作:山稜
いきなりだった。
店もお客さん、すくなくて。
クリスちゃんから、メール来て。
あした会おうって「あ」を打って、
つぎ、打ちかけで、ふと呼ばれて。
「これ、きみに似合うとおもうんだけど」
ここんとこ、よく見るカオではある。
ここを気に入ったのか、週に2回はやってくる。
ホットコーヒーときまってて、ゆっくり飲んでふらっと帰る。
ここでのバイトも、もうながい。
こういうこと、なかったわけでもない。
話したこと、なかったわけでもない。
それでもやっぱり、考えてもない。
「なんですか、これ?」
未夢はちいさな包みを、ゆびさした。
「マニキュア…なんだけどね」
男はすこしだけ、わらった。
ここでのバイトも、もうながい。
こういうこと、なかったわけでもない。
ことわり方、知らないわけじゃない。
「いや…でも、よその男の人から何かもらってくると、カレシがおこりますから」
"カレシ"を強調するのがポイント。
だいたいこれで、ひきさがってくれる。
男は言った。
「へぇ、きびしい彼氏さんなんだねぇ」
おっと。
思ったよりも、てごわいですか。
「そうなんですよ〜、中学のときからもう8年もつきあってるから、知らないことはないぞってカンジで」
これでどうだ。
「8年かぁ…じゃそろそろ結婚とかって話も出るのかな?」
…うっ。
そう言われるとは、思ってなかった…。
詰まっていると、男は笑った。
「8年も、じゃ、もう『ただ一緒にいる』ってだけなんじゃない?恋愛感情とか、なくなっちゃって」
えっ…?
「あぁ、ごめんね、つまんないこと言っちゃって…」
男はそう言うと、コーヒー代をカウンターの上に、おいた。
「まぁ、そんなにかたくならずに、ちょっと使ってみてよ…また来るから」
小銭のよこで、包みが言った。
《もう「ただ一緒にいる」ってだけなんじゃない?》
ぼぉっと、
見ていた。
◇
かばん置いたら、西遠寺。
茶の間の彷徨の、顔を見に。
まよったけれど、いつものとおり。
でもきょうは、なにか自分でぎこちない。
引き戸をあけたら、彷徨が、いねむり。
横になって、ふとんもかけずに。
あ〜あ、パソコン開けっ放し。
卒論って、どれぐらい一生懸命やらなきゃいけないもんなのか、ちょっとピンとこないけど…。
でも、最近あんまり、―…。
ホントに、「ただ一緒にいる」ってだけなの…かな…。
ポケットの中、かさり。
あ、
マニキュア、か…。
そっと、包みを開けてみる。
エメラルドみたい、きれいな緑。
ひかれて、つめに乗せてみる。
べつの色に染む、なか指の先。
彷徨が、目を覚ました。
「帰ってたのか」
「え…あ、うん」
「なんだそれ、買ってきたのか?」
もらったって言ったら、またアレだし…。
「う…うん」
左のまゆを、彷徨が上げた。
「ふーん…」
やっぱし、お見とおし?
「なっ、なによ」
「別に…」
それだけ言うと、彷徨はパソコン。
「ちょ、ちょっとっ」
「なんだよ」
「それだけっ?ホントはもらったんじゃないか〜とか、きかないのっ?」
「だっておまえ、いま買ったって言ったじゃん」
それだけ言うと、またパソコン。
きょうみ…なし?
わたしのこと…。
やっぱり…もう、「ただ一緒にいる」ってだけ…?
未夢はそっと、部屋から出た。
◇
ふいに、クリスちゃん。
「未夢ちゃん、きいてらっしゃる?」
「あっ…ごめん、ちょっとボーっとしてたぁ」
あははと、わらっておきはする。
出してもらった、紅茶の味。
正直言って、わかってない。
きのうのことが、抜けきらない。
「彷徨くん、ですわね?」
「えっ、ちっ、ちがうよぉ」
「かくしても、ムダですわよ」
ひだりのほおを、つつかれた。
「ここに、ホラ」
あわてて、さわった。
「ちゃぁんと、書いてありますわ」
「ちょっともうっ、クリスちゃんっ!?」
うふふ、と言って、ほほえんで。
クリスはちょこっと、くびをかしげた。
「相談にはのれないかもしれませんけど…お話ぐらいなら、ききますわよ?」
意外だ、ってよく言われるけど、
友だちってあまり、多くない。
何でもいえる、友だちは。
でも…クリスちゃんは、なぜか…。
「あのね…」
クリスがやさしい顔をする。
思わず少し、目をふせる。
「バイト先でマニキュア、もらったんだけど…彷徨、見てくれなくて…」
「あら…」
「ふつうさぁ、すぐとなりでマニキュアぬってたりしたら、その色どうだとか似合ってねーとか、そういうこと言うもんじゃないっ?」
クリスは目がしらを、すこし寄せた。
「さぁ…」
目を上げて見てみると、クリスは困った顔をした。
「わたくし、マニキュアって、しませんから、なんとも…ごめんなさいね未夢ちゃん」
「えぇっ」
おもわず、声が出た。
「でもクリスちゃん、つやつやのきれいなつめ…」
いま、そう言われるまで、してるもんだと思ってた。
目をまん丸くしていたら、両手をあわせる音が、ポン。
「そうですわ未夢ちゃん、ネイルケアしましょっ」
「ネイルケア…?」
◇
ゆったり、イスにこしかけて。
ボウルみたいなのが、すぐ横で。
油みたいのが、入ってて。
パラフィンバスっていうらしい。
専門のひとが手を取って、中に。
ほのあたたかくて、きもちいい。
つめのまわりの甘皮が、ふやけてしまってやわらかい。
それをまた整えてもらって、きれい。
そのあと手先のマッサージ。
それからつめを、みがいてもらった。
「ホラね未夢ちゃん、きれいになったでしょ」
自分のつめ。
なのに、つやつやで。
「マニキュアの派手なつやより、いいと思いません?」
そうは言ってもこんなこと、いつもなかなかできるわけない。
困った顔をしていると、クリスはさらにことばを続けた。
「それに…」
「それに?」
「マニキュアって、落としたときにつめ、くすむでしょ?つける前より…」
あ…。
そういえば、そうだ…。
「しぜんにしているのが、本当はいちばんきれいなんだと…そう、思いますわ」
自分のつめ。
ほんのり、しぜんに…。
さくら色…。
手の向こうで、クリスちゃんが、笑ってる。
「クリスちゃんさぁ…結婚してから、ちょっとかわったよねぇ」
「そうかしら?自分ではわかりませんけど…」
「なんていうか、親しみやすくなったっていうか…落ちついた、かな?」
天井に飛ばした目を、クリスはすぐにもどした。
「だとしたら…」
くび、かしげてみた。
やっぱりクリスちゃんは、わらった。
「それはきっと、毎日一番好きな人と、いっしょに暮らせるからだと思いますわ」
そう言うと、今度はいたずらっぽい目をした。
「未夢ちゃんはずっとそうですもの、それでですわよ」
「わっ、わたしはべつに、いっしょに暮らしてるわけじゃっ」
思わず、手を振り回す。
「ほとんどそんなようなもの、でしょ」
カオ、あつくって、湯気出そう…。
「照れなくてもいいんですのよ、それがいちばん、しぜんな姿なんですもの」
しぜん…。
彷徨…、
そうかぁ…だから、
なんにも、言わなかったんだ…。
クリスちゃんは…やっぱりまた、
やさしく、ほほえんでいた。
◇
あのお客さん、きょうもきた。
ちゃんと、言っておかないと。
「あの…」
「あ、どうだった、あれ?」
「ごめんなさい、これ、お返ししますっ…封、きっちゃってわるいんですけど…」
「あちゃ〜、やっぱだめ?」
「あの…わたし、カレといっしょが…」
男はポカンと、くちを開けた。
かまわず、つづけた。
「いっしょにいられたら、それで…」
店の外から、バイクの音。
あれ?
ききなれた…。
「いらっしゃ…」
入ってきたのは、彷徨。
ポカンとしてると、彷徨は言った。
「もうすぐ、あがるんだろ?」
「え?あ、うん…」
時計を見たら、もう5時過ぎてた。
マスターが大きくうなずいた。
「じゃ着かえてくるから、待ってて」
「あぁ…出てる」
そう言うと、彷徨は店のとびらをあけた。
男が、苦笑い。
「ねぇマスター、ぼく思いっきりカンちがい、されてません?」
緑の小びんを、つまみあげた。
「新製品の感想、ききたかっただけなんだけどなぁ…カミさんは鼻で笑うだけだし…」
マスターはきまり悪そうに、笑った。
「なんだおまえ、きょうスカートか」
「だって、彷徨がくるなんて思ってなかったし」
「しょーがねーな、押してくか…」
「車だったらよかったのに」
「買い物の帰りだからな…」
「卒論の本?」
「いや…そっちはもう、落ち着いたから」
って、ことは…。
ちょっとぐらい、かまってもらえるのかな…。
ぬかよろこびは、いやだから、
言ったことばは、
「そ…そう」
それでも、声がうわずってた。
「なぁ未夢」
「え…なっ、なに?」
「あした、海でも見にいこうぜ」
「…うんっ!」
しぜんに、声が出た。
彷徨がにっこり、笑った。
ゆっくりと日が、くれていった。
なんだか書くの、ひさしぶりな気が(^^;
南しゃんが同盟&同好会に参加するきっかけとなったキリ番、10000Hitのリクエスト…ようやく、書き上がりました。お題「マニキュア」そのまんま(笑)
ながくつきあってると、まわりからいろいろ言われるもんでね(^^;、そのことばにいちいち考えさせられたりするんですわ(汗)
でもまぁ、このふたりなら、こんな感じなんでしょう。彷徨も気は付くほうだし…未夢は思い込み、はげしいし(笑)
クリスがもう結婚してたり、彷徨が卒論書いてたり、だぁメンバーが今後どうなっていくのか、は…もうちょっとナイショ(^^;