作:山稜
勤めるようになってからも、やっぱり朝ごはんはいっしょ。
学生の頃より、ふえたかもしれない。
もっとも、中学のときみたいに毎朝、ってわけじゃないけど。
ママもパパも、最近いそがしそう。
けさは、宝晶おじさんまでいない。
宗派の会合とかで、2〜3日るすだとか。
さすがにそれは、めずらしくは、なった。
彷徨とふたりっきりの朝食は、ひさしぶり。
食べ終わったあとをかたづけながら、思い出した。
「そうだ彷徨、今夜予定ある?」
彷徨は軽く返事をした。
「ん?別にないけど?」
機嫌がよさそうなのを、いいことに。
「じゃあ、おむかえ、きてくれないかな―…っ」
「あぁ、いーぜ…6時ごろか?」
「ん〜、もっとおそいよ、9時ごろかなぁっ」
彷徨が眉間にしわを寄せた。
「なんでそんなにおそいんだよ…っ」
「だって、今夜は職場のお月見コンパなんだもん」
しわがどんどん深くなる。
「お月見コンパぁ?おまえ、酒めちゃくちゃ、よわいのに?」
ちいさくなってしまう。
「だって、みんな行くもん…あさちゃんだって、りほちゃんだって…」
「あいつらはあいつらだろっ…それにおまえ、そのカッコだし」
そういう言われ方をすると、だんだん腹がたってくる。
「カッコはどうでもいーじゃないっ、なにがいけないってゆーのよっ」
「薄着すぎ」
「へーきだもんっ、今夜は暑いくらいだって、予報でも言ってたもんっ」
「そーじゃねーだろ…ばか」
「あー、どーせ、わたしは彷徨みたいに、かしこくありませんっ」
「…で、どこなんだよ、場所は」
あからさまに、面倒そうな。
「もーいーよっ、勝手に帰ってくるからっ」
言い放って、飛び出す。
だいたい、彷徨はわからなすぎるのよっ。
しっかりはしてるけど、どう言ったってまだ学生だし。
社会に出てみなさいって…ことわれないことだって、いっぱいあるんだから。
それに職場の飲み会なんか、どこだってやってるのよっ…別におかしなコトでもないじゃないっ。
あー、だんだん腹たってきた。
◇
街中の緑地。
まんまるの月が、ビルの間。
そこら中のビジネスマンが、シートを広げて弁当広げて。
「ヤホです未夢ちゃん…あれ、きょうはよく飲むね〜」
「さては…西遠寺くんとケンカでもしたわね?」
あいかわらず、ずばっと言ってくれる…。
りほちゃんは中学のときの同級生だし、あさちゃんは高校のとき。
こういうひとが職場にいると楽しいけど、こういうときにはちょっと困る。
ふたりとも、「西遠寺彷徨」というヤツがどういう人間か知ってて、
「あの西遠寺くんのことだから…」
と、言い分を聞いてもらえなかったりする。
「いーのっ、別に彷徨なんかっ」
そう言って、手もとの紙コップをぐっとあける。
つめたいのが、怒りをしずめてくれそうで。
もう、味はわからないけど。
「光月さん、いけるね?」
同じ職場のこの人は、いつもやさしくしてくれる。
さすが大人の男の人、って感じ。
彷徨なんかとは、おおちがいなんだからっ。
すすめられるお酒が、おいしいように思える。
行ってしまった後に、りほとあさみ。
「だめだよ未夢ちゃん、無防備すぎるよ…」
「そうよ…西遠寺くん、泣かせてもいいの?」
そこでどうして、彷徨なのよっ!?
「べつに、彷徨あんか、しららいもんっ」
「あーもう、舌、まわってないですよ、このコ…」
「困ったなぁ…どうしよっか…」
「もうそろそろ、お開きじゃない?あたし、駅いっしょだから送ってくよ」
「あ、わたしも途中まで一緒だし」
ふたりの相談を耳にする。
「だいじょーぶらって、ひとりでかぇれるから」
上司がお開きに、ひとこと。
何を言ってるかもわからず、手だけは、たたいておく。
さすがにちょっと、気分悪いかな…。
心配そうに、ふたりがそわそわ。
「だいじょうぶ?」
「スポーツドリンクでも買ってこようか?」
「あたし、タクシー探してくるわ」
「あ、ごめんお願い」
急に、静かになる。
月が、まるい。
彷徨…。
って、なんでここで、彷徨を思い出すのよっ。
「だいじょうぶかい、光月さん?」
ふりむくと、あの人。
こんなに酔ってるのに、恥ずかしいよぉっ。
「あのっ、だっ…、だぃじょうぶれすっ」
「だいじょうぶじゃなさそうだね…ぼく、車だから送っていくよ」
「でっ、でもっ、あさ…ちゃんも、りほちゃんも」
「言っといてあげるから、だいじょうぶだよ」
そのことばに、安心。
やっぱり、気配りが行きとどくよね、オトナって。
肩を借りる。
そばに置いてあった車に、すべり込む。
車が出るのと同時に、ねむけがおそってくる。
あさみとりほが探していることに、気づかずに。
◇
ふと、目が覚めた。
電話しなきゃ…。
無意識に、携帯。
番号は、手探りでもかけられる。
あ…送ってもらってるんだった。
それに、けんかしてたんだった。
つながりかけを、あわてて切る。
月をまよこに、ならんで走る。
まわりは、あまり見慣れない。
車だと、景色、ちがうのかな…。
彷徨のやつ…。
帰ってから「オトナの男の人に送ってもらった」って言ったら、どんなカオするだろ。
おこるかな。
いや、ふーん、って言って、だまっちゃうんだろうな、きっと。
…どれくらいで、つくのかな。
「あっ、あのっ」
いたたたた…。
思わず、頭をおさえる。
いくらなんでも、ちょっと飲みすぎちゃったな…。
「無理しない方がいいよ」
口もとを上げて笑う。
「すいません…いま、どのあたりですか?」
「うん…もうすぐ、つくよ」
どのあたりなのかな…。
外を見てみると、だんだん明かりが減ってきて。
「ちょ、ちょっと」
ハンドバッグを思わず押さえる。
「なんだい?」
「どこ、行くんですか?」
「いや…光月さんと、ふたりっきりで話がしたくって」
胸が急に、しめつけられる。
奥から気持ち悪さが、こみあげてくる。
「とっ…止めてくださいっ」
「もうちょっと行ったところに展望台があるから、そこまで行ったらね」
「いま止めてっ」
「そんな無茶言わないでよ…」
さっきまでのやさしい顔は、どこかへ。
こわい…。
とにかく、止めないと…。
手の届くところには…。
運転席との間に、背の高いレバー。
後ろに、引いてみる。
急にスピードが落ちる。
あわてて、ブレーキが踏まれた。
「何するんだっ」
車を止めたすきに、ドアをあけて飛び出す。
「どこ行くんだっ、このっ」
追いかけてくる。
すぐ、追いつかれた。
つかまった。
助けて…
「彷徨―…っ!」
ライトが視界に、ひとつ飛び込んでくる。
すぐそばで、タイヤの焼けるにおいがする。
おりてくる。
すぐ横を風がすり抜けて、
真後ろで、にぶい音がした。
つかまえられてた手が離れた。
酔ってて、よろけた。
その体を、支えてくれた。
もう、誰なのか、わかってた。
なみだが、あふれてきた。
「だいじょうぶかっ」
何もいえない。
うなづくので、せいいっぱい。
あの男が、起き上がってくる。
「な…なに、しやがんだっ」
「そりゃ、こっちのセリフだよ…」
大声を、張り上げてくる。
「なんだ、てめぇ」
「聞いてどうすんだ…冥土のみやげにでも、持ってくのか」
低い声を、目の前に置く。
彷徨はただ、立っているだけだった。
男はあとずさりをした。
おぼえてろよとか、なんとか言って、逃げていった。
ふいにヘルメットが、頭の上からおりてきて。
着てたジャケットを、着せてくれて。
あったかい…。
「乗れよ…行くぞ」
背中はもっと、あったかかった。
◇
でも、どうしてここがわかったんだろ。
気がつくと、バイクの行く方向が、ちがう。
コンコンと、ヘルメット。
止めないと話せないから、合図。
「どーした?」
「こっち、ちがうんじゃない?」
「もうちょっと行ったトコに、展望台があんだろ?」
へ?
考えてる間もなく、バイクが動く。
「ちょっ、ちょっと、彷徨っ」
あわてる間もなく、展望台についた。
さっきまで、誰かが月見をしていたようなあと。
ヘルメットをぬいで、彷徨にわたす。
「ここ…知ってたの?」
「いーや」
「えっ、じゃあどうしてっ?」
彷徨はヘルメットをぬいだ。
耳から、イヤホン。
「携帯にかかってきたらと思ってたら、聞こえてきたからなっ」
「そっ、それじゃ居場所は?」
彷徨はぺろっと舌を出した。
「おまえの携帯、GPS、付いてんじゃん」
忘れてた…。
むかえにきてくれるのに便利だ、って、いっしょうけんめい言ったんだっけ…。
そのときは無視してるのかと思ってたけど、ちゃんと覚えててくれたんだ―…。
さっきのなみだが帰ってきた。
「ばーか」
「ばかでいいもん…」
「だったら、おれの言うこと、ちゃんときーとけよ?」
彷徨は何もかも、わかってたのかな…。
「ごめん…」
彷徨は何も言わなかった。
かわりに、ぽんぽんと、頭をなでてくれた。
「見ろよ未夢、ほら」
真っ白な月が、彷徨の顔を照らしてる。
その姿が、とても…あったかくて。
「つっ、月を見ろよっ、月を…せっかく中秋の名月、なんだぞっ」
「いーでしょ…べつにっ」
虫の声が、気持ちよかった。
◇
「え〜〜、辞めちゃうの?」
りほのお弁当は、ひっくり返りそうだ。
「まあ…しかたないか、けさの『ばちーん』もあるし」
あさみは納得顔をする。
「それに西遠寺くん、ああ見えて心配性だしね」
「やだぁ、そんなんじゃないよっ」
「そお?きのうなんて大変だったんだから」
フフフと、りほが笑う。
「そーそー、西遠寺くんがねぇ」
あさみも調子をあわせる。
「え?」
「未夢ちゃんの携帯にかけても出ないし、心配になって結局西遠寺くんちに電話したのよ」
「そしたら、未夢はどこだ〜とか変わったトコなかったか〜とか、機関銃みたいだったもん」
「未夢ちゃんより、西遠寺くんのほうが大変だったわね、わたしたちとすれば、さ」
彷徨が…。
そんなに、心配してくれてたんだ…。
「で、これから、どーすんの?」
「そーねぇ…また、喫茶店のバイトでもしようかな」
「そーゆーことを聞いてるんじゃ、ないんですけどぉ…」
「え?」
ふたりは、声をそろえた。
「こりゃ西遠寺くん、苦労するわ…」
秋空は、さわやかに晴れわたっていた。
#8000Hitの神山楓華しゃんからいただいた、「お月見」がお題でした。
未夢と彷徨の気持ちがちかづくとき、かならずそこに、満月がある―山稜は、そう思っています。少なくとも原作では、いい雰囲気になるときは必ず満月の夜です。だから、「月」というキーワードをお題にもらったら、このネタを書こうと決めてました。楓華しゃん、ばっちり当たり。
短大を出て、彷徨より一足先に社会に出た未夢でしたが、やっぱり未夢は未夢。あまりの無防備さに周囲も心配してたようですね。いくらよく知ってると思ってる人でも、男の人と2人っきりになる環境に、自ら飛び込んでっちゃ、いけません…いつオオカミになるか、わかりませんよ?(^^;
このあとしばらくして、話としては「ヴァリエッタの〜」に続くことになります。彷徨としちゃ、心配でしょうからねぇ…。
ひさびさ登場の同級生、あさみちゃんとりほちゃん。特別出演、おつかれさまでした(笑)
今回はりほちゃんもセリフあり、どうしゃべらせるかが難しかったです。結局、綾&ななみのようになってしまいました…よっぽど「未夢しゃん」と呼んでもらおうかと思ったんですが、それはさすがに、ねぇ(^^;