ホロシアターのある日

作:山稜

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 男性はビンと、ちいさめの袋をさしだした。
「ほら、ワンニャー…たのまれてた、おつかいもの」
「ありがとうございますっ、旦那さまっっっ」
 ワンニャーが目を、らんらんと輝かせる。

「でも…そんなにおいしい飲み物なの、それは?」
 雇い主の妻はビンを、ゆび差した。
「いえっ、これは飲み物ではなくて…調味料といーますか、ソースといーますか」
「なんだ、どおりで…」
「は?」
「いや、なんでもないのっ、なんでもっ…」
 女性は苦笑いをして、動かなかった。

「マーンマッ、パーンパッ!」
 ルゥが宙を突進してくる。
 母親がそれを受け止める。
「ただいま、ルゥ」
 ルゥは目いっぱい、笑った。

 父親の方は、袋を取り上げた。
「この葉っぱ、カラカラに乾かしてるけど…よかったのか、これで?」
「はいっ、これをお湯に入れて…」
「とかすのか?」
「いえ、葉っぱは、こします」
「ふーん…効率は、わるそうだな」
 おもわず、みけんにしわを寄せる。

「でも、ワンニャーがクローン培養までたのむぐらいなんだから、きっとおいしいのよ」
 ルゥの母が、夫に笑顔を向ける。
 その笑顔を夫は、子守り役に振り向ける。
「ん…期待してるよ、ワンニャー」
「はいっっ、おまかせくださいっっ」

「ところで…ミユさんとカナタさん、だったかしら、ご夫婦がいらしたサイオンジってところは、どんなところだったの?」
 母親は、やさしいまなざしでワンニャーに問い掛けた。
「いえ、あの…奥様、未夢さんと彷徨さんは、ご夫婦では、ありませんっ」

「まぁっ、じゃあ夫婦でもないのに、ひとつ屋根の下で男女が暮らしていたのっ!?」
 目を丸くする。
「あっ、いえっ、それはっっっ」
「地球人って、モラルがないんだな…」
 ルゥの父の眉間にも、しわが寄る。

「そんなところで預かってもらってて、ルゥは大丈夫なのか?」
「ですからっ、そのっっっ」
「悪影響が心配だわ…」
「いえっっ、ですからっっっっ」
「本当に、な…」

 とうとう、ワンニャーは
「おふたりとも、わたくしの話をきーてくださいっっっ!」
 叫んでいた。

 ひととおり、ワンニャーの抗議。

「わかったわかった、わるかったよワンニャー、もう許してくれ」
 その言葉に、ハッとする。
「もっ、もうしわけありません旦那様っっ、わたくしとしたことがつい旦那様にくちごたえをっっ」

 ルゥの母は笑顔を見せた。
「いーのよワンニャー、わたしたちがわるかったんだから」
「考えてみれば、育児日記にも書いてくれてたことだったし、なぁ」
 父親の肩にルゥが飛んできて、笑った。

「それで、西遠寺はどんなところだったんだ?」
 あらためて、妻の質問を問いなおしてみる。
「そうですね…静かで広々としていて、鳥の鳴き声やセミの声、裏山からのさわやかな風に…」
「きもちよさそうね」
「それはもう…ひととおり家事を終えたあとのお茶は、サイコーですっっ」

 ふむ、と、主人。
「そんなところで、休日を過ごしてみたいものだな」

 ルゥが首をかしげて、父を見た。



 主人は、大きな箱を抱えて帰ってきた。
「ウォッズ街の裏手の電気屋で、安かったんだよ」
 そういって、妻と息子、使用人の前で箱を開ける。
「これって…」
「ん、ホログラム投影機…ホロシアターとか言うな、最近は」

 とおりいっぺんの設定をすると、デモが始まった。
 海の中、雲の上、ジェットコースターのように走っていく光景。
 流れて行く星をつかまえようとして、はしゃぐルゥ。

 ルゥの目の前に、大きな隕石。
「ルゥちゃま、あぶないっっ」

 ワンニャーが飛び上がる。
 思わず、目をつぶる。
 しかし、隕石はワンニャーとルゥをすり抜けていった。

 目を丸くしているワンニャーに、主人は言った。
「これは映像だから、当たったりしないよ」
「なんだ、そーだったんですか…わたくし思わず、あわててしまいましたっっっ」

 妻が不思議そうな顔をする。
「あら、でも救助船でわたし、ルゥをだっこしたけど…」
「あれは軍用…これはシャラク星産の、家庭用だから」
 そう言ってスイッチを押す。
 まわりは、いつもの部屋にもどった。
 ルゥは見まわすと、つまらなそうに母の胸元へ。

「どうだ、これで『西遠寺の休日』と、しゃれ込もうじゃないか」
 主人がワンニャーを見る。
「なるほどっ、おもしろそうですっっ」

「じゃ、プログラムモードにして…画像とか、撮ってないか、ワンニャー」
「はい…ルゥちゃまのベビーカーは、置いてきてしまいましたし」
「そうだったな…ワンニャーの記憶に頼るしかない、か」



「あれ…おかしーですね、このあたりに、たしか大きな置時計があったはずなんですが…」
「そうなのか?」
 主人がデータを入力しなおす。

「こちらの部屋は…8畳でした…ちがいました、こちらの部屋は6畳で、こちらが8畳…」
 ワンニャーが、腕を組んで考えこむ。
「おフロの脱衣所は、ここが…あれ?そうするとこちらがヘンですね…」

 見かねて主人が、言う。
「ワンニャー、このヘンで一度、立体映像で見てみないか?そのほうが、わかりやすいかもしれないし」
「あっ、そーですねっっ、そーしましょう」

 ホロシアターのスイッチを入れる。
 先進的な部屋が、和風の部屋に変わる。
 ちょうど入ってきたルゥが「あっきゃあ」と歓声を上げた。

「んー、やっぱりこちらのほうが…」
 ワンニャーが腕を組む。
 ルゥが「ん〜」まねをする。

「あ〜ンニャっ」
「どうしました、ルゥちゃまっっ?」
「マンマ、パンパっ」

 ワンニャーは首をかしげた。
「お父様は、こちらにいらっしゃいますよ?」
 ルゥは首をふる。
「マンマ、パンパっ」

 そういうと、父親のそで口をひっぱる。
 立体映像の中、西遠寺のすみずみを、あちこち走り回る。

「どうしたんだ、ルゥ?」
「パンパっ、マンマ、パンパっ!」
 父親も眉間に、しわを寄せた。
「わからないよ、ルゥ…」

 う〜、と一声。
 次の瞬間、部屋中に稲妻。
 西遠寺は、いつもの部屋にもどった。

「こらルゥっ、やめなさいっ」
 父がルゥのひたいを軽く、たたいた。
「う〜…」
「いったい、どうしたっていうんだ…なにが、言いたいんだ?」
「パンパ…っ…マンマ、パンパっ…」
 泣きじゃくり始めていた。

 ルゥの母が入ってきた。
 見るなり、ルゥが飛びついていった。
「マンマっ、マンマ、パンパっ」
 母親はやわらかな目で、ルゥを見た。
「…そう…」

「奥様っ、ルゥちゃまは何と?」
「わたしにも、よくはわからないけど…」
 母は、まわりを見わたした。
「ここのどこかに、ミユさんとカナタさんがいる…って、思ったんじゃないかしら」



 ルゥが心配そうに見つめる。
「ルゥちゃま、だいじょうぶですよ…ちゃんと、直りますからっ」
 ホロシアターは、きれいに修復されていた。

「でも、せっかくワンニャーが苦労して作ってくれた西遠寺のデータが、なくなってしまったわね」
 申しわけなさそうな奥方に、主人は言った。
「なくなったほうが、いいのかもしれないな…」

 ワンニャーはふしぎそうな顔をした。
「どうしてですか?」
「挫折したときに、西遠寺に逃げこんでほしくは、ないから…」

 妻もワンニャーも、神妙な顔。
 ルゥだけが、きょとんとした顔。

「それに、こいつが大きくなったら、ぜったい地球に行きたがると思うから…そのとき西遠寺に寄って、データとちがったら、ワンニャーのカオが丸つぶれじゃないか」

 見合わせる顔に、笑いがもどる。

「さぁ、それじゃみんなで、ワンニャーに教えてもらった『ミタラシダンゴ』でも食べましょうか」

 みんながダイニングへ向かおうとする。
 ワンニャーが声をかけた。

「あの…奥様っ」
「どうしたの?」
「あのとき、どうしてルゥちゃまのお気持ちが、おわかりになったんですかっっ」

 母は少し考え込んで、応えた。

「そうねぇ…きっと、わたしがこの子の母親だからじゃないかしら?」

 納得したような、納得がいかないような。
 ワンニャーは相づちを打ちながら、自分の母のことを、思い出していた。


#6000Hitの神山楓華しゃんからいただいた、「西遠寺の休日」がお題でした。
これは反則だよねぇ…楓華しゃんからもらったお題って、反則で返してるの、結構多いかなぁ?期待はずれだったら、ごめんなさいね(^^;

新だぁ!読んでると、ルゥくんの雰囲気がだんだん彷徨に似てきてますね。そりゃ、彷徨とルゥパパって似た感じだもの…っていうひともいて、納得納得。そうでないと、ルゥくんも未夢・彷徨を親だと思い込まないでしょうし。
どうやらお母さん、おしょーゆ飲んじゃったのね…こちらもやっぱり、未夢のようなひとのようですね(笑)

今回、初めて未夢も彷徨も登場しないお話です。でもねぇ、毎日が休日なのかそうでないのか、いまいちはっきりしない西遠寺、休みの日の話…だと、こないだ夏の彷徨シリーズで書いちゃったし…と、「西遠寺の休日」で思い出したのが「ローマの休日」。西遠寺で過ごす休日、という発想の転換で…って、やっぱり反則!?(^^;

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