作:山稜
「おまえって、ホント、ガキ…っ」
「あー、どーせわたしはコドモですよっ、彷徨みたいにオトナじゃないですっ」
いつものことだった。
なにが元で、そんな話になったんだったか、おぼえてないくらい。
でも、今回はちょっと違った。
そんなやりとりをして、彷徨が一歩、前に出た。
そのときにふと、気がついた。
彷徨って、あんなにおおきかったっけ…?
背も、高くなってて…。
背中も、ひろくって…。
なんだか、話し方も、おちついてて。
「未夢?」
声をかけられて、立ち止まってしまってたのに、気づく。
「あ…うん」
「どうかしたのか?」
言い合い、してたんだっけ。
「べっ、別にっ」
「ふ〜ん」
「なによその『ふ〜ん』はっ、またバカにしてるでしょっ」
「べ〜つにっ?」
彷徨は知らん顔して、すじ雲を見上げていた。
余裕しゃくしゃくってヤツっ?
まったく…ホントに…。
でも…。
◇
はぁっ、と、ひと息。
おおきな、ため息。
自分ちの、居間のクッションを、ぎゅっと抱いてみる。
いつだったか、遊園地の観覧車。
ルゥくんを…抱きしめたっけ。
そんなことを、思い出して。
≪おまえって、ホント、ガキ…っ≫
彷徨はだんだん、オトナになってくのに、
≪どーせわたしはコドモですよっ≫
わたしはずっと、おいつけなくて…。
「…未夢ってば、きーてる?」
母の声で、われにかえる。
そういえば、きょうはママが早く帰ってたんだった。
「ごめんごめん…っ」
「まったくもう…パパが出張でいないから、早く帰ってきたっていうのに…」
「やめてよママ、もう子供じゃ…」
コドモじゃ、ないんだから…?
ホントに、そう、言えるの…?
「で、どうするの?未夢がいらないんなら、総務の神山ちゃんにあげちゃうけど?」
「えっ、なに?」
「やっぱり聞いてなかったのね…だからぁ、水遊館のトワイライトチケットっ」
水遊館といえば、ベイフロントの大型水族館。
オープンからかなりになるけど、根強い人気。
でも、水族館なんて、きょうみないし…。
「パパと行ってくれば、いいじゃない…っ」
「でもこのチケット、あさってまでなのよ…パパは土曜まで、帰ってこないし…」
きょうは水曜。
ってことは、期限は金曜。
でも…ねぇ…。
「トワイライトって、5時からしか入れないんでしょ?」
母が目を輝かせた。
「あらぁ、5時からが大人の時間なんじゃない」
オトナの…?
「日が暮れると照明も変わるし、小さい子はいなくなるし…オトナのデートスポットの定番になってるんだけど…未夢はそんなコト、知ってるわけないか」
また、コドモ…?
「し、しってるわよ…」
「じゃあどうする?行くの、彷徨くんと?」
彷徨…。
オトナ…の、…。
未夢はだまって、手をさしだした。
◇
駅までの道。
「水遊館?あんなとこ、そんな夕方から行って、ちゃんと見れんのか?」
彷徨は顔を前に向けたまま、目線だけを向けてきた。
「だって、オトナ…」
そこまで言ったら、彷徨の顔がこっちに向いた。
じっと、見てる。
「…ママがもらってきたのが、そーゆーチケットなんだから、しょーがないでしょっ」
「ん…まぁ、そーゆーことなら、しょーがないけどさ…」
「だから、あしたガッコが終わってから、行こうよっ」
授業が終わるのが3時過ぎ。
あしたの金曜なら、彷徨のいる進学クラスも、同じ時間に終わる。
ショートホームルームを終わって、帰っても4時にはならない。
それから用意して行っても、じゅうぶん開いてる時間にはいける。
「…そうだな、行ってみるか…っ」
未夢は飛び上がりたくなるのを、こらえた。
コドモじゃ、ないんだからっ。
◇
鏡のなか。
母のスーツが、自分のシルエットに乗っかってる。
「ほらぁ、ちゃんと着れるじゃないっ」
そういう娘に、母は釘をさした。
「着れてるけど…それ、わたしのお気に入りなんだから、よごしたりしないでよ?」
「お気に入りって…ミッシェルクランなんか、40歳過ぎて着る服じゃないでしょっ?」
母は顔を赤らめた。
「べつにいーでしょ、20代向けの服でも…パパだって似合うって言ってくれたし、誰も文句なんか言ってないわよっ」
娘は容赦なかった。
「でもわたしの方が、年齢的にはちかいもんっ」
母はうなだれた。
「…いーわ、好きにしなさい…」
顔を上げた母の目に入ったのは、真っ赤な口紅。
「未夢、これひょっとして、塗ってくつもり?」
そう言われると、びくっとする。
なにせ口紅って、塗ったおぼえなんか、ほとんどない。
まして自分で塗ったことなんか、ぜんぜんない。
「そ…そうだけど…」
「お化粧なんかしなくても、十分じゃない…まだ17歳でしょ?」
「まだ誕生日来てないっ、娘のトシぐらい、ちゃんとおぼえといてよっ」
「16だったらなおさらじゃない…お化粧なんか、しなくたって」
そんなこと…。
「いーのっ、あしたはお化粧、していくんだもんっ」
「でも未夢、お化粧の仕方って、知ってるの?」
うっ…。
いたいところを…。
だまっていると、さらに追いうちがきた。
「知らないでしょ?」
うなづくしかない。
お化粧は、あきらめないと…いけない、かな…。
「じゃあ、ママがひと通り、おしえてあげるから…ちゃんと、おぼえるのよ?」
思わず、母にとびついた。
けれど、そのあと母がぼそっと言ったのには、気づかなかった。
「さて…彷徨くん、なんて言うかしら、ねぇ…」
◇
玄関を出てみると、彷徨はバイクの調子を見てた。
「お待たせ…」
「あぁ、だいぶ待っ…」
彷徨が、じっと見てる。
「おま…っ」
ママにおそわったとおりに、やってみた…。
自分では、そこそこいけてるかなって、思うけど…。
ママに借りた服も、着てみた…。
自分では、そこそこ似合ってるかなって、思うけど…。
どう…かな…。
なんて、言ってくれるかな…。
「そのカッコじゃ、バイクは無理だな…っ」
ぷい、と、彷徨はむこうを向いた。
さっさと、バイクをかたづけた。
なんか、言ってくれても、いーのに…。
ハイヒールのかかとが、土を掘っていた。
◇
いりぐちを入ると、大きなカニ。
中くらいの水槽ひとつ、貸し切り。
すっごーい…って、くちに出そうなのを、こらえた。
彷徨が首をかたむけて、ほほえんだ。
「へー…、足だけで、どれぐらいあるんだろうなっ」
こんなとき、オトナはどう、こたえるんだろう?
そういえば、クリスちゃんなら、わたしよりちょっとオトナっぽく見えるよね…。
クリスちゃんならどう、こたえるかな…?
≪そうですわね、わたくしと彷徨くんとを抱きかかえても、まだ余りますわね≫
…いや、そんなこたえを返したいわけじゃ、なくて。
「未夢?」
返事、してなかったっけ。
「あっごめ…」
って言っちゃうと、いつものとーりじゃないっ…。
おちついて、おちついて。
「…ごめん、ちょっと考えごと、してたから」
「ふーん…」
彷徨はそれだけ言うと、視線を水槽にもどした。
◇
熱帯魚に、かこまれてた。
どうやって、ここまできたんだっけ。
歩くのにいっしょうけんめいで、あんまりまわり、見れてない。
「具合…わるいのか…?」
彷徨に言われて、きょとん。
いつもなら「へ?」って、ききかえすところ。
がんばって、オトナっぽく。
「ううん…だいじょうぶ」
そう言いながら、足はもう、パンパン。
5センチもあるようなヒール、はいたのなんて初めてだし。
歩いてると、小指も、けっこう痛い。
いつものショートブーツにしとけば、よかったかな…。
でもあれじゃ、この服とつりあわないし…。
「でもおまえ…さっきから、おれの言うこともちゃんときーてないし…」
無理してるとは、思われたくない。
余裕しゃくしゃくで、かえしたい。
「だいじょうぶ、よ…しんぱい、しないで」
「だったら、いーけどさ…」
彷徨は口もとをへの字に曲げた。
「きょうのおまえ、ちょっと、ヘン…」
そりゃそーでしょーよっ。
がんばって、オトナしてんだからっ。
そう、さけんでやりたいけど、それじゃオトナになんない。
「そう…かな?」
そう言って、水槽のほうに向いた。
テッポウウオが、中にいた。
とたんに、目の前で「バンっ」って音がした。
びっくりして、声も出なくて、
あとずさった拍子に、床にヒールがひっかかって、
後ろにおもいっきり、こけた…。
痛い…。
「だいじょうぶかっ」
すぐ彷徨が、背中を抱きかかえてくれた。
足を引こうとしてみて、痛みに顔がゆがんだ。
「ほら…っ、とにかく、あっちのベンチまで、いくぞ…っ」
彷徨が肩を、貸してくれて。
ほとんど抱きかかえられてるぐらいに、寄りかかって。
なんとかベンチに、腰をおろして。
彷徨はまっすぐ、前を向いた。
「だいたいおまえ、水族館みたいな、いっぱい歩きそーなトコに、慣れないクツ、はいてくるから…」
「だって…この服に合いそうなの、これしかなかったんだもん…」
「別の服でも、いーじゃん」
顔が上げられなくて、いたんだ足をじっと見る。
「でも…この服のほうが、お化粧したとき、合うかな…って…」
彷徨は不思議そうに、きいてくる。
「じゃ、化粧しなくっても、いーんじゃねーのか?」
「お化粧…したかったんだもん…」
頭の後ろで、手を組んで。
「まだそんなの、しなくても…さ」
下ろした足を、ぶらぶらさせた。
「だって…してみたかったんだもん…」
見えないけど、彷徨の顔は、きっとあきれてる。
「なにコドモみてーなこと、いってんだよ…っ」
コドモ…。
やっぱり、どんなにがんばったって…。
とどかない…。
開いた目もとに、なみだがわいて、
胸の奥から、ことばがわいて、
あふれでた。
「どーせ…わたし、コドモだもん…っ」
こっちを見てるひとも、いる。
でも、なみだ、とまらなくって。
「彷徨みたいに…オトナじゃないもん…っ」
「おまえ…」
彷徨が、前髪をかき上げた。
「そんなこと、気にしてたのか…っ?」
ふうっ、と、ひと息。
彷徨が、ため息。
「おまえって、ホント、バカ」
反論する気にも、なれない…。
「どーせ…バカだもん…バカでコドモで、どうしようもないもんっ」
「そーじゃねーだろ…」
彷徨が、頭を寄りかけてきた。
「おれは…オトナっぽくなってくおまえを見てて、あせってたんだぞ…っ」
え…?
「話し方だって、前よりやわらかくなってるような気、するし…どこがっていーだしたら、きりないけどさ…」
顔を上げた。
彷徨の顔は、朱色に染まってた。
「だから…なっ、そんなに急にオトナになろうと、すんなよ…っ」
「でも…」
彷徨は向こうの水槽を、ゆびさした。
「おまえはおまえのペースで、オトナになってけば、いーんだ…入り口のカニだって、いきなりあんなに大きくならないだろっ?」
そうか…。
そう…だよね。
がたっ、と立とうとして、足の痛みを思い出した。
「いったぁーいっ!」
「あのさ…何度も同じコト、言うけどな…っ」
「へ?」
「おまえって、ホント、バカ」
「ほっといてよっ、これがわたしのペースなんだからっ」
「はいはい…って、ドコいくんだよっ」
未夢は元気よく、言った。
「お化粧、落としに行くのっ!」
◇
呼び物の、ジンベエザメ。
「わぁーっ、おっきいねーっ!」
「これだけでかいと、ペポなみに、エサ食うんだろうなぁ…」
ジンベエザメの下から、はりついてる。
「あっ、コバンザメ…っ」
そういうと、彷徨の二の腕をとって、しがみつく。
「なんだよ…」
「へっへーっ、コバンザメだもんっ」
「ったく…」
そういいながら彷徨は、ほほえんだ。
向こうの奥の水槽から、クリオネがふたりに、笑いかけていた。
12345Hitの神山楓華しゃん「デート途中に未夢が怪我をする」&にゃんさん「遊園地や水族館などでイイ雰囲気」がお題。#12345という特別な番号でもあって、おふたりからお題をいただきましたけど、どうやって結びつけるかな〜ってだいぶ悩みましたね(^^;
遊園地で怪我しちゃうと、とんでもなく大変なけがになってしまいそうなのと、遊園地は別の話にとっておきたかったのとで、水族館になりました。須磨のと鳥羽のと大阪の海遊館がごちゃまぜになってますね(汗) ジンベエくんはもちろん海遊館のがモデル。クリオネちゃんは鳥羽で見たのが印象的で。須磨は1回行ったっきりですけど、風の強い日で表に出ると寒かったのを覚えてます。
そばにいて、いつもかわらないと思ってた、同い年ぐらいの親しい人物に、ふと大人びたところを見てしまう…だれしも、とおる道です。読んでくれてる人の中には、まだこれからってひとも結構いるだろうけど、そんなもんです(^^; でもたいていね、相手もそう思ってるもので。それはいくつになっても、変わんないものかも知れないですけど…ね。