作:山稜
目に、とまったらしい。
「これ?アルバムだよっ…3歳ぐらいのときの、かなぁ」
はっきりとは言われなくても、何となく、ふんいきでわかる。
未夢はその1冊を取り出して、クリスに手渡した。
いままでは、西遠寺に「いそうろう」の身だったから、友だちを呼ぶのも遠慮してた。
いくら、クリスがルゥくんとワンニャーのことを知ってても。
こんどは敷地が同じでも、いちおう自分の家。
自分の持ち物も、全部持ってきた。
お気に入りのぬいぐるみも、クッションも。
ポスターとかは、すててきたけど。
せっかくだから、クリスちゃん、よんでみた。
よばれてばかりじゃ、わるいもんねっ。
「あら、『瞳ちゃんちで、かなたくんと』…? これって…西遠寺くん…?」
そういわれて、ドキッとする。
ひょっとして、その写真は…。
「こっちが未夢ちゃん?お庭で、おままごとかしら」
思わず、クチのはしっこが引きつった。
おフロのじゃなくて、まだよかった…。
「そっ、そうそう、母親どうし親友だったらしいから、ちいさいときに遊びに来てたらしーのっ、わたしもおぼえてなかったんだけどっ」
どうしても、早口になる。
「そうでしたの?
それじゃあ、お母さまどうし、ほほえましく見守ってらっしゃったんでしょうね…
まぁ、なかよくあそんでること…
この子たち、ほんとに気が合うのね…
未夢ちゃん帰っちゃうって言ったら、彷徨、おこるかしら?…
ほんとね、彷徨くん、つれて帰ろうかな?…
あら、だったら未夢ちゃん、おいて帰って?…
うふふ、いっそのこと、このままお嫁さんにもらってもらおうか?…
それ、いいわね…じゃあ、これから未夢ちゃん、彷徨のお嫁さんね…
そして西遠寺くんのお母さまが、未夢ちゃんに言うんですわ…
約束よ?未夢ちゃん、彷徨のお嫁さんになってね?
なんて…な〜んて…なんてなんて…
まぁ〜〜〜〜っ、ロマンチックですわぁ〜〜〜〜〜っ」
あごの前で手を組んで、クリスは天井をあおいでいる。
肩の手前で手をふって、未夢はクリスをあおいでみた。
「クリスちゃん…いや…いいんだけどね…たぶんちがうと思う…」
「あら、そうですの?じゃあ…
みゆ、もう、かえっちゃうのか?…
んー、わたし、かえりたくなーいっ!…
でも、おまえのかーさん、よんでるぞ?…
うー、もっと、かなたとあそびたいよーっ…
じゃあ、またこいよっ…
う…ん…
それでさ、おっきくなったら、おれのおよめさんになれよ…
およめさん?…
そしたら、ずーっといっしょにいられるぜ?…
そーか、じゃあ、わたし、おっきくなったら、かなたのおよめさんになるっ!…
なんて…な〜んて…」
「いや…クっ、クリスちゃん…わかったから…」
これ以上、あることないこと想像されたら、はずかしすぎる…っ。
とっ、とりあえずっ、
ひといきに、未夢は別のアルバムをひろげた。
「こっ、こっちに、最近のがあるよっ」
ひらいたのはちょうど、ルゥくんの写真。
「まぁ…ちゃんと写真、とってたんですのね」
クリスが気をとられてくれて、たすかった。
「うふふ…」
クリスが急に、わらい出す。
「えっ?」
「そういえば…ルゥくんって、なんとなく未夢ちゃんと西遠寺くんに、似てますわ」
「そっ、そうかなぁっ?」
この、話の展開は―…。
未夢の不安は、的中した。
「将来、未夢ちゃんと西遠寺くんが結婚して…」
「だから、クリスちゃんってば―…っ!」
いまさらだけど、手ごわいな―…っ。
どうやって話題を変えよう…。
ちょうどそのとき、あるページが目にとまった。
「あっ、クリスちゃんっ、これ、これっ」
未夢が開けたページには、何枚もの写真。
ぜんぶ、望。
「こっ…これはっ…」
「いや〜、こまったんだよね〜、このときはさぁっ…だって光ヶ丘くんったら、わたしのカメラ、勝手に持ってっちゃって、勝手に自分の写真、ばしばしとっちゃって、『ぼくの美しい姿をきみに』なんていうん…」
どうやらクリスの耳には、入っていないらしかった。
アルバムに、食い入っている。
「あ、あの…クリスちゃん?」
わなわなと、クリスはふるえている。
「わたくし…不覚でしたわ…」
未夢はとりあえず、あとずさり。
「え…えぇっ?」
「こんなことなら、もっと早くから望くんの写真を―…っ!」
「ちょ、ちょっとクリスちゃん…っ!」
ふり上げられたアルバムを、とにかく押さえてみる。
叫びかけのところへ、耳もとに言う。
「も、もってってっ、この写真っ!」
はたとクリスは、われにかえった。
「え?」
「だから…この写真、クリスちゃん、もってって…っ」
未夢が、苦しまぎれに笑う。
「ほんと?よろしいんですの?」
「だって…わたしが持っててもしょうがないもんっ」
クリスが、顔いっぱいに笑う。
「ありがとう、未夢ちゃん…このお礼は、きっとしますわ」
お礼なんていらない、という言葉も、もはや耳には入らないようだった。
◇
ドカドカと、積まれていく箱。
「あ、あのっ…これ、何ですか…?」
初老の紳士は、未夢に微笑んだ。
「クリスお嬢様が、ぜひ光月様にお受け取りいただきたいとのことでして」
そう言うと、1通の封筒を差し出してきた。
「未夢ちゃんへ」と、書かれている。
開けてみた。
未夢ちゃん
先日は大変なものをいただいて、本当にありがとう。
何かお礼にと、いろいろ考えてみましたが、先日拝見した未夢ちゃんのアルバムに、
西遠寺くんの写真がほとんどなかったことを思い出しました。
わたくしが持っていても、もう意味のないものですので、どうかお受けとりになって
ください。
なお、いきなりたくさんをお送りしても、ごめいわくになってもいけませんので、
ごく一部だけにしています。もしよろしければ、まだまだあるので、遠慮なく
おっしゃってね♪
Christine
ごく一部が、ダンボール30箱…って…。
ぜんぶを想像すると、ちょっとぞっとした。
◇
「かたづけとけよ…っ」
無表情で、彷徨が言う。
「だってっ、こんなにたくさん、置くトコないんだもんっ」
そんな反論も、あきれ顔であっさり返される。
「捨てろ」
ちょっとカチンときた。
「ひとことでいうけどねぇっ、もらったもの、ぞんざいにあつかえないでしょっ」
「そういうけどなぁっ、これ写ってんの、ぜんぶオレなんだぞっ?」
「だから、なによっ」
「おれにだって、肖像権ってモンがあんだっ」
息が、切れる。
ひと呼吸、ととのえて、
「しょーぞーけんだかなんだかしらないけど、クリスちゃんトコにあるときには何とも言わなくて、わたしんトコにきたとたんに文句ゆーわけっ!?」
「だれもそんなコト言ってないだろっ」
「だってそーじゃないっ、せっかくクリスちゃんが、わたしのアルバムに彷徨の写真があんまりないからって気をきかせてくれたってゆーのに、彷徨ったら、わたしが自分の写真持ってるのなんていやだってゆーよーな、そんないーかたじゃないっ」
言ってやった。
…でも、さすがに怒ったらしい。
「そーじゃねーだろっ、バカ未夢っ」
売りことばに買いことば…
「なによっ、彷徨のバカっ」
ふんっ。
「勝手にしろっ」
そう言って行ってしまう彷徨の背中に、お返しを投げる。
「あー勝手にさせてもらいますっ」
残ったのは、目の前のダンボール。
…どうして、こうなっちゃうんだろ―…。
べつに、けんかすることでもないのに…。
箱の中から、アルバムを1冊、手に取った。
開いてみたら、少し大きく伸ばした、彷徨。
カッコよく、写ってる…のに…。
これも、これも…。
なんか、すごいな…。
まるで、彷徨じゃないみたいにも、思えたりして。
ぜんぶ、捨てるなんて、もったいないよ―…。
「おい、未夢」
うしろから、彷徨の声。
「なっ、なによっ、ぜったい捨てないからねっ」
おかまいなく、手が伸びてくる。
「ほら…っ」
え?
よこ、むいたまま、彷徨が言った。
「これ…やるから…っ」
手の先には、1枚の写真。
そっと、手にとって見る。
これ、いつのだろ…。
彷徨と…わたしが、写ってる…。
ほっぺたをひっかきながら、こっちを見ない。
「アルバムに貼っとくんなら、それ…な…っ」
不思議そうな顔の未夢に、
「ひとりで写ってても、さびしーから、なっ」
それだけ言って、さっさと行った。
そっと、手の中を見る。
写真の中には、笑いあうふたり。
そっか、この顔…。
わたしの知ってる、彷徨だ…。
◇
結局、アルバムには、貼らなかった。
「西遠寺彷徨ファンクラブ」に、大量の写真が流れたとか、その出どころはよくわかってないとか、そんなことをいろいろ聞いたけど…。
「あーっ、未夢ちゃん、ずる〜いっ!」
下敷きをとりあげられる。
「ちょ、ちょっとっ、だめだってっ」
くちぐちに、言われる。
「あ〜、やっぱり西遠寺くんの写真っ」
「カノジョだからって、写真までひとりじめしちゃ、いけないんだからねっ」
「でも、この写真、ちょっと西遠寺くんらしくないね…っ」
「そうだね〜」
みんなはそういうかもしれないけど…。
彷徨はやっぱり、この笑顔でなきゃ、ねっ。
旧「山稜でございます」の#8888Hitのお題、「アルバム」で書いたもの。Getはあくあしゃんでしたね。
三太に写真を撮らせようかとか、未来に昔を語らせようかとか、いろいろ案は考えたんですが、最終的にこういうまとまり方で。
時期的には、西遠寺の境内に光月家ができてすぐ、ぐらいでしょうか。ようやく自分の家ができて、気がねなく友だちを呼べるようになった未夢ですが、それはそれでいろいろあるようですね。結局は、彷徨と一緒に西遠寺の茶の間、が一番落ち着くんじゃないでしょうか、未夢とすれば。
ひょっとして、未夢の将来の夢「お嫁さん」っていうのは、クリスの想像通り、小さい頃の…?(笑)
しかし…これからクリスは、望の写真を集めるんでしょうか。それとも、そんな必要なし!?(*^^*)