも見にいこうぜ」

「…うんっ!」
 しぜんに、声が出た。

 彷徨がにっこり、笑った。

 ゆっくりと日が、くれていった。



 なんだか書くの、ひさしぶりな気が(^^;
 南しゃんが同盟&同好会に参加するきっかけとなったキリ番、10000Hitのリクエスト…ようやく、書き上がりました。お題「マニキュア」そのまんま(笑)

 ながくつきあってると、まわりからいろいろ言われるもんでね(^^;、そのことばにいちいち考えさせられたりするんですわ(汗)
 でもまぁ、このふたりなら、こんな感じなんでしょう。彷徨も気は付くほうだし…未夢は思い込み、はげしいし(笑)

 クリスがもう結婚してたり、彷徨が卒論書いてたり、だぁメンバーが今後どうなっていくのか、は…もうちょっとナイショ(^^;

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