ヴァリエッタのある日

作:山稜

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 朝から今日はいい天気だ。
 未夢は服を選んでいた。
 もう、日ざし結構強いから、半袖だと焼けちゃうしなぁ…
 でも、もう暑いし…

 玄関から呼び鈴の音がする。
 きっと、彷徨だ。

「はーい、はい、はいっ」
 別に聞こえるわけでもないのに、つい浮かれてしまう。
 彷徨からドライブに誘うなんて、めずらしーもんねっ。

「よっ」
 相変わらずの無愛想。
 でも、少し口元がほころんでるのは、わたしにだけわかる。
「支度、できたかっ」
「うっ」痛いところを…「まっ、まだっ」

「なにやってんだよっ」
 呆れ顔から優しい微笑みにかわる。
 その笑みが胸に弾む。
 とたんに頭の先まで熱くなる。
「…早くしろよ、下の駐車場で待ってるからなっ」

 ふと気が付くと、パジャマ姿の両手に洋服。
 そのままで、彷徨の出たあとの輪郭を見つめている自分。

 もうだいぶ、慣れたと思ったんだけどな…。
 やっぱりまだ、ときどき、
 …ドキドキ、しちゃうよ―…。



 西遠寺の長い石段を降りて、駐車場になってるところ。
 いつもの軽を覗き込んだ。

「未夢っ」
 声と同時に、エンジンのかかる音。
 振り返ると、見たことのない青いスポーツカーに、彷徨。
 しかも、オープンカー。

 未夢は目を疑った。
「かっ彷徨、このクルマっ…?」
「あ、あぁ…望に借りたんだ」

 ホントに珍しいこともあるもんだ。
 いつもは、出かけるとなるとバスと電車。
 どうしても車、というときでも、おじさんの軽自動車。
 なのに、きょうは、オープンのスポーツカー。

 車を降りてきた彷徨に言う。
「あっちの車じゃ、ないのっ?」
「たまの…ドライブだからなっ」
 彷徨は目の端で未夢を見つめる。

 雨でも降るんじゃないのかなっ。

「あっちの方がいいか?」
 未夢はぶんぶん手を振った。
「うぅんっ、そんなことないそんなことないっ」
「じゃ、乗れよ」
 そう言うと彷徨は、助手席のドアを開けた。
 未夢がスカートを座席の中へ整えた。
 それを見ると彷徨は、引いたままの取っ手を車体の方へ押し込んだ。



 街道筋から国道へ抜ける。
 道幅が広くなってくる。
 スピードが乗ってくる。
 未夢の長い髪が、時折、舞う。
 彷徨がそれを目じりで追う。

「オープンだと、結構大変だなっ」
 そう言うと彷徨はシフトレバーを手前に引いた。
 ブォゥン、とエンジンがひと声鳴く。
 風を切る音が止んだ。

 見上げると、抜けるような青空。

「オープンって、結構楽しいよっ」
 そう言うと未夢は彷徨の顔を見た。
 サングラスのすき間からのぞく、目もと。
 微笑んでるのが、わかる。

 少し向こうに、綺麗な建物が見えた。

「彷徨っ、あんなところにあんなのがあるよっ、なんだろ?」
 彷徨はそれを見ると、面白そうに応えた。
「行ってみるか?」

「なによ、そのヘンな言い方っ」
「ヘンも何も、おまえがいいんなら、いつでも行くけどなっ」

 建物が近づいてきた。
 未夢はその看板を見た。
 首から上に全身の血が上って、何も言えなくなってしまった。

「ばーか」
 彷徨はペロッと舌を出している。
「なによ、わかってるんなら早くそう言えばいいじゃないっ」
「いやぁ、今日は泊まって帰ってもいいのかなっと思ってさっ」
 もう、頭のてっぺんから血がふきだしてしまいそうだ。

 彷徨は未夢の頭を、いつものように、ポンポンとなでた。
「ほら、見えるぞ、海」

 少し傾きかけの日差しが、海にはねている。
 長く続く砂浜と、光の粉を散らした海。
 それをバックに、サングラスの彷徨。

 この人は、いったいどこの世界から来たんだろうな…。

「さて…この辺から曲がるはずなんだけど…」
 彷徨がつぶやいた。
「あっ、見るよ、地図」
「さんきゅ」

 地図をめくり始めたとたん、ページがぬれた。

「きゃっ、雨っ?」
「くっそぉ、今日は雨降らねーって言ってたのに」

 まだパラパラとしか降ってはいないが、ずっと向こうは霞んでいる。

「…どっか、とまるとこ探さねーとっ」
 不意に、彷徨の言葉が耳に入った。
「ええっ!?」
「だって、とまらねーと、どうしようもないじゃん、これじゃっ」

 と、泊まるって…
 急にそんなことっ、言われてもっ、…
 今日、かわいいパンツだったかなぁっ…
 ってそうじゃないでしょっ、わたしっ!?

「とりあえず、あそこでいいか」

 そっそんなっ、
 心の準備も、
 何にも、
 できてないよーっ!!!!

 彷徨は道の脇の広くなったところに車を止めた。
「へっ?」
 呆然としている未夢に、彷徨は言った。
「じっとしてろよ」
 彷徨はサイドブレーキを引くと、運転席のボタンを押した。
 トランクの前から、屋根がせり出してくる。
 ちょうど閉じきった頃、雨が強くなり始めた。
「ふぅ、間に合ったなっ」

 未夢は固まったままだ。
「なにやってんだ、おまえ」
 彷徨が一声かけると、沈むように融けた。

 彷徨はため息をついて、言った。
「とりあえず、コーヒーでも飲んで一休みするか」



「夕日、見れなかったね」
「そうだな…」
 彷徨はまた、ため息をついた。
「どうしても見たかったな、今日は」

「でもいーよ、また連れてきてもらう理由ができたもんっ」
 対向車のライトが未夢の顔を照らす。
 それを横目で見る。

 赤信号だ。

 思わず口から出た。
「未夢、あのな…」
「なに?」
 じっと彷徨のほうを見ている。
 それを、じっと見てしまう。

「やっぱ、次のときにする」
「なによ、言いかけたんならいーなさいよっ」
 拗ねたような怒ったような顔に、青信号が映る。

「いーんだよっ、また連れて行く理由ができたからなっ」

 そっと、ジャケットの中の小箱に、手を当ててみる。

 出番はまた、次んときだな…。


#400Hitの楓華さんからのリクエスト、「青空」がお題だったはずなんですが…
青空よりも雨の方がイベントになってしまってますね(^^;

青空といえばオープンカーって感じで、困ったときのクルマネタ(笑)
しかも何が言いたいのかよくわからんものができてしまってるし…。

ちょっと大人の未夢&彷徨ですが…えーんかいな、こんなちょっとエッチっぽいのっ(汗)
もっといろいろ書こうとしたんですが、あまりにも長くなりそうだったのでボツ。

リクエスト小説、はじめて書かせてもらいましたが、勉強になりました。

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