作:山稜
朝から今日はいい天気だ。
未夢は服を選んでいた。
もう、日ざし結構強いから、半袖だと焼けちゃうしなぁ…
でも、もう暑いし…
玄関から呼び鈴の音がする。
きっと、彷徨だ。
「はーい、はい、はいっ」
別に聞こえるわけでもないのに、つい浮かれてしまう。
彷徨からドライブに誘うなんて、めずらしーもんねっ。
「よっ」
相変わらずの無愛想。
でも、少し口元がほころんでるのは、わたしにだけわかる。
「支度、できたかっ」
「うっ」痛いところを…「まっ、まだっ」
「なにやってんだよっ」
呆れ顔から優しい微笑みにかわる。
その笑みが胸に弾む。
とたんに頭の先まで熱くなる。
「…早くしろよ、下の駐車場で待ってるからなっ」
ふと気が付くと、パジャマ姿の両手に洋服。
そのままで、彷徨の出たあとの輪郭を見つめている自分。
もうだいぶ、慣れたと思ったんだけどな…。
やっぱりまだ、ときどき、
…ドキドキ、しちゃうよ―…。
◇
西遠寺の長い石段を降りて、駐車場になってるところ。
いつもの軽を覗き込んだ。
「未夢っ」
声と同時に、エンジンのかかる音。
振り返ると、見たことのない青いスポーツカーに、彷徨。
しかも、オープンカー。
未夢は目を疑った。
「かっ彷徨、このクルマっ…?」
「あ、あぁ…望に借りたんだ」
ホントに珍しいこともあるもんだ。
いつもは、出かけるとなるとバスと電車。
どうしても車、というときでも、おじさんの軽自動車。
なのに、きょうは、オープンのスポーツカー。
車を降りてきた彷徨に言う。
「あっちの車じゃ、ないのっ?」
「たまの…ドライブだからなっ」
彷徨は目の端で未夢を見つめる。
雨でも降るんじゃないのかなっ。
「あっちの方がいいか?」
未夢はぶんぶん手を振った。
「うぅんっ、そんなことないそんなことないっ」
「じゃ、乗れよ」
そう言うと彷徨は、助手席のドアを開けた。
未夢がスカートを座席の中へ整えた。
それを見ると彷徨は、引いたままの取っ手を車体の方へ押し込んだ。
◇
街道筋から国道へ抜ける。
道幅が広くなってくる。
スピードが乗ってくる。
未夢の長い髪が、時折、舞う。
彷徨がそれを目じりで追う。
「オープンだと、結構大変だなっ」
そう言うと彷徨はシフトレバーを手前に引いた。
ブォゥン、とエンジンがひと声鳴く。
風を切る音が止んだ。
見上げると、抜けるような青空。
「オープンって、結構楽しいよっ」
そう言うと未夢は彷徨の顔を見た。
サングラスのすき間からのぞく、目もと。
微笑んでるのが、わかる。
少し向こうに、綺麗な建物が見えた。
「彷徨っ、あんなところにあんなのがあるよっ、なんだろ?」
彷徨はそれを見ると、面白そうに応えた。
「行ってみるか?」
「なによ、そのヘンな言い方っ」
「ヘンも何も、おまえがいいんなら、いつでも行くけどなっ」
建物が近づいてきた。
未夢はその看板を見た。
首から上に全身の血が上って、何も言えなくなってしまった。
「ばーか」
彷徨はペロッと舌を出している。
「なによ、わかってるんなら早くそう言えばいいじゃないっ」
「いやぁ、今日は泊まって帰ってもいいのかなっと思ってさっ」
もう、頭のてっぺんから血がふきだしてしまいそうだ。
彷徨は未夢の頭を、いつものように、ポンポンとなでた。
「ほら、見えるぞ、海」
少し傾きかけの日差しが、海にはねている。
長く続く砂浜と、光の粉を散らした海。
それをバックに、サングラスの彷徨。
この人は、いったいどこの世界から来たんだろうな…。
「さて…この辺から曲がるはずなんだけど…」
彷徨がつぶやいた。
「あっ、見るよ、地図」
「さんきゅ」
地図をめくり始めたとたん、ページがぬれた。
「きゃっ、雨っ?」
「くっそぉ、今日は雨降らねーって言ってたのに」
まだパラパラとしか降ってはいないが、ずっと向こうは霞んでいる。
「…どっか、とまるとこ探さねーとっ」
不意に、彷徨の言葉が耳に入った。
「ええっ!?」
「だって、とまらねーと、どうしようもないじゃん、これじゃっ」
と、泊まるって…
急にそんなことっ、言われてもっ、…
今日、かわいいパンツだったかなぁっ…
ってそうじゃないでしょっ、わたしっ!?
「とりあえず、あそこでいいか」
そっそんなっ、
心の準備も、
何にも、
できてないよーっ!!!!
彷徨は道の脇の広くなったところに車を止めた。
「へっ?」
呆然としている未夢に、彷徨は言った。
「じっとしてろよ」
彷徨はサイドブレーキを引くと、運転席のボタンを押した。
トランクの前から、屋根がせり出してくる。
ちょうど閉じきった頃、雨が強くなり始めた。
「ふぅ、間に合ったなっ」
未夢は固まったままだ。
「なにやってんだ、おまえ」
彷徨が一声かけると、沈むように融けた。
彷徨はため息をついて、言った。
「とりあえず、コーヒーでも飲んで一休みするか」
◇
「夕日、見れなかったね」
「そうだな…」
彷徨はまた、ため息をついた。
「どうしても見たかったな、今日は」
「でもいーよ、また連れてきてもらう理由ができたもんっ」
対向車のライトが未夢の顔を照らす。
それを横目で見る。
赤信号だ。
思わず口から出た。
「未夢、あのな…」
「なに?」
じっと彷徨のほうを見ている。
それを、じっと見てしまう。
「やっぱ、次のときにする」
「なによ、言いかけたんならいーなさいよっ」
拗ねたような怒ったような顔に、青信号が映る。
「いーんだよっ、また連れて行く理由ができたからなっ」
そっと、ジャケットの中の小箱に、手を当ててみる。
出番はまた、次んときだな…。
#400Hitの楓華さんからのリクエスト、「青空」がお題だったはずなんですが…
青空よりも雨の方がイベントになってしまってますね(^^;
青空といえばオープンカーって感じで、困ったときのクルマネタ(笑)
しかも何が言いたいのかよくわからんものができてしまってるし…。
ちょっと大人の未夢&彷徨ですが…えーんかいな、こんなちょっとエッチっぽいのっ(汗)
もっといろいろ書こうとしたんですが、あまりにも長くなりそうだったのでボツ。
リクエスト小説、はじめて書かせてもらいましたが、勉強になりました。