作:山稜
もとはといえば、彷徨が悪いのだ。
そう、彷徨が悪い。
そう決めつけていながら、なんとなく落ち着かなかった。
落ち着かないというか…そう、ばつが悪いというか。
ことの発端は、バレンタインの3日前。
ちょうど祝日で、ガッコも休み。
まえまえから、チョコレートを作るんならこの日、と決めていた。
いまさら、わたしがあげなくても、そこらじゅうからもらってくる。
それはずっと、わかってる。
…それでも、うれしそうなカオ、してくれるのが見たくて。
それなのに、やっとできた、って、ひと息ついてるそばにきて、
「ちゃんと食えるの、つくってくれよなっ」
…は、ちょっと、ひどくないっ!?
今年は彷徨になんて、ぜったい、あげないんだからっ。
そう心に決めて、思いっきり舌を出してみせた。
未夢が頭のてっぺんまで血をのぼらせていると、玄関が元気よく開いた。
「こんちはーっ、ひさしぶりっ!」
ひと声とばす。
三太はいつもどおり、遠慮なくずんずん上がってきた。
「な〜んか最近、妙にいそがしくてさぁ、なかなか彷徨んちにも…」
さすがの三太も、そこで言葉をとめた。
「…ちょっと時間できたからと思ってさぁ………………」
冷え込みがきびしい。
それでもなぜか、汗がこめかみに。
「んじゃ、またなぁっ」
「いーじゃん別に」
教科書らしい専門書を読みながら、彷徨が言う。
「ひさしぶりなんだし、ゆっくりしてけよっ」
そう言いながら、顔は三太のほうに向かない。
「い…いやぁ、おれ、用事思い出したからさぁっ」
こんどは未夢がほほえんだ。
「まぁまぁ、そー言わないで、ひさしぶりなんだから、ねっ」
なんとなく、すんなり言えないではいる。
とはいえ未夢は、話が見つからない。
彷徨は、本を読む以外しない。
三太は、目が笑ってない。
だれも…話そうとしない。
「や、やっぱ、おれ…」
その言葉にかぶせるように、未夢が言った。
「そうだ、そういえば三太くんって、きのう誕生日だったんじゃないっ」
「あ、あぁ、そうだけどぉ…っ」
未夢は両手を胸の前でぱちんと鳴らした。
「ちょっと待っててね、三太くんっ」
三太は彷徨のほうを、盗み見てみた。
あいかわらず、無関心ぽくしてる。
両手を上に、三太は上げた。
未夢は、すぐにもどってきた。
手には、丁寧にラッピングされた箱があった。
「はいこれっ、誕生日のプレゼント兼、ちょっと早いけどバレンタインのチョコレートっ!」
そう言って、未夢は笑った。
三太は視線を、別のほうに向けた。
そしてクチの端っこを、そっちのほうにグイっと上げた。
大声で、言った。
「さんきゅ〜っ、うれしいなぁ〜っ!」
なんとなく大げさで、ちょっとヘンな感じ。
また、ちらっと見てる。
意味ありげに、こっちも見てくる。
そしてまた、大声で。
「光月さぁんっ、ありがとぉ〜っ!」
三太はチョコレートをだいじそうに抱えると、立ちあがった。
「じゃおれ、ホントに用事あるから、このヘンでっ!」
彷徨が何を言おうが、未夢が何をさけぼうが、止まらない勢い。
あとに残ったのは、未夢と、彷徨と、重い空気。
「帰るから…」
「ん…」
帰ったところで、重い空気はついてくるけど。
◇
曜日によって、出かける時間がちがう。
2、3日、それできっかけを逃してて。
きょうは、だいたい一緒の時間のはず。
なのに彷徨が、呼びにこない。
まだ…おこってんのかな。
でっ、でもっ、おこってんのはわたしの方なん…だか…ら……っ。
…やっぱり、呼びにこないのは、おかしい。
西遠寺の家の玄関を、そっと開ける。
「彷徨…っ?」
テレビの音はする。
茶の間からだ。
のぞいてみると、彷徨が本とレポート用紙を広げてる。
「…なにしてんの?」
「勉強」
彷徨は無愛想に答えた。
「学校は?」
「カゼひいたから休み」
あわてて、彷徨のおでこに手を当てた。
ぜんぜん、熱くない。
声もふつう。鼻もなんともなさそう。
未夢は眉間に、しわを寄せた。
「…カゼ…?」
「そう」
彷徨は目だけをこっちに向けた。
「熱も高いし、声もガラガラ、鼻水ズルズルで、とっても人前になんか出らんねーんだよっ」
「なんともないじゃない」
「なんともあるんだよっ」
言っても聞きそうにない。
そんなに…一緒にいたくないの?
だまって、でかけた。
その場から、逃げるように。
◇
チョコレートの話題ばかり。
電車の中、教室の中、廊下、商店街、駅のホーム。
ナントカくんにあげたと言って顔を赤らめているコ。
あげようとして、もらってくれなかったと泣いてるコ。
彷徨にあげようとしてるコも、いるんだろうな…。
誰かが彷徨にわたしてる、場面が浮かんだ。
…ちょっと、ズキッとした。
わたしのだけ、もらってくれたら。
そんなことは、わがままなんだってわかってる。
特にあのひとの場合は。
わたしの気持ちをこめたチョコ。
うれしそうなカオのためのチョコ。
それすらいまはもう、なくて。
…どうして、こうなっちゃったんだろ…。
駅を降りたら、自然と足が、走ってた。
ひょっとしたら、彷徨は誰かに呼び出されてるかもしれない。
でも帰ったら、いるかもしれない。
彷徨にひとこと、あやまりたい。
お願い…いて…。
未夢は西遠寺の家の扉を、いきおいよく開けた。
自分の家に、荷物もおかず。
「なんだ…早かったなっ」
玄関には、きょとんとした顔の彷徨。
「ほら…おまえに、荷物っ」
彷徨は茶の間に歩いていった。
なんだっておれんちに送ってくんだよあいつ、しかも着払いだし、とかブツブツ言いながら。
差出人は、三太だった。
お預かり日が2月11日、配達指定日が2月14日。
われもの指定に、夕方の時間指定まで、してある。
なんだろ…。
未夢はその場に座り込んだ。
ていねいな梱包を解くと、中からは見おぼえのある箱。
メモが1枚、はさんであった。
ナカマのバレンタイン卿に叱られましたのでお返しします。
てゆーか、そろそろ必要になったんじゃねーのっ?(^-^)
Santa
三太くん…。
そっと、メモを置く。
だいじな箱を、胸に抱く。
みじかい距離を、走る。
彷徨に、さし出す。
「彷徨、ごめんっ」
「なにが?」
彷徨は首をかしげた。
「だから…その…すねちゃって…それでおこってたんじゃないの?」
「…なんのことだよ?」
未夢は涙をこらえた。
「だって…今朝も、一緒に行ってくれなかったじゃない…っ」
彷徨は未夢のおでこを、ツンと押した。
「ばーか」
「…そうだよ…わたしはバカですよ…」
涙をいっしょうけんめい、こらえた。
「なに言ってんだよ…おれ、きょう外に出たくなかっただけだぞっ!?」
「え?」
顔を上げてみると、彷徨は舌を出してた。
「毎年毎年、食いもしねーチョコもらったって、重いだけでうれしくもなんともねーじゃん…見ず知らずの人間の、勝手な思い込みにつきあいたくなんてねーし…もらってもいい返事しなきゃ、ごちゃごちゃ言われるし…だったらもらわなきゃいーんじゃねーかって、外に出なかっただけだぞっ」
ぼう然としている未夢から、彷徨は箱を取り上げた。
「で…くれるのか?」
まだ、ぼう然から抜けられない。
「え…あ、うん…」
彷徨が箱のつつみを、ていねいに開けていく。
箱の中身をひょいと取り上げて、口へ。
「三太から返ってきて、よかった…」
彷徨らしくない言葉。
ちょっと、口もとがほころんだ。
彷徨は続けた。
「…こんなんじゃ、よそ様に食わせらんねーじゃん」
「もーっ、そんなこと言うんなら、あげないっ!」
とりあげようとして、かわされた。
「だーめ、これはおれンだから、なっ」
ふくれておいた。
とりあえず。
◇
ケータイが鳴った。
クリスちゃんからだ。
「え?彷徨?あ、うん…今年はひとつだけみたいだけど…」
「それって、未夢ちゃんがあげた分ですの?」
あらためて聞かれると、はずかしいけど。
「うん、そうだけど…」
「それだけですのね?」
彷徨に聞いてみる。
ホントにそれだけらしい。
「わかりましたわ…ありがとう、未夢ちゃん」
間をおかず、西遠寺の電話が鳴った。
彷徨が走った。
廊下の向こうから、声。
「なんだよ、お前か…え?あぁ、本当に1コだぜ…ホントだって、なんなら見に来るか?」
どうやら、光ヶ丘くんらしい。
気になって、近くに行ってみた。
彷徨はそのまま、話してた。
「…どうしてって…ひとつだけありゃ、いーじゃん…それ以上、ほしいなんて思うか?」
電話の向こうから、大きな音。
それに続いて、「裏切りものぉ〜〜〜〜っ!」という声。
彷徨はため息と一緒に、受話器を置いた。
振り向いて、未夢を見た。
頭の後ろを、引っかいた。
「…きーてたのかっ」
「きこえたのっ!」
いつものお返しに、舌を出してみせた。
彷徨の二の腕を、とりながら。
みんながバレンタイン話を公開してるのを見て、「あ〜忘れてた!」って即席で書きました(汗)んで、ちょっとありきたりになっちゃったかな(^^; でもまぁ、みなさんのに比べたら、甘さ控えめ…ってコトで、ひとつ☆
時期的には未夢が短大生、彷徨が大学生ってトコですね。未夢は料理ベタなりに毎年がんばってるんでしょう、さすがに多少は作れるようになってるみたいですね。
モテる男はつらいってトコでしょうか、今回は彷徨もちょっとひねってみたようですが、あらぬ誤解を生んでますねぇ…。望には裏切りもの扱いされてるし…(笑) それにしても、三太って…♪
バレンタイン。いろんな思いが入り混じりますね。最近は不況のせいか、本命主義になってるようで…義理チョコってのはもう流行らないようですね。女の子にとっては、ありがたいですケド☆