作:山稜
負けたくない。
負けられない。
「ただいまから、3年生男子、100m徒競走、決勝をおこないます―」
放送が、校庭を渡っていく。
引かれた、白線の上。
ぼくの、勝負の始まり。
あの娘が…見てる。
きのう、電話をした。
もし、きょう、ぼくが、彼より早くゴールしたら、
…体育館の裏に、きてほしい。
そう、伝えた。
それが、せいいっぱいだった。
ライバルたちが…となりに、そのとなりに、ならんで。
ひとりひとり、名前が呼ばれていく。
「第1のコース―…」
きのう、予選。
ぼくは、いっしょうけんめい、走った。
「第2のコース―…」
いままで自分がこんなに走ったことなんて、なかった。
何もかも、かなぐりすてて、頭がまっしろになるまで走ったことなんて。
「第3のコース―…第4のコース―…」
予選組の上位ふたりまでは、決勝にでれる。
去年までは、決勝なんて、自分とは関係ない世界だった。
だけど、あの娘のことを思ったら、体がとまらなかった。
「第5のコース―…第6のコース―…」
あの娘が…見てる。
でも、それは、
「第7のコース―…1組、西遠寺 彷徨くん―」
彼を見てるの?
それとも、
「第8のコース―…7組、花小町 栗太くん―」
ぼくを、見てくれてるの…?
「位置について」
引かれた、白線の上。
体から、はみ出しそうな、鼓動をそっと、置く。
「よーい…」
ゴールの先を、じっと見つめる。
ゴールの先で、あの娘が…見てる―…。
≪パンっ≫
ピストルの音が、体を持ち上げてくれた。
となりの、肩の気配を、ほんの少し後ろで感じる。
いける―…。
前に倒れそうな胸を追いかける、右と左の足。
ふしぎと、ちゃんと交互にでてる。
たぶんこれ以上広がらない、前と後ろの足の間隔。
体が裂けてもいい、
もっと、もっと―…。
目の前には、だれもいない。
ただ、ゴールのテープと…あの娘。
自分がどうなっているのか、わからない。
どんな風に、見えるんだろう。
ものすごい顔、してるんだろうか。
こっけいな姿に、見えるだろうか。
どんな格好でもいい。
となりの気配を、感じたくない。
少しでも前に、出たい。
彼に…勝ちたい。
手の届きそうな、ゴール。
どうしてこんなに、遠いんだろう。
手をのばせば、すぐ奪えそうなのに…。
誰かが見えた。
端っこのほう。
やっぱり、陸上部にはかなわない。
けど…。
彼には、負けたくない。
彼には、負けられない。
肩が…来た。
負けられない。
これでもか。
これでもか。
これでも?
どうして?
こんなにいっぱいに走ってるのに、どうしてきみは来てしまうんだ…。
背中…?
そんな…。
そんなに、差がついて…。
地面?
そうか、ぼくは…転んだんだな…。
体が…重いよ…。
足が…地面を蹴れない…。
走れない…。
体を支えない…。
まともに歩くことすら、できない…。
でも…。
いかなきゃ…。
負けを、みとめなきゃ…。
メガネ…。
もういい…。
見えない…。
見えなくてもいい…。
ここ?
ここが、ゴール?
拍手なんて…いらないよ…。
ぼくは…もう…。
「栗太くんっ、だいじょうぶ?」
その声は…。
「あ…ありがとう、だいじょうぶですっ」
「これ…」
メガネ?
とってきてくれたの?
かけて見た、あの娘の顔。
ほほえみながら、こまってる。
「こわれてなくて、よかったね…」
…こまってる。
こまってるんだ。
もう、これ以上…。
ひとつ会釈だけをして、トイレに駆け込んだ。
◇
なんとか、帰る決心がついて。
校門のところまで、やっと来て。
「おにーたんっ!」
妹の声に、呼び止められて。
「あ、あぁ…」
「あ、あぁじゃないでしょっ」
まだ4歳だっていうのに、ももかときたら、まるで自分が姉のようだ…。
でもこんなときには、この妹でよかったと思ったりする…。
「まったく、おんなのコをいつまでまたせたら、きがすむのっ」
「あぁ、ごめんごめん…さぁ、帰ろう」
「かえってどーすんのよっ、いくとこ、あるんでちょっ!」
行くところ?
「未夢たん、まってるんだから、いってらっちゃいっ!」
あの娘が?
まってる?
どうして?
「まったくもー、よびだちたのは、おにーたんでちょ…」
腰に手を当ててる。
まゆ毛の端っこを、つり上げ始めてる。
こいつ、まだ4歳なのに、こういうしぐさ、どこでおぼえてくるんだろ…。
そんなことを考えてて、結局、どなられた。
「ぼーっとちてないで、はやくいってらっちゃいっ!」
けんまくに、思わず押された。
「はっ、はいっ!」
◇
ホントだ…。
いる…。
でも…。
後ろから、ドンっ、と押された。
ふりかえると、従姉妹の顔。
真剣な、顔。
「栗ちゃん…栗ちゃんのためだけじゃ、なくってよ…」
はっとした。
ぼくのためだけじゃ…ない…。
もういちど、あの娘の方へ、向き直ってみる。
クリスはだまって、うなづいた。
それを合図に、あの娘の方へ、歩いてみた。
答えは、わかってるんだ。
でも…。
いかなきゃ…。
それを、みとめなきゃ…。
「み…未夢さん…」
だまってた。
何と応えていいか、わからなそうで。
「呼び出したりして…すみません、それに約束とちがうのに」
倒れこみそうな気持ちを追いかける、ことばとことばの端。
ふしぎと、ちゃんと音になってる。
「ひとつ、聞きたいことがあって…」
たぶんこれ以上うまく言えない、前と後ろの音と音。
「未夢さんが西遠寺くんと、つきあってるのは知ってます―…でも、」
胸が裂けてもいい、
もっと、もっと―…。
「ぼくが先に出会ってても、やっぱり西遠寺くんを好きになってましたか―…?」
あの娘はしばらく、だまってた。
うつむいて、だまってた。
そっと顔をあげた。
そして、そっと、うなづいた…。
そうなんだ。
ぼくにはもう、可能性が…ないんだ。
それを、ぼくは…聞きたかったんだ。
「ありがとう…ごめん」
ひとつ会釈だけをして、走り出した。
あの娘のそばには、誰かが行ってた。
振り返らなくても、わかってた。
そうなんだ。
あの娘は彼に、愛されてるんだ。
だから、…。
かなわないんだ…。
◇
校門のところまで、やっと来て。
「おそかったわねっ」
ふきげんな妹は、両手いっぱいに何かを抱えてて。
「なに、それ?」
「なにしょれじゃないでしょっ、ほらっ」
手紙の…山?
「ここでおにーたん、まってたら、いーっぱい、おんなのコから『はなこまちくんのいもーとさんっ?これ、はなこまちくんにわたしてっ?』って、おてがみばーっかし!」
まゆ毛の端っこを、つり上げてる。
「もっと、きのきーたもの、もってらっしゃいっていーたいとこだったけど、はちたない『いもーと』だとおもわれたら、おにーたん、おんなのコに にんきなくなっちゃうから、よしておいたわっ」
女の子に?
人気?
ぼくが?
でも…。
いつかぼくにも、あんなに愛せるひとが…、
だれもかなわないほど、愛せるひとが…できるかな…。
そんなことを考えてて、結局、どなられた。
「まったく、こんなもの、いつまでもたせたら、きがすむのっ!」
「あぁ、ごめんごめん」
ももかの手の中の手紙を、全部引き取る。
思いっきり、腰のあたりをたたいてきた。
「…さぁ、かえるわよ、おにーたん!」
こんなときには、この妹でよかったと思う…。
#10000HitのXYZさんからのリクエスト、「体育祭」がお題でした。未夢@借り物競争のドタバタ案も出たんですが、結局正攻法。ちょっとトーンは落としてます。秋ですしね。
主人公がアニメには唯一登場しない"あの"栗太ですし、未夢のセリフもほとんどなし、彷徨にいたっては一言もなし!(笑)ですから、ちょっと期待はずれかもしれませんが(^^;
くりた違いの栗田しゃん、彼女といえば「ナンバーワン宣言」という、もう説明の必要ない名作があります。このあとがきの中で「はっきりさせたげないと」と書かれてるんですが、やっぱりねぇ、はっきりさせないと…ってところで、山稜なりのはっきりさせかたです(汗)
ももか。4歳になってるので、ちょっとだけことばがマトモになってます…とはいえセリフはまだまだ、ほぼ全部ひらがななので、ちょっと読みにくいです(汗)
しかし女子諸君…メガネを取ったところが、あらわになったからって…確かに美少年ですけどね…(^^;