満月のある日

作:山稜

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 勤めるようになってからも、やっぱり朝ごはんはいっしょ。
 学生の頃より、ふえたかもしれない。
 もっとも、中学のときみたいに毎朝、ってわけじゃないけど。
 ママもパパも、最近いそがしそう。

 けさは、宝晶おじさんまでいない。
 宗派の会合とかで、2〜3日るすだとか。
 さすがにそれは、めずらしくは、なった。
 彷徨とふたりっきりの朝食は、ひさしぶり。

 食べ終わったあとをかたづけながら、思い出した。

「そうだ彷徨、今夜予定ある?」
 彷徨は軽く返事をした。
「ん?別にないけど?」

 機嫌がよさそうなのを、いいことに。
「じゃあ、おむかえ、きてくれないかな―…っ」
「あぁ、いーぜ…6時ごろか?」
「ん〜、もっとおそいよ、9時ごろかなぁっ」

 彷徨が眉間にしわを寄せた。
「なんでそんなにおそいんだよ…っ」
「だって、今夜は職場のお月見コンパなんだもん」

 しわがどんどん深くなる。
「お月見コンパぁ?おまえ、酒めちゃくちゃ、よわいのに?」
 ちいさくなってしまう。
「だって、みんな行くもん…あさちゃんだって、りほちゃんだって…」

「あいつらはあいつらだろっ…それにおまえ、そのカッコだし」
 そういう言われ方をすると、だんだん腹がたってくる。
「カッコはどうでもいーじゃないっ、なにがいけないってゆーのよっ」
「薄着すぎ」
「へーきだもんっ、今夜は暑いくらいだって、予報でも言ってたもんっ」
「そーじゃねーだろ…ばか」
「あー、どーせ、わたしは彷徨みたいに、かしこくありませんっ」

「…で、どこなんだよ、場所は」
 あからさまに、面倒そうな。
「もーいーよっ、勝手に帰ってくるからっ」
 言い放って、飛び出す。

 だいたい、彷徨はわからなすぎるのよっ。
 しっかりはしてるけど、どう言ったってまだ学生だし。
 社会に出てみなさいって…ことわれないことだって、いっぱいあるんだから。
 それに職場の飲み会なんか、どこだってやってるのよっ…別におかしなコトでもないじゃないっ。

 あー、だんだん腹たってきた。



 街中の緑地。
 まんまるの月が、ビルの間。
 そこら中のビジネスマンが、シートを広げて弁当広げて。

「ヤホです未夢ちゃん…あれ、きょうはよく飲むね〜」
「さては…西遠寺くんとケンカでもしたわね?」

 あいかわらず、ずばっと言ってくれる…。

 りほちゃんは中学のときの同級生だし、あさちゃんは高校のとき。
 こういうひとが職場にいると楽しいけど、こういうときにはちょっと困る。
 ふたりとも、「西遠寺彷徨」というヤツがどういう人間か知ってて、

「あの西遠寺くんのことだから…」

と、言い分を聞いてもらえなかったりする。

「いーのっ、別に彷徨なんかっ」
 そう言って、手もとの紙コップをぐっとあける。
 つめたいのが、怒りをしずめてくれそうで。
 もう、味はわからないけど。

「光月さん、いけるね?」
 同じ職場のこの人は、いつもやさしくしてくれる。
 さすが大人の男の人、って感じ。

 彷徨なんかとは、おおちがいなんだからっ。

 すすめられるお酒が、おいしいように思える。

 行ってしまった後に、りほとあさみ。
「だめだよ未夢ちゃん、無防備すぎるよ…」
「そうよ…西遠寺くん、泣かせてもいいの?」

 そこでどうして、彷徨なのよっ!?
「べつに、彷徨あんか、しららいもんっ」

「あーもう、舌、まわってないですよ、このコ…」
「困ったなぁ…どうしよっか…」
「もうそろそろ、お開きじゃない?あたし、駅いっしょだから送ってくよ」
「あ、わたしも途中まで一緒だし」

 ふたりの相談を耳にする。
「だいじょーぶらって、ひとりでかぇれるから」

 上司がお開きに、ひとこと。
 何を言ってるかもわからず、手だけは、たたいておく。

 さすがにちょっと、気分悪いかな…。

 心配そうに、ふたりがそわそわ。
「だいじょうぶ?」
「スポーツドリンクでも買ってこようか?」
「あたし、タクシー探してくるわ」
「あ、ごめんお願い」

 急に、静かになる。
 月が、まるい。

 彷徨…。

 って、なんでここで、彷徨を思い出すのよっ。

「だいじょうぶかい、光月さん?」
 ふりむくと、あの人。
 こんなに酔ってるのに、恥ずかしいよぉっ。

「あのっ、だっ…、だぃじょうぶれすっ」
「だいじょうぶじゃなさそうだね…ぼく、車だから送っていくよ」
「でっ、でもっ、あさ…ちゃんも、りほちゃんも」
「言っといてあげるから、だいじょうぶだよ」

 そのことばに、安心。
 やっぱり、気配りが行きとどくよね、オトナって。

 肩を借りる。
 そばに置いてあった車に、すべり込む。
 車が出るのと同時に、ねむけがおそってくる。
 あさみとりほが探していることに、気づかずに。



 ふと、目が覚めた。

 電話しなきゃ…。
 無意識に、携帯。
 番号は、手探りでもかけられる。

 あ…送ってもらってるんだった。
 それに、けんかしてたんだった。

 つながりかけを、あわてて切る。

 月をまよこに、ならんで走る。
 まわりは、あまり見慣れない。

 車だと、景色、ちがうのかな…。

 彷徨のやつ…。
 帰ってから「オトナの男の人に送ってもらった」って言ったら、どんなカオするだろ。
 おこるかな。
 いや、ふーん、って言って、だまっちゃうんだろうな、きっと。

 …どれくらいで、つくのかな。

「あっ、あのっ」

 いたたたた…。
 思わず、頭をおさえる。
 いくらなんでも、ちょっと飲みすぎちゃったな…。

「無理しない方がいいよ」
 口もとを上げて笑う。

「すいません…いま、どのあたりですか?」
「うん…もうすぐ、つくよ」

 どのあたりなのかな…。
 外を見てみると、だんだん明かりが減ってきて。

「ちょ、ちょっと」
 ハンドバッグを思わず押さえる。
「なんだい?」
「どこ、行くんですか?」
「いや…光月さんと、ふたりっきりで話がしたくって」

 胸が急に、しめつけられる。
 奥から気持ち悪さが、こみあげてくる。
「とっ…止めてくださいっ」
「もうちょっと行ったところに展望台があるから、そこまで行ったらね」

「いま止めてっ」
「そんな無茶言わないでよ…」
 さっきまでのやさしい顔は、どこかへ。

 こわい…。

 とにかく、止めないと…。
 手の届くところには…。
 運転席との間に、背の高いレバー。

 後ろに、引いてみる。
 急にスピードが落ちる。
 あわてて、ブレーキが踏まれた。

「何するんだっ」
 車を止めたすきに、ドアをあけて飛び出す。
「どこ行くんだっ、このっ」

 追いかけてくる。
 すぐ、追いつかれた。
 つかまった。

 助けて…
「彷徨―…っ!」

 ライトが視界に、ひとつ飛び込んでくる。
 すぐそばで、タイヤの焼けるにおいがする。
 おりてくる。
 すぐ横を風がすり抜けて、
 真後ろで、にぶい音がした。

 つかまえられてた手が離れた。
 酔ってて、よろけた。
 その体を、支えてくれた。

 もう、誰なのか、わかってた。
 なみだが、あふれてきた。

「だいじょうぶかっ」

 何もいえない。
 うなづくので、せいいっぱい。

 あの男が、起き上がってくる。
「な…なに、しやがんだっ」
「そりゃ、こっちのセリフだよ…」

 大声を、張り上げてくる。
「なんだ、てめぇ」
「聞いてどうすんだ…冥土のみやげにでも、持ってくのか」
 低い声を、目の前に置く。

 彷徨はただ、立っているだけだった。
 男はあとずさりをした。
 おぼえてろよとか、なんとか言って、逃げていった。

 ふいにヘルメットが、頭の上からおりてきて。
 着てたジャケットを、着せてくれて。

 あったかい…。

「乗れよ…行くぞ」
 背中はもっと、あったかかった。



 でも、どうしてここがわかったんだろ。

 気がつくと、バイクの行く方向が、ちがう。
 コンコンと、ヘルメット。
 止めないと話せないから、合図。

「どーした?」
「こっち、ちがうんじゃない?」
「もうちょっと行ったトコに、展望台があんだろ?」

 へ?

 考えてる間もなく、バイクが動く。
「ちょっ、ちょっと、彷徨っ」

 あわてる間もなく、展望台についた。
 さっきまで、誰かが月見をしていたようなあと。

 ヘルメットをぬいで、彷徨にわたす。

「ここ…知ってたの?」
「いーや」
「えっ、じゃあどうしてっ?」

 彷徨はヘルメットをぬいだ。
 耳から、イヤホン。

「携帯にかかってきたらと思ってたら、聞こえてきたからなっ」
「そっ、それじゃ居場所は?」
 彷徨はぺろっと舌を出した。
「おまえの携帯、GPS、付いてんじゃん」

 忘れてた…。
 むかえにきてくれるのに便利だ、って、いっしょうけんめい言ったんだっけ…。
 そのときは無視してるのかと思ってたけど、ちゃんと覚えててくれたんだ―…。

 さっきのなみだが帰ってきた。

「ばーか」
「ばかでいいもん…」
「だったら、おれの言うこと、ちゃんときーとけよ?」

 彷徨は何もかも、わかってたのかな…。

「ごめん…」
 彷徨は何も言わなかった。
 かわりに、ぽんぽんと、頭をなでてくれた。

「見ろよ未夢、ほら」

 真っ白な月が、彷徨の顔を照らしてる。
 その姿が、とても…あったかくて。

「つっ、月を見ろよっ、月を…せっかく中秋の名月、なんだぞっ」
「いーでしょ…べつにっ」

 虫の声が、気持ちよかった。



「え〜〜、辞めちゃうの?」
 りほのお弁当は、ひっくり返りそうだ。
「まあ…しかたないか、けさの『ばちーん』もあるし」
 あさみは納得顔をする。

「それに西遠寺くん、ああ見えて心配性だしね」
「やだぁ、そんなんじゃないよっ」
「そお?きのうなんて大変だったんだから」
 フフフと、りほが笑う。
「そーそー、西遠寺くんがねぇ」
 あさみも調子をあわせる。
「え?」

「未夢ちゃんの携帯にかけても出ないし、心配になって結局西遠寺くんちに電話したのよ」
「そしたら、未夢はどこだ〜とか変わったトコなかったか〜とか、機関銃みたいだったもん」
「未夢ちゃんより、西遠寺くんのほうが大変だったわね、わたしたちとすれば、さ」

 彷徨が…。
 そんなに、心配してくれてたんだ…。

「で、これから、どーすんの?」
「そーねぇ…また、喫茶店のバイトでもしようかな」
「そーゆーことを聞いてるんじゃ、ないんですけどぉ…」
「え?」

 ふたりは、声をそろえた。
「こりゃ西遠寺くん、苦労するわ…」

 秋空は、さわやかに晴れわたっていた。


#8000Hitの神山楓華しゃんからいただいた、「お月見」がお題でした。
未夢と彷徨の気持ちがちかづくとき、かならずそこに、満月がある―山稜は、そう思っています。少なくとも原作では、いい雰囲気になるときは必ず満月の夜です。だから、「月」というキーワードをお題にもらったら、このネタを書こうと決めてました。楓華しゃん、ばっちり当たり。

短大を出て、彷徨より一足先に社会に出た未夢でしたが、やっぱり未夢は未夢。あまりの無防備さに周囲も心配してたようですね。いくらよく知ってると思ってる人でも、男の人と2人っきりになる環境に、自ら飛び込んでっちゃ、いけません…いつオオカミになるか、わかりませんよ?(^^;
このあとしばらくして、話としては「ヴァリエッタの〜」に続くことになります。彷徨としちゃ、心配でしょうからねぇ…。

ひさびさ登場の同級生、あさみちゃんとりほちゃん。特別出演、おつかれさまでした(笑)
今回はりほちゃんもセリフあり、どうしゃべらせるかが難しかったです。結局、綾&ななみのようになってしまいました…よっぽど「未夢しゃん」と呼んでもらおうかと思ったんですが、それはさすがに、ねぇ(^^;

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