無精ひげのある日

作:山稜

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 けさも、両親はいない。
 学会だのなんだのと、あいかわらず出張は多い。
 休みの日だというのに、自宅にはひとり。

 でも、ひとりじゃない。
 こんな朝でも、ごはんはひとりで食べなくていい。
 おんなじ敷地、すぐとなり。
 いてくれるから、さびしくない。

 庭には、彷徨の父。

「おはよーございまーす」
「あぁ、おはよう未夢ちゃん…もうそんな時間かの」
「もーっおじさん、わたしだって、たまにはちゃんと起きることだってありますっ」
「ははっ、すまんすまん」

 すずめが、次の言葉を呼んでいる。

「ではそろそろ、朝ごはんにしますかの…すまんが、彷徨を起こしてきてもらえんか」
「えっ、彷徨、まだ寝てるんですか?」

 めずらしいことも、あるものだ。
 たいていは自分の方が早く起きてて、なにやってんだとかなんとか。
 こんなときぐらい、やりかえしてやろうかな。

「彷徨っ、起きてるっ?」
「…ん〜?」
「開けるよ?」

 見ると彷徨が、ふとんにうつぶせ。
 枕もとには、スタンドと、本。
 スタンドなんか、つきっぱなし。

「うわ…もうこんな時間か」
 休みの日じゃなかったら、とうに遅刻。
「なにやってんのよ、ったく」
 思わず顔が、ほころんでしまう。

 彷徨は何にも言わないけれど、クチの端っこがくやしそう。
 今日はこのへんで、許しといてあげよう。

「おじさんが、朝ごはんにしましょうって」
「ん…」



 おじさんが本堂へ行ってしまうと、彷徨とふたり。
 もうほとんど、あたりまえになってきた。

 きょうはそれでも、ちょっとちがう。
 あたりまえでない、彷徨のあご。
 ちくちくと出てる、黒いもの。

 ふきだしてしまった。

「なんだよっ、ひとのカオ見て笑ったりして」
「だって、彷徨の無精ひげなんて、めずらしーんだもんっ」
「あー、そーか…剃るの、わすれてるな…」

 すくっと立ち上がろうとするのを、止めてみる。
 彷徨が、首をかしげる。
 そのあごに手を、のばしてみる。

「なにすんだよっ」
 赤い顔の彷徨は、いつもとちがって、ちょっとかわいい。
「いーじゃない、ちょっとさわってみたってっ」

 手のひらで、なでてみる。
 ぞりぞりとした感触が、気持ちいいような、おもしろいような。

「やめろって」
「まーまー、もーちょっとだけ」

 読経が、聞こえてきた。
 ってことは…。

「やーん、もーこんな時間っ」
「なんだおまえ、きょう、どっか行くのか」
「え…バイト…」

 彷徨が、あきれ顔。
「サ店?」
 首を、こくこく。
「例の?」
 こくこく。
「外れの?」
 こくこく。
「…夏休みの間だけ、って、言ってなかったか?」
 こく…ん。

 時間がなくなるからやめとけって言われてて、
 ぜったいやるって言い張って、
 結局夏休みも、宿題とか、いろいろ教えてもらった…。

 笑ってごまかすしか、ない。

「おまえのことだから、どーせ断りきれなくて、そのままずるずる、だとは思ってたけど、な」
「あのっ、ほらっ、土曜日だけ!土曜日だけだからっ、ねっ」

 視線に、刺される。
 ちいさくなってしまう。

 彷徨が深いため息を、ひとつ。
「ほらっ、行かないとおくれるぞ…」
「あっ…ごめんっ、いってきますっ」

 未夢があわてて、飛び出していく。
 彷徨が深いため息を、またひとつ。



 店のドアの小さな鐘が、小気味よい音を立てる。

「いらっしゃいませ…あれっ、三太くんっ」
「あっ、未夢ちゃん…なんだ、まだバイトしてたんだぁ」

 注文のコーヒーを、テーブルに。
 見てみると、三太も無精ひげ。

「三太くんも、寝坊したの…?」
「え?」
 きょとんとした顔の三太に、未夢が続ける。
「ほら、あご…無精ひげ、じゃないの?」
「あぁ、これ?まぁ、そうなんだけど、わざと剃ってこなかったんだよぉ」

 わけを聞こうとして、ドアの鐘の音に呼び止められる。
 同い年ぐらいの、女のコ。
 どうやら三太の、連れのコらしい。

 テーブルでなにやら話をしていたかと思うと、
「もうっ、三太くんなんかキライっ!」
 おこって出て行ってしまった。

 三太はそのまま、座っている。

「追っかけなくていーのっ?」
 さすがに気になって聞いてみる。
「いーんだよ、思ったとーりだったからさぁ」

 その先を聞くのを、ドアの鐘の音がまた止める。
 今度は…
「あれぇ、彷徨じゃん」

 三太はコーヒーカップを持って、カウンターへ移った。
「おまえとこんなとこで会うなんて、めずらしーなぁ」
「まーなっ…」

 無精ひげが彷徨の目にも、止まった。

「なんだよおまえ、伸ばすのか?」
「あぁこれ?ちがうよ、ちょっと確かめたかったからさぁ」
「なにを?」
 未夢も興味津々に聞く。

「知らない?ある程度長く付き合ってるとさぁ、ときどき、こいつホントにおれのこと好きなのかって思ったりするじゃん」
 こくこく。

「そんなとき、男の方が無精ひげ、生やしておいてさぁ」
 こくこく。

「女のコの方が触ってきたら好かれてる、嫌がったらあんまり好かれてないって」
 こく…ん。

 ふっ、と、手のひらによみがえる感触。

 未夢は彷徨の方を見た。
 さすがに、無精ひげは剃ってきてた。
 でも…感触が、消えない。

「まっ、おまえと未夢ちゃんの間じゃ、確かめるまでもないだろーけどさぁ」

 笑ってごまかすしか、なかった。


 その日1日、未夢の手のひらから、消えなかった。
 その日1日、ひっくり返したコーヒーは、2ケタにのぼった。


#6666Hitのぎやりいさんからいただいた、「ひげ」がお題でした。
ひげといえば、ワンニャーか宝晶…と思ったんですが、ちょっとひねってみました。ここんとこ、SFぽいのが続いてたんで、基本(笑)に戻ろうかなと。

時期としては、高1の9月ってとこでしょうか。「同好会の〜」でも、バイトしようかなと言っていた未夢ですが、結局やってみてるわけですね…となると、場所はあそこしかありませんねぇ(笑) ってわけで、例の街外れの喫茶店です。わたしもよく訪ねてますが(笑)

しかし…三太くん、いーのかね、そんなに簡単にあきらめて!? いまどきの女のコ、そんなんじゃつなぎとめておけないぞ!?(^^;

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