作:山稜
アブラゼミの鳴く、声。
ノートにえんぴつを、はしらせる。
未夢の、寝息。
彷徨のほおに笑みを、うかばせる。
昼間っから、よく寝るなぁ…。
あーあ、腹…でてるぞ。
近くにあったタオルを、かけた。
眠ってしまうのも、わからないではない。
受験は夏が山場…おまけに、推薦で受ける。
そう言ったら未夢は、
「じゃ、あそんでないで勉強、勉強!」
自分は短大行くつもりだから、気楽なもんだ。
で、毎日やってきて、となりで、退屈して、ごそごそ。
…気になって、勉強なんてできたもんじゃない。
きょうみたいに寝てれば、まだ楽な方で。
ふいに未夢が、寝返り。
…前言撤回。
寝てるほうが、場合によっては気になる…。
タンクトップのすそを、ひっぱる。
…汗、かいてるけど…だいじょうぶか、こいつ。
そうは言っても、それ以上は、ちょっと。
タオルをしっかり、…とりあえず。
「ん〜…」
…起きた…か。
「カゼ、ひくぞ」
「んぁ?…う〜ん」
未夢が起き上がった。
背伸びをしかけて、やめた。
はりついたタンクトップを、ひっぱった。
「なにじっと見てんのよ、エッチっ」
「…言うんなら、そんな薄着してんなって」
「言うほど薄着じゃ、ないでしょおっ」
「はいはい」
彷徨が問題集に目を落とすと、未夢は言いかけた言葉を
「あっつ〜い」
に、取りかえていた。
「むぎ茶、もらっていい?」
「『もらっていい?』って、おまえがつくったんじゃねーか」
「だって一応、彷徨んちのだし」
「なにをいまさら」
わらった。
「ついでにおれにも、くれ」
「はーい」
ひと休み、するか。
ふぅ、とため息をはいてみる。
気づくと、あたりがうすぐらい。
風に、雨のにおい。
遠くでゴロゴロ、いってる。
「やーん、夕立ちっ?」
あわてて、未夢が庭へ。
せんたく物を、急いで縁側へ。
かみなり、ピカリ。
雲の上のバケツ、ひっくりかえり。
あたり、一面どしゃぶり。
「あーもうっ、かわいてたのにっ!」
うらめしそうに、戻ってきた彷徨を見た。
「彷徨のせいだからねっ」
「なんだよ」
「てつだってくれたら、ぬらさずにすんだかも知れないじゃないっ」
たたみに腰をおろしながら、彷徨は
「はいはい」
舌をぺろっと、ひと言だけ。
さすがに未夢も、むくれて言った。
「あんたねぇっ、さっきから『はいはい』『はいはい』ってっ、ひとのハナシ、きーてんのっ!」
「おまえさ…」
「なによっ」
「カゼひくからフロ、入ってこいよ…わかしてあるから」
未夢が大きな目を、それ以上に大きくした。
「あっ…」
「ん?」
「ありがと…」
彷徨は口のはしっこを、少しだけ上げた。
なかなか、出てこない。
のぼせて、ひっくりかえってんじゃねーだろなっ?
ようす、見に…行ってみるか。
―また「エッチ」とか言うだろうなぁ…やめとくか。
でも、たおれてたらまずいし、なぁ…。
あ〜、ったくっ!
えんぴつを、あらっぽく置く。
立ち上がったら、声がした。
「かなたぁ〜…」
フロの中からだ。
元気がない。
走る。
とびらの手前で、なんとか止まる。
「どうしたっ、だいじょうぶかっ!?」
「だいじょうぶ…だけど…その…」
とりあえず、だいじょうぶか…。
落ち着いて、きいてみた。
「のぼせたのか」
「ちがうよっ、あの…さ…」
「どした」
「きっ…着がえ…もってくるの、わすれた…」
おもわず、ふいた。
げらげら笑った。
「そっ、そんなにわらわなくったって、いーでしょっ!」
とりあえず、わらうのはおいといて。
「どーすんだ、着替え?」
干されてた分も、いま着てた分も、ずぶぬれだし。
「取ってきてやろうか?」
「いや…それは…ちょっと…」
腕組んで、にやり。
「なんなら、ハダカで出てくるか?」
「ちょっ、なっ…バカっ、エッチっ!」
あたまの後ろを、ひっかいて。
「しょーがねーなぁっ、…ちょっと待ってろ」
やっと、茶の間に未夢。
あたまのてっぺんまで、真っ赤で。
「あの…彷徨っ、これ…」
「でかくても、しょーがねーだろ…おれのなんだから」
Tシャツも、うえから重ねた半そでのシャツも、だぶだぶ。
そうでもないのは、短パンだけ。
「とりあえず、それで自分の部屋まで、かえってこいよ」
未夢はうなずくだけうなずいて、かえっていった。
ぬれてしまった、せんたく物といっしょに。
ふぅっとまた、ため息。
のどがかわいてたのを、思い出した。
ったく、むぎ茶もゆっくり飲めねーじゃん…。
その、むぎ茶のはいったコップ。
となりにも、むぎ茶のはいったコップ。
ならんで、汗をかきながら。
あいつ、かえるとき…まだ、真っ赤だったな…。
だまって行っちまったけど…。
ホントにのぼせたりとか、だいじょうぶだったのか―…。
どうにも、ため息が止まらない。
ならんだコップのひとつを、ぐい。
空になったのが、なんとなく―
つたって落ちる、しずく。
足の甲に、はねる。
テーブルの、水たまり。
ゆびでそっと、触れてみる。
つめてぇ…。
ぱたぱたと、足おと。
はきかけのため息を、とめた。
自分のに、着がえてきたらしい。
あがってきた。
なんとなく、目じりがゆるんだ。
「ひゃ〜っ、ヒドイ目にあったよぉっ」
「そりゃ夕立ちはそうだろうけど、着がえ、わすれたのはおまえだろ…」
また、顔を真っ赤にそめて。
「いつまでもそーゆーこと、言わないのっ!」
むぎ茶のコップに、未夢の手。
とどく前に、彷徨の手。
「それっ、わたしっ」
言い終わる前に、カラ。
「ちょっとっ、彷徨の分、くんでおいてあげたでしょぉっ!」
「のど、かわいてんだよ」
未夢は冷蔵庫を、ゆびさした。
「また出してくればいいじゃないっ」
彷徨はコップを、ゆびさした。
「おれは、そ・れ・が、飲みたかったんだよっ」
「あ〜の〜ね〜ぇっ!」
ヒグラシの鳴く、声。
胸にひざしを、はしらせて。
未夢の、おこる声。
ほおに笑みを、うかばせて。
夏の日は、落ちていった。
「プチみかん祭」参加用に書いた作品。ちょうど夏イベントってコトで、今年もやっちゃいました、夏の彷徨。
めったに書きませんからね、彷徨視点は(^^;
花火とかプールとか海とか、いろいろ浮かんだんですが、夏の彷徨シリーズはやっぱり西遠寺の日常。なんだかんだと言いながら、やっぱり…ってとこですか(笑)